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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第二十四話

 部屋の広さは、塔の一室としては充分過ぎるものだった。

 部屋の中は、机と棚が壁に押し付けるようにして置かれているだけ。ほとんどのスペースは、床に置かれた宝石に使われていた。

 ベッドもなく、生活の色はほとんどしない。牢屋のような小さな格子窓が一つ、低い位置にあるだけで、外の風景を楽しむわけでもなく、ただ外気を取り入れるだけのものだ。

 部屋の様子を扉の外からじっくり確認すると、ランプを持ったグリザベルは泥棒のようにつま先で立ちながら、お嬢様が会釈をするときのようにスカートの裾を軽くつまみ上げた。

 注意深く一歩二歩とももを高く上げて部屋に踏み入り、そのままの足取りを続けて、部屋の奥角まで歩いていった。

 そして、足元に用心しながら振り返り「足元に気をつけて入るがよい」と、自分の家にでも招待するかのように言った。

 続いてハスキーが床の宝石を踏まないように歩こうとするが、足を下ろす前に「線を踏むな」とグリザベルに注意された。

 ハスキーは謝りながら、床の線を探すが、そんなものは存在していない。

 困り顔を向けながら「自分には、いったいなんの話をされているのか……」と尋ねた。

「よいか……、下にあるのはただの宝石ではなく魔宝石だ。そして、その魔宝石は魔法陣を作っている。さらに、この魔法陣はまだ生きているということだ。線を踏み、魔力の流れを遮ればどうなるか……どうなるか我にもわからんぞ」

 グリザベルの言葉通り、床に鏤められるように設置された魔法石は魔法陣を作っているのだが、紙に書かれた魔法陣のように線で繋がっているわけではない。

 以前グリザベルは。魔力とは光の反射と似ていると言っていた。

 すなわち、宝石の位置を考え、どう魔力が反射しているか頭の中で線を引き、足で遮らないように歩いて来いということだった。

 しかし、急に言われてもハスキーにわかるわけもない。床のどこを踏めと、足を高く上げろと、細かく指示をされて、ようやくグリザベルの元まで辿り着いた。

 ついで、エミリアもハスキーの足取りをマネてグリザベルの元へ向かおうとしたが、グリザベルは手を真っ直ぐエミリアに向かって伸ばして止まるよう制した。

「エミリアはそっちを頼む」

 グリザベルはエミリアに向けていた手を真横に向けて、反対側の角へ向かうように指示をした。

 エミリアは火のついていないランプをしっかりと手に持ちながら、グリザベルの指示に従って、足の置き場所を探しながら角へと向かった。

「次はノーラだ」と、グリザベルはエミリアと同じ場所にノーラを誘導させた。

 ノーラが短い足を迷わせながら歩いている途中、チルカは入り口に残ったリットとヴィコットの顔を見てため息をついた。そして、自分には足元は関係ないと、さっさと飛んでエミリアの元へと向かっていった。

「リットとヴィコットは、そのままその場所にいてくれ」と、グリザベルは一度全員を見回してから、「さて……」と床の魔宝石を真剣な眼差しで見つめた。

 目で迷路を辿るように、めまぐるしく視線を床に這わせるグリザベル。その姿を眺めていたヴィコットが、リットの背中に語りかけるように「なにをしているんだ?」と聞いた。

「オレにわかると思うか? 魔女の考えることなんて」

 リットはヴィコットには振り返らず、グリザベルの様子を眺めながらこたえた。

「付き合いは長いんだろう? 昨日今日知り合ったようなオレよりは、なにを考えてるかわかるだろう」

 二人は声をひそめて会話していた。グリザベルがあまりに真剣な瞳をしていたので、その邪魔しないようにだ。

 しかし、周りにざわめきがあるのならば、混ざり溶けて消えてしまいそうな声も、この静まり返った状況ならば、かえってグリザベルの耳をくすぐることになってしまった。

 グリザベルは「我は……」と、二人の会話に混ざるように、同じように声を潜めて切り出した。「我は魔法陣に出来た穴を探している。魔力が暴走し、魔力が漏れ出した箇所だ」

「そこに、このランプを使うわけだろう」

 右手に持ったランプを少しだけ高く掲げて、エミリアも声を潜めて会話に入ってきた。

「そうだ。リットに火屋の形を注文したのも、魔宝石を使った魔法陣の一部として使うためだ。お主もよく知っているであろう? グリム水晶を使って作られた魔法陣のことを」

 グリザベルは一瞬だけリットと視線を合わせると、またすぐに床に視線を戻して魔法陣の読解を始めた。

 リットはすぐにディアナにあった大鏡のことを思い浮かべた。

「覚えちゃいるけどよ。あの話は、収れんさせて強くなった魔力を暴走させて、神の産物の力を制御するためのものって言ってなかったか?」

「よう、覚えておるな。感心だ」と、グリザベルは床から視線を外さずに口元をニヤけさせた。「今回は穴があいて漏れ出し、魔力の流れが弱くなった部分を増幅させるのに使うということだ。……我は今回のことを修復ではなく、治療であり、無に回復させると言ったはずだ。無とは当然――魔力なき状態のこと。つまりランプを三つ。あるべき場所に置けば、空には青空か星空が浮かんでいるということだ」

「最初の頃ならともかく、今はもう朝か夜かの判別はつかねぇな」

 リットはエミリアとチルカを見て言った。最初に闇の中にいた時は、二人の体質で朝と夜ははっきりしていたが、既に何十日も経ち、見張りの交代で不規則に寝起きすることが続いては、今が朝か夜かまったくわからなかった。

 世界と同じく時間を体感している可能性もあるし、世界から少しずつずれていった可能性もある。

「空が見えるなら、青空か星空かなんてどうでもいいと思うんスけどねェ。問題といえば、声を潜める必要があるかどうかっスよ。なんか意味あるんスか?」

 ノーラが普通の声で言うと、リットは自分自身をバカバカしく思い、ため息を落とした。

「なんで声を潜めて話してたんだか……無駄に息苦しくなっちまったよ」

 リットがしたため息と同じものが二つ。エミリアとグリザベルの口からも落とされた。

「お主が慣れていない気遣いを見せるからこうなる。我はお主と違い集中力がある。気にせずに、普通に話しておれ」グリザベルは言いながら床の魔法陣を見たが、すぐに視線を戻してリットを見た。「――ところでだ」

「今自分で言ったばかりの集中力はどうしたんだよ」

「聞け。大事な話だ。グリム水晶とは元々地上に合った水晶が、大地と共に空へと昇る過程でできたもの。当然大地を打ち上げた魔女の魔力が関係している。この魔方陣に残る強大な魔力が流れれば、グリム水晶はグリム水晶ではなくなるかもしれないということだ」グリザベルは一旦言葉を止めて、言いにくそうに唇をきつく結ぶと、一度視線をそらしてからまたリットを見た。「……よいのか?」

「もし、ダメって言ったらどうする気なんだよ。答えが変わらねぇことをいちいち聞くな」

 リットは気にせずにさっさと進めろと、手をしっしと動かしてグリザベルを急かした。

「どういう意味なんだ?」と、リットの後ろからヴィコットが語りかける。二人の会話の意味がまったくわからなかったからだ。

「一応形見ってだけだ。形見の酒瓶がグリム水晶だったんで、ランプの火屋に使ったんだ」

「なんだ一応ってのは。形見は形見だろう?」

「それが難しい。形見ってのは思い出の拠り所だろ? 困ったことに、あちこちに色々残す奴だったからな……――物に限らず」

「思い出を残すのは大事だぞ。ところでだ、リット。オレが話した、ダーレガトル・ガーのことを覚えているか?」

「なんとなくはな。繭に包まった稚魚は土の中にいて、魚も繭も両方食える。雪解けの水に乗って、川から海へ泳いで行くんだったか?」

「よく覚えていたな。偉いぞ」

 ヴィコットはガハハと笑いながら、乱暴にリットの頭を撫でた。

「そうだろ。成魚になったのを、ドワーフが食うってのも知ってるぞ」

 ヴィコットは撫でる手を止めて「ほう……」と感心したあと、「なら、これは知ってるか? 荒波に揉まれ傷つき、回復のために海の生き物を喰らい、ダーレガトル・ガーはどんどん肥えていく。何千年もそれを繰り返し、海の生物を食い尽くしてしまった一匹がいた。するとそのダーレガトル・ガーは、今度は空に食べ物を求めた」と、昔ばなしを聞かせるように言い、最後にニヤッと笑った。

「そりゃ……さぞ立派な龍に育ったんだろうな」

 リットが皮肉めいて言うと、ヴィコットはまたガハハと笑った。

「あちこちに散らばる情報を集めて繋ぎ合わせると、真実よりも嘘の証明が多くなってしまう。まるで水だ。ほとんどが手のひらからこぼれ落ち、乾き、消えていく。だが、稀に手のひらに何かが残ることがある。皆そのわずかな何かを求めて、故郷を飛び出していくもんだ」

「いつものありがたい教えなのはわかるけどよ。もうちょっとまとめて話してくれねぇか?」

「思い出も一緒だってことだ。あまりとらわれるな。手のひらに残った僅かな思い出だけ見つめていては、それはいつか虚像に変わってしまう」

「なら絵に書いて、額縁に入れて壁にでも飾っておくよ」

「なら次は、絵の描き方でも教えるとするか」

「まぁ、そのほうが繭に入った魚のとり方とか、死んだ木の根に生えるキノコのとり方とかよりも、よっぽど役に立つわな。闇に呑まれた中を歩くなんて、もう二度とねぇだろうしよ」

「そうだな……まず情熱的な絵の具に筆を預け、まっさらな紙に思いの丈を塗りたくる」

「絵なんて書いたことねぇんだろ」

「あっても忘れてる。役に立つことも教えただろう。木の登り方とか」

「ここには枯れ木しかねぇのにか?」

「木登りも、枯れ木の活用法も同じことだろう。それに、川遊びにキャンプ。一応酒場にも一緒に行ったことになるな」

「最後の方は教えってより、娯楽になってんぞ」

 リットが笑うと、ヴィコットも笑った。

 その二人の笑い声が止むのを見計らったかのように、タイミングよくグリザベルが「さぁ……準備はできたぞ」と手を叩いた。

「いよいよだな……」

 エミリアがつばを飲み込む音は、まるで耳元で鳴っているかのように大きくなって全員に聞こえた。

 グリザベルは「うむ」と重々しくうなずくと、リットを見た。「リットよ、ルビーが五つ連なっている箇所。その一番右のルビーの上に、ランプを重ねて置け」

 リットはグリザベルに指示されるがままに、火のついたランプを魔法陣の中に置き、グリザベルも持っているランプを、自らの手で置くべき場所に置いた。

 この段階ではまだ変化はなかった。ランプの周りの魔宝石が、どこか不気味に鈍く反射しているだけだ。

 そして、リットと自分の置いたランプの位置を確認すると、ノーラに「三つ目のランプにも火を灯す時間だ」と言った。

 ノーラはマッチを擦って火柱を上げると、優しい手つきでエミリアの持つランプの芯に火を移した。

「一瞬だ。まばたきをすれば世界が変わっている」

 グリザベルの言葉はランプの光の中の世界を慌ただしくさせ、固唾を呑む展開を迎えたが、リットとヴィコットの空間には周りと違う、ゆったりとした空気が流れていた。

「もっと教えられたなぁ……」

 後悔の念に喉を押しつぶされたかのように、か細い声でヴィコットが言った。

「充分だ……これ以上教えられたら、覚えちゃいられねぇからな。むしろなにを教えたかったんだよ」

「愛と幸せ。あとは……生き続ける限り宝物は増えるってことだ。そのうち、両手に持てなくなるほど増える。だから人は結婚をして、子供を持つんだ。一人で生きようと思うな。手に持てる宝物を選別するだけの人生はつまらんぞ」

「それってよ。相手の荷物を持たされて、結局捨てることになんねぇか?」

 ヴィコットは「そう思うだろう?」と笑顔になった。

 リットからその顔は見えないが、リットにははっきりとヴィコット笑っているのが感じ取れた。

「――だが、不思議なことに相手の宝物はいくらでも持つことができる。それが愛だ。そして、相手に預けた自分の宝物はいつの間にか二人の宝物になっている。それが幸せだ。だから、人生というのは宝物が増えていく。わかるか?」

 リットは少し悩んでから「……まだわかんねぇな」とこたえた。そして、肩をすくめて「でも、覚えとくよ」と付け足した。

 ヴィコットはその肩を掴むと「そうだ、覚えとけ。宝を求めた冒険者より、ずっと宝にあふれる人生だ」と、ガハハと笑いを響かせた。

 その高笑いと同時に、リットの目にはエミリアが魔法陣にランプを置くのが見えた。



 その瞬間から闇の重圧は消え、無垢と呼ぶにふさわしい真っ白な色な世界が壁や床という境界を取り除き、世界を一辺に統一した。

 そして、その真っ白な世界を赤い線が走り、青い線が走り、幾つもの色が規則正しく同じ線を辿った。一色の線が走る度に線の色は変わり、線の色が変わる度に世界は縮まりを見せていった。

 そして、いつの間にかリット自身はその白い世界の外にいた。

 苦しさはないが、感情も湧いてこない。

 ただ外側から、幾つもの色が混ざって作られた黒。その混沌とした黒で描かれた魔法陣が浮かび上がるのを見ていた。

 長い一瞬は、網膜に魔法陣を焼き付けた。

 焦げ跡のような黒い線は床の魔宝石で作られた魔法陣をつないでいたが、数度まばたきを繰り返すと、網膜から線は消えてしまった。

 繋ぐ線がなくなった目に映るのは、もはや魔法陣ではなくただの宝石。

 それと三つのランプ。ランプの火はすべて消えていた。

 全員が同時に顔を上げて、お互いの顔を確認する。ランプの光がない中で、全員の顔が瞳に映っていた。

 しかし、リットの後ろにはヴィコットの姿がない。誰かがそれに触れることはなかった。

 なぜならば、次の瞬間。とても小窓からとは思えない突風が吹き入れ、扉へと流れていったからだ。全員が押されるではなく、誰かに片腕を引っ張られているかのように、部屋の外へ追いやられていった。その勢いは止まることなく塔を出るまで続いた。

 最後には扉から投げ出されるかのように、飛ばされてしまった。

 しかし、痛みはなく、遠い懐かしい匂いが胸を満たした。

 リットが匂いの正体を確かめるために顔を上げようとするが、チルカに後頭部を踏みつけてられて顔を上げることができなかった。

 だが、チルカの「これが世界よ! これが人生よ!!」という言葉を聞いて、何が起こっているのかは考えがついた。

 そして、皆から少し遅れることになるが、顔を上げたリットの目にも真実が映った。そこには思った通りの光景が生きていた。

 一面には濡れたような光沢のある緑の芝が風の通り道を教えており、その隙間隙間には空の虹を落としたかのように色とりどりの花が咲き乱れていた。

 陽に照らされ銅板のように光る幹の大木は、葉を振るって笑い声のような葉擦れの音を響かせている。

 その木より更に高く、蔦は群れをなすように大きくうねり城を登り壁を緑に染めていた。

 世界は華やかな色に満ちていたが、ヴィコットの色はどこにも存在していなかった。

 ここまできた軌跡の痕。土色にハゲた人数分の足跡だけが彼の存在を静かに数えていた。

 





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