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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(上)

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第十五話

 赤く染まった部屋の中で、青白い光が人魂のように揺れている。

 コップの中に入った人魚の卵が気泡を出して発光するのを、兜がじっと見ていた。

 首のない鎧が別の人魚の卵をコップに入れると、兜が「これは青じゃないな」と疑いの眼差しをリットに向けた。

 今コップに入れたのは紫に光り、また新たに入れたものは緑に光った。

「そういえば、これは錬金術師が作ったものだったな。色が違うとダメか?」

 リットも人魚の卵を一つ取ってコップの中に入れると、今度は薄緑色に光って落ちていった。

「いや、悪くない。これだけ発光量があれば充分だ。色のバリエーションが多いほうが買い手がつく」

「でも、水の中に入れないと使えないっスよ」

 ノーラの言葉は、途中でリットに鼻をつままれたことによって濁ったものになっていた。

「おい、ノーラ。余計なことを言うな。売れなけりゃ、土を食って腹を満たすことになるぞ」

「まぁ、苦水を飲まされるよりマシですかねェ」

「オレは好きだぞ。苦い水」

「旦那が好きな苦い水って、ただのお酒じゃないっスか」

「オレだけじゃねぇよ。全世界全種族が好きなもんだ。酒を飲まない種族なんて聞いたことがねぇ」

 リットが言うと、ノーラはスケルトンのボンデッドとデュラハンの店主を指した。

「飲めないじゃなくて、飲まない種族だ。飲んだそばから酒が小便に変わって体を通り抜けていく種族は、頭数に入れるな」

「頭数っといえば、ケロベロスとかは三と数えるのが正しいんスかねェ……。そうなると、眼の前にいる鎧さんはゼロってことで? 動けるのにゼロって、なんか物足りない気がしますねェ」

「足りねぇのはオマエの頭だ。今、そんなことはどうでもいいんだよ」

「そのとおり。売る気はあるのか? 良い値で引き取らせてもらうよ」

 リットがノーラと話している間に、兜は首のない鎧に命じて人魚の卵の重さを量り終えていた。

「その良い値ってのは、どっちにとっての良い値だ?」

「勘ぐるな。むしろ色を付けさせてもらった。水の中でも使える光源なんて珍しいからな。ここじゃすぐに売れるはずだ」

「なるほど、そういう考え方もあるか。とりあえず半分は売っておく」

「こっちは木箱いっぱいの人魚の卵で計算したつもりだが」

 兜の代わりに首のない鎧が、人魚の卵の入った木箱を叩いた。

「売れてなくなりゃ、また値が上がるだろ」

「ちゃっかりしてる……。それでもいいが、それなら高値じゃ引き取れねぇな。また売る時に、この店を使ってくれれば別だが……。そうすれば悪いようにはしない。この首をかけてもいい」

「そのお喋りな首をもらってどうしろってんだ? モーニングコールでも頼めってか。まぁ、潰れてなけりゃここに売りにきてやるよ」

 体のない兜の代わりに、首のない鎧がリットに向かって手を差し出した。

「いちいち不便な体をしてんな」と、リットは交渉成立の握手をする。

「そうでもない。首は店番で、ボディーは裏で作業だ。効率がいい。それに、人件費もかからないからお得だ」

「そうかい。まぁ、せいぜい高く売ってくれ。この次にもっと高く売れるようにな」

 リットはお金の入った袋を受け取ると、マックスに半分中身が残った木箱を持ってくるように言って店の外に出た。

 木箱を持って店を出てきたマックスは、一旦その場に木箱を置いた。

「すべて売ってしまったほうが、荷物にならなくていい気が……」

「いいんだよ。どうせ荷物を持つのはオレじゃねぇんだから」

 言いながらリットは、今店で受け取ったばかりのお金をいくらか掴んでマックスに渡した。

「これは?」

「知らねぇのか? これは金って言うんだ」

「……それは知ってます。なぜ僕に渡すのかを聞いているんです」

 小バカにされたマックスは、若干むくれながら言った。

「なぜって、正当な報酬だろ。荷物を持って働いたんだ。給金みてぇなもんだ。遠慮すんなよ。ムカつく奴を金の力でぶん殴るなり、サキュバスを買って童貞を捨てるなり好きに使え」

「そんなものは買いません!」

「そんなものって……。インキュバスのほうを買うつもりか? 人の趣味にとやかく言うつもりはねぇけど、今度からオレの後ろじゃなく前を歩け」

「……もういいです」

 そう言ってマックスはそっぽを向いた。

 からんでくるリットに呆れたというのもあったが、湧いてくる笑みを隠すためもあった。

 ディアナの城にいる時に、チリチーのなんでも屋の手伝いをして手伝い料を貰ったことはあったが、給金としてお金を貰ったのは今回が初めてのことだった。

 給金といっても、実際に運び屋を生業としている者にとっては不正当な少ない金額だが、マックスにとっては初めて正当な評価を得て受け取ったように感じていた。

 言い知れぬ高揚感とともに、心の熱が顔に移っていくのを止められなかった。

「どれどれ……私も」と、ノーラがリットに向かって手を差し出す。

「手が汚れたんなら、そこの浅い川で洗ってこいよ」

「いやっスよ、とぼけちゃ。正当な報酬ってやつですよ」

「あぁ……正当な報酬な」

 そう言ってリットが笑みを浮かべると、ノーラもニコニコ目を細めた。

「そうそう、正当な報酬っス。新入りがお給金を貰ってるんですよ。ここが賃上げ交渉の踏ん張りどころっていうのは、トロールでもわかるってもんです」

「賃上げ交渉もなにも、元から給金なんてやってねぇだろ」

「遠回りして、それをくださいって言ってるんスよ」

「短い足の遠回りじゃそれが限界か」

「この短い足は一歩も引きませんよ。これは、自由にごはんを食べるための戦いです」

「まぁ、たしかにここに来るまで色々あったからな」

「でしょう」

「ここに来るまでの馬車代、宿泊料、犬ぞり代に、その他もろもろを含めると……おまけして、半年小遣いなしで許してやるよ」

 リットはここに来るまでの移動費を適当に指折り数えてノーラに告げた。

「あれー? 思っていた展開から大きく逸れ過ぎですよ」

「だって、オマエはついてきてタダ飯食らってるだけだろ。三食は食わしてやる。半年は間食を我慢するんだな」

「それじゃあ、生活にもお腹にも張りがなくなっちゃいますよ。一週間お小遣いなしで」

「ダメだ。四ヶ月」

「四ヶ月!? 四ヶ月も間食しないなんて、私は干物になっちゃいますぜ。一ヶ月。もう、これ以上一歩も引けません」

「まいった……。オマエは交渉上手だな。よし、一ヶ月小遣いなしで」

 リットが手を出すと、ノーラががっちりと握手をした。

「悪く思わないでください。これもビジネスですから」

 勝ち取った顔をして一度強く腕を振ったノーラは、リットから手を離すと、笑みを隠しているマックスに絡みに行った。

 リットの視界からはノーラの姿がなくなったが、入れ替わるようにチルカが両手を広げて待っていた。

「今度はオマエか……」

「私はノーラみたいにおめでたくないから、誤魔化されないわよ。アンタの家の庭の管理代に、清楚で可憐な美人の妖精の顔を毎日見れてハッピー代、嫌味を聞いてあげてる代。まだあるわよ」

「わかったわかった。ほらよ」

 リットは袋から硬貨を一枚取り出すと、両手を広げるチルカに押し付けるようにして渡した。

「あら、素直じゃない。でも、一枚じゃ足りないわよ」

 チルカは一瞬驚いた顔を見せたが、硬貨を胸に抱いたまま、もっとよこしなさいと逆手に手招きをした。

「わかってるよ。ほら」

 リットがもう一枚渡すと、チルカは一枚目と重ねて抱いた。

「もう一枚やるか。いや、もう二枚だな」

 リットが渡すと、チルカは同じようにして受け取る。

「もうちょっとやってもいいな」

 リットが五枚目の硬貨を渡したところで変化が起きた。

 硬貨の重みで、飛んでいるチルカの高さが下がってきたのだった。

 初めはリットの顔の高さに飛んでいたのだが、今は胸元を飛んでいる。

 リットが「せっかくだから、おまけしてやるか」と、六枚目の硬貨をチルカに渡すと、更に腰辺りまで下がってきた。

 八枚渡して、膝辺りまでしか飛べなくなると、チルカはようやくそのことに気付いた。

「ちょっと……アンタわざとやってるでしょ」

 崩れかけた硬貨の束を顎で押さえているチルカが苦しそうに言った。

「気付いても金から手を離さないガメつさは、なかなか立派なもんだ。知ってるか? 食いすぎて肥えた鳥の末路は、食われるのみだ」

 リットは九枚目と十枚目を、いっぺんに落とすようにしてチルカに渡した。

 すると、射抜かれた鳥のようにチルカが地面に落ちた。

「こっちこそ……虫じゃなくて……鳥に例えたことは褒めてあげるわ……」

 硬貨の重みが胸にのしかかるチルカは、息も絶え絶えに言った。

「虫の息でそこまで言えりゃ。なお立派だ」

 虫という言葉に反論しようとするチルカの顔に、リットはまた数枚硬貨を落として口をふさいだ。

「これも、おまけだ。生きてたらノーラと分けろよ」

 リットはお金が入った袋を持ったまま、今日はどこに泊まろうか悩もうとすると、骨の手が自分に向かって催促しているのが見えた。

「なんか用か、ボンデッド」

「そういう流れかなと」

「案内したら消えていいって言ったろ」

「自分がいないと、ノーデルの家がわからないと思って」

「そういえば、もてなすとか言ってたな。……面倒くせえから後回しだ」

 ボンデッドは「それはいい」と骨の手を打って、小気味のいい音を鳴らす。「きっと待ちくたびれて腐るに決まってる。いやー、リットさんは順応が早い」

「……暇なら冬の間滞在できる、安い宿でも案内しろ」

「どちらにせよ、それはノーデルの家の方向と同じ。さぁ、こっちだ」



 色とりどり明かりが彩る道を歩く。

 土の家は高くても二階建てだが、石で建てられた家は塔のように高い家もある。高いだけなら他の街でも見かけるが、円錐を逆さにしたような家だったり、削って細工を施したテーブルの脚のようだったり、とにかくバランスの悪い家がいくつもある。崩れずにいるのが不思議なくらいだ。

「実はスリー・ピー・アロウでも、そろそろ木の家を建てようという話が出ている。雪解けの増水で、川から溢れた水が土の家が崩れてしまうこともあるので」

 歩きながらボンデッドが説明すると、喋り歩くガイコツに慣れようとするマックスが「木の家といっても……、仕入れることができないのでは?」と聞いて、コミュニケーションをはかった。

「根避けの明かりを灯していても、飛び出てくる根がいくつか出て来る。天望の木の根は外の木の幹と同じくらい太い。それを利用しようという考えだ」

「それがいいと思います。土の家だと、いつ崩れるかと落ち着かなさそうです」

「土の家も利点がある。固めた土が乾きさえすれば、一週間もかからず家ができるから。寝る時しか家を使わないような種族には大人気。石の家は頑丈だが、石材に削る手間も運ぶ手間もある。マックスさんは、石で作られた古い家と新しい家の見分けの付け方を知っているかな?」

 骨の指を突きつけられて、マックスは顔をひきつらせた。作り物ではない、生々しい本物の骨を間近で見るには抵抗がある。

「いえ……知りません」

「見分け方は簡単。古い家は岩盤を削り出しているので、歪な形をしている」

 マックスは一度深呼吸してから「なぜ、あんなバランスで家が崩れないのですか?」と聞いた。

「鉱石を掘る時にできた穴を利用したという話もあるが、崩れないならなんでもいいというのが皆の本音と言ったところ」

 ボンデッドは細かいことは気にしないと歯をカチカチ鳴らして笑った。

「旦那ァ、のんきに歩いてるけど、セイリンはほっといていいんスか?」

「心配ねぇよ。夜に待ち合わせしてるからな」

「どこでっスか」

「さぁ、酒場に行きゃあえるだろ」

「それって待ち合わせなんスか?」

「むしろ、酒場以外でセイリンと会う場所なんかねぇだろ」

「まぁ、そうっすよねェ」

 ノーラの返事と同時に、「兄さん!」と助けを求めるマックスの声が響いた。

「素敵な羽を持つお兄さん。こっちにいらっしゃいよ。疲れはとれないけど、お金も取らないわよ」

 グレープ色の腰まで伸びた長い髪のサキュバスが、豊満に育ちきった胸でマックスの右腕を谷間に挟んで宿に誘っていた。

 頭から伸びる長い二本の角には、螺旋状に一本の模様が入っている。その角の先端には小さな穴が明けられ、そこから光る鉱石が入った小さなランプをピアスのようにぶら下げていた。

 それが淫靡に髪と肌を照らしている。

「女に言い寄られて逃げるなんて、親父が見たら泣くぞ」

「そうよ。逃げちゃダメ」

 サキュバスは背中に生えた黒いコウモリの羽を広げると、マックスの白い羽にこするようにして合わせた。

「そんなこと言われても、どうしたらいいのか……」

 左腕には、育ってる途中の大きな胸と腰をマックスに押し付けているサキュバスがいた。右腕のサキュバスと同じ髪色だが、長さは肩に掛かる程度で、顔はまだ幼さが見え隠れてしている。

 更に足元には、育っていない胸と幼い顔で背の小さいサキュバスが、潤む瞳でマックスを見上げていた。

 三人共、服の役目を果たしていない薄く面積の少ない服。いや、服を着ているというよりも、布を体に貼り付けているようなものだった。

「殴る蹴るを駆使して非情な男になるか、逃げて後でベッドの上で後悔するか、覚悟を決めて本物の男になってくるか。好きなのを選べよ」

「あら、冷めた目をしたお兄さんも混ざっていいのよ。小中高老どれで揃ってるから。好きな子を選んでね」

 マックスの右腕に抱きついたサキュバスはぽってりとした唇をすぼませて、マックスの耳に息を吹きかけてから、リットに向かって言った。

 マックスは耳から体中に流れてくる快感に身を震わせながらも、顔はガチガチに緊張して固まっていた。

「なんだよ……老って」

「私のことだよ」

 いつの間にかリットの腕には老婆が身を寄せていた。

「おい、皺くちゃな猿が餌をねだりに来てるぞ」

「失礼な坊やだね。でも、気に入ったよ。年甲斐もなくおねだりしてみようかね」

 年老いたサキュバスは干瓜のような谷間をリットに見せつけた。

「……その萎びた乳で、オレの首でも締める気か?」

「夢の中じゃ、好きに容姿を変えられるから問題ないよ。おっぱいもお尻もパンパンに膨らんだウサちゃんにだってなれるからね」

 年老いたサキュバスはしわがれた両手を頭に付けてうさぎ耳のように動かしてみせたが、リットから見たら呪いの儀式をされてるようにしか見えなかった。

「おい、ボンデッド。オマエが責任持って抱いてやれ。猿の求愛ダンスでもカチカチになれるだろ。骨なんだから」

「外から来た人にとっては大人気の宿屋。獣人も亜人も人間も、皆ここに泊まっていく」

「泊まった奴らは、天望の木に登れたのか?」

「まさか、疲れ切って何もできず帰っていく。――あぁ、そういえば天望の木に登ると言っていた」

 ボンデッドはコツンと頭蓋骨を叩いて良い音を鳴らすと、まいったまいったと笑った。

「ということだ。悪いな婆さん。早く腕から胸骨を離してくれ」

 リットに言われると、年老いたサキュバスは肉が殆どない体をリットから離した。

「せっかく極上の夢を見せてあげると言ってるのに……損したよ、坊や」

「起きたらその顔だろ。夢の中は極上でも、起きたら悪夢じゃねぇか」

 リットが手で追い払っていると、「兄さん……助けて……」とマックスの情けない声が聞こえてきた。

 リットは「悪いな。コイツ男じゃねぇとダメなんだ」と言って、マックスからサキュバスを引き剥がした。

「そうなの? 残念ね……。一応夢の中なら生やすこともできるけど……」

 年上のサキュバスがマックスのお尻に目を向けると、マックスは大きな図体を小さくして、素早くリットの背中に隠れた。

「遠慮しときます! 早く行きましょう」と、マックスはリットの背中を押す。

「あら、本当に男の人がいいのね。久々に外の人の相手ができると思ったのに」

 サキュバス達は名残惜しそうにマックスを見送った。


「恐ろしいところだ……」

 マックスは重いため息を吐きながら歩く。

「恐ろしいのはオマエだ。いつまで人の背中に張り付いてんだ。肩でも抱いてほしいのか?」

「違います!」

 マックスは怒鳴るように言うと、リットの背中から離れた。

「麗しき兄弟愛。自分にない心臓が高鳴りそうだ」

 ボンデッドは肋骨に手を添えると、一本一本指で弾いた。

 まるで楽器を演奏したかのように音が流れる。

「いいから、早く宿に案内しろ」

「もうすぐそこ。ほら、お迎えをしてくれている」

 ボンデッドの視線先に目をやると、ノーデルが手を振っていた。

 辺りには建物はなく、石の墓場が広がっている。

「あのゾンビのことは、後回しって言っただろ」

「だからサキュバスの宿の次に連れてきた。もう一つの宿屋と言えば、ノーデルの墓場の宿。ベッドはないが、ちゃんと一人一つ棺桶で寝られる」

「ずいぶん遠回しな客引きをするじゃねぇか」

「どちらにせよ、この町ではこことサキュバスの宿しかない。棺桶の中は防寒も防音も効いて快適そのもの」

 ボンデッドは肋骨を指で叩いて、行進曲のような音楽を演奏すると、手を上げてリット達を誘導するようにして足を早めた。






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