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ランプ売りの青年  作者: ふん
東の国の灯台編(下)

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第二十話

 一週間が経ち、角笛岬が苦しそうにピューピューと高い音を上げ、風が強いことを知らせているある日。

 その音を背中に聞きながら、リットは灯台の前の地べたに座り込んでいた。

 手元には大瓶の底の部分。底を割らないようにしたため歪な切り口なっており、その鋭い切り口を砂利にこすりつけて丸くしている。

「それで、お兄さん。首尾は上々かニャ?」

 リットの隣りにいるパッチワークが、媚び商談をするように揉み手をしながら話し掛けた。

「そこそこだな。ようやく龍の鱗の見当がついて、こうして対策を練ったわけだ」

「焦らすなんて、お兄さんもお人が悪いニャ。例のアレのことだニャ」

 パッチワークは地面でとぐろを巻いていた尻尾を立たせると、それを曲げてリットの頬を突いた。リットが反応がないと、尾先で頬をなぞり鼻下をくすぐり始めた。

 リットは邪魔な尻尾を掴み、パッチワークを睨んだところで、セイリンを脅す為に必要な物を用意する代わりに、パッチワークに魔族の品を渡すことを思い出した。

 リットの表情が変わったのを見て、パッチワークが目を細めて含みのある笑みを浮かべた。

「思い出して頂けたかニャ?」

「……まぁな。……まっ、気楽に待ってろ」

 パッチワークとの約束を破るつもりはないが、守ることも難しそうだとリットは頭を掻いた。

「本当に大丈夫かニャ……。頭を掻くのは誤魔化す証拠ニャ」

「ノミ取りする時だって頭を掻くだろ」

「不潔ニャ……」

「犬と猫を飼ってりゃ、嫌でもうつるってもんだ」

 リットが前足でノミを掻くような仕草でパッチワークをからかっていると、後ろからドアが開く音が聞こえた。

「これしかないですけどいいですか?」

 灯台守のキスケが古い藍染めの布を広げてリットに見せた。

「充分だな。その色でそこそこの大きさがあればなんでもいい」

 リットは瓶の底の土埃を払うと、藍染めした布を裏から貼り付ける。

 本物の龍の鱗は瑠璃色だが、リットが作ったものは薄い藍色をしている。そして、布を貼り付け終えた瓶の底をキスケに見せ付けるように掲げた。

「どうだ? 龍の鱗に見えるか?」

「……いえ、とてもじゃないですが……龍の鱗には見えません」

 キスケは歯切れ悪く、申し訳無さそうに答える。

「だろうな。見えるって言ったら、節穴って罵ってたところだ」

「それじゃあ、なんで聞いたんですか……」

「どうせ聞かれると思ったから、先に言ったんだよ。錬金術士に職替えでもしない限り、ガラスに色を入れるなんてできねぇ。これで何日誤魔化せることやら」

「一週間バレなかったら大したもんだニャ」

「なになに、三日もったら奇跡だ」

 リットは乱暴に瓶の底を地面に置くと、シャツの首元に指を引っ掛けて伸ばし、風を取り入れた。

 灯台のてっぺんから角笛岬の音と競うようなカモメの鳴き声が響く。

 事の発端の灯台を見上げながら、リットはもうすぐ帰れるという寂しさのようなものが込み上げてきていた。

 ――いや、やはり。やっと帰れるという気持ちの方が強かった。

 悠々自適で自堕落な海賊生活は、故郷の水のように肌に合ったが、同じ故郷なら住み慣れた場所がいい。

 海の上では、客の身なりを見てどれだけ搾り取れるかと考える楽しみも、いかにして酔っぱらいに酒を奢らせるかという楽しみもない。

 そんなことを考えていると、馴染みのボロ酒場で、安酒を飲み、酔っぱらいのバカ話に耳を傾けたくなっていた。

「それで、龍の鱗が手に入ったらどうするんだ?」

 龍の鱗を加工するのに別物が必要だと言われたらたまらない。リットは予想外の言葉がないことを祈り、キスケの言葉に耳を傾けた。

「簡単ですよ。より遠くに光を飛ばせるように、二つの龍の鱗の位置を調整して設置するだけです」

「本当か? あとで固定するのに虎の牙が必要とか言わねぇよな」

「大丈夫ですよ。より反射させる為に布で磨く作業はありますが、普通の布で磨けばいいだけです。今現在保管してある龍の鱗も、普通の布で磨きましたから」

「随分簡単だな」

「簡単ですが大事な作業です。磨く前はただの瑠璃色ですが、磨けば光の具合によって濃い緑にも映るんですよ」

 キスケが龍の鱗の話をする時は瞳に希望が満ちている。灯台のことを考え、灯台の為に生き、灯台の為になにかをしようと、そういう姿勢が感じられる。

「おい、こんな灯台と添い遂げる気か?」

「まさか。でも、骨を埋める覚悟で灯台守になりました」

「コジュウロウとキスケ。どっちがまともかわかんねぇな」

「どっちもマヌケだニャ。コジュウロウのお兄さんは言わずもがなニャ。結果、骨を埋めることになるだけで、最初から『骨を埋める覚悟で』なんて言葉は視野が狭すぎるニャ」

 パッチワークは強い口調で、キスケを睨むような瞳で見た。しかし、キスケが緊張で強張るのを確認すると、端から見ると胡散臭さのある柔和な笑顔に変えた。

「どうかニャ? 視野を広げるためにもリゼーネに来るというのは。ニャンとも素晴らしい国で、今なら格安でお家も紹介できるのニャ」

 パッチワークはS字に曲げた尻尾をキスケの目の前に突きつけると、誘惑でもするように輪郭をなぞった。

「視野を広げる為にも、まずは灯台の明かりを取り戻し、管理したいと思っています」

 キスケは逸らすことなくまっすぐにパッチワークの瞳を見ながら言った。

「実直というか、なかなか騙し甲斐のある青年だな」

 二人の噛み合わない会話を聞いて、リットはおかしそうに喉を鳴らす。

「ニャーも必死なのニャ。東の国に来る前に家が売れなかったから、どこかで取り戻さないといけないのニャ」

「オレを騙そうとしたあの家か」

 東の国へ来る前。リゼーネで暇をつぶしていた時、初対面のパッチワークがニャーニャー言いながら近付いてきたことをリットは思い出していた。

「騙すなんて人聞きが悪いニャ。ちゃんと家は売るのニャ。それに、お金を持っていそうな人から毟り取るのは、商売の基本なんだニャ」

「まぁ、それは同意見だな。貧乏に安いランプを百個売るよりも、金持ちに高いランプを一個売った方が楽だ」

「まったくその通り。お兄さんの言葉はいつも核心を突いてるニャ。洗練されていて、隠し切れない品格が滲み出てるニャ。――ところで、お兄さん。リゼーネに家が欲しくないかニャ」

 パッチワークは自慢の猫ヒゲを鼻と一緒にひくつかせながら、とらえどころのない奇妙な笑みを浮かべた。

「わかりやすいゴマすりやがって。そんなんで買うか」

「女心と秋の空。それに、山の天気と猫の気持ちはわからないものニャ。今まさに、ニャーに手玉に取られてるとも知らないで、呑気なもんニャ」

「毛玉で遊んでるくせに何言ってやがる」

 キスケの控えめの咳払いが二人の会話を止めた。

「あのう……皆さんお待ちのようですけど、のんびりしていていいんですか?」

 灯台のある高台からは周囲の景色がよく見える。

 海岸では、エミリアが苛立たしげに小舟の周りをウロウロしていた。

「これ以上待たせて、また禁酒でもさせられたら厄介だし、そろそろ行くか」

 リットは立ち上がると、尻についた砂埃を払った。


「遅い!」

 海岸に着いたリットへの第一声だった。

 エミリアはリットに非難の視線を浴びせる。

「悪かったな、待たせて」

 リットは形だけの謝罪を済ませると、小舟に乗り込もうとしたが、エミリアの腕が止めた。

「約束の時間はとうに過ぎているぞ」

「約束の時間。約束の時間ねぇ……。ダメだ、言い訳が出てこない」

「言い訳をしようとする性根がダメなのだ。それが遅刻に繋がる」

「いいか? 遅刻というのは決められた時間に遅れることだが、逆に言えば決まったことしかできないというわけだ。人生何があるかわからねぇ、予期せぬ出来事に対応する為にも、決められたことから離れることも必要だ。更に言うなら、人生は時間よりも成果だ。早めに集合して余裕ある時間をダラダラ動くよりも、時間ギリギリでテキパキ動く方が効率がいい。まだあるぞ、いいことは。遅刻をしたら謝るだろ? その時点でオレは相手より下の立場になるわけだ。そうすると相手より上へ上へという摩擦が減り――」

 リットはグリザベルさながらの長台詞を言うが、エミリアは顔色一つ変えずに聞いている。

 反応がないので思わずリットは話を止めてしまった。

「どうした? 続きは。話はちゃんと最後まで聞くぞ」

「オレには助長な話が効いたのに……」

「ないのなら、私から話すが」

「まてまて、捻り出せば糞みてぇに何か出てくるはずだ」

 リットが口をいろいろな形に変えてなにか言おうとするが何も出てこない。

「二人共時間切れだ。龍の鱗が手に入らなくてもいいなら、酒を片手に滑稽なショーの続きを見せてもらうが」

 セイリンが小舟の縁を杖で叩きながら二人を急かせると、リットは一も二もなく小舟に乗り込んだ。

「まさに助け舟だな」

「乗りかかった船だ……。こっちまで説教が飛び火したらたまらんからな」

「それじゃあ、後は呑気に船を漕ぐか」

 リットは手を頭に乗せて大きなあくびをすると、エミリアがため息をついた。

「何を言ってる……。結局船を漕ぐのは私じゃないか」

 エミリアはオールを手に取ると、海面をかき分け始めた。



「遅いぜ!」

 ボーン・ドレス号に戻ったリット達に向かってアリスが目を吊り上げて吠えた。

「いいって、そのくだりはもうやったから」

 リットは飽き飽きといった具合にアリスに向かって手を払った。

「待たせておいて、そのセリフかよ!」

「歯の浮くようなセリフでも言って欲しいのか? 気を付けろよ虫歯だと痛むぞ」

「そういうことじゃねぇよ!」

 またも吠えるアリスの肩に、テレスの手が乗っかる。

「いいじゃないですか、アリス。わたし達もゆっくりできたのですから。たまには違うところでのんびりするのも悪くないですね」

「アタシは休めてねぇよ……。バカな奴らが船に向かって手を降る度に、ストレスばっかが溜まったぜ」

「それじゃあ、アリスとわたし。どっちが早く帆を下ろせるか競争しましょうか。アリスとレースです」

「よっしゃあ! 帆を降ろして甲板に先に着いた方が勝ちだ! 今からスタートだぜ!」

 アリスは触手で手を叩くと、鬱憤を爆発させたように、ものすごい勢いでマストを駆け上がっていった。

「さすが、バカは高いところに登るのが早えな」

 リットは甲板からメインマストのてっぺんまで繋がっている、アリスの触手跡を見ながら言った。

「バカンスの後はバカにするということですね」

 アリスと勝負するつもりはないらしく、テレスは元の場所から動いていなかった。

「ナマズじゃねぇんだから、何にでも食いついてくんじゃねぇよ……」

「ナマズと言えば、美味しいナマズと――」

「ノーラ!」

 テレスが言い終える前に、リットは大声でノーラを呼ぶ。

「あいあい、なんスか。旦那ァ」

 ノーラはマストから紐を伝って降りてくると、駆け足でリットの元まで来た。

「テレスが大事な話があるとよ」

「……旦那。私に押し付けようとしてますね」

「好きになったんだろ? ダジャレ」

「あれはちょっと聞かないと寂しいってだけで、別に好きになったってわけでもないんですけどォ……」

 ノーラがチラッと視線をテレスに向けると、テレスは既にダジャレを言う気満々の顔をしていた。いつもと変わらず無表情なのだが、雰囲気で感じ取れるようになるくらいは一緒に過ごしている。

「何もしてない旦那が聞けばいいじゃないっスかァ」

「オレはこれを壊れないところに置いてくるから忙しいんだっつーの」

 リットは先ほど作った、瓶底に藍染めした布を貼り付けたものをノーラに見せた。

「その子供の工作をっスか?」

「そうだ。でも、そのうちどっかのマヌケの収集家が高値を付ける予定の芸術品とも言える」

「宝石もないのにっスか?」

「宝石だって気付かれなけりゃ、ただの石だ」

「錬金術師に頼んで色を入れてもらうという手もありますよ」

 そう言ったテレスは、ダジャレを言うタイミングがなくなってしまったので、少しふてくされたように見える。

「大陸に戻って錬金術に会いに行けってか? 時間がかかりすぎるだろ。それに錬金術は嫌いだ」

「子供みたいなこと言うんスから。蒸留酒は好きなくせに」

「オレだけ儲けさせてくれんなら錬金術も好きになるけどな」

 リット達がしばらく話していると、突然空からアリスが降ってきた。

「どうだ! アタシの勝ちだろ? テレスはのろいからな」

 アリスは手で額の汗を拭うと、余裕綽々の勝利の笑い声を響かせた。

「いいや、テレスの方が先に甲板に着いてる」

 リットが言うと、テレスはアリスに向かって手を降った。

 負けたということよりも、その仕草が癪に障ったらしく、アリスは歯を食いしばって顔を歪めた。

「それじゃ、テレスには優勝賞品をやらねぇとな」

「アタシはそんなの聞いてないぜ!」

「海賊なんだから海賊らしく、勝者には褒美、敗者には罰が定説だろ」

 海賊という単語を聞いてアリスは観念したらしく、諦めの表情を浮かべた。

「ちっ……好きにしろよ」

「まず勝者のテレス。好きなだけダジャレを言う権利の贈呈」

「当然の権利ですね」

 テレスはうなずき、勝利品に満足していた。

「敗者のアリス。テレスのダジャレをずっと聞く罰を与える」

「おい、ずっとってなんだよ!」

「テレスが飽きるまでだろ。じゃあな。とばっちりを受けないうちに行くぞ、ノーラ」

 テレスのダジャレを聞かなくて済んだノーラは「あいあい」と、小走りでリットに付いて行き、この場を離れた。

 背中からは、アリスが覚悟を決めて乱暴に腰を下ろす音が聞こえる。

「いやぁ、イカサマに気付かないもんですねェ……」

「そりゃ、アリスはタコだからな」






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