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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第二十二話

 何度も馬と荷車、それに馬車が往復した道は、今なお地面を固めたままで、テスカガンドの歴史を教えていた。

 アルクバーシルから続く、蛇のように曲がりくねるつづら折りの坂の一本道は、闇に呑まれていなければ、テスカガンド城にずっと見下ろされながら歩くことになる。

 テスカガンドどの道のどの角度からでも、その姿が見えるように作られている。木々に遮られているので全容が見えるわけではないが、一部は確実に目に映る。

 これはそうなるように道が作られているからだ。権威の象徴である城にひれ伏すように、わざと長い道を作り、時間を掛けて城を見上げるようにさせる。

 敵が攻めにくく、自分達は守りやすいようにという理由も当然あるが、テスカガンドが発展する時代にはもう既に戦争はなくなっていた。

 そして、ヨルムウトルと同じくディアドレとともに発展した国だ。

 違うところといえば、ディアドレの愛がなかったことだ。王に苦言を呈することも、窘めることもなく。湧き水のように採掘される豊富な鉱石を使い、ディアドレもまた己の欲望のために研究を重ねていった。

 ディアドレが研究を重ねれば重ねるほど、テスカガンドという国は豊かになる。それは、魔宝石の力というよりも、魔宝石そのものの価値によってだ。

 今なお魔女達の間で語り継がれているだけあり、上質な魔力がこめられた魔宝石はそれに見合う以上の価値があった。

 魔宝石が一つ売れれば、道が一つできると言われるほどだ。実際にハレアメドからマージルとアルクバーシルを通りテスカガンドへ。という交易の為に必要になるラインを作り上げた。

 国を豊かにするとはいうが、実際には自分がどれだけ豊かになれるかだった。手に入れたいものをいかに早く城へと運ばさせるか。真っ直ぐに川を通ればいい。愚直な方法だが、それを実行できるほどの資材も、人材も、知識も、すべてが魔宝石を売ったお金の力で賄えられた。

 この時にはテスカガンドの特産は鉱石ではなく魔宝石となっていた。

 しかし、もうこの時にはヨルムウトルと同じ状態になっていた。ディアドレが研究するエーテルという力に取り憑かれた国。エーテルという力を我が物にしようとするディアドレ。歯止めをかける者がいなかったテスカガンドでは、あっという間に欲を栄養に孕み、充分に腹が大きく膨んでから、『闇に呑まれる』という厄災を産み落とした。

 その闇に呑まれるという現象は、歴史上最大のウィッチーズ・カーズとなってしまった。

「――だが、謎は数多に残っておる。ディアドレはいかにしてテスカガンドのウィッチーズ・カーズを回避したのか、ガルベラを連れてテスカガンドへ戻った本当の理由もわからないままだ。ヨルムウトルから離れたのに、ヨルムウトルでディアドレの亡霊が出たのは――まぁ……浮遊大陸から身投げをしたのかもしれぬ。お主もヨルムウトルで見たと言っていたであろう?」

 膝に翼が生えて羽ばたいているのかと思うほど軽快なグリザベルの足取りが急に止み、踊るようにしてクルッとリットに振り返った。

 軽やかなグリザベルトは違い、リットは重い足取りを止めると、足の先から首まで溜まった疲れを吐き出そうとため息をついた。

「オレを何百歳のじじいだと思ってんだよ……会ったことねぇんだ、ヨルムウトル王にもディアドレにもな。それなのにわかるかよ。あんなのはな、夢うつつの出来事だ」

「何月もここで過ごしたというのに、わからん奴だ……。夢うつつこそ現実だ。水が流れ、草が生まれる。闇の外で、妖精が出てくるお伽噺のようなことが起きたか?」

 チルカは「やめて……」と機嫌悪く言った。リットと一緒にされるのが嫌だと感じたのと、都合の良いことや悪いことを妖精に結び付けられるのも嫌だった。

 チルカ達妖精が好きなのは誰かに夢を与えるものではなく、誰かをからかう為の噂話だ。それが口伝で伝わっていき少しずつ内容が変わっていく。長い年月を掛けて話の変化を楽しむという、ひねくれた遊びのようなものだ。

 だから噂話が好きなのであり、他の誰かが作ったお伽噺の類は嫌いだった。

「我には違いがわからぬ。妖精の噂話も、その噂が元になったお伽噺も」

「めでたしめでたし。で、終わらないのが妖精の噂話よ。噂話なんだから、終わりは綿毛のようにふわっとさせるの。あと、妖精の噂話が元ネタになったお伽噺なんて、こっちからしたら八割ただの与太話よ。勝手に妖精を悪者にしたり良人にしたり……話の変えどころの本質ってのを理解してないんだから。まぁ……リゼーネの話がギリギリで及第点ってところね。道案内をしたのが白ユリじゃなくて妖精だったら、もう最悪。出来の良い噂話なんて少ないのよ。だから私が作るの」

「難しい話だな」

 グリザベルが表情を曇らせると、チルカは機嫌悪く眉を寄せてシワを作った。

「なにがよ」

「我もその話の時は噂話の一員になりたく、テンションが上っていて気付かなかったが、伝える者が多すぎるということだ。リゼーネやディアナでは当然。東の国もそうであろうし、魔女の間でも噂になる。それに妖精の噂話が加われば、相当捻れて話が伝わっていくということだ。いくら正確に伝えようと、真実とは現実に眼で見た我らにしかわからぬことだ」

「真実なんてどうでもいいのよ。妖精の立場を都合よく使うなって話なんだから。それより……さっきからなんなわけ?」チルカは眉間のシワをさらに深くした。「いつまでずっと同じことを喋ってるつもりなのよ」

「ディアドレは魔女の歴史の核を担う人物の一人だぞ。ディアドレの空白の歴史が書き込まれるということは、魔女の歴史そのものが新たに書き加えられるということだ。そこらにその文字が転がっているような場所へと向かっているのだ。魔女ならば誰でも饒舌になる」

 グリザベルはフハハと上機嫌に高笑いを響かせた。チルカのひそめた眉にも、ため息にも気付くことなく、テスカガンドは魔女にとってどれだけ重要な場所かと続きを話し出した。

 話の矛先が自分ではなくチルカに移ったことから、リットはほっとしたが、またこちらに矛先が向くだろうと、うんざりとした様子でため息を落とした。

「いつになったら城に着くことやら……。このままじゃ暗記するほど聞かされるハメになる……」

 ヴィコットは「さぁな」と言って首を傾げた。

「手に持った地図はファッションの一部か? だいたいくらいはわかるだろ」

 ヴィコットは傾げていた首を戻すと、子供に言い聞かすように、静かに首を横に振った。

「いいか、リット。地図というのは見るものではなく覚えるものだ。城の周囲の地理まで正確に描くバカがいるか? その一枚が流出すれば、あっという間に他国に滅ぼされてしまうぞ。違い過ぎず、それでいて大まかに描かれた地図こそ、もっとも価値のある地図だ。そうだろう、ハスキー」

 ヴィコットは鞄越しにハスキーの肩を強く叩いた。

 ハスキーは突然のことに少し体勢を崩し、よろめきながら振り返った。

 持ってきた食料や消耗品などはかなり使っているので、荷物自体の量は減っているのだが、大荷物を持っていたハスキーもだいぶ疲れが溜まり、足元に普段の踏ん張りは効かなくなっていた。

 ヴィコットが強く叩いたのは、これくらいでよろけるくらいなら、いつでも荷物を持つのを手伝うぞといった意味なのだが、ハスキーがそれに気付くことはなかった。

「それがですね。多種族国家と呼ばれるように、リゼーネは移民を受け入れて大きく発展した国なので、かなり正確な地図が出回っています。国もそれを規制することなく、またこれからも発展を重ねるように、常に新しい風を受け入れています。ですから、正しい地図こそ広めるのがリゼーネの考え方なのです」

 リットは「案外バカは近くにいたな」と茶化して言った。「だいたい、ヴィコットが真に正確な地図が必要だって言ったから、住処に寄って地図を取ってきたんだぞ。それを今さら大まかな地図だって言うのか?」

「同じことだ。真に正確とは流通さえできればいい、余計な情報がないって意味だからな。それに、地図というのは周りの風景と見比べて、初めて意味を成す。町と町の距離が何歩ですって描かれている地図を見たことがあるか? こんな真っ暗な中で迷わず歩けているのも、オレとエミリアのおかげだぞ」

 ヴィコットは地図を丸めると、それで同じ地図を持つエミリアを指した。

 二人の会話は聞こえているが、エミリアはそれに返す余裕がなかった。もういつテスカガンドの城がランプの光の範疇に入ってもおかしくない場所まで歩いているからだ。

 このことは今日の出発の時にも話されており、だからリットはいつまでも姿を現さない城に不安になっていた。

「そのうち着くだろう」とヴィコットは軽く言った。「道の終点が城だ。崖から転げ落ちでもしない限り、嫌でも城にたどり着く」



 ヴィコットの言葉から程なくして、道が土ではなく石レンガに変わった。そして、そのレンガの道に変わってから、道は曲がることなく真っ直ぐに伸びていた。

 誰しもが嫌な予感を抱き、僅かな恐怖が足元から襲ってきたが、誰も口には出さなかった。口に出したら、予感が予想になってしまう。そして、それが予想通りになってしまっては困るからだ。

 実際に予想は当たっていた。リット達は小さな谷に架かる石の橋の上を歩いていた。城門へと続く短い橋だ。何百年も手入れされておらず、誰も踏み込まなかった橋を渡るのは勇気がいる。いつレンガが崩れ、闇に落ちていっても仕方がない。この予想が予想通りになるのを恐れ、誰もこのことを口には出さなかった。

 息を飲み、喉の奥を空気で蓋をするように歩く。そうしなければ、吸った空気が一度の呼吸ですべて出ていってしまい、肺が潰れそうになるからだ。そうしてでも、まだ吸う空気より吐く空気のほうが多かった。

 実際には、百歩も歩けば終わってしまうとても短い橋なのだが、鉛でできた靴を履いているかのような歩幅と、ロープ一本の上を歩いているかのような慎重な足取りのせいで、何倍もの時間が掛かってしまった。

 安堵のため息をつけたのは、目の前に浮かびあがるようにして、突然石壁が現れてからだ。

「浮遊大陸の光の橋のほうが何倍もマシだったな……。自分の死ぬ景色が見えてるほうが気が楽だ」

 リットは石壁に寄りかかって言った。恐怖に汗ばみ火照った体の体温は、冷たい石レンガに吸い込まれていく。

 グリザベルは一人振り返り、跳ね橋を見て「とうとう……テスカガンド入りだな。あっさり過ぎる気もするが……闇の中では仕方のないことだ」と嬉しそうに言った。

「さっきまで一緒に怖がってたくせに、なに笑ってんだよ」

「我は橋に怯えていただけで、闇に怯えていたわけではない。下りたままの跳ね橋を見て、本当に突如闇に呑まれたのだと思ったら、ここがテスカガンドだという実感が湧いてきた」

「闇が晴れて、城の全容が見えたらもっと実感するはずだ」エミリアは額の汗を拭って言った。「ここまで来れば、長く休憩を取ることもあるまい。問題は魔法陣の場所だ。グリザベルの予想通りならば、魔法陣は紙には描かれていないということだったな」

「そうだ。さらに予想を立てるのならば……空がよく見える庭か、空に一番近い塔。だが、人が通る庭に魔方陣を作るとは思えぬ。十中八九塔の上だろう」

「つまり……結局また歩き回るってことっスねェ……」

 疲労で座り込んでいたノーラは、立ち上がると老婆のように腰を叩いた。

「気を抜くのはもう少し後だ。闇が晴れた後は、景色を見ながらゆっくり帰るとしよう」

 エミリアに励まされると、とりあえずノーラは歩き始めたが「そう言えば、帰りもあるんスもんねェ……。すっかり忘れてましたよ」と、げんなり肩を落とした。

「なかったら困るだろう。無事に帰るまでが調査だ」

「そうなんスけどねェ。また同じ道を戻ると考えると……」

「心配しなくても、帰りは来た時の半分もかからないだろう。ヴィコット殿のおかげで、食料に困ることもなかったからな」

 喋りながら歩き出す二人のあとを、チルカとハスキーとグリザベルがついていく。

「ほら、行くぞ」とリットが誘うと、ヴィコットは「……あぁ」と短く返事をした。

 開けっ放しの城門をくぐり城の中に入っても、目に見える範囲が狭すぎるので、城だという実感は湧いてこなかった。ゴーストが住処に使っている屋敷の中に入った時と一緒だ。

 リットは壁にかかった松明を手に取ると、マッチで火をつけてヴィコットに渡した。

「おぉ、気が利くな」というヴィコットの嬉しそうな声と一緒に、嬉しそうに動く影が現れた。ヴィコットとじゃれ合うその影の奥には、色褪せて元がわからなくなった絵画が飾ってある。

 リットはそれを見て「なんで金を持つと、こういう無駄なもんに使うようになるんだ?」と大きめの声で聞いた。

「もしかして……私に聞いているのか?」

 声の大きさから察したエミリアは、足を止めずに一度リットに振り返った。

「他に誰か金持ってる奴がいるか?」

「持っているのは私ではなく、私の両親だ。だが、私は芸術にはふさわしい対価を払うべきだと思うぞ。そして、無駄だと思わないから対価を払って飾るんだ」

「我も芸術は大事にしておる。なにより魔法陣こそが、名画に匹敵するものだ。当然それを手に入れるのならば、金など惜しくない。むしろ金で買えるのならば物怪の幸いだ」

 グリザベル同様、ヴィコットもエミリアに賛同した。

「オレも良いと思うべきものは、名のある絵画でも値打ちのない壺でも、子供が作った弓のおもちゃでも飾るぞ」

 壁に映っている影も、ヴィコットに同意して頷いた。

「……オマエはなんも知らずに、呑気に頷いてんなよ」

 リットが影に向かって言うと、ヴィコットが慌ててリットの口を手で塞いだ。

「余計なことを言うな。……気を悪くするだろう」

「気を使わせるよりマシだろ」

「まぁ……道理だな」とヴィコットが肘でリットを突くと、壁にいる影も笑っているように動いた。

「呑気なもんだな……まぁ、いい。それで、最近調子はどうなんだ?」

「すこぶる快調だな。だが、問題もある……。ここの美人の姫様の顔がわかないままだからな。どこかに肖像画でもないものか」

「別に姫さんだからって、美人ってこたぁねぇだろ」

「美人の姫は嫌いなのか?」

「どうだろうな。姫ってだけで身内の顔を思い出す。そのせいで都合よく想像できねぇよ」

「姫ってのは世界で一番美人なんだぞ」

「二人いたらどうすんだよ」

「変わらん。二人共世界で一番の美人だ。それが三人でも四人でもな」

「ずいぶん安っぽい世界なもんだ。そんな大安売りしていいのか? そこまで安いと、いざ値上がりすると誰も買わねぇぞ」

「愚問だ。それこそが狙いだからな」とヴィコットはガハハと笑った。

 そんな二人の会話を背中に聞きながら、エミリアは首を傾げた。

 その動きに合わせるように、ノーラも首を傾げた。

「どうしたんスかァ?」

「うむ……リットはなんで急にこのタイミングで世間話を始めたんだと思ってな」

「旦那ってば少し素直になったんスよ」

「よくわからないままだが……素直になったのならばいいことだな」

 リットを気にするよりも、塔への道を探そうと頭を入れ替えたエミリアの後ろで、ノーラは二人の話に耳を傾けながら歩いていた。






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