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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第九話

 既に朝食を終え、身支度も終えた時間。エミリアは地図の裏に書かれた五芒星を見て満足げに頷いた。

「うむ、予期していないことも多々あったが……予定より順調だな」

 エミリアが焦げた枝の先で線を一本書き足すのを見たリットは「なんだそりゃ。魔女にでもなるつもりか?」と覗き込んだ。

「なろうと思ってなれるものではないだろう。だが、グリザベルに教えてもらったのは確かだ。五芒星を書き、そのあとは星の頂点を線で繋ぐことで十まで数えられる。これで今までの日数を記録しているんだ。旧時の魔女は日ではなく、星を数えるという言い回しをしていたらしい」

「そりゃまた……得意気な顔で語ってる姿が容易に想像できるな」

 そうリットが言った瞬間。わざと大きく土を踏み鳴らす。自己主張が大きい足音が近付いた来た。

「それを説明するには、ディアドレがいた時代より遥か昔の時代へと遡り、星繋ぎの魔女の異名を持つ、ゾディアという魔女のことを話せばならぬ」

 グリザベルは喋りながらリットに近づくと「よいか」と切り出した。

「よかねぇよ。その魔女のことも、屁こき魔女も、チープな魔女の話も興味ねぇんだ」

「ミランダ・ヘッコニーとポテフィッシュ・チップスだ! お主には何度も話しているだろう!」

「たいして変わんねぇだろ」

「変わるわ! 我が礼賛する偉大な魔女の名を弄びおって! 皆、魔法陣の基礎となる芒星に関わる魔女ぞ!」

「そりゃすげえな。次は男の煩悩の基礎となる女体を作り出したエロ神様の話でもしてくれ」

 リットが手で追い払おうとするが、グリザベルは自分の知識をさらけ出したくてしつこく食い下がる。

 そんなよく見る光景に、エミリアがため息をついていると、「順調ということは、日数に余裕があるということだな」とヴィコットが話しかけてきた。

「ヴィコット殿のおかげだ。感謝してもしきれない」

 エミリアが深く頭を下げきる前に、「ならば」とヴィコットが言葉を差し込んだ。

「一度手分けして食料を探したほうがいいな。保存食も残り少ないだろう? テスカガンドに近づくに連れ不安要素が増えるはずだ。この先どうなるかわからん。周囲に食料があるとわかっているうちに、確保しておいたほうがいい。準備は心に余裕があるうちにだ」

「ヴィコット殿の言う通りだな。余裕ができた時にこそ、身を引き締めなければ」

「いや……オレはそう堅苦しい考えで発言したわけではなくてだな……。心に余裕があるうちに、その隙間に付け込もうと……あわよくば口説くチャンスを作ろうとだな」

「謙遜することもあるまい。皆もそれでいいな?」



「で、なんでオレはグリザベルと食料を探してんだ?」

 リットはランプを持った手を向けて、グリザベルの顔を照らした。

「……お主が我を言い負かすのに必死で、適当に返事をしたからであろう。話も聞いていないのに、よう適当に会話ができるものだ」

 グリザベルはため息をつくと、後ろを振り返った。

 もう既にランプの光は届かなくなったが、そこには反対の方向へ食料を探しに行ったヴィコットとチルカとハスキー。そして、野営地の番をするエミリアとノーラの姿があるはずだ。

「食料っていっても、いつものキノコと魚だろ。手分けしなくても、一組で探してこれるじゃねぇか。ヴィコットに行かせれば済んだじゃねぇか」

「我はそう言ったぞ。わかった。二人で探してくるから邪魔すんなと、お主がエミリアを追い返したから、この状況になっているわけだ」

「つまり、グリザベルは野営地の番っていう楽をする提案をしたのに、オレが適当に返事をしたせいで割を食ってるわけだ」

「そうだ」

「なんとか言った立場を交換できねぇか?」

 リットは自分とグリザベルを交互に指しながら言った。

「簡単なことだ。時間を戻せばよい。お主にそれができるのならばな」

「それこそ、魔女の出番だろ。お得意の不思議パワーでどうにかなんねぇのか?」

 リットが茶化して言うと、グリザベルは二度目のため息をついた。

「できるのならば、今頃我はお主に荷馬車を引かせて、その上でふんぞり返っておるわ」

「何回やり直したところで、オレを言い負かすことはできねぇと思うけどな」

「今は勝ち負けよりも、食料を探すことが先決であろう。服も汚さず、手ぶらで帰ってみぃ。なにをしていたんだとエミリアに聞かれるぞ」

「たしかに。四六時中一緒に居すぎて、もういいかげん言い訳も出てこねぇからな。言い訳を考えるより、食料を探すほうが楽だ」

「お主は死ぬまで言い訳が尽きることはないと思うぞ……」

「なら、安泰だな。しばらくはサボってても小言が飛んでこない世界を謳歌するか。探すのは、羽を伸ばした後でもいいだろ。気張って見つからなかったら疲れるだけだからな」

 リットは手頃な岩を見つけると、足を止めて地面に座り、岩に寄りかかった。

 ランプを持ったリットが岩に背を寄せたので、ひとり歩いていくわけにはいかず、グリザベルもその岩に座った。

 しばらく無言で過ごしていたが、唐突に「深き闇の囁きとは、耳の奥底にこびりついてくると思わぬか?」とグリザベルが口にした。

「……羽を伸ばすって意味をわかってんのか? 持って回った言い回しを聞かずに過ごすって意味もあんだぞ」

「静寂の騒ぎに、思考が侵食されると言っているのだ」

「もっと遠回しになったぞ。しーんって音がうるせぇってことだろ」

「わかっているではないか。一度この音が気になると気になり続け、ゆっくり考え事もできぬのだ」

「そっちもわかってんじゃねぇか。最初からそう言えよ。孤独の魔女のくせに、こんな音気にすんなよ。いつものことだろ」

「そんな異名は嫌なのだ! 我は漆黒の魔女ぞ! 漆黒の魔女! 漆黒の魔女グリザベル・ヨルム・サーカスだ!」

 グリザベルが岩の上で足をばたつかせると、地面に座っているリットに靴の汚れが飛んできた。

「顔に泥を塗られたからって、直接泥を飛ばしてくんじゃねぇよ」

「じゃあ、我の話を聞けい」

「じゃあってなんだよ、脈絡がねぇよ」

「いいから聞くのだ! 泥だけじゃなく、ツバも飛ばすぞ」

 グリザベルの「ぺっぺっ」という下手くそなツバの吐き真似の音が頭上から聞こえると、リットは諦めて「じゃあ、話せよ」と、お手上げだと言葉通りに両手を上げて、話すように促した。

 グリザベルは「話というのは、ディアドレとそのランプの関係だ」と、何事もなかったように話し始めた。「前にも話したが、ディアドレは弟子のガルベラを連れて、一度テスカガンドに戻っている。」

「覚えてるぞ。船で二日酔いだってのに、横で聞かされたからな」

「なら、闇に呑まれたテスカガンドへ、どうやって戻ったかという手段はわかっていない。というのも覚えておるな。今しがた考えていたのはそのことだ。ランプの光を眺めていて、急に点と点がつながった。閃きは一筋の光なりだ。ランプの光で、暴走していた魔力が安定し沢に水が戻ったように、ディアドレも安定させる術を持っていたということだ」

 ディアドレのいた時代には、まだ東の国の大灯台はなく、闇に光が届くことは知られていなかった。闇に呑まるという現象自体、起こってしばらくは魔女の間でしか噂にならなかったものだ。それが時を重ね、闇が広がりを見せ、ようやく魔女以外にも噂で届くようになり、今現在ようやく危惧する国が現れて、リット達が調査隊として派遣されるようになった。

 ディアドレの生きていた時代というのは、闇に呑まれるという現象を起こした本人。ディアドレの知識と情報しかない。

 手探りしようにも、その手を彷徨わせる場所すらないその時代に、ディアドレがどうやって闇の中を歩いていたのか。グリザベルはそれに頭を悩ませていた。

「我らはランプという道具を使い、光を媒体にそれを実現させたが、ディアドレはなにを使ったか。それが我の頭を悩ませておる……。魔法陣を使ったのならば、何度も書き換えつつ進むしかない。それは気の遠くなる作業だ。使ったのが魔法石とて同じこと」

「点と点が繋がってねぇじゃねぇか」

「繋がりそうなところを、静寂がうるさく邪魔してきたのだ! 我と頭の作りが違う凡人は黙っておれ! うぅー! 頭が爆発しそうだ!」

 グリザベルは子供の癇癪のように足をばたつかせると、岩に座っているのを忘れ、背もたれに背を預けようとしたが、当然背中を支えるものはない。「おぉ?」というマヌケな声とともに背中から地面へと落ちていった。

 リットがランプを持って岩の後ろを照らすのと同時に、なにかが粉々になって破裂する爆発音が響いた。

 足元に吹き飛んできた朱色の欠片を見たリットは「頭がおかしい奴だとは思っていたけど、本当に爆発するとはな……。たしかに頭の作りが違う。死んだか?」

 しばらくの無言の後、身動き一つしていなかったグリザベルがすくりと立ち上がった。

「生きておるわ!」

「おい、急に立つなよ。頭の中身が滴り落ちてきてるぞ。しっかりしまっとけ」

「こんなもんお主にやるわ!」

 グリザベルは手で拭うと、そのネチャネチャとした塊をリットに投げつけた。

「そう、怒んなよ。オレがランプで照らさなけりゃ。今頃闇の中だぞ。それに――これでエミリアに怒られなくてすむ」

 リットはグリザベルの傍らに無残に砕けて転がっているカボチャを拾うと、乱暴に投げ渡した。

 受け取ったグリザベルはそれを投げ捨てると振り返った。そして戦場の兜のように転がるように生えているオレンジ色のカボチャを見て「やはりここにもあったか……」と呟いた。



「パンプキンボムというのか。オレは知らんな」

 二人が持ち帰ったカボチャを、ヴィコットは興味深そうに眺めていた。

「ヨルムウトルにも生えていたものだ。ディアドレが研究をしていた日のない場所にも咲く植物」

「世の中には色んな植物があるもんだ」

「そうであろう。これがあるということは、ディアドレがここを通った可能性がある。となれば……ディアドレが闇を歩いた手段がわかるやもしれぬ」

 グリザベルが不敵にニヤッと笑うと、顔にカボチャの種が飛んできた。飛んできた方向に目を向けると、呆れ顔のチルカがもう一つ顔に向かって種を投げているところだった。

「あのねぇ……なんで破裂すると思ってるのよ。種を飛ばすため。移動能力のない植物が生息分布を拡大させるためよ。ヨルムウトルでは、影執事が世話してたから広がらなかっただけ」

「だが、パンプキンボムを辿れば、最初に植えた場所にたどり着くであろう?」

「四方八方に飛び散るのに、どうやって辿るのよ。それに、この種」

 チルカは三つ目の種をグリザベルに投げつけた。

「これ、やめぬか! いちいち投げるでない!」

「中はスカスカよ。言ってることわかる? 全部の種が発芽するわけじゃないの。こんな栄養のない土で育つんだから当然よね。種の殆どは爆発する時にこすれて、栄養のある種の皮を傷つけて発芽しやすくなる役割のはずよ。さぁ、数少ない発芽する種で育ったカボチャを、どうやって辿る気でいるの? さぁさぁ」

 チルカはグリザベルの眼前まで飛んでいって詰め寄るが、「そういじめるな」とエミリアに窘められた。

「だって、エミリア! この魔女、寄り道する気まんまんなのよ!」

「それはこれから話し合うことだ。新たな情報で安全を保てるのならば、それは寄り道ではなくなる。今はこのカボチャを食べて少し休憩しよう。甘いものを食べるのは久しぶりだろう?」

 エミリアに穏やかに諭されたチルカは、腑に落ちない顔をしながらも頷いてグリザベルから離れた。

 ハスキーがカボチャにナイフを当て、石でナイフを打ち付けてカボチャを割っている場所までチルカが飛んでいくと、グリザベルは安堵のため息をついた。

「まったく……カボチャに、怒りに、不満……。今日はよう爆発する日だ」

「爆発させた原因は全部自分じゃねぇか。考え無しで余計なことを言うから、そうなるんだ」

「リット……お主にだけは言われとうないわ。毎日毎日減らず口ばかりではないか」

「オレは考えてるぞ。植物もなくイライラ気味のチルカに、勝手気ままに意見を押し付けてみろ。ノーラに火をつけさせるようなもんだ。一気にボンッ! 後はただ収まるのを待つだけだ」

「お主はいつもチルカを怒らせてばかりではないか。参考にならぬ」

「そりゃそうだ。考えるだけで実践はしねぇからな。何が悲しくて妖精に気を使わねぇといけねぇんだよ。おとぎ話に出てくる願いを叶えてくる妖精でもねぇのに」

「つまり、我がお主の願いを叶える魔女であれば、もう少し我に気を使うということか?」

「いいや、泣かすか煽てたほうが扱いやすい。チルカは怒らせたほうが扱いやすい。どっちにも気を使う必要はねぇ」

「存外流されやすいお主に言われとうないわ。闇にも魔女にも興味ない興味ないと言うて起きながら、こんなとこまで来おって」

「うーむ……それは言い返せねぇな」






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