表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

307/325

第七話

 沢沿いを流れに逆らって何日か歩く。ランプの明かりに照らされ、滲み出るように流れ出す光景は不思議なものだったが、それも三日も経てば見慣れてしまう。

 山道ということもあり、足腰に疲労がたまるが、水が飲めるのと飲めないのとでは、身体的にも気持ち的にもかなり違っていた。

 やはり、水を飲まずに歩いていれば、すぐに疲れてしまう。疲れると口数が減り、ただ歩くだけの行為を繰り返すだけだ。それが二、三日ならば耐えられるが、何十日も繰り返し、さらにまだ何十日かかるかわからないままのその状態では、誰でも参ってしまう。

 気分の沈みが少なかったのは、そんな沢の水があるという理由よりも、季節の目覚めの春風が芽吹きの様々な匂いを連れてくるように、ヴィコットが新しい話題を次々と口にするおかげが大きかった。

 風景、街、種族様々な人々、そのすべてが無いに等しい闇に呑まれた中で、ヴィコットの知識や見識はランプの明かり以上に暖かく明るく感じられた。

 リットとは冗談めかした会話をするし、ノーラとは珍しい食べ物や美味しかった食事の会話で盛り上がる。チルカとは植物の知識で言い争い、グリザベルとは魔女学について独自の価値観で話をし、時には称賛され、時には否定されることもあるが、ヴィコットは冗談以外では嫌な顔一つすることなく、グリザベルのうんちくに相槌を打つ。ふざけてばかりかと思えば、エミリアやハスキーと一緒に今後の予定を立てたり、国とはなにかという真面目な討論をすることもある。

 そして、その会話は個々の繋がりだけではなく、一つの話題に全員を巻き込むこともあった。

 良くも悪くも、ヴィコットは退屈とは真逆の場所にいる男だった。

 この日も、ヴィコットはリットとの会話に熱風を吹かせていた。

 リットが「東だ」と言えば、ヴィコットは「いいや、西だ」と頑なに否定する。

「東ってのは一番迷わねぇんだよ。酔っ払っても、東に向かって家々にぶつかって歩けば家にたどり着くからな」

 リットは二股に別れた沢の東側に向かって小石を蹴った。

「西だ。オレのはただの勘だが、勘とは経験に基づく。そして、ここまではオレの経験に助けられてきたわけだ。あとはわかるな?」

「わかるぞ。経験を自慢する男ってのは、大抵虚言が混ざる。人より早く経験したとか、どんだけ喜ばせたとかな」

「男の見栄というのは、一種のコミュニケーションだぞ。身長、足の大きさ、経験人数、その他諸々。かさ増しで言うもんだ。経験あるだろ? だから西が正しい」

「だからの意味がわかんねぇよ。エミリア、どっちに行くか決めろ」

 リットはテントの準備をしているエミリアに声を掛けるが、エミリアは手も止めず、顔さえも向けなかった。

 もう一度リットが声を大きくして言うと、ようやく顔を向けた。

「どちらでも構わないが、寝る前までには決めておいてくれ」

 その一言だけリット達に言うと、ノーラに沢の水を組むように頼んだ。

「いつもは慎重に慎重を期して、石橋を叩くどころか、新しい橋を作って、完成祝いの式典まで開いてから渡るだろ。こんな時になんで投げやりになってんだよ」

 リットがテントの布を取り上げると、エミリアはやれやれと思いため息を漏らした。

「投げやりになってるわけではない」とエミリアはリットに地図を見せた。「地図によればこの沢は支流だからな。西でも東でも、どのみち本流の川に繋がる。それにどちらの沢も短い。違いがあるのならば私も意見するが、どちらでも同じことだ。目的はその川を伝っていくことだからな。あえて私見を言うのならば、早くどちらかを決めて、テントの設営か、夕食の支度。どちらでもいいから、すぐにでも手伝ってもらいたいものだが」

 リットはテントの布をエミリアに突っ返すと、そのまま踵で回るように体の向きを変え、離れたところにいるグリザベルの元に歩いていった。同じ質問をしようと思ったが、グリザベルが意味ありげに口元に笑みを浮かべているのを見ると、横を通り過ぎてテントの骨組みを作っているハスキーに声を掛けた。

「明るい未来が待っている西と、暗い未来が待っている東。オマエなら正しい選択ができるよな」

 リットは自分の味方をするようにと、ハスキーの右肩を人差し指で小突いて言った。

「自分は……」と意見を言おうとするハスキーだが、グリザベルの「我を無視するでないわ!!」という声にかき消されてしまった。

「誰がどう見ても、我の意見を聞くために足がこっちに向かっていたではないか! 意見を言いたくてウズウズしてる我の顔を見て、よくまぁ素通りできるものだ!」

「意見言いたくてウズウズしてるならいい。でも、どう見てもさっきの顔は、我に考えがある。とか言って、選択肢を増やそうって顔だった。だから無視した」

「如何にもだ。我の考えと言うのはだ――」

 リットは「新しい考えは求めてねぇよ」とグリザベルの話を遮った。

 しかし、ヴィコットはグリザベルの後ろに回ると「まぁ、待てリット。グリザベルの話も聞くべきだ」と両肩に手を置き、まるで代表者であるかのようにグリザベルを一歩前へと押し出した。

「おお!」とグリザベルは喜びの笑みを浮かべる。

「グリザベルほどの知恵者は、いつも正しい選択をする。つまり西こそ選ぶべき道だと言いたいわけだ」

「おお! ……おお?」と困惑を浮かべるグリザベルの前には、リットの顔ではなく、リットに背中を押されて前に出たハスキーの顔があった。

「ハスキーはそうは思わねぇとよ。太陽が昇る東こそ、規則正しいリゼーネの教えに沿った行くべき道だ」

 リットが後ろから言うと、ハスキーも「はぁ……」と困惑の表情を浮かべた。

「だが、グリザベルは西だと言っている。ここは闇に呑まれ滅んだ世界だ。規則も法則もない。経験こそが、道を選ぶ材料だ。酒を飲んで寝てばかりの、ぽっと出の冒険者のリットにわからないだろうがな」

「いい度胸だなグリザベル。オレに喧嘩を売るとはな」

 リットが睨むと、グリザベルは怯んだ。

「我はなにも言っておらん……」

「だいたいな。東に進めばいいってのは、今を生きる奴の新鮮とれたての知識だ。知識は新しいものをうまく活用するのが大事って知らねぇのか? 何年も昔に死んで蘇ったやつは、考えが古臭いまま止まってて困るんだ。って、ハスキーは言いたいわけだ」

「ほう……たしかにオレは一度死んでいる。死者を冒涜するというのも、リゼーネの教えなのかね?」

 今度はヴィコットがハスキーを睨んだ。

 ハスキーは慌てて「いえ、自分はそんなことは一言も……」と訂正したが、リットがその先の言葉を続けた。

「なにが死者だ。蘇ってんだからずうずうしいこと言うなよ。東と西を比べるなら、断然東だ。東の国ってのはな。晩酌っていう素晴らしい言い訳の文化があるからな。ハスキーも東の国に行ったんだからわかるだろ」

 リットに言われたハスキーは「ご同行しましたが……」とは言ったが、それ以降の返答に困ってしまった。

「リットが好きなウイスキーは、西の国の錬金術師が作ったってのを知らないのか? 酒を新しいものに変えたのは西だ。魔女と錬金術師というのは繋がりが深い。グリザベルならわかるだろう」

 ヴィコットに言われたグリザベルも「魔女学の歴史を紐解けば、錬金術という言葉も出てくるが……」と返答に困っていた。

「魔女の歴史ってのも怪しいもんだ。魔女の歴史なんてもんは、魔女しか知らねぇんだろ。魔女三大発明なんて、実に胡散臭え」

 グリザベルはリットの言葉に「なんだと! お主は魔女の歴史と伝統をバカにするきか!」と怒気をあらわに反論した。

「そうだぞ。国の歴史に比べれば虚言にまみれた歴史もない」

 というヴィコットの同意に、ハスキーは眉間にしわを寄せた。

「リゼーネの歴史は公明正大です。正しいからこそ、発展を遂げて人が集まってきているのですから」

「なにを言う。リゼーネは多種族国家。種族主張の攻撃に受けぬように、歴史を変えているに決まっておるわ。国の戦争に巻き込まれ、いいように使われたのは魔女ぞ。多くの魔女が亡くなったからこそ、魔女達は正しい歴史を伝えておる」

「同じ歴史を繰り返さない為にも、国は事実を伝える責任があります。責任を果たしているからこそ、リゼーネは各地方の様々な種族が集まる多種族国家になったんです」

 と熱の入った言い合いを始めるグリザベルとハスキーの隣では、熱の冷めてきたリットとヴィコットの言い合いが終わろうとしていた。

「だいたい酒なんてのは飲み比べりゃわかるだろ。それで、東と西どっちに進むか決めりゃいい」

 リットが提案をすると、ヴィコットは少し考えてから「東の酒なんてここにないだろう」と言った。

「西の国で作った蒸留酒を、東の国の文化の晩酌で飲みゃいい。どうせすぐに晩飯だ」

「そりゃ、いいな。飯作りを手伝って、さっさと一杯やるか」

 二人は、ハスキーとグリザベルを残して戻っていった。



「まったく……情けない。なぜ言い争っているんだ……」

 そうエミリアに怒られているのは、グリザベルとハスキーだ。

 夕食の支度が終わっても、離れたところにいたままの二人を呼びに行ったエミリアは、言い合いを続けている二人を連れてテントがある場所に戻ってきた。

 エミリアにそうしろと言われているわけではないが、雰囲気に負けたのと、隣りいるハスキーが正座をしているので、グリザベルも同じく正座でエミリアの説教を聞いていた。

「わけがわからぬ……なぜ我らが言い争っていたのか……なぜだ?」

「それは私が聞いていることだ。ハスキー」

 エミリアは説明をしろと、ハスキーに睨みを含めた視線を送った。

「面目次第も無いです。それが……自分にも理由が……」

 いつもなら正確に報告をするハスキーだが、この時ばかりはなぜグリザベルと口論になったのかわからず、歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。

「まったく……私の直属の部下が、テントの骨組みを放り出してなにをしているんだ。グリザベルにも夕食の支度をするように言って置いたはずだが?」

 グリザベルは「すまぬ……」と、ハスキーは「申し訳ございません……」と正座したまま頭を下げた。

「その言葉は私ではなく、リットとヴィコット殿に言うことだ。二人の分も働いてくれたからな」

 エミリアはやれやれと首を振るのとほぼ同時に、グリザベルが「思い出したぞ!」と声を大きくした。

「思い出したのならば、それを言葉にしてくれ」

「リットとヴィコットのせいなのだ! 我もハスキーも悪くないぞ。二人の口喧嘩に巻き込まれたのが原因だ。そうであろう? ハスキー」

 グリザベルは同意を求めるが、ハスキーが答える前にエミリアが口を開いた。

「だが、あの二人は仲良く一緒にお酒を飲んでいるぞ。他人を巻き込むほどの喧嘩をしていたとは思えんが……」

 エミリアは焚き火を囲むリットとヴィコットを見て言った。

 グリザベルも同じ視線をたどり、二人の姿を見ると、ちょうど二人はお酒の入ったコップを片手に、指を差し合って笑っているところだった。

「こらー! お主らはなにをしとるか!!」

 グリザベルは立ち上がると、痺れた足でふらつきながら二人に詰め寄った。

「なにって、見りゃわかるだろ。焚き火を囲んで酒を飲んでんだよ。観客を集めて馬上槍試合をしてるようにでも見えるか? 言っとくけど、エミリアから許可は出てるぞ。珍しくよく働いたからいいってな。そっちこそ、食事当番をサボってなにやってたんだよ」

「お主らの喧嘩に巻き込まれたせいで、我はエミリアに怒られておったのだ! 人に押し付けて、ようぬけぬけと酒なんぞ飲んでいられるな」

 グリザベルは憤懣やるかたないと地団駄を踏んだ。

「誰と誰が喧嘩してるって? ならなんで、オレは喧嘩してる相手と酒を飲んでんだよ」

「それは我が聞いておるのだ!」

 グリザベルが怒鳴っている間。ヴィコットは「喧嘩……喧嘩……」と口に出して、思い当たる節を探すが思い当たらず「そんなのしていたか?」とリットと顔を見合わせた。

「東に行くか西に行くかと、お二方はお揉めになっていたかと……」

 ハスキーは我を忘れていた自分が言うのも痴がましいことですがと付け足して、リット達に言った。

 リットとヴィコットは、また顔を見合わせると「ああ、あれな」と同時に言った。

「ようやく思い出したか。馬鹿者め」

「あの話は、西に行くことに決まった。ヴィコットが酒のつまみを作ることを条件にな。もうエミリアにも言ってあるぞ」

「だいたいアレはリットとじゃれ合ってただけだ。で、二人はなにを言い合っていたんだ? 必要ならば仲裁するぞ」

 ヴィコットが話してみろと言うと、グリザベルはおずおずと、魔女歴史を軽視されたことと、それが原因でハスキーの勤めるリゼーネの歴史に食って掛かったことを話し始めた。

「魔女の歴史とリゼーネの国の歴史だぁ? 東と西で話し合ってたオレとヴィコットは関係ねぇじゃねぇか」

「関係あ――」と、グリザベルは一旦言葉を止めた。「……なぜ、我とハスキーはそんな話をしていたのだ?」

「オレが聞きてえよ。自分の喧嘩を勝手に代理戦争扱いにしてんじゃねぇよ」リットは「まったく……」とヴィコットと乾杯をしなおした。

「さて」とエミリアは「他に言い訳があるなら先に聞いておくぞ」

「わからん! 本当にわからんのだ! だが、なぜか腑に落ちないことは確かなのだぁ……。なぜエミリアには二人の会話が聞こえておらなんだ……。聞こえておったら、きっとたぶん……万が一でも……我が悪くないがわかったはずなのだぁ……」

「グリザベルもハスキーも、私が夕食だと呼ぶ声が聞こえていなかったではないか」

 エミリアに言われ、グリザベルは突然閃いた。

「ランプだ! ランプの明かりの中で魔力が安定して川の水が復活したように、いつものように声が大きく響かなくなっていたのだ。それで我らが言い争っていた声にも、エミリアが呼ぶ声にも気付かなかったのだ」

「それは重要な収穫だな。これから先必要になる知識だ」

「そうであろう」

 グリザベルは先程までとは打って変わって、得意気な笑みを見せた。

「だが、発端の原因はともかく、二人が言い争っていたのは事実だ。あとでリット達にも事実確認をするが……まず、お互いを思いやらず、個々の信念を軽視した発言を繰り返していた二人に言いたいことがある」

 エミリアは自分も正座をすると、「いいか?」といつもの説教の出だしを口に出した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ