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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(下)

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第二十四話

 メディウムのさした指が、自分に向いているのがリットにはわかっていた。

 周囲は闇に呑まれたままだったが、影ができていたからだ。

 影があるというのは、どこかに光があるということ。そのどこかはリットのポケットの中だった。

 入れたままのキュモロニンバスの天空城の小さな壁石が発光している。

 光と言っても、ズボンのポケットに包まれているので、厚手のカーテンから漏れる程度の淡く柔らかな光だ。それでも、闇に呑まれた中では太陽の光のように強く感じた。

 その光のおかげで、闇に溺れることなく、自分の居場所がわかった。

 浮遊大陸に住んでいるメディウムやラージャにとっても、闇に呑まれた中で光を見るという経験はない。

 いつもは闇に呑まれ、時間も止まるように感じるが、今ははっきりとした時間の流れを感じていた。

 小さい闇の柱だったらしく、多くを考える前に周囲はあっという間に光を取り戻していた。

 前回の時のように不安の視線を彷徨わせるのではなく、部屋にいる全員がリットのズボンのポケットを見ていた。

 既にポケットの光は消えていたが、あちこちから刺してくる視線を遮るように、リットはポケットに手を置いて隠した。

「……もう一度聞くぞ。君のそれはなんだ。そこになにを入れている」

 メディウムは鋭い眼光を少しも緩めず、むしろ凄みを増すように細め、リットのポケットの膨らみを睨みつけている。

 リットは抑揚も淀みもなく「なにも」とこたえたが、それで納得するメディウムではない。

「そんなわけがないだろう! 闇の柱の中で光を見るなんていうのは、初めてのことだ。言え! なにを隠している!」

 メディウムは椅子から立ち上がると、リットに詰め寄った。

 その時、テーブルに腰をぶつけ、食器の割れる音が床から響いたが、そんなことが一切気にならないほどメディウムは興奮していた。

 そのままの勢いでリットのポケットに手を伸ばしたが、ポケットの中のものに触れる前に、リットの手がメディウムの手を強く払った。

「おい、じいさん。時と場合と歳と性別を考えろ。どう考えても、男の股間に手を伸ばす場面じゃないだろ」

「ポケットの中身を見せろと言っているんだ。その膨らんだものは、いったいなんだ」

「男の股間の膨らみなんて、どっちかしかねぇだろ。これはオレの玉だ。見せもんじゃねぇ」

「そんなわけがないだろう……。光っていたんだぞ」

「人間のは光るんだよ。だから、玉の前に金がつく。歳で自分のが萎びてきたからって、人のを盗ろうとすんなよ」

 リットとメディウムがポケットの中のもので攻防を繰り広げている隙に、ノーラの小さな手がポケットから石を抜き取った。

「なんだ、ただの石じゃないっスか。キラキラしてますけど、ガラスでも混じってるんスかァ?」

 ノーラが片手にかかげて、窓から入る陽光に当てている石を、メディウムがかすめとった。

 メディウムが目を細めて老眼の焦点を合わせて石を眺めるのを見て、リットは最悪ヴァルキリーを呼ばれることになるかもしれないと息を呑んだが、メディウムの反応は訝しく眉を狭めただけだった。

「これではない。さっき光っていたものを出すんだ」

 メディウムは片手にしっかり石を持ったまま、もう片方の手をリットに向けてさしだした。

 ポケットの中のものと引き換えるつもりらしいが、当然リットのポケットの中には他のものは入っていない。

 リットはポケットを裏返してなにも入っていないのを見せると、「ほら、返せ」と、メディウムに手をさしだした。

 メディウムは「これがあんな風に光るとは思えんがな……」と、もう一度注意深く見てから、リットに石を返した。

 メディウムからすれば、まさか重要建築物の一部を持って帰る者がいるとは思わない。

 だから、リットが持っている石が、キュモロニンバスの天空城の壊れた壁の一部だとは思いもしなかった。

 メディウムの時代は、キュモロニンバスの天空城がある加護の島ではなく、はじまりの地に祝福を受けに行ったということもあり、それほど深くフェニックスの焦げ跡がある壁の印象が脳裏に焼き付いていないことも幸いした。

「それで、説明はしてくれるのだろうね。場合によっては、凄い発見になる」

 メディウムは椅子に座ると、両肘をついてリットをまっすぐに見た。

 もう、食事をするような雰囲気ではなかった。

「そりゃ、ムリだ。オレもまだなにも知らねぇ」

 リットも椅子に座ると、テーブルの影に隠れてから石をポケットに戻した。その時に、石が先程より強く光るのが目の端に映ったが、メディウムに声をかけられ、じっくり見る余裕はなかった。

「それがなにで、どこで手に入れたくらいはわかるだろう。君のものなんだろう?」

「これは石で、スリー・ピー・アロウで拾ったものだ」

 リットが表情を変えずに淡々と嘘をつくと、ノーラが隣で「あぁ」と大きく頷いた。

「スリー・ピー・アロウの岩には、鉱物が混ざってるって話でしたねェ。旦那のポケットの中で、それが自然に磨かれて光ったってわけですねェ」

 ノーラの見当外れの答えに、思わずリットの口の端が持ち上がった。そして、それを誤魔化すように、作り物の気持ちのよい笑みを浮かべた。

「おい、ノーラ……。オマエは天才だな。まさにそのとおりだ。ずっとポケットの中に入れてたから忘れた」

 そう言ってリットは、褒めるようにノーラの頭に手を置いた。

 そのリットの表情と言動から、なにか違うとノーラは気付いたが、頭に置かれたリットの手に不自然な力が込められているのも同時に気付いたので、深くは触れなかった。

「美味しいものが食べられる時以外は、巻き込まないでくださいよォ……」

「どういう意味だ?」とメディウムが聞くと、リットは「闇の柱に巻き込まれて、有耶無耶になっちまった朝飯の続きが食いたいんだとよ」と朝食の続きを促した。



「それで、逃げてきたのかい? こんなにキミを見付けやすい場所に」

 リンスプーは隣で酒を飲むリットに、無駄なんじゃないか、と言いたげな視線を向けた。

 朝食後、メディウムはリットが持っている石について質問を繰り返していた。

 光の柱を増やすべきだと考えているメディウムは、あの石を使えば人工的な光の柱を増やせると考えたからだ。

 リットと出会った日の会議で、東の国の大灯台を再び光の柱に認定することに成功したものの、光の柱を増やすべきではない派を動かす力はない。次に繋がるきっかけが欲しかった。

 きっかけを作るのに、リットの持っている石はピッタリだということだ。

 メディウムの質問攻めに適当にこたえていたリットだが、質問が止まる気配はなく、このままではポロッと本当のことをこぼしてしまいそうだったので、ラージャを焚き付けて、メディウムの相手をさせ、その隙に酒場に逃げてきたのだった。

 そして、肝心な部分はぼかしてリンスプーに愚痴っている。

「ここなら酔っ払ったフリでやり過ごせるからな」

「フリができるほど器用だとは思わなかった」

「フリじゃなくても構わねえよ。酔っぱらいの戯言なんてのは、誤魔化すのには好都合だ」

「酔って口が軽くなる方が問題じゃないのかい?」

「それは考えてなかった……」

 そう言いながらも、リットは酒を飲む手を止めない。

「メディウムさんに迷惑をかけすぎですよ」

 店主が非難がましい視線を、酒瓶を寄越せと手招きするリットに浴びせた。

「二言目には、メディウムに、メディウムが、メディウム、メディウム……。アンタはじいさんの愛人か?」

「僕は男ですよ」

 店主は女顔を険しく歪ませた。

「老眼には関係ねぇよ。裸になりゃ、揺れる場所が下か上かで気付くだろうけどな」

「よくまぁ……下品な言葉が次から次へと出てきますね……。メディウムさんは、親子二代でお世話になっている常連さんなんです。それで、結局その石はなんなんですか?」

 店主に言われ、リットはポケットからキュモロニンバスの天空城の壁石を取り出すと、カウンターに置いた。

 薄暗い酒場の明かりで、石は遠くの川面のように光っている。

「わかったのは一つだけだ。ついさっきわかったばっかだけどな」

 リットは酒瓶の残りをコップに注ぐと、空になった酒瓶を逆さにして石にかぶせた。

 すると、水滴と指紋で濁った酒瓶の中で、先程より心なしか石の光が強くなった。

 今度は酒瓶を取ると、今度は手を軽くまるめ、石に覆いかぶせる。すると、指の隙間から光が漏れた。

「暗くなると光るんですか? あれ? でも、鉱物は光が当たるから反射で光るんで。それに、その感じどこかで見たことあるような……」

「そこだ。オレがメディウムに協力しない理由は。この石がキュモロニンバスの天空城の壁だって知ったら、どういう顔をされるかわかりきってる。――そう、その顔だ」

 リットは店主の驚愕の表情に向かって指をさした。

 店主はカウンターから身を乗り出すと、声を潜めて「リットさん……いいですか? 今、道は二つあります。黙ってその石を返しに行くか、今ここでヴァルキリーを呼ばれるかです」と耳打ちをした。

「そんな物騒なことを言うなよ。ヴァルキリーが裸で酌をするってならともかく」

「のんきなことを言ってる場合ですか。器物損壊はダメって知らなかったんですか?」

「知ってる。壊したのはオレじゃねぇよ。それに、持ち帰り禁止とは聞いてねぇからな」

「言うまでもないことだからですよ」

「なら聞くけどよ。壁を壊してヴァルキリーに連れられて言った奴はオレも見たけど、持ち帰って罰せられた奴はいるのか?」

「いえ……いませんけど……」

 店主の言葉を聞いてリットはほっと息をついた。

「あー……よかった……。いるって言われたら、今から夜逃げの準備をするところだ」

「よくそんなんで。強気に出られましたね」

「一か八かで一を引くコツは、強気に出ることだ」

「一だといいのかい?」

 石には興味がなさそうにしていたリンスプーが唐突に言った。

「そりゃあな。八は罰だ。罰よりは一のほうがいいだろ」

「そうなのかい? てっきりキミは罰が当たるのが好きだと思っていたよ。主に普段の言動から見て」

「リンスプーさんも、のんきなこと言わないでくださいよ。同じ天使族でしょう。もし、罰せられなくても、道徳的問題ですよ」

 店主は困り顔でリンスプーを見るが、リンスプーも困ったように肩をすくめた。

「そうは言ってもだ。この男になにを言っても、時間の無駄にしかならないと思うが」

「そのとおりだ」と、リットは他人事のように同意する。「時間を有意義に使うためにも、打ち明けてオレの心の重みが取れたところで聞きたいことがある」

「取れたんじゃなくて、僕達にも押し付けて軽くなっただけじゃないですか……。メディウムさんが知ったら卒倒しますよ……」

「だから、あのじいさんには黙ってんだよ。勝手に決まり事を作って、守る守らねぇうるせぇのなんのって。ラージャの反骨心も納得だ」

「娘さんに出て行かれたから、孫娘には浮遊大陸で幸せになってほしんですよ」

「じいさんの子育てリベンジより、他人の幸せなんかよりも、自分の欲の解消のほうが優先だ。こういう変わった石を加工する変な趣味を持ってる奴を知らねぇか?」

 リットはカウンターに置いたままの石を指先で小突いた。

 小指の爪ほどの小さな石は、揺れてカタカタと音を立てた。

「重要建築物の一部を勝手に持ってくる変な人は、あなた以外に知りませんよ。だいたい加工してどうするんですか」

「さっきの見てなかったのか? この焦げ跡は暗さに比例して光んだよ。この光をもっと強くしたり、似たようなものを作れる奴がいねぇかを聞いてんだ」

「見てましたよ。だから、加工することに意味があるんですか? 使い道の話です」

「それは――まぁ、そのうち考える」

「リットさんって、考えてたり考えてなかったり、よくそれで生きていけてますねぇ……」

 店主はため息と嘲笑が混ざったような息を吐いた。

「基本は行き当たりばったりだ。そのほうが応用が利いていいんだよ。人生なんて一歩二歩進むための準備がありゃ充分だ。後は、気付いたらじいさんになってる。なにをしたってゴールは一緒だ」

「歳を取るというのは、人生に深みが出ることを言うんですよ」

 店主ははっきりとは口に出さないが、メディウムのようにとでも言いたげな顔をしている。

 リットが「なら、オレはまだスカートを捲っても許される歳ってわけだ」とおどけて肩をすくめると、店主は「子供なら、お酒は飲めませんね」と得意気に返した。

「ガキには優しくしろよ。酒を出すか、意見を出すか二つに一つだ」

「だから僕は知りませんて。リンスプーさんに聞いたらどうですか」

「だとよ。加工してるような変人は知らねぇか?」

 リットは横にいるリンスプーを見たが、今はじめて話を聞いたようなとぼけた顔をしていた。

 それからリンスプーは、コップを軽く振ってしばらく酒の流れを眺めてから、おもむろに口を開いた。

「加工と言ったら、ドワーフじゃないのかい?」

「どこのドワーフに頼めってんだよ」

「キミのとこのドワーフに頼めばいいじゃないか」

「オレのとこのドワーフというと、飯食って屁をこいて寝るだけのドワーフか?」

「ワタシが言っているドワーフは、鍛冶と加工が得意なドワーフのつもりなんだが……」

「うちにそんなドワーフはいねぇよ。見事な焦げは作ってくれるけどな。ありゃ、闇に呑まれるのと同じくらい黒焦げだ」

「なら、ノーラの家族に頼んでみるというのはどうだ?」

「それも一つの手だな。で、そいつらどこにいるんだ?」

「キミが知らないことをワタシが知るわけがない。探してみるといい。ノーラの家族じゃなくても、加工だけならどのドワーフでもいいんじゃないかい?」

「よくそんなポンポン意見が出てんな」

「人ごとだからね。自分が行動しなくていいなら、意見くらい出てくるさ」

「どこにあるかわからねぇ物探しの次は、どこにいるかわからねぇドワーフ探しか……」

 そう言ってリットが吐いた息は、リンスプーには疲れを吐き出しているように見えた。

「面倒くさいなら、ムリに探すことでもないと思うけどね。誰に頼まれたわけでもないんだろう?」

「確かに面倒くさいけどな。思いのほか楽しんでる自分に呆れてんだ。ランプ屋だって言い張ってたのによ」

 リットは振り返ると、酒場の窓から小さく見える浮遊大陸の土地を眺めた。

 強い風に吹かれ、多肉質の葉が重そうに揺れている。

 冒険者だったヴィクターもこの風景を見ていたのかもしれないと思うと、リットは頬の内側に柔らかな笑みを浮かべている事に気が付いた。

 そして、あるはずのないヴィクターの影に向けて、小さく乾杯をした。






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