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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第十二話

 リットが半ば騙されて買った妖精の白ユリは光ることは無く、窓際に置かれた鉢植えの上で寂しそうに咲いていた。

 この花が伝説通り光るには、妖精の鱗粉が必要なのかもしれない。しかし、仮に光ったところで意味は無いだろう。

 妖精の鱗粉は貴重品ではあるものの、さほど珍しいものというわけでもない。多少のコネがあれば手に入れられるものだ。リットの村にいるときにも、エミリアに試してみたがほとんど効果はなかった。その少しの効果も、ランプの明かりよりも好きというだけだった。

 人によって心が落ち着くという光の色は違う。自然光に近い黄色や、体感温度が上がるような赤などの暖色系の光。身を引き締めるさせるような水色の光や、幻想的に光り時間も忘れさせるような青。赤と青を混ぜあわせた紫は、不安定で魅力的な色であり、遙か東の国では貴族の色として使われているというのも聞いたことがある。

 ランプに限らず、インテリア、花瓶に生けられた花、服など、自分が好きな色の効果というものは大事な要素になる。

 それから色の濃さ。ランプにとっては光の強さになる。その辺りも充分に加味していかなければならない。

 エミリアが好きなのは、淡く、それでいて幻想的な光。人魚の卵や、妖精の燐粉の光を見た時の反応で、そこまではわかっていた。それも、鎮静効果がある青の光りよりも、自然光に近い黄色の光の方を好んでいた。

 暗中模索の中、道筋は出来ていた。それでも、まだ先の見えないゴールには違いなかった。

「太陽のかけらとか、太陽の雫とか、都合の良い素材が湧いてこないもんかな」

 リットは、グッと腕を伸ばすと背もたれに体重を預けた。頑丈な椅子はキィっと音を立てて部屋に響く。その音を聞いて、リットが一休みに入ったのを知ると、ノーラはだらだらと寝転がっていたベッドの上から顔だけを向けた。

「そんなもんもあるんスねェ」

「ねぇよ、そんなもん。あるなら最初に使ってみてるっつーの」

 日長石や月長石などと呼ばれているものはあるが、それが天からの贈り物と考えられていたのは、遥か昔の話だ。錬金術や鉱物学などが発展するに連れて、万物の不思議は急激に解決されてしまった。他の物で代用が出来るとわかると、安価な物を求めるようになり、それに伴いその物の値打ちも徐々に下がっていた。

 それでもまだ、この世には説明出来ないものがごまんとある。そういった物は貴重であり、高値で取引をされる。それらを求めて、未開の地へ赴く冒険家という職業を生業とする者もいるし、種族の技術や秘宝を売る者もいる。

 技術の啓示によってもたらされるものは、必ずしも良いことばかりではないが、少なくとも人間の暮らしは良くなっていた。

 弊害が出る種族もいるのは間違いない。

 レプラコーンと呼ばれる妖精もその内の一つだ。なぜか片方の靴だけを永遠に作る。靴による様々な昔話には、このレプラコーンが関係している。話になるほどまでに出来の良い靴を作るからだ。

 そのレプラコーンの変わり者二人が妖精社会を抜けだして、靴屋を始めた。二人はそれぞれ、右の靴と左の靴を作るので、二人合わせて『コンプリート』というブランド名をつけて発展させていった。

 レプラコーンは、人間嫌いと言うよりも他種族嫌いと言われる程、独自の文化を守りぬく種族だが、このせいで人間を筆頭に、亜人などからも目を付けられるようになってしまう。

 レプラコーンの作る靴は、オシャレとしても高い評価を受けている。大規模な戦争が起こっていない今の時代では、機能性だけではなく、オシャレとしての服飾も大きく発展しているので、そういった職人技を持つ種族や職業は、前よりも着目されるようになっていった。

 社会に適応出来た変わり者二人のレプラコーンは良いが、それ以外のレプラコーンは迷惑を被ることになり、より他種族との交流をしなくなってしまった。

「世の中は発展したっていうのに、悩みがなくなることはねぇな」

「そりゃそっスよ。朝ごはんに、昼ごはんに、晩ごはん――」ノーラは開いた指を、親指から順番に人差し指、中指と折っていくが、それっきりピタリと動きが止まる。少しの間があり「――少なくても絶対に一日に三つは、悩むことあるんですから」と言うと、その手を隠すように枕を抱えた。

「……悩みが大きいと大変なもんだ。オレの悩みなんて、ちっぽけなもんだって思い知らされるよ」

「そう言わないでくださいな。私にだって、きっとそのうち大きな悩みが出来ますよォ」

「どうせ次の悩みは、野菜料理ばかりで飽きてきたとかそんなんだろ」

「うーん、鋭いっス。旦那がお小遣いをくれたら解決するんですけどねェ」

 ノーラは枕を抱えたまま、右手を伸ばして手のひらをリットに差し出す。

「金が欲しけりゃ、少しは役に立てっつーんだ」

 リットは右手でシッシッと空気を払うと、再び机に向かい本を読み始めた。

 太陽には様々な伝説があり、民族や種族によって伝えられている。

 その中には太陽の樹とも呼ばれるオリーブもある。こっちは一般的で、食用としてももちろんだが、良質の油にもなる。

 ランプのオイルにして使ってみたが、やはりエミリアには効果がなかった。念のためにリゼーネ近辺で取れるオリーブの実でも試してみたが、結果は言わずもがなだった。

 煮詰まる頭は、体温も上昇させる。リットの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。苛立ちのせいで、本を睨むように見ていると、涼しい風が体を撫でていった。

「おぉ……いいな。もっと頼む」

「役に立ってますかァ?」

 ノーラは、ハーピィの抜け羽で出来た扇子でリットを扇ぎながら聞いた。

「立ってる立ってる。もうしばらく続けたら、屋台通りに行きたくなるくらいの小遣いはやるぞ」

「おぉ……。それなら、こっちも気張るってなもんですよ」

 気持ちのよい風に。思わずリットは座ったまま目を閉じる。

「旦那ァ、いつもお疲れさんです」

「なんだ、いきなり」

「こういうのってタイミングが大事でしょ? 前から思ってたんスよォ。研究熱心だし、なんだかんだ面倒見もいいし、優しいし、男前だし――」

「――ちょっとまて。……オマエ、オレを褒めて金を多くせしめようとしてるだろ」

 言葉数が多くなってきたノーラに、リットは疑いの目を向ける。

「そ、そんなことないスって!」

 誤魔化すためか、ノーラが扇子を扇ぐスピードが徐々に早くなり始める。机に置かれた本がペラペラと風で捲られ始めた。

 空気を掻き出しやすい構造になっているハーピーの羽は、力のない女性や子供でも疲れること無く扇ぎ続けられる。そのせいで、あまり強く扇いでしまうと強風が吹き荒れるような風が起こってしまう。

 部屋のカーテンは誰かに持ち上げられたように激しく揺れ、サイドテーブルに積まれた本が床に落ちて音を立てた。

「待て待て! 部屋の中を荒らす気か!」

 強風が巻き起こる中、リットが声を荒げると、ノーラはようやく辺りを見回して扇ぐ手を止めた。

「ありゃりゃ、やっぱり使い慣れないもの使うとダメっスねェ」

「オマエは……」

 リットは、全く意に介さないノーラにため息を付くと、落ちていた本を拾い上げてサイドテーブルに乗せる。そして、そのままの足でドアへと向かっていった。

「何処行くんスか?」

「息抜き」

「まぁーた、酒場っスか」

「よくわかったな、オレの息抜きの方法が」

 リットが言い終える前から、ノーラはベッドから起き上がりトコトコと隣まで歩いてきていた。

「旦那ってば、どこにいてもやること変わんないっスから。たまには優雅にティータイムと洒落こんでもいいのに」

「余計なお世話だ。それより、まさか付いてくる気か?」

「まさか。旦那の邪魔はしませんぜェ。第一お酒なんて美味しくないっスから。この様子じゃ、お小遣いは貰えそうにありませんし、厨房にたかりに行くんス」

 リットがドアを開けると、脇の下を通りノーラが先に廊下へと出た。ノーラの後ろ頭にリットは心配そうに話し掛ける。

「メイドとかコックに、迷惑かけるなよ」

「大丈夫っス。ちゃーんとお手伝いもしますから」

「……だから、迷惑かけるなよ」

 リットは、ノーラに屋敷の者の手伝いをしないことを約束させると、屋敷を出て昼間の太陽を浴びながら酒場がある通りに向かって歩いて行った。



 リットが酒場に来たのは息抜きの為だけではなかった。注いでもらった酒に手を付ける前に、酒場の店主にカウンター越しに話しかけた。

「なぁ、夜に胸が死ぬように痛むことってあるか?」

「あるね……。うちの女房は元冒険者だからな。夜中に遊び歩いて帰ってくると、鍛えぬかれた拳でズドンよ」

 店主は自分の言葉に、この上なく面白そうに声を上げて笑う。

「そりゃアンタが悪い」

 リットは話しながら若い女性にだけサービスをする店主を見て、少し呆れ混じりに言った。

「まぁ、そういう時は妖精の白ユリを買って帰って機嫌を取るんだけどな。女の心を安らげるには、花が効果絶大よ」

「この国の人間は妖精の花が好きだねぇ」

「花の代わりに宝石って手もあるが、毎回毎回買ってたら破産しちまうからな」

「あの花だって、安物じゃないだろ」

「なんだい、顔に似合わず兄ちゃんも花を買ったのかい。普段は半額以下よ。品種改良を繰り返して随分育てやすくなったからな」

 普段は安いということは花屋に聞いていたが、半額以下になるまで安いとは聞いていなかった。本当に無駄な買い物をしたと後悔の念が出てくるが、リットにはもうひとつ気になることがあった。

「品種改良されてたってのは初耳だな」

「今でこそこんなひらけた国になってるが、元は他国に攻められにくいように鬱蒼とした森の中に作られた国だしな。人工的に作られた土地に、森の植物は適応しづらいんじゃねぇか? あと――」

 店主はそう言って笑顔を浮かべたまま急に押し黙った。

「わかったよ。もう一杯酒をくれ」

 リットはコップに入った酒を喉に流し込むと、店主の目の前に空になったコップを置いた。

「毎度。へへっ、情報はタダじゃないってもんだ」

「その瓶一本分買うから、早く続きを話せって」

 リットの言葉を聞いて、少し意地の悪い笑みを浮かべると、店主はようやく続きを話し出した。

「リゼーネ二世が森を開拓する時に、根こそぎその花を持ち帰ったらしいから。天然物はこの近くにはもう咲いてないって話だ」

「でも、城壁の向こうはすぐに森だろ?」

「あれは、一度まっさらに切り倒された後に植えられた木だからな。もっと奥にでも行けば、まだ咲いてるかもしれないけどよ」

 確かに、リット達がリゼーネ王国に来る馬車の道中で通った森は、鬱蒼と呼ぶにはあまりにも陽光が射し込む森だった。城壁の正門に向かう森は、整備された後ということになる。

 船に乗ってやってくる商人がいることも考えると、川がある西と東の森も広く開拓されているが、東の森に続く川は途中で大きく曲がって森から平原へと出ている。

 リットは鬱蒼と茂る未開拓の森を求めるなら、川沿いから離れた西の森の深くだろうと当たりを付けた。

 答えは町の住人よりも、エミリアやポーチエッドの様な城に携わる者に聞いた方がいいだろう。小さい村ならまだしも、大きな国での周辺の地理は城の者の方が詳しい。

「アンタもよくそんな話を知ってるな」

「ここは商人だけじゃなく、兵士も飲みに来るからな。酒は口を滑らせる魔法の水だからよ。まぁ結局はその兵士も誰かの又聞きだったりするから、この話に信憑性なんてないぞ」

「確かにな」とリットは意味ありげに笑った。「少なくとも『闇に呑まれる』なんて与太話よりは役に立つよ」

「まぁ、恋の病なら酒が一番効くぜ。愛の告白に勇気をもたらし、砕け散っても心を癒やすってな」

「胸が痛む程の恋をする人間は、こんな昼間から酒場に来ねぇよ」

 リットは店主と取り留めのない話を続けながら、しばらく酒を飲み続けた。ジャガイモの蒸留酒ではない酒を存分に楽しむと、ようやく酒場を後にする。

 エミリアの屋敷に向かう足取りが軽いのは、酒のせいだけではなかった。






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