カラスの買い物
とあるアクセサリー店に一人の男が真剣な顔をして指輪を見ていた。
黒いコートに黒いシャツ、しかも黒いズボン。黒い髪に抜けるような白い肌の、整った面立ちの顔は、真剣さをはらむが故の鋭さを持って、周りの客を圧倒していた。
「おい、ウィル……」
ちょうど非番だったバーナードが一人で何時間もそこに佇んで真剣に選んでいるウィルを見かけて声をかけたのに気づいて、ようやく彼は体を起こしたのだった。
「バーナード? ああどうしました?」
「いや、お前がここにいるのって珍しくてな……」
寒い日だというのに、バーナードはいつものすすけた繕いだらけの綿シャツに、いつでも砦に向かえるようにか、ただ、服を持っていないのか、制服の黒いズボンという格好だ。そんな彼も、ここに似つかわしくない。
ここは、恋人たちへのアクセサリー店。
決して、ここは怪しげな風貌の男が真剣に物を見つめたまま二時間も、三時間も立ち尽くすお店でも、ともすれば浮浪者にも見える、ワイルドな男がふらりと立ち寄るお店でもない。
「あなたもじゃないですか?」
「俺は、嫁にたまに買ってやってるからな。休日手当の貯金崩して」
「ほう? エルフにですか?」
「光ものじゃねえけど、俺たちにもそういう習性みたいなんあるんだよ。何つーんだろ。番の身を守るために、守りのある守護石みたいなんをやるっつーやつ」
さらりと、彼のあだ名、カラスにちなんだ皮肉を入れたワイルドな彼に、黒づくめの男は肩をすくめて、そういえばと、口を開いた。
「あの子はきれいだからってリングを買ってきたことがありますよ」
「ぐほおっ、マジか」
「先越されちまいましたよ」
「拗ねたくなる気持ちはわかる。んで? 今日のはそん時のリベンジか?」
「ええ。でも、実際ものを目にすると納得いかなくて……」
「細かいところに目が行くんだよな」
「わかります?」
「ああ、わかるぞ」
アクセサリーを見て楽しげにしていた恋人たちが、妙にわかりあっている彼らに生ぬるい目を送って足早に店を出ていく。
「んで、これなんか、どうだ?」
「ん? ああ、そこ見てないですね。ほう? そこそこいい値段ですね」
怪しげな風貌の男が手に取ったリングは、空色の宝石のついた、一見シンプルなペアリングだった。
「この石は守護かけやすいぞ」
「そうですね。きちんと浄化もされている。ああ、採掘人が……」
「え? ……マジか」
値札の裏にある石の採掘しリングまで加工した職人の名前を確認した二人は納得してそして、そろって表情をひきつらせた。
「まさか、義父様だとは……」
「こうやって外貨を稼いでいるんですねえ」
一つ貢献するか、とウィルは、エルフらしい緻密なデザインと見事な出来栄えの柔らかな曲線を描く白銀色のリングを二つ購入したのだった。
「ウィル?」
「……一大決心です」
「そうかっ! んじゃあ……」
「あとでね」
リングを購入するとき、二つを見たバーナードと店員は目を丸くして、そろって目を細めたのだった。
「それなら悩んで当然ですわ。これをご購入するなんてお目が高い」
「おだてても何も出てきませんよ。ああでも、私たちの気持ち悪い会話にずいぶんお客さんに退かれてしまいましたね。そうですね、あと、これに似合う普通にも身に着けられるネックレスとイヤリングを見繕っていただけるかな?」
そういって、セットで買ったウィルに店員は深々とお辞儀をしていたのだった。
「よくそんなに金あるな」
「何しろネオニートですから」
「開き直るな。っつーか、脱出しただろ」
「ええ。ぶっちゃけると、今回の戦で報奨金が出ていたんですよね。それを受け取るの忘れちゃってて、受け取りに行ったら意外にあったのでね。迷惑やいろいろ心配も掛けてしまって……、これぐらいはいいかなと」
「俺にはー!」
「私に心配をかけたのと私が心配をかけたの、どちらが多いでしょうかね? そして、その手間を……」
「だー、もーいい!」
「心配しなくても何かしらの形で詫びはさせていただきますよ」
アクセサリー店で並んで出て、適当な場所に入ってだべる。そして、バーナードが嫁、ことサラに捕獲されたのを見届けてから、家路についたのだった。
そして、土壇場でヘタレ続けて、彼がこのリングを買って彼女に渡すまで、結構長い時間を要したのだった。




