カラスの意趣返し
久しぶりに、父から呼び出しを受けた。
「イレーニャ」
「はい。行ってらっしゃい!」
この家の留守を任せて、私は、転移陣を展開して中に入り、術を完成させる。行先は父の執務室。今日、私には予定があった。その予定をすべてキャンセルして飛ぶのだ。これぐらい許してもらおう。
そう思って閉じていた目を開くと、書類が飛ばされないように押さえて目をつぶっている父と、何事が起こったのかと目を白黒させる、父の部下の姿があった。
「お前は……。何度言ったらわかるんだ!」
「こっちは仕事があったんです。まじめに仕事しようと頑張ってる息子の邪魔をするからいけないでしょうが」
それでもバラバラになった書類に罪はないから、シルフで巻き上げて父の机に戻してやる。父は、私が彼ぐらいの年になったらそんな顔になるんだろう老いた顔にあきれをにじませている。
「年々お前、親父に似てきてないか?」
その言葉に何をいまさらとため息をつく。父よりじい様に似ているというのは自分でも思っている。
「それは、私も自覚していますよ。私はおじいちゃんっ子ですから」
そこでようやく私の正体に気づいた部下の方は一礼して部屋から出ていった。
「世話かけましてすいませんね」
彼をねぎらっておくと神妙な顔で頭を下げられた。
父は、この国の、魔法騎士と魔術師を束ねる軍部の師団長だ。つまり、国兵の魔術を扱う部門でのトップ。おじい様も同じ職歴で、いずれは私もそこら辺に行かなければならないような気がしている。
彼らにすれば、私は上司の息子であり、そして、父やおじいさまが口をそろえて、息子の魔力はけた違いだという。そのせいで、すっかり目の上のたん瘤扱いだ。
「で、いきなり呼び出してなんですか? 簡単な用だったら、この部屋めちゃくちゃに荒らしてから帰ります」
「荒らすな。……とりあえず、俺が視察した結果だ。見てくれ」
そういって差し出された報告書を受け取って、近くのソファーに陣取ってふんぞり返る。やっぱり金のある人の執務室のソファーは極上だ。
「おい……」
「朝が苦手なの、知ってるでしょう? そんな朝から呼び出したんです。機嫌悪くて当然ですよね?」
で、この面倒事だ。
書類にあらかた目を通して、目頭をもむ。どうしてこうも、うちの国の兵士は厄介なものをひっくり返すのが得意なんだか。
「できれば、俺で対処はしたかった。だが……」
「魔力量も知識も経験も、何もかも、私に及ばない。暴発させるぐらいなら、俺に任せた方がいいと?」
「そういうことだ」
父も、じい様も、私に先祖の魔力が宿っていて、そして、その魔力が知識を与えていることを知っている。でも、ほかの連中は知らない。
時たま、私に対して丁寧な姿勢をとる父やじい様を不思議に思うのは当たり前だった。そして、そんな態度をとらせる私が、この上なく不気味に映るのも。
「わかりました。魔晶石と、人を何人かください」
「何人とは?」
「うんと物分かりの良くて、将来俺の部下になれそうな優秀な人材をください」
「……。お前……」
「これを狙って、砦の軍師につけたんでしょう? ロジャー様をだませても私は騙せませんよ」
そういって、私は立ち上がる。魔力の回復は上々。サラさんの、いえ、エルフの長殿直々調合なすった薬はことのほかよく効いて、三日で魔力が全快になった。本来であれば、一生かかっても治らなかっただろうあの消耗をだ。
「ついでくれるか?」
「親子三代続いて師団長なんて前代未聞だし、反発も起こりますよ?」
「大丈夫だ。お前なら」
信じている、といわんばかりのきっぱりしたそのいい方に、私は父を振り返っていた。
「いざとなったら、あの時の軍師だと明かしてやればいい」
「また、いらない混乱を引き起こす。私は、この国の魔術師の魔力を奪って逃げた逃亡犯ですよ?」
「バカ言うな。そんなのもみ消したさ」
いや、ロジャーさんの言うとおりに動いただけだろ。
内心突っ込みを入れながら、やはり、この人の子供なのだなと、少しだけ安心をしていた。




