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出逢いという殺し合い 10

鋭く冷たい刃がこの身を貫くと思った瞬間、私の前には淡い栗色の髪が広がっていた。


「レフィっ!」


ガキッと嫌な音をたててはいるものの、彼女が刃を抑え込んでくれているのがわかった。


「お嬢さまっ・・お逃げ」


「ダメ・・」


彼女の言葉を遮り、私はただ目の前の敵を見据える。

暗い洞窟での作業のおかげで、夜の月が余計明るく感じるが、それがよかった。相手がよく見えるのだ。

レフィが刃を返して、しばらく金属のぶつかりあう音がしていた。

私は周囲を確認しながら、他に誰もいないことを確認する。


相手はなかなかの手練れだが一人・・そしてこの間の相手なら私は負けない。


「レフィ・・・先に行って、その男は私が相手をする」


動きでわかった、こいつは昨夜私を襲った連中の一人だ。


「ですがっ」


「トールも戦闘になっていれば、二人で・・後で必ず戻りなさい・」


私の言葉に躊躇する彼女を私は私自身が敵の前に出る事で背を押した。

私の言葉に入った二つの意味をしっかりと理解してくれたのか、彼女はただ私にご武運をと告げて森へと急いでくれた。


「いいの?」


あぁ、この声だ。私を襲った男。


「えぇ、あなたじゃ私に敵わないもの」


「言うね・・っ」


相手が、体幹を活かして回し蹴りを二度、上と中段で仕掛けてくる。

下に逃げれば、打たれる。なら前へ。

相手の懐に一足で跳び、急所である背を狙う。男はそれを軽く飛ぶ事で避けてしまう。

随分と綺麗な戦い方だ。

懐に入れないなら、リーチのあるあっちが有利だが、もっていた火薬はすべて使い切っている。

なら切り合いしかない。

相手が持つ長刀は随分と業物だ。私の持つナイフでは数度まともにツバ競合うだけで折れるだろう事もわかる。

毒を仕込むかとも考えたが、流石に風の読めない状態では自らが二次被害にあう可能性だってある手を選ぶのは下の下だ。


「避けてばっか・・・初心だな、やっぱ」


この男、言葉選びが随分とウザイ。

一矢どころでは済ませない。必ず後悔させてやろうと決めた。


「この間の女だろう・・・っって」


足に仕込んだナイフを柔軟性を活かして、フリ抜く。

僅かな隙間を縫った一撃はそいつの首の皮を一枚だけ切りつけていた。


「おいおい、女なら股開くなよっ」


本当、戦闘中に饒舌な奴なんてクズだ。

私の今の服装は、先日とは違い、黒の装束だ。体の線が分からないようになってる。


「いい加減に黙れ」


そう告げてやったら、嬉しそうにそいつは笑った。


「やっとしゃべった。・・・いいな、その声」


こいつ・・・わざとだ。私を確認するためだけにふざけた言葉を続けていたんだ。まんまとそれにのった自身に腹が立ったがそれでもいい。

こいつはここで殺るのだから。


手に仕込んだ毒針を投げ込んだが一本もそれは届かずに地面に落ちた。

悔しい、さっきから随分と動きが変わってきている。

基本に忠実だったものが変化して、予測が上手くいかない。だが、まだ負けるとは思わえない・・母を前にした時のような圧倒的な差を感じる事がなかった。

まだやれる。

拳も掌底も上手く避けられたが、既に何度か懐に入る事は出来てる。ならやれる・・・この間は随分としてくれたな。


もう一度、一度姿勢を低くして、膝の裏を蹴りつけようとすれば相手は上に跳んだ、空中に跳んだ体勢では避けられないだろうと予測して、左手を地面につけ、そのまま足を突きあげる。倒立の姿勢で顎を狙ったが避けられた。

だがここまでが伏線である・・・左手首を回し、そのままの動き回し蹴り、そのまま勢いを殺さないで体勢を戻す。上半身を遠心力を使って持ち上げれば、相手の驚いた顔がすぐ傍だった。


そして・・・私は胸元に仕込んでおいた小さな花飾りを口に含み、それを相手の口に口付けるように入れてやった。


相手の瞳は、私を写し驚きのままに茫然としていたが、数瞬の後に自身の口にくっついたままの花か飾りに気づいて、慌ててそれを払いのけた。だが数秒もしないで力なく大きな体がかしぐ。

倒れはしないのは流石だ。


だがそれも数分ももたないだろう。

花飾りに塗られている毒は、ダブリス家特製のものだ。ものの数分で意識混濁と全身の痺れを起こす、ダブリス家の人間が何年もかけて作り上げたそれは、私達には効力を持たない。


「っ・・・なにを」


「何かしらね、でもそうね・・・楽しい時間だったわ」


そう言ってやった。後は、こいつの首を切りつけるだけでいい・・・私の持つナイフでもそれくらいは出来る。


こいつらのせいで、グレスは・・・グレスは死んだんだ。

ずっとずっとグレスは私を、まるで本当の子供のように扱ってくれた。

失敗をすると叱ってくれる、私が上手く出来た時は誰よりも嬉しそうにほほ笑んでくれて、その硬い掌でよしと頭を撫でてくれた。


初めて私が仕事(・・)をした日・・・ただずっと傍にいてくれた。

血に染まった手を洗ってくれて・・手当もしてくれて、ただただ私を黙って見守ってくれた。


夜になって、泣いてしまった私を彼は叱ってくれた。それはなんのための涙かと・・・哀れみであるならやめて下さいとそう言って。

それが相手へのでも自身へのでも、許されないものだと・・・そう叱ってくれた。

大切な大切な人。


大好きな、グレスじい様。本当の名はグレスではない。知ってるわ・・・彼が本当は70も過ぎていることも知らなかったけど、母から聞かされたのは、彼が元は母を殺しに来た殺し屋だという事だけで・・その主は生涯たった一人、父だけだったというのも。

それでも・・・私にとっては、彼は家族の一人だった。


仇討なんてしないでいいと彼は言うだろう。

知ってる、だって言ってたもの泣くなって。


「でも・・」


冷たいナイフの感触をしっかりと確かめながら、握る。

狙いは外さない。頸動脈・・・静脈ではない。こいつに時間は与えない、そう決めて腕を振り下ろそうとした瞬間、既に視界はないと思った相手に睨まれた。


とても綺麗な金色だった。月のような・・太陽のようなその光を持つ。

透き通るそれに私が映っている・・刃をもった赤い髪を持つ女。


母上?


表情などない。まるで人形のような自身。

一瞬の躊躇は何故かわからない。でも・・その数瞬が決定的なものとなった。

私の足元に煙が浮かんだのだ。


ヤバい・・毒霧だったらと距離を取った時には、既にそいつはいなかった。


「うそ・・でしょ」


ダブリスの毒を受けて動ける人間が居るなんて・・・。

茫然とした私を月だけが見ていた。




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