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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(上)

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第十一話

 『フロストコラム』という樹皮も幹も真っ白な針葉樹が広がる森を『アイス・ニードルの森』という。

 アイス・ニードルの森を切り開き、その真っ白な木材を使って作られたのが『ベルガ』という港町だ。

 フロストコラムの木で作られた白い町並みは、春になって雪が溶けても、港に入ってくる船からは雪が積もっているように見えることから、『万年雪のベルガ』と呼ばれている。

 リット達は入江からアイス・ニードルの森を抜けて、同じ白色で、似たような家が何軒も並ぶベルガの町を歩いていた。

「馬車が多いっスねェ」と思わずノーラがこぼすように、ドゥゴングとは違って、ベルガでは船よりも馬車の数が目に留まる。

 今歩いている雪道も、車輪と蹄の重みで踏み固められていた。

 馬車といっても、引くのは馬ではなくトナカイだ。犬にそりを引かせることもある。

 ペングイン大陸は鉱山が多く、古くから地下資源を採掘していた。内陸地から雪道を輸送するのに犬とトナカイを使っていた。

 ケンタウロスが経営する運送会社が、内陸で一番牽引力が大きく牽引速度も速い。しかし、輸送費が高くついてしまうため誰もが使うというわけにはいかない。

 国外に輸出するものは、それらを使って内陸から港に運ばれる。

 ペングイン大陸の大きな港町と言えば二つ。ベルガとオドベヌスだ。港町は他にもいくつかあるが、冬でも海面が凍らない不凍港で非常に便利なため、この二つの港に集中していた。

 オドベヌスが闇に呑まれて使えなくなってしまったので、採掘された地下資源のほとんどがベルガに運ばれているというわけだ。

 真っ先に向かった宿は、一階が酒場で、二階が宿になっているものだった。

 寒い土地では体を温めるために酒が用いられるため、宿と酒場が一体になっている店が多い。

 リットとセイリンにとっては、寒い中外に出なくても酒が飲めるので、嬉しい限りだったのだが、宿の部屋に入るなりマックスが「納得いきません」と不機嫌に言った。

「なにがだよ」とリットが聞くと、マックスは「男女が一緒の部屋で寝るということがです」と強い口調で返した。

「ドゥゴングでも同じ部屋だっただろ」

「それは……その時はノーラとチルカだけだったからで……」

 マックスは口ごもると、チラッとセイリンを見た。

「私だと問題があるのか?」

 既にセイリンはベッドに人魚の尾びれを放り出して座り込んでる。

「その……大人の男女が一緒の部屋で寝るということは……」

 今度はリットとセイリンの顔を交互に見て、マックスが言いにくそうに口をつぐんだ。

「いいから、最後まで言えよ」とリットが手であおる。

「男女が一緒の部屋で寝て、何もなかったとしても、他の人はそうは思いません。世間にどう思われるかを考えて行動するのが大人だと思います。異性の友人との友情も大切だと思いますが、男女の線引や節度を持つことのほうが大事です。自己中心的な考え方ではなく、品位を持って考えるからこそ、健全なお付き合いができるというものだと、僕は思っています」

「シルヴァ並みの長台詞には恐れ入るが、今オレ達は架空生物の話をしてるわけじゃない。もし、いたとしたら絶滅危惧種で大事に檻の中に入れられてる」

「そう思うなら、お手本となるべきです。だいたい、あなたには前科がある」

 マックスは隠れ家でリットとセイリンが同じベッドにいたことを思い出して、軽蔑の眼差しを向ける。

「おいおい、女と一緒のベッドで寝てたら死刑か? なら世の中の半分以上の奴は死刑だぞ」

「そういう極端な話をしているわけではないです」

「いいか、ガキはコウノトリが運んでくるわけじゃねぇんだぞ。そうだったら、弓を持った男達のコウノトリ狩りが始まるからな」

「そんなことくらいわかってます」

 からかわれたことに気付いたマックスは顔をしかめた。

「そうだろ。男と女がガキを作るにはベッドがいる。まぁ、たまにテーブルに手をつくとか、椅子に座って作るやつもいるけど。今回はベッドじゃなくて、同じ部屋で寝るだけだ」

 言い争うリットとマックスを見て、チルカが呆れ顔で「もういいから、キスして仲直りしたら?」とからかった。

「いいか、大部屋のほうが安いんだ。文句があるなら、今すぐもう一部屋分稼いでこい」

「なら、端からセイリンさん、ノーラ、僕、兄さんで問題ないですね」

 マックスの念を押すような瞳に向かって、リットが頷いた。

「それでいい。ベッドがくっついてるわけでもねぇし、いちいちこんなことで過敏になるなよ」

「ちょっと、誰か一人忘れてない? 私よ! 私のベッドは?」

 チルカは端からジャンプするようにベッドを一つ、二つ、三つ、四つ、と飛んでみせた。

「オマエの小さい体にベッドなんかいらねぇだろ」

「アンタも酔い潰れてどこで寝てるかわからなくなるんだから、床だってベッドだって同じでしょ。普段だって、酔い潰れてテーブルに突っ伏して寝てるじゃない」

「じゃあ、棚の引き出しで寝ても問題ないな。普段からそうしてるだろ? ベッドがほしけりゃ、枕の一つでもあれば充分寝返りできるだろうが。どうしてもベッドがいいって言うなら、ノーラの隣で寝るか?」

 ノーラはどうぞと言った具合にチルカを手招くが、チルカは少し悩んでから、なんとも言えない顔になった。

「小さな巨人に潰されろとでも言う気?」

「別に今のは嫌味で言ったつもりはねぇよ」

「アンタもノーラがゴロゴロ寝返り打つの知ってるでしょ。もういいわ。でも、一番フカフカの枕をもらうわよ」

「なんなら、キスして仲直りするか?」

「……食いちぎるわよ」



 疲れもあり、夜が更ける前に全員が眠ったが、北風が毛布を無視し始めたせいで、リットは夜中に目を覚ました。

 部屋を出ると、目やにで引っ付いたまぶたの隙間から、一階からの光が廊下に溢れているのが見えた。

 まだ、酒場はやっているらしく、リットは考えることもなく一階へと下りていった。

 酒場には殆ど人がいない。リットと同じように旅の途中だと思われる男女二人に、別々の場所に座る男が二人。

 なぜか、これ以上客が店に入ってくるような雰囲気が感じられなかった。

「ウイスキー。ボトルごと置いていってくれ」

 リットはカウンター席に座ると、奥で鍋の中身をかき回している店主に声を掛けた。

「はいよ」という一言が、ウイスキーのボトルとコップと一緒に置かれた。

 リットがコップに酒を注いでいると、カウンターの端に座っていた男が立ち上がる気配を感じた。

「夕方頃、女を抱いて二階に上がっていった兄ちゃんじゃねぇか。あれじゃあ、酒場でからかってくれって言ってるようなもんだぞ」

 無精髭の男がカウンターにコップを持ったまま手をついて、それをカウンターに滑らせながら、リットの隣までやってきた。

「そう思うなら、この後酔いに任せて押し倒しやすいように酒でもおごってくれ」

「それはムリだ。むしろこっちはたかりに来てる身だ。からまれたくなかったら、酒の一杯でもおごったほうが利口だぞ」

 男は酒臭い息を吐きながら、しまりのない顔で笑った。

「なら、もっと安酒が置いてある酒場にでも移動するんだな。他にも酒場はあるだろ。そこでなら奢ってやる。その千鳥足でついてこれたらな」

「夜に外に出るのはおすすめしないぞ。盗品、まがい物、密漁取引に売春宿も。賑やかな影に隠れてなんでもやってるんだ。白なんていうのは見た目だけの幻想だ。黒い部分も多い。『万年雪のベルガ』なんて呼ぶのは、品の良い奴らだけだ。ここじゃ皆皮肉って『灰まみれのベルガ』って呼んでる」

 男はフラフラになりながら言うと、リットの隣に腰掛けた。そして、中身の入っていないコップを爪で叩く。

「ずいぶん詳しいな」

「そりゃ、生まれも育ちもベルガだからな。酒場は全部宿とセット。だからこうして飲みにだけ来てるってわけだ。町の者じゃない奴が、迂闊に夜中の町をフラフラすると、次の日全裸で雪の中に埋まってるなんてのは、よくある話だ」

「ケツの毛まで抜かれるってわけか。ここの生まれなら、スリー・ピー・アロウへの行き方もわかるか?」

 リットは自分の酒を男のコップに注ぎながら聞いた。

「アイス・ニードルの森を抜けて、ウッドノッカーの森へ出る。後は道沿いに行けばヘル・ウインドウの地下洞だ」

「森から森へ抜けるのか?」

「そうだ。フロストコラムの木はベルガ周りにしか生えてないからな。ウッドノッカーの森の木と、アイス・ニードルの森の木が混じり合う中間地帯を『ツナギの森』と呼んでな。一応は魔族の地との国境みたいなもんだ。正式に決まってるわけじゃないから、あんまり意味はないけどな」

「その国境が原因で小競り合いが起きてるわけじゃないのか?」

 ヘル・ウインドウでの魔族と人間の小競り合いが、輸出入を少なくさせている原因だとリットは聞いていた。

「小競り合いなんて大層なもんじゃねぇ。一部の人間がヘル・ウインドウの前で、中から魔族が出てこないように抗議運動をしてるだけだ。まぁ、それが厄介でもあるんだけどな」

「抗議運動だけかよ。武装してるわけじゃねぇのか」

「それが厄介なんだ」と言ったきり話を止める男に、リットはため息をつきながら酒を注いだ。男は酒を注がれると、笑顔で続きを話し始めた。「真っ白なフードを被った奴らを見たか?」

「いや……白なんてのは、町並みと積もった雪以外は見てねぇな。後はアンタのヒゲに混じってるくらいだ」

 リットに言われて、男は白髪が混じった顎の無精髭を撫でた。

「魔族のせいで、光が奪われたなんて言ってる連中だ。それが、交代交代で一日中張り付いてるせいで、馬車が出入りできないんだ。馬車が入れるのはヘル・ウインドウの地下洞だけだからな。おかげでオレの好きな魔族の酒も、てんで飲めなくなっちまった」

「ってことは、全く入れないってことか?」

「輸出入がゼロってわけじゃないから、どこか別の入口があるんだろう。それを知ってるのは、極一部の商人だけって話だ」

「なるほど。入りたかったら強行突破するしかねぇか」

 リットは喉が焼けるだけの安物のウイスキーを胃に流し込んだ。

「やめといたほうがいいぞ。そんなことしたら呪いをかけられる」

「どうせ噂だろ」

「噂が立つってことは、なにかしら理由があるってことだ」

「理由ね……」

「触らぬ神に祟りなしだ」

「相手は神じゃなくて人間だろ」

「なら、尚更タチが悪いってもんだ」

「まぁ、忠告感謝する」リットは最後に一杯男に注いでから立ち去ろうとしたが、階段を上がる前に振り返った。「そういや、アンタの好きな魔族の酒って、名前なんて言うんだ?」

「わざわざ、見知らぬ男のために酒を持ってきてくれるとは……兄ちゃん色男だねぇ」

「いいや。もしスリー・ピー・アロウの中に入れたら、アンタの代わりに味わってきてやるよ」

 リットは眠そうに目をこすると、二階の宿の部屋へと戻っていった。



 翌日になり、雪が深い森の道を歩くのは危ないということで、リット達は宿屋の主人に勧められた犬ぞりに乗って、スリー・ピー・アロウのあるウッドノッカーの森に来ていた。

「どうだ、あっという間だっただろう? トナカイの馬車じゃこうは行かない」

 ハッハッハという荒い呼吸をする十匹の犬を一匹ずつ撫でながら、犬ぞりの御者の老人が得意気に言った。笑うと、犬の毛のような顎鬚がふさふさ揺れる。

「森に放り出されて、あっという間にあの世かと思ったよ……」

 リットが犬ぞりから降りると、足元がふらついた。

「そりゃ、うちの犬は鍛えてるからね。スピードはベルガ一だ。まるで風になった気分だっただろう」

「風邪の時は鼻をかむ手間が省けていいかもしれないっすね……。出て来る鼻水が全部後ろに飛んでいっちゃいましたぜ」

 ノーラの頬には、鼻水の雫が点々とついて一本線ができていた。

「知ってるよ。その全部が僕に飛んできたから……」

 マックスは犬ぞりから降りると、ノーラの鼻水で汚れた顔に雪を擦りつけて拭いた。

「そんなことより……私はこいつらをちゃんとしつけてるかの方が気になるな」

 セイリンは尾びれを舐めてくる犬の頭を掴んで雪の上に投げ捨てたが、犬は遊んでくれていると思ったらしく、尻尾を振って戻ってきてはセイリンの足を繰り返し舐めていた。

「すまんね。そいつはまだ新入りで、今日始めてお客を乗せて走ったんだよ。まぁでも、そのおかげでアンタ達は安くソリに乗れたわけだ。ワシに似て憎めないやつだ。許してやってくれ」

「女の脚を舐めるとこまで似たのか。それとも教えたのか?」

 セイリンはリットの手を借りながら、ソリから降りた。

「いいや。ワシは揉む専門だ。毎晩婆さんにやらされてるからな」

 老人は豪快に笑って、冷たい空気に暖かい白い息を浮かばせた。

「骨と皮ばっかで揉む場所なんかねぇだろ」

 リットが呆れたように言うと、老人は「そのとおりだ」と一層笑った。

「この前なんか、ふくらはぎを揉んでると思ったら、いつの間にか膝を揉んどった。どおりで固いわけだ」

「アンタの頭はちょっと緩すぎだな」

「歳を取るとどこもかしこも緩くなるもんだ。無理せず気楽に生きるのが正しい老後だよ。アンタらも無理せず帰ることだ。あの連中に関わって良いことなんかないぞ。フードで顔を隠すなんて、やましいことがある証拠だからな」

 そう言い残すと、老人は犬ぞりに乗って来た道を戻っていた。

「まぁ、たしかに……。顔を覚えられていいことはないな……」

 そうこぼすと、リットは目の前を続く道を見た。このまま真っすぐ行けば、ヘル・ウインドウの地下洞に行けるのだが、何人からもされた忠告は、尻込みするには充分過ぎる理由だ。

「あれ? そういえば、チルカはどこっスか? まさか吹き飛ばされたとか」

「そうならないように、鳥籠の中に入れておいてやった」

 セイリンは雪の上に置きっぱなしの鳥籠を拾ってリットに投げ渡した。中には不機嫌な顔のチルカが入っている。

 チルカはじっとリットを見て「なんか言ったら殺す……」とだけ呟いた。

「まぁ、コイツがいりゃ森の中でもオイルの節約になるし、洞窟周りを歩いてみるか」

 リットは鳥籠を持って歩き始めた。

「ヘル・ウインドウには行かないんスか?」

「ヘル・ウインドウは最終手段だ」



 ヘル・ウインドウの地下洞から離れるように、二時間ほど歩いたところで、リット達は一度休憩を挟んだ。

「やっぱり入り口は一つか」

 そう言ってリットが疲れたと一息つくと、近くの木の幹に張り付いた雪がドサドサと音を立てて落ちた。

「まだ、少し歩いただけでだらしない」と、マックスはまだ元気そうにしている。

「走ることが趣味の変態と一緒にすんな。周りを見ろ。皆疲れてる」

「僕は人魚の卵が入った木箱も持っているんだけど……」

「オレはそのものに肩貸して歩いてんだよ。セイリンも鳥籠に入れて運べりゃ楽なのによ。で、オマエはいつまでそこに入ってるつもりだ?」

 リットは鳥籠の中のチルカに声を掛けた。

「意外に快適なのよ。馬鹿が引く馬車だと思えば悪くないわ」

「そんなに気に入ったんなら、帰ったらオマエの部屋は虫かごにしてやる」

「鳥だって言ってんでしょ! アンタには牢屋を用意してあげるわよ!」

「うるせぇな……。鳥籠らしく、そこの木の枝に引っ掛けて置いていくぞ」

 リットが鳥籠を持ち上げて枝にかけようと木の陰に入ると、チルカの羽が怒りに強く光っているのが見えた。

 すると、突然木が喋りだした。

「その光は――もしかしてジャックか? よかった、助けに来てくれたのか!」






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