ホップキンスの悪魔 9
二刻もしないうちに二人は私の元に満身創痍で戻ってきた。
二人とも傷だらけでとても無事とは言えない状態であったがそれでも五体満足である。
グレスじい様の横で泣き崩れる私を見つけた彼等はそっと私たちに近づき、傍で膝をついた。
「ご無事で・・っグレス様っ」
「っ・・グレス様・・お役目ご苦労様でした」
そう二人が続けた。
私はグレスに言われた通りにカフスを手に握ったままだった。
それを胸元に隠す。
「何があったか教えて」
そう私が告げると彼等は私の言葉に静かに語りだした。
「この村に着く少し前から後をつけられておりました。グレス様のおかげで宿までは特定されていませんでしたが気になりまして、グレス様の指示で探りを入れる事になって・・・ですが、その・・私の不注意で・・申し訳ございません」
「なに・・・があったの」
もっと詳しく聞きたかった。ダブリスを出る事を許される御庭番たちは全てそれなりの手練れであるのだ。それがこうも簡単にやられるなんてありえないのだ。
「俺とグレス様が敵の動きを探ろうとしていた時にはレフィが戦闘に入ってしまい、こちらとしては、隠密を徹底する事を命令されてたので」
「母上から?」
「はい・・それに此度の件、どうもおかしな点が多すぎたとそうグレス様も怪しんでいらしたので、もしもの時をを考えてお嬢様とここを離れる事にしたのですが・・・相手側に先を越されました。」
「あなた達でも敵わない相手だったの?」
一番聞きたかった事を聞く。
「いえ・・ですが一人手練れがおりました。そしてどうも毒霧を使われたようで、おかげで体が痺れてしまい・・グレス様だけがまともに動ける状態でした。とにかく俺達は役立たずだと・・そう・・グレス様に命令され、敵の追随をなんとか振り切って、体が回復するのを待ってこちらに戻ってきた次第です。」
「そう・・だったの」
「はい」
「でも・・随分な強行よね」
「はい・・・まるでここに何かがあるとそう言われてる見たいです。」
そうレフィが言うとさっきまでの泣きそうな少女は居なかった。そう彼女はもう次を見てる。
彼女と私の差がここにあるとわかってしまった。
「そう・・・ね」
「グレス様からなにかお聞きに?」
「いえ、ただD19のルートで一度ダブリスに戻れって言われてるわ」
「Dですか・・・なんでわざわざそんなおっそろしい道」
Dというのは、単純にその道の危険度を意味する。AからDまででその中でも元々道でもなかった道がそのDだ
。
「Dである必要があるのよ・・でもここからダブリスの国境まで3日・・・他の人に救援を要請してもいいけど・・鳩が潰されても困るし、隠密を母上が望むならこのまま帰っていいのか迷うわ。」
「ですが」
「お嬢さま」
私を諌める二人の言葉を私はただ頭を振る事で拒絶していた。
自分でも、不思議なのだ・・・本当は、レグスの言う通りに動いた方がいいとそう理性ではわかっていてもどうしてもここでは引いていけないと感情が邪魔をする。
「ごめん・・でも、お願い・・・母上が隠密を望んだ理由を知るまではこのままここに居たい。」
私はこれで最後かもしれないからと続けると彼等は渋々ながら了解してくれた。
そして私達はその後、素早くそして丁寧に・・・一人の仲間の葬儀を行い、彼の死体を処理した。
涙はもうでなかった。
ーーーー
ダブリスの国境はシュデリアンという大きな山の山岳地帯にある。
隣国であるレヴァンは、ダブリスが自国では責められない国という事になっている。代々この国の王族が一人人質として送られてくるからだ。
その風習が出来たのはたしか3代前だったと思うが、そんな彼等にとってダブリスは利用したい相手という具合だろう。ダブリスとは違って農耕に適した土地が広いこの国は、様々な農作物を武器に大国と渡りあっていた。
そして私達がいる村は、レヴァン国でも有名な塩が取れる山の村だった。
岩塩だ。海に面していないレヴァンにとってこの塩は、ある意味産業の要となっている。
岩塩を含む土壌を利用した山ヤギの飼育と塩の産業、そして塩を含んだ土壌でも育つ海藻を触媒して苔のようにして、それをまた腐葉土にする事で新な食物を作るという面白い産業さえある村だった。
塩が多い土壌はあまり人間には良くないとされているのだが、彼等はそれを利用した・・たしか塩の部屋?だったかそれを作って体の悪い人を治療するという不思議な風習があった。
それを実際に目の当たりにする日が来るとは思わなかったが。
グレスを失った後、私達は静かに宿を後にした。部屋にキズと汚れがあったためいくらかのお金を置いて。
強襲を受けてから5日、私たちは身を隠しながら、それでも昼夜を問わず情報収集に徹底した。
そして今夜、岩塩採掘場で何か取引があるという話を聞いたのは、つい1刻前。
偶然というか、酒場の女将さんに働き口を聞いて、私の容姿に彼女がここで働けと言ってくれたのだ。
そんな彼女に気をつけなけばいけないお客さまはいないかと聞いたら一発だった。
彼女からは、たくさんの話が聞けた。
情報の索敵には一番の場所が酒場である。その中にはガセもたくさんあるが、この感覚は違うと私の経験が示す。
彼女から教えてもらった客の一人が私を気に入り、酌をさせた。
その際に少しだけ素直になる薬を使っただけでなかなかの収穫だった。ただ裏付けの出来ない時間だったのがつらかった。
それでも岩塩の部屋を見つけ出し、そこでこうやって何かの取引をしている輩を見つける事が出来たのは、僥倖と言える。
山の中腹にあるという洞窟の奥、岩塩の採掘跡である迷路をぬけたそこには、結構な大きさの空間がたくさん点在していた。
何かを隠すのには随分好都合だろうとも思う。
ダブリスの国境までは3日だが、山道であるためあまり警戒をしていないところを突かれれば問題にもなる。
周囲を確認しながら、潜伏して20分も経たずに怪しげな連中がやってきたのには肝を冷やした。
私自身そこまで重装備ではない。装備が万全ではないというのはなかなか心元ない。
ただこの閉鎖空間では大がかりな戦闘は起きない筈だと予想がつく。ならやりようはあると考えながら、私は様子を伺い、出来るだけ取引内容を聞こうと耳を澄ませた。
岩塩と言っても岩である事は変わらず、音をよく振動させてくれる空間で行われていたのは、私の予測を超えたものだった。
「これでどうだ・・・」
「おいおい、ふざけんなよ・・こっちとら危ない橋を渡るんだ。ダブリスの奴らに見つかったら絞首ざ済まねえんだ」
「っこないだはこれでいいと言ったじゃないか」
「あの時より警備が厳重になってるんだ。嗅ぎつけられてるわけじゃねぇが。塩に混ぜるのももう無理だ」
「くそっ・・で、コレなら」
「いいぜ・・・でコレ本物か確認させろ」
「っちそれが本音なんじゃねぇか」
その言葉と共になにかを作業して中心に居る二組の男達が火をつけた。
閉鎖空間であるから余計わかりやすかった。
火をつけ煙が部屋を縦横無尽に漂う・・甘く苦い。
タバコじゃない・・そして香るのはジャスミンの香りだった。
だがそれが何を隠すためか私は知っている。最近ダブリスの中流階級の貴族たちの間で密かに蔓延している・・・諸悪の元。
黒だ・・・。殺る。そう決めた。
よくもこんなものを・・・。
グレスをっ!怒りが過ぎて冷静に冷淡になっていく思考を廻す。ここは岩塩の採掘場だ。こんな所で一般人が作業なんてしてない筈だ。
調度いい。
自身の持ち歩く火薬はそこまで多くはない。
だが靴の裏に仕込んだ500g、ベルトにある50g、手首にある煙玉のも利用すれば丁度だ。
「そんなに薬が好きならそれで死ね」
そう口にした私の行動は早かったと思う。
奴らが薬を楽しんでいる間に退路を塞ぐための火薬を洞窟に仕込む。
そして最後の最後奴らの積荷に爆薬を仕込む。私は兄上の様な火の魔法は使えない。
だから手にある火種を箱ごと思いっきり叩き込んだ。
「なんだっ!」「おいっ燃えてるぞっ!!」「おいどうした・・落ち着け」
逃げ惑え・・そして存分に楽しめ。そんだけの葉を一気に吸い込めば天国気分ではなく確実に天国に行ける。
中毒症状は抜けることもないだろう。
そう笑ってやった。私は確かにダブリスの悪魔だ。
躊躇などない・・導火線となる麻の紐に火をつけた後、私は仲間に告げる。
「先に行って・・・ここを地獄にしてから帰るわ」
私の言葉に僅かに頷いた二人が洞窟を出て行くのを見送って、私は躊躇なく火だねを投げ込んだ。
後ろは振り向かない。
後ろからドーンという音と共に悲鳴と怒号、そして岩の崩れる地響きの音が響く。
後は、蒸し焼きの出来上がりだ。
岩塩が丁度いい味付けだ。自分達が持ってきた薬と岩塩で蒸焼きになれ、このゴミ共が。
そう内心で吐き捨て、洞窟を出た時
「っ!!」
月明かりに照らされた刃が私を襲ったのだ。




