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ランプ売りの青年  作者: ふん
東の国の灯台編(上)

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第二十四話

「これはー?」

 トラ模様の猫の獣人の男の子が、大きな貝殻を宝物でも見せびらかすように掲げた。

「違う」

 リットはチラッと一瞬見やっただけで、興味なさそうに冷たく言った。

「じゃあ、これはー?」

 続いて兎の獣人の女の子がヒトデを両手に持って、リットの足下をぐるぐる回る。

「あのなぁ……。自分の好きなもの持ってくりゃいいってわけじゃねぇんだよ。つーか……。――おい! エミリア!」

「どうした? 怒鳴らなくても聞こえる位置にいるだろう」

「なんなんだよ、このガキ達は」

 浜辺にはリット達の他に、六人の子供達がいた。

「手伝いに決まっているだろう」

「だから、なんで手伝ってんだよ」

「手伝ってくれると言ったからだ。本当にいい子達だ」

 エミリアは貝殻を持った男の子とヒトデを持った女の子の頭を撫でながら言った。

「別に隠し事じゃねぇから一緒に探すのはいい。でも、ピーチクパーチクうるせぇ小鳥のさえずりを黙らせろよ」

 リットが足下にまとわり付いてくるスワを睨むと、スワの後ろからクワとスナが顔を出し、三人同時にリットに向けて舌を出した。

「なぜそう口が悪いんだ……。子供相手に大人げない。泣かせたら承知しないぞ」

「こいつら毛ほども気にしてねぇよ」

 三つ子はリットのズボンを引っ張ったり、砂をかけたり、靴を踏んづけたり、ささやかな反撃をしている。

「ずいぶん懐かれてるな」

「舐められてるつーんだよ」

「それだけ心を許してる証拠じゃないか」

「そんなことより、そっちもちゃんと探せよ」

「探しているが見つからない。探しているものが何かわかれば別なのだが……」

「物、痕跡、とりあえずなんか変だと思うものだな」

「例えばアレか?」

 エミリアがリットの後ろに視線を合わせながら言う。

 リットも振り返り、エミリアが見ている方に視線を向けると、ノーラが何か口に咥えているのが見えた。

 それと同時に低いひび割れたような笛の音のようなものが聞こえた。

「おい、ノーラ。ずいぶん楽しそうだな」

「楽しいですよォ。今、習いながら作ってみたんス。旦那もやってみます?」

 ノーラは咥えていた二枚貝をリットに渡した。

 貝の根元部分を少し削り平らにして、そこに上下に一つずつ穴を開けている。その穴が開いているところを口に咥えて息を吹き込むと、貝が振動して音が出る仕組みだ。

「ガラクタで遊んでんのか」

「ガラクタじゃないっスよ。貝笛って言うらしいっス」

「笛にしてはずいぶん耳が痒くなる音だな。殆んど息が漏れてるじゃねぇか」

「マグニだって練習してハープを弾けるようになったんですから、何事も練習っスよ」

「そうだよな……アイツは人魚だよな……」

 リットは岩陰に隠れてハープの練習をしていたマグニを思い出していた。

 そして、ここから見える角笛岬を見たまま固まった。

「どうかしましたか?」

「ハスキーか……。ちょうどいい、付いて来い」

 リットはハスキーを連れて岬の崖下へと向かう。

 穏やかな好日でもあるにもかかわらず、断崖に白波が激しく打ち当たっている。

 密集した無数の岩礁には、海鳥の羽が落ちている。見上げると断崖の隙間に海鳥が巣くっていた。

 岩礁の隙間の水路には波に打ち壊された貝殻や打ち上げられた魚が腐り干上がっていた。

 リットとハスキーは足場の悪い岩肌の上を歩き、特に高く突き出た岩礁が密集する場所まで来ていた。

「これか?」

 リットは壁のような岩礁の前に立って、亀裂の入った隙間を食い入る様に見る。

「なにがですか?」

「角笛岬で音が鳴る原因の岩礁だ」

 リットは隙間から顔を離して、ポケットからマッチを取り出して擦った。

 それで隙間の奥を照らそうと思ったのだが、隙間が狭すぎるせいで明かりが届かない。

 仕方なく、リットはまた目を押し付けるように隙間に近づけた。

「――ダメだ、見えねぇ。ハスキー、隙間の奥が見えるか」

 リットが磯臭い岩の隙間から顔を離すと、今度はハスキーが隙間を覗き込んだ。

「真っ暗で、なんとも……」

「仕方ねぇ……一個ずつ確かめるか……」

「何をですか?」

「どの隙間に風が流れこんだら音が出るかだ。ちょっと音を聞きたくなったからな」

「では、夜まで待ちますか? 夜になったら少しは風が強くなると思いますが」

 ハスキーは空を見上げて言った。

 空に浮かぶ雲は止まっているようにゆっくり流れていた。まるで、雲じゃなくて太陽が動いているように見える。

「ハスキー……。なんの為にオマエを連れて来たと思ってんだよ」

「自分を信頼してくれているからです!」

 ハスキーは声を張り上げて言った。

 いつもならうざったそうに耳をふさぐリットだが、今回は満足そうな顔を浮かべていた。

「そうだ、信頼してる」リットは賞賛するようにハスキーの肩を叩いた。「――だから、ちょっとくらい苦しくなっても平気だよな」



 角笛岬の下からは、波が岩礁に叩きつける音に混じり、膨らました革袋から空気が抜けるような音が延々と響いていた。

 ハスキーは真っ赤な顔を岩の隙間から離した。

「鳴らねぇな……。ハズレ、次だ」

 リットはハスキーが顔を近づけていた亀裂の横に指をさした。

「す、少し休ませてください」

 ハスキーは大きく肩を揺らし酸素を取り込みながら、息も絶え絶えに言った。

「まだ、ほんの二十三回目だろ」

「流石に……二十三回……全力で息を吐くのは疲れました」

 ハスキーは体中に吹き出た汗を太陽で乾かすように、その場で両手両足を広げて寝転がった。

「しょうがねぇな」

 リットもゴツゴツした座り心地の悪い岩に腰掛けた。

 ズボンをはいていても、尖った岩礁のせいで足の肉が刺されたように痛む。

「あの……いったい何の調査なんですか?」

「別に調査って言うほど大それたもんじゃねぇよ。どんな音か知りたいだけだ」

「音ですか? 確か笛のような音が聞こえるハズです」

「そうだ。風の強い日にヒューヒュー高い音が聞こえる。それが音階になるのか、単音になるのかが知りたい」

 リットは一人で北の大灯台を見上げていた時のことを思い出しながら言った。

 灯台に妖精の白ユリのオイルを使ってみた後のことだ。

 途中でコジュウロウに話し掛けられ、意識は別の方に向いてしまったが、あの時に聞こえた角笛岬からの風は音楽のように聞こえた。

 岩礁の隙間を通り抜ける風の音が音階を奏でるのならばそれまでだが、もし単音しかならなければ、誰かが風に音楽を混ぜていたことになる。

 人魚は下手な腕前のハープを聞かれるのを嫌がる。

 あの脳天気なマグニだって、リットと会う前は人が来なくなった大岩に隠れて一人で練習をしていた。

 もし自分達が探している者に人魚の血が入っているのならば、風の音に紛れてハープの練習をしていた可能性がある。

「そろそろいいか?」

「……はい」

 ハスキーは息を吐きすぎてくらくらになった頭を押さえながら立ち上がる。

「頑張ってくれ、その肺活量を頼りにしてんだからよ」

 それからしばらくして、強風でもないのに岬から高い笛の音のようなものが鳴り響いた。

 そして、さらにしばらくすると、リットとハスキーは砂浜に戻っていた。

「勝手にどこへ行って、何を騒いでいたんだ」

 戻ってきたリットとハスキーに、少し苛立ちながらエミリアが言った。

「角笛岬の音を確かめてたんだ。それより拾った物を全部一箇所に集めてくれ」

「それならばそこに集めてある」

 エミリアが指をさした場所には貝や流木が積まれた小山があった。

「それじゃ……やるか」

「なにをだ?」

「宝探しだ。ガキ達にも手伝わせろ」

 リットは集められた山の前に座ると、手を突っ込んで貝を一つ手に取った。

 昨夜焼いて食べた貝だ。見覚えがある貝だったので遠くに投げ捨てた。

「だから、いったい何を探すんだ?」

「――この海でとれないものだ」



 リットが貝を一つ手に取って聞くと、頭の上から「見たことあるー」という声がした。それに続いて両脇からも同じ答えが返ってきた。

「そうか……つーかクワ。頭から降りろよ」

「スワだよ」

 リットの頭の上に乗ったスワが不満気に言う。

「クワはわたしー」

 リットの左脇から顔出したクワが笑みを浮かべていた。

「……頭が痛くなってきた」

「だいじょうぶー?」

 スワがリットの額をペチペチと叩く。

「大丈夫じゃねぇから今すぐ降りろ。羽が顔に当たってくすぐってぇんだよ」

 ハーピィは脇の下あたりから手首まで羽毛が生えているせいで、三つ子が動く度に体中を羽ぼうきでくすぐられているようだった。

「両方だ。子供でも女なら脇毛くらい剃れよ」

「脇毛じゃないよー、羽毛だよ」

「大して変わらねぇだろ」

「脇毛でも飛べるの?」

「それだけ生えてて見せびらかしてる奴ならな。頭がぶっ飛んでるって言うだろ」

「わけわかんなーい」

 リットが意味がわからないことを言うのが楽しいらしく、三つ子はケラケラと笑う。

 三つ子の軽い笑い声とは反対に、リットはため息を深く吐いた。

「オマエらが一番コジュウロウに似てんな……なにを言っても聞きやしねぇ」

「お父さん似」とクワがスナを指差すと、「お父さん似」と言ってスナがスワを指差す。そして「お父さん似」とスワがクワを指差した。

 三人とも同じことを言って指を差し合っている。

 リットはその光景を見て、ただただ呆れていた。

「なにが楽しんだか……。人に迷惑しか掛けやしねぇ」

「やること、聞くこと、見るもの、すべてが楽しいのだろう。リットだってそういう頃があっただろう?」

 エミリアが貝殻を選別しながら言った。

「あったと思うが、その時の周りの大人もオレと同じこと言ってたと思うぞ」

「ならば子供の頃に迷惑を掛けた分、子供達に寛容になったらどうだ?」

「その言葉はおふくろの腹の中に置いてきた。今更手を突っ込んで取りに行くなんて絶対嫌だ」

「まったく……。一度リットの母親に挨拶をしてみたいものだ」

「なんだ、嫁に来るつもりか?」

「本当……」エミリアはため息を一つ挟んでから応える。「毎度毎度、ひねくれた答えだ」

「この問答こそ、毎度毎度だっつーの」

 リットはため息の代わりに、貝殻をエミリアに飛ばした。

「本当にマーメイド・ハープの装飾品なんか落ちているのか?」

 エミリアは飛んできた貝殻を手で払いながら言った。

 この辺りに人魚の住処はない。だからこそ、人魚の影が噂になっている。

 住処がないということは、この辺りに落ちている貝ではマーメイド・ハープの装飾はされない。

 装飾される貝はどこか別の海のもだ。それが落ちていれば、人魚がここでハープを弾いていた証拠になる。

「落ちてたら運がいいってだけだ。風の強い日に待ち伏せすればいいだけだからな。なかったら今日から四六時中砂浜を見張る。――今、その必要はなくなったけどな」

 リットはエミリアに貝殻を渡した。小指の爪くらいの大きさの黄色の小さな貝殻だ。

「これは大陸の貝だな」

「一応村の連中に輸入品を買ってないか聞いておいてくれ」

「了解した。リットはどうするんだ?」

「オレは他にもうちょっと探してみるから、ガキも連れて行ってくれ。うるさくて集中できねぇ」

「わかった」

 エミリアは子供達を集めると、全員連れて海に背を向けた。

「パッチ。ちょっと付き合え」

 リットは指招きをして、エミリアに付いていこうとするパッチを呼び止めた。

 二人共しばらく黙っていたが、海岸からエミリア達の姿が消えるのを確認するとパッチが用心深く口を開いた。

「なんなんだニャ?」

「紙を持ってるか?」

「この国にあるのは和紙ばかりだニャ」

「和紙はダメだ。どれだけ紙を集められる?」

「大きさはどれくらいだニャ?」

 パッチはソロバンを取り出して、パチパチ小気味の良い音を響かせる。

「多ければ多いほどいい。最低二千枚は欲しい」

「そんなのすぐには無理だニャ」

「三日以内に五十枚は用意できるか?」

「ただの和紙なら用意できるニャ。――でも何か書くなら二、三十枚が限度ニャ」

「その紋章でも二、三十枚用意できるか?」

 リットはパッチワークの胸元に付いているバッジを指で突っついた。

 銅製のバッジにはリゼーネの紋様が描かれている。

「これは無理ニャ。知られたら大変なことになるニャ」

「用意してもらわないと困る。国からは多少権限が出てるんだろ?」

「これは多少の範疇を超えてるニャ」

「黙ってればバレねぇ。だから先にエミリアを追い出したんだ。このことを知ってるのは、オレとオマエだけだ」

「……条件があるニャ。最近は魔族の土地へと繋ぐ地下道の検問が厳しくなって、向こうからの輸出品が減ってるのニャ。でも、ニャーの知り合いに魔界の品物の収集家がいるニャ」

 パッチワークは言いながらリットに向かって手を差し出す。

「わかった。龍の鱗探しのついでに探してやる。高く売れそうなのをな」

 リットも同じように手を出す。

「なら、了解ニャ」

 そう言って二人は握手を交わした。

「エミリアは当然としてハスキーにもバレるなよ。これ以上あーだこーだ言われるのは面倒くせえ。だから、エミリアにはなんにも知らず海賊船に乗ってもらう」

「エミリアさまにバレたら絶対反対されるニャ」

「だから内密に進めろ。そして残りの紙は、オレが海賊船に乗ってる間に用意してくれ。いいな?」

 二人は約束を交わすと、砂浜を後にした。






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