寝取っちゃったもんは仕方ない!
「もううんざりなんだ。きみとの婚約は破棄させてもらう!」
そう告げられた瞬間、グレーがかった茶髪の少女は新緑の瞳を丸くして息を呑んだ。
白昼のカフェテリアに似つかわしくない光景だった。婚約を破棄するなどと、どんな理由があろうとも公衆の面前で告げるべき言葉ではない。
その上、発言をした青年の横にはピンクブロンドの髪の少女がぴったりとくっついている。冷静な第三者が見れば、この光景のだれが悪いのか、はっきり指摘できただろう。
「で、ですが……エドリック、わたしは……」
「このことはきみの御父上にも告げてある!僕の独断ではない!」
「っ!」
「わかったらもう僕に付きまとわないでくれ!」
その言葉を理解して、茶髪の少女はさっと踵を返した。目に浮かぶ涙を誰にも見られないように。「クラリス!」少女の友人が名前を呼ぶが、振り返らない。
「――っ、本当にサイッテーね!あなた!」
そう捨て台詞を吐いて、友人が後を追う。青年は動揺をちっとも見せなかったが、ピンクブロンドの少女は肩を揺らした。
「エドリック様……」
「ああ、大丈夫だよリリアンヌ。まったく、程度の知れる平民だ。クラリスもあんなのと付き合うから」
「わたくしが悪いのです。わたくしがエドリック様に惹かれてしまったから――」
「いいや、僕たちは運命なんだ。きみが罪悪感を抱くことなんかありやしないさ」
リリアンヌと呼ばれた少女の手を、青年が取って口づける。きゃあ、と声を上げたのはギャラリーの一部だ。青年――エドリックは見目の麗しさで有名で、その芝居がかった仕草ですらさまになっている。
もし、クラリスが悪役の芝居ならば、これはハッピーエンドだっただろう。ひそかに愛を育てていた、善良な二人の愛は引き裂かれなかった。めでたしめでたし。
「――んな訳あるかい!!!」
私は枕をベッドにぶつけて小声で叫んだ。ほこりが舞う。クソッあのメイド共ろくに仕事もできねえのかよ。
おっとお口が悪くなってしまった。でも叫ぶくらいは許してほしい。だって、だってだよ?
――よりによって、薄幸ヒロインの婚約者を寝取る性悪女に転生すると思わないじゃん!!
こういうのってさ、悪役になる前の悪役令嬢なんじゃないの?
あるいは断罪される直前の悪役令嬢とか、死に戻りとか。断罪されて投獄されてそっからの巻き返しとか!いやかなりハードル高いからそれをやれって言われても困るけどさあ!
せめて、婚約破棄劇場の前なら!その時点だったらいくらでも巻き返せたのに!もう婚約破棄宣言完了していばらの道まっしぐらじゃん!
薄幸ヒロインちゃんはクズ男を捨てて新しい恋に目覚め今まで認められていなかった才能がにょきにょき伸びる一方でクズコンビは因果応報没落エンドでしょ!?知ってる!妹が散々読ませてきたからね。
寝取り女ことリリアンヌ・ダルセ、つまり私が前世の記憶に目覚めたのはたった今。ミルヴァル伯爵家の嫡男エドリックをクラリス・オーヴルモンから寝取り完了したその夜である。
前世の記憶目覚めちゃってリリアンヌの元人格完全に消滅してんだけど、何?人生の最高地点に到達した瞬間に人格消滅するのがリリアンヌへの罰なわけ?じゃあこっから因果応報没落する予定の私は一体なんの罪を犯したってんのよ。ふざけんなよ。
「はあ~。マジどうしよっかな」
考えれば考えるほど詰んでいる。じゃあ状況を整理してみよっか。
リリアンヌはダルセ男爵家のお嬢さんだが、このクソみたいな自室の環境からすぐに推測できる程度には実家で冷遇されている。女の子は金がかかるからと一年後にはハゲデブ特殊性癖変態親父の後妻として売り飛ばされる予定である。跡継ぎの弟はちやほやされているのにね。ていうかこの国女の子でも跡継げるっぽいのにね。
なのでリリアンヌはクソ実家と縁を切るために王立学園――貴族と金持ちの平民の通う高校で婚活に励んでいた。そこで目をつけたのがエドリックである。
いや婚約者のいる男に目をつけんなよって感じなんだけど、記憶によるとエドリックのほうから言い寄ってきたらしいんだよね。エドリックは年下の婚約者、つまりクラリスちゃんを地味でつまらない女だと思っていたらしい。いやクラリスちゃん結構かわいいと思うけどな。ヒロインだし磨けば光るタイプに違いない。お前に磨く才能がなかっただけだ。
そんなつまらん婚約者にうんざりしていたエドリック氏はボンキュッボンのぴかぴか美少女、リリアンヌに鼻の下を伸ばした。リリアンヌは次期伯爵であるエドリックの妻になればクソ実家を見下し売却先予定のハゲデブ男爵を一蹴できる。ウィンウィンの関係で、二人はクラリスちゃんに婚約破棄を突き付けたってわけである。以上、あらすじでした。
さて、ここで問題です。
エドリックの実家は、長年婚約者をやっていたクラリスちゃんに婚約破棄をつきつけたエドリックをどう思うでしょうか?
「何てことをしてくれたんだお前は……!」
正解はこちら!
エドリックパパであるミルヴァル伯爵、ガチギレ。
エドリックママであるミルヴァル伯爵夫人、笑顔でガチギレ。
エドリックって一人っ子ボンボンだからそんなに怒られないかも~とか思ってたのかもしれんが、普通にキレるに決まってるよね。男ってなんでこう見通しゲロ甘なんだろう?
リリアンヌがなんでここにいるって?エドリックに両親にあいさつに行こうって言われたからだよ。避けては通れないから同行したけど、まあね。一緒に怒鳴られています。
「クラリスちゃんにどんな不満があったというのですか?エドリック」
「く、クラリスはリリアンヌに嫉妬して嫌がらせを」
「嫉妬?嫉妬させるようなことをしていたのは誰なのですか?エドリック?」
エドリックママが笑顔で正論パンチを繰り出しまくってきている。ここで私が出ても火に油を注ぐだけなので、神妙な顔で黙っていた。ちなみに当然クラリスちゃんの嫌がらせってのは純度百パーセントの冤罪です。壊れたアクセサリーなんかを握りしめたリリアンヌが悲しそうな顔で「クラリス様が……」とか言うだけでエドリックは早とちりしてくれたからね。
「クラリスとは政略結婚でも何でもないでしょう!お祖父様が勝手に決めた婚約者を変えたくらいでなんでそんなに」
「政略結婚でないからなんだ!お前はいつからそんなに偉くなったのだ!」
「クラリスちゃんを虚仮にされてオーヴルモン伯爵夫妻も大変お怒りで、取引を停止すると言われているのですよ」
「クラリス嬢と結婚したくないのならいくらでもやりようがあっただろうが!オーヴルモン伯爵に不躾な手紙を送った上に人前で婚約破棄を叫ぶなど!この馬鹿息子がッ!」
まあ馬鹿息子育てたのお二人なんですけどね~。
貴族って表情を出すなとか言われてるけど、家だと怒鳴ったり叫んだりキレたり泣きわめいたりするのなんなんだろ。リリアンヌの両親もそうなんだけど。情緒不安定なのかな?気圧のせいかな?
エドリックは初・両親にガチギレされて泣きそうになっている。一回このクズぶん殴ったほうがいいんじゃない?令和に体罰はNG?まあそうか。令和じゃないが。
とまあ、一通りヒートアップしたミルヴァル伯爵夫妻は、ようやく余裕がでてきたのだろう。今度はこちらをぎろりと睨んだ。
「それで?この小娘はなんだ?」
「はっ、はい、リリアンヌは僕の運命の相手で」
「そう?あなたがエドリックをたぶらかしたのね?」
エドリックママの顔が怖い。いや、リリアンヌのせいにしないでくれよな。そっちのご家庭の教育がなってなかったせいだよ。仮にリリアンヌがたぶらかしたとしてエドリックが浮気しなけりゃよかった話だし。
まあそんなこと面と向かって言えるわけもない。いいでしょう、よく見なさい!このリリアンヌ・ダルセの覚悟を!
「申し訳ありません!」
私は勢いよく頭を下げた。というか跪いた。というか、土下座した。
「り、リリアンヌ?!」
馬鹿息子がなんか叫んでいるが、うるせえこんくらいしないと消火できないからこの炎上案件!
「エドリック様はわたくしを救ってくださったのです!エドリック様に甘えてしまったわたくしが悪いのです!」
「ちょ……ちょっと。一度お立ちなさいよ」
流石によその家の娘さんを這いつくばらせているのはまずいという気持ちはあるのか、エドリックママが声をかけてくる。よし、イケるな。この人たちも所詮は甘ちゃんだ。
「いいえ!わたくしは罪人です!このような事態を引き起こすと知っていれば、どんなことをしても止めるべきだったのです!申し訳ありません!エドリック様をお慕いしてしまったばかりに!わたくしがすべて悪いのです!」
「り……リリアンヌ!違う!悪いのは僕だ!僕がきみを愛してしまったから……!」
「エドリック様……!」
ノせられたエドリックがようやく私を抱き起してくれたので、目をキラキラさせて手を握っておいた。ちょろすぎるだろこの馬鹿息子。一方、目の前で繰り広げられる馬鹿息子とアホ女のボケ芝居に伯爵夫妻は頭痛の痛そうな顔をしていた。
「父上!母上!リリアンヌは素晴らしい女性なのです!クラリスにもひ、い゛ッ?!」
だからクラリスちゃんをサゲるなこのボケカス!私はエドリックの手をギチギチと握りしめ黙らせ、「クラリス様のことはもうおっしゃらないでください」と耳元でささやいた。エドリックがコクコクとうなずく。
「リリアンヌは、その、素晴らしく、学園の成績も良く、いつも僕を助けてくれて……」
「あなたは成績が悪いですからね」
エドリックママは容赦ない。そう、エドリックの成績はマジで悪い。リリアンヌはエドリックに取り入るためにめちゃくちゃ勉強を教えてあげたおかげで成績が良くなったのだ。リリアンヌ、努力の方向性それでいいのか?成績がいいことは決して無駄にはならないけどさ。
「はあ……。とにかくエドリック、お前はしばらく謹慎だ。休学して領地に戻らせる」
「な、何故ですか?!」
「何故も何もあるか!反省しろ!」
私もエドリックがここまで言われて何故ですかとかアホ抜かすとは思わなかった。本当にダメかもこのボンボン。いやここで見捨てたら私も終わるからな。
「あ、あの!わたくしも領地にご一緒させていただいてもよろしいでしょうか!」
ひとまずそう声を上げると、エドリックパパママは信じられんという顔をしてこちらを見てきた。いやでもここで切り捨てられるとリリアンヌ、マジ詰みだから。何がなんでもエドリックにしがみつかないとならない。
「お願いいたします!下働きでも構いません!どうかエドリック様のおそばに置いてください!」
「リリアンヌ……!そこまで僕のことを!でも学園はどうするんだい?」
「辞めます。このままではわたくしはどうせ売り飛ばされる身なのですから。だったらどのような身分でもエドリック様のおそばに……」
悲劇のヒロインモードでそう告げる。
というのは建前で。実はリリアンヌ、エドリック以外にも何人かの令息にコナをかけている。そして全員婚約者持ち。いいとこの嫡男、ほぼ婚約者いるからァ……。
いやね、エドリック以外に婚約者いない奴がいたらワンチャンあったかもしれないよ?でもそんな何回も寝取るとかやってたらお先真っ暗に決まってるよね?婚約破棄劇場をやらなくても婚約を解消させたっていうのはどうせでどっかで出回るからね?せいぜい一回、これが運命の愛!とか言ってたらギリ許されるかもしれないけどどう考えても二度目はない。
というわけで、エドリックを確保できなければリリアンヌは売り飛ばされる運命。どっかのお家に侍女として雇われたとしても家長の命令は絶対、ハゲデブとの結婚を避けるには玉の輿しかないわけだ。
その点エドリックは次期伯爵だし、顔がいい。顔がドチャクソ好み。顔だけはリリアンヌの趣味を褒めてもいい。リリアンヌがエドリックを本命にしたのはこの顔のせいだろうな。前世ならこの顔だけでヒモにして飼ってた。なのでそういう点でもエドリックというでかい魚を逃すわけにはいかないし、コナかけた奴らと距離を置くためにも学園を辞めるのは大正解なのだ。
そもそもエドリックの婚約破棄劇場も、リリアンヌだけではなく悪いお友達に唆された結果だ。そういうのからエドリックも距離を置いたほうが絶対にいい。ノせられやすく流されやすい馬鹿なだけで、悪人ではないのだ。浮気はするけど。そしてこういうジャンルの小説においては浮気する奴の罪がこの世で最も重いため普通に没落するんだけど。
それはさておき。
リリアンヌ渾身の演技で涙までほろりと流してみせると、エドリックは雷に打たれたような顔をしていた。そう、今日のリリアンヌのテーマは清楚系美少女だからね。たわわな胸を強調しない地味なワンピースに、エドリックや他の男どもが贈ってきたアクセサリーの一つもつけていない。なので健気な美少女アピールができるわけだね。
前世の私はバチバチに整形してたから、リリアンヌの天然物の美少女フェイスとダイナマイトボディはマジでサンキュー神様という感じだ。富も名声も権力あったし美も後付けで手に入ったけど、生まれながらの美少女ってなってみたいもんだからね。逆にリリアンヌには富も名声も権力もないんだが。
「リリアンヌ……!僕にはきみしかいない!父上!母上!どうかリリアンヌとの婚約を認めてください!彼女は僕の運命の人なんです!!」
「……」
エドリックパパは呻くように唸り、そしてちらりとエドリックママを見た。エドリックママもちょっと困惑した感じである。私が言った「売り飛ばされる」という発言にも引っ掛かっているのだろう。
ミルヴァル伯爵夫妻はなんというか、一応良識はあるけどさすがエドリックの両親という感じのゲロ甘貴族っぽい。リリアンヌが悪女モードで来てたらその時点で追い出していたかもしれないが、清楚系美少女が自分んとこの馬鹿息子にここまで惚れ尽くしているのをみて多分悪い気分にはならないのだ。クラリスちゃん、マジでかわいそう。やっぱここに嫁いでたら嫁姑問題で神経すり減らしてたよ。
「わかった。そこまで言うなら……」
「本当ですか?!」
「最後まで聞け!そこのリリアンヌとやらは下働きでついていかせてやる!運命だのなんだの言うなら最後まで逃げずに仕事を全うすることだな!」
チョローい。流石に顔に出さずに「伯爵さま……!ありがとうございます!」と感極まっておく。
「リリアンヌ、大丈夫。きみのことが僕が守るよ」
馬鹿息子は絶対無理なこと言うのやめな。あ~でもこの顔からこの手のくっせ~発言飛び出るの結構気持ちいいんだよね〜。趣味悪い?よく言われた!
前世の私は実質働いてなかった。実家が太くていわゆるファミリーオフィスに丸投げしてるだけで遊んで暮らせてヒモ飼えたし。まあ会社の役員とか大学の友達のベンチャー企業の立ち上げとかで会社経営や金融の勉強はしてたけどね。本当に一生遊んでたわけじゃないよ。
とはいえ、下々のように働いたことないのは流石に人生何があるかわからない以上まずいということで、学生の頃にバイトをさせられたことがある。バイト先の選定から応募まで全部自分でやったわけ。フツーの喫茶店。ウチの系列でもなんでもないやつよ。
「貴族の令嬢とは思えませんね……」
「ありがとうございます!」
その経験が転生先で生きてんだから、人生何があるかわからないとかいうおじいちゃんの発言は正しかったな。あってたまるか、異世界転生。
エドリックについて行った先で私はガチ下働きをさせられていて、それはもうメイドオブオールワークってやつだ。キッチンの下拵えから掃除から洗濯まで、洗濯は流石に手洗い経験ないけどキッチンと掃除はなんとかなる。それにこの世界、魔法があるから洗濯は高級品以外は手洗いではないので助かる。水道とかあるからね、トイレも水洗だし。衛生的に終わってなくて助かった〜。
リリアンヌは実家で冷遇されていたけど、前世の私ほど経験はなかったはずだ。もし掃除出来てたらあんな埃っぽい部屋に住んでなかっただろうし。メイド長にもこんなに褒められなかっただろうね。
私が真面目に働いている間、エドリックはというと、領地の騎士団長に死ぬほどしごかれていた。最初はデスクワークさせられていたみたいだけど、逃げ出すこと数回、とりあえず体育会系で根性を叩き直されているらしい。ゲロ甘伯爵夫妻だったらここまで出来なかっただろうね。いい部下いるじゃん。
リリアンヌとしては、ここですかさず差し入れに行ってやった。蜂蜜レモンとか作ってみたりね。ちなみに蜂蜜レモンはこの世界でも定番っぽく、普通に受け入れられてよかった。今のリリアンヌの立場でわけわからんもの差し入れられないから流石に。
エドリックは普通に大喜びで、騎士団の面々も甲斐甲斐しい美少女に絆されていった。最初は息子をたぶらかした悪女だと思ってたのに、まじめで清楚な尽くす系彼女やってたらチョロいのなんの。やっぱ天然モノ美人って得だな。
エドリックはある程度肉体的にシバかれた後、さすがに反省したらしい。
「クラリスには悪いことをしてしまった。謝らなくては……」
これが反省かどうかはわからんけど、ごめんなさいができる五歳児くらいの倫理観は芽生えたっぽい。
「エドリック様、クラリス様はクラリス様でお幸せになりますよ。変に謝られても気まずいでしょうし、エドリック様の謝罪は態度で表すほうがよいと思うのです」
意訳:お前に今更謝られてもクラリスちゃんの気は晴れないから、黙ってクラリスちゃんの人生から退場しておけ。
「態度で?」
「はい。エドリック様はあまり領地から出られないほうがいいんじゃないかと。謹慎することで、反省の気持ちを示すんです。ミルヴァル伯爵夫妻もそうおっしゃっていたでしょう?」
「そうか……。王都に戻れないのはつまらないが、領地も悪い場所ではないからね」
実は私は一度エドリックにねだって領地の案内をしてもらっている。こいつ、自分の領地は田舎でつまらんとか思ってたんだよね。王都から馬車でちょびっとだよ?全然田舎じゃないし風光明媚だし、観光客呼び込んで盛り立てられるじゃんとベタ褒めしたらなんかその気になったらしい。
実際、王都に近い保養地って流行ると思うんだよね。エドリックは領地から出られないという縛りプレイになるけど、いっそそれを活かしてほしい。宣伝は王都にいるミルヴァル伯爵夫妻に任せたほうがいいと思うし。最初は年齢層高めで狙っておきたい。若い人はトラブル多いし、エドリックの悪いお友達を引き寄せたくない。
このあたり、私はマーケティングの知識も多少ある。前世お嬢様育ちだけに上流階級の人が好みそうなものもわかるし、経営知識もあるってことでこれが内政チートってやつ?
大口取引先であるクラリスちゃんの実家を失ってしまったので、これ以上の没落フラグは勘弁してほしい。エドリックも次期伯爵としての地位を改めて盤石にするために何か始めたそうだったから、ちょうどいいでしょう。こいつ、放っておくと変な詐欺にひっかかりそうなんだよね。私だって前世でヒモに連帯保証人にされそうになったときは速攻切ったよ。エドリックは切れないから、きちんと監視するしかない。
「はい。それに、ここではエドリック様と一緒に居られてうれしいですし……」
私が恥じらいながらつぶやいて見せると、エドリックは感激したようだった。「リリアンヌ!」と手を握られる。
でも、許している接触は手を握るくらい。エドリックとリリアンヌは反省のために謹慎させられているわけで、そんなところでイチャつくわけにはいかない。伯爵夫妻にバレたらリリアンヌ・ジ・エンドだ。性欲だけで動くなよ馬鹿息子。
私はするりとエドリックの手から自分の手を引き抜いた。
「え、エドリック様、わたくしの手、荒れてしまって……貴族令嬢らしくないですよね、ごめんなさい」
「いや、きみが頑張ってくれている証拠だよ。安心して、父上と母上には絶対きみのことを認めさせるから」
「エドリック様……」
ハンドクリームの一つくらいプレゼントしろや。顔以外マジでつかえねー男だな。
とまあ、コツコツやってりゃ下働き期間は半年ちょっとくらいで終了した。あー疲れた。
エドリックがベタ惚れなこと、私が存外まじめに働いていること、そしてダルセ男爵家の内情。それらを加味してミルヴァル伯爵夫妻は私をエドリックの婚約者として正式に認めたのだ。
これでクソ実家とはおさばらですわ~!と小さく高笑いする。私は下働きの使用人部屋から客間に部屋を移させてもらって、侍女もつく身分となった。清楚系美少女の部屋から高笑いが聞こえるとまずいから小声ね。
エドリックは一度学園に戻して卒業まで通うが、私は戻らなかった。クソ実家に無駄金払ってもらうためだけに籍は残していたのも、婚約に伴って退学扱いになったらしい。婚約したからもう学費払わないって、馬鹿にしてるよね。通わんけど。
一応結納金は納められたらしいけど、雀の涙だ。ミルヴァル伯爵夫妻の前ですみませんとしおらしい顔をしておいたら、リリアンヌが実家でつらい思いをしてきたことに同情した夫人には肩を抱かれた。「お義母様と呼んでもかまいませんよ」とか言われたので、エドリックママ陥落である。
こいつらのなかでエドリックは悲劇のヒロインを救ったヒーローになってそうだ。都合はいいし勝手に気持ちよくなってろって感じだけど、クラリスちゃんのところのオーヴルモン伯爵家には失礼しないでね、頼むから。
で、私は引き続きミルヴァル伯爵領で過ごし、こっちの屋敷の執事や侍女長、何よりエドリックママから家政を学んでいた。王都で連れまわしはしないけど、領地の有力者との顔見せとかね。
まじめな労働期間のおかげで私の評判は悪くない。領主の若様に救われた悲劇のヒロイン扱いされている。なんかそういう劇作ってやろっかなと思ったけど、オーヴルモン伯爵家にバレたら終わるのでやめました。倫理観が五歳以上だから。
一応心配だったのは卒業までにエドリックがまた変な女にひっかからないかということくらいだったけど、無事卒業。謹慎中にいろいろ理由つけて勉強させてたおかげで成績もなんとかなったみたいだ。成績じゃなくて金でもなんとかできるらしいけどね。クラリスちゃんへの慰謝料払っちゃったからできるところでコストカットしていかないと。
エドリックが領地に戻ってくると、婚約者として以前より近い距離感で付き合うようになった。具体的に言うと、ハグとキスまではオッケー。まあこれだけでもわりとイケるとこまでイケるから、エドリックの馬鹿息子も満足できてんじゃない?性欲コントロールしときゃ結婚まで醜聞は避けられるでしょ。
とか思っていたのだが、エドリックがドハマりしてしまって、結構な頻度で処理してやった。初夜でもっとめちゃくちゃにしたらどんな顔するか楽しみになっちゃうね。
閑話休題。
すでに一年以上領地に滞在しているおかげですっかりなじみ、すでに若奥様と呼ばれている私は裁量も得ていた。それで進めているのが、ミルヴァル伯爵領の観光地化計画だ。
温泉とかあればよかったんだけど、そもそも風呂文化が希薄な国だ。私は風呂好きなんだけどね。それはおいおいとして、やっぱ保養地に必要なのは適度な自然、おいしいご飯、くつろげるホテルだ。
適度な自然の中で果物狩りなんかできればいいし、地産地消で普段食べられない名物があるとよりよい。ホテルの内装コンセプトには異国風を取り入れて非日常を演出する。この世界にもオリエンタル趣味という概念はあるので、従業員の制服もその要素を入れてみた。
「少し奇抜すぎないか?」
「そうですか?エドリック様、こういうドレスはいかがですか?」
いわゆるチャイナドレスっぽい、詰襟のドレスを着て見せてみる。タイトスカートで膝あたりからのスリット入りなんだけど、足をそのまま出すのはこの国ではNGなのでレースでシースルー風味にしてみた。
詰襟でも胸のところに切り替えが入っていて谷間が見えるんだよね、コレ。エドリックの視線が釘付けだ。
「う……、うん、いいんじゃないかな……」
「これは夜会用なんですけど。従業員のはもう少しシンプルにしようと思います」
「胸のところは……、あ、うん。そうか」
従業員用は谷間チラはないので残念そうだ。貴族相手にさせるのにそんな隙のある格好を従業員にさせるわけないでしょうが。
「エドリック様もこちらを着てみては?わたくしの今着ているドレスとおそろいなんです」
私欲でエドリックにもオリエンタル正装を着せてみたが、くぅ~!似合う!黙ってれば陰のある美青年に見える!ピアスでいつもよりチャラそうなのもいい!百億点!そうだここに眼鏡かけたらまた印象変わるんじゃない?!
「大変お似合いです、若様」
「素敵ですよ若様!」
褒められてエドリックもまんざらでもなさそうだし、あとこれ結構ウケがいいな。貸し衣装してみる?と提案してみると、貴族家出身の侍女侍従の皆さんも乗り気だった。京都で着物体験的な?検討してみよう。
そんなこんなで始めた観光地事業はそれなりに順調に走り出した。ミルヴァル伯爵家の強みの一つには気候もある。やや高地にあり夏は涼しく、気流の関係か冬もそんなに雪が降らない。都合のいい軽井沢だコレ。
できれば列車とか作れたらよかったんだけど、この世界にはまだ列車がない。魔法があるんだからなんとかなりそうなもんだけどね。馬車に魔法の車輪を使って軽くするとか、馬自体を魔法で動かすみたいな発想しかないっぽい。
列車事業始めるにもめっちゃ金かかりそうだし面倒だな。成功するとも限らないし、出る杭は打たれるから私がやんなくてもいいか。没落しないでほどほどの富と名声と権力があればいい。そしてその目標はいい感じに達成されつつある。
エドリックと結婚して以降は、夜のエドリックを楽しむというご褒美も増えた。好みの顔の男を侍らせてると生きてる〜って感じよね。お姉ちゃんは侍らせすぎと妹に言われたことあるけど、まあ今は一人だから。
エドリックは赤みがかった金髪に派手な赤目で、その派手さに負けない顔立ち超くっきりの美青年だ。タレ目でまつ毛バサバサ、唇が薄めなのがちょっとアンバランスでいい味出してる。中身がアンポンタンでなければモテただろうし、現代だったらモデルとか顔の良さで食えるのも夢じゃないって感じ。運動神経も悪くないし、体も鍛えられてていいんだよね。太ってほしくないから定期的に騎士団の訓練にブチ込んでる。
声もいい。ちょっと幅のある声質というか、掠れて甘くてたまに低く聞こえるの。こういう声でクッサい台詞言われるのってたまんないし、実現できない馬鹿馬鹿しさもまたかわいいね〜ってなる。つまりちょっとアホでしょーもない顔がいい男が好みってことになる。
妹にはクズ男が好きなの終わってるよ〜って言われたけど、ヒモ飼える財力があるんだからいいじゃんね。前世で飼ってたヒモのうち元ホストは医学部に通いたいとか言うから予備校代払ったら本当に合格してそのまま医者になり、オタクには頼まれるがまま機材を買ってやってたら知らんうちにVTuberとやらになって自立したし、パトロンみたいなもんと言えばそうだった。借金で身持ち崩したやつもいたけども。
妹もオタクで、ネット小説を書いては伸びなくて荒れ、最終的に売れない同人誌を500部刷って521部余らせるとかしてたから、それよりはヒモ育成してたほうがマシだろと言って泣かせたことがある。お姉ちゃんは優しいので妹の持ってた参考文献を読んでダメ出ししたらもっと泣かせた。伸びたんだからいいじゃん。添削前のやつ、オタクのヒモに読ませたら金もらっても読みたくないって言ったからね。
さて、エドリックは前科持ちなので浮気するかなと思ってたけど、私をご主人様と認めているらしくその素振りはない。最初の二年は妊娠しないようにしつつ甘やかしてやったのも良かったのかもしれない。妊娠中は流石に無理だからね。この世界ではオッケーと言う医者もいるらしいけど、私は許さん。ハグとキスで満足させてやるから。
妊娠出産のつらさばかりは変わらず、リスクもあるんだけど、リリアンヌは若くて割と尻がでかい安産型だからか無事に出産を終えた。年子で二回。子供たちはすくすく育ったので、三回目はいいかな。まあ夜のエドリックタイムは無くさないけど。使用人がいる子育ってかなり楽できてると思う。
子供が生まれたことで、エドリックもそろそろ爵位を継ぐ?という雰囲気になってきた。となると次期伯爵のお披露目として、避けていた王都に舞い戻る日がやってくる。私も産後の体型をバッチリ戻して――リリアンヌは痩せやすいというわけわからん体質だ――次期ミルヴァル伯爵夫人として同行した。
となると、気になるよね?クラリスちゃんがどうなったか!どうなってたと思う?
――王弟殿下とくっついてた。
聞いたときはスタオベしたくなったわよ。ブラボー!さすがヒロイン!王道中の王道よね。悪役令嬢追放モノとかドアマットヒロインモノは辺境伯のほうが割合高いかなって感じだし、幼馴染が敗者復活戦に登場するパターンもあるあるだけど、王弟もド・王道だよ。完璧。しかもクラリスちゃんのお兄ちゃんの友達らしい。手ぇ叩いて喜んじゃったわよ。
まあ冷静になってみると王弟殿下、つまり現公爵閣下のお友達の妹にアレだけのことしといてよく無事でいられたなって感じだけど。エドリック、自覚してる?「クラリスも幸せになっていてよかった」じゃねーのよ。してるわけなかった。
ミルヴァル伯爵領は王都近場の保養地としての地位を確立しつつあるけど、さすがにオーヴルモン伯爵に近しい人や王族は訪れていない。わだかまりがあるから今の世代は無理だろうなーって感じ。夜会なんかで会っても、無難に避けるのが一番だろう。
だからエドリック、きみも幸せでよかったとかわざわざクラリスちゃんに言いに行くなよ。絶対だぞ。フラグになるからそれ。公爵閣下が過激派だったら裏から手を回される可能性全然あるからね。向こうは思い出なんかにしてくれないぞ。
「エドリック様、わたくしから離れないでくださいましね」
「ああ、きみを一人にしたらどんな輩が寄ってくるかわからないからね」
「まあ、ふふふ……」
と、心配していた割に、エドリックは聞き分けが良かった。実際私にべったりで寄る男寄る男警戒していたので、微笑ましい視線すら向けられた。婚約を破棄してまで結ばれたかった相手ですものねえみたいな。オイオイ大丈夫か?貴族社会。
妙に好意的な視線はミルヴァル伯爵家の新規事業も関係しているのかもしれない。保養地のホテルは予約激戦区なので、私たちと仲良くなってお友達枠で訪れたいという魂胆の人もそれなりにいるみたいだ。そうなるとエドリックと私を持ち上げる話題は運命の愛、おしどり夫婦ってとこになるわけ。微妙に婚約破棄劇場が忘れられてなくて悩ましいけど、事実だしな。
幸い、被害者サイドから追及されることはなかった。クラリスちゃんにはそれこそ公爵閣下がくっついてガードしてるし、オーヴルモン伯爵とお兄ちゃんは没交渉だ。取引停止したからね、無関係の他人ですという顔をされている。
この国にはふんわりと派閥はあるものの、そこまで過激なものではない。公爵とか侯爵の取り巻きみたいな立場とか、あとは内務系貴族の出世争いとかはあるっぽいけど、領地持ち貴族は案外関係ないのだ。オーヴルモン伯爵家はクラリスちゃんが王弟の公爵閣下に嫁いだから王家派に近いだろうけど、ミルヴァル伯爵家は普通に中立。そこまでややこしい係累がいるわけでもなく、大変結構です。平和だなあ。
そんじゃまあ、エドリックは復縁を迫ったり変なコメントを残さなかったし、リリアンヌはクラリスちゃんにマウント取るとか玉の輿に浮かれて散財してミルヴァル伯爵家を破滅に追い込むとかしなかったし、因果応報没落エンドは免れたってわけだ。
しかし。このお話にはちょっとした後日譚がある。
この後エドリックは無事に伯爵家を継ぎ、ヘンな詐欺に騙されもせず、悪いお友達とは縁を切って保養地の治安が悪化することもなく、無難にミルヴァル伯爵家を盛り立てた。かわいい息子と娘も婚約に困ることなく、貴族として及第点以上だと思われる。
私もクソ実家から逃れられ、クソ実家を継いだクソ弟がコネで保養地に来たがるのを鼻で笑ってやった。人生の挽回成功!やったね!後は消化試合!バレないように若いツバメとか飼って遊んじゃお。ってなった。恋愛小説のヒロインじゃないからなるんだよ。
だってほら、エドリックの顔がいいのは確かだし顔を愛しているのも確かなんだけど、他にもイイ男っているしね。あとエドリックって馬鹿でかわいいけど面白い会話がギャグの方向の面白さしかないんだよね~。漫才したいわけじゃないっての。好きだが。
そもそも、貴族の人妻って結構モテる。政略結婚があるからか、不倫相手とガチ恋愛する貴族もそれなりにいるようだ。エドリックパパとエドリックママもそれぞれ遊んではいたよ。パパは娼館にたまに行って、ママは推し俳優のパトロンするという健全な遊びだったけど。
一方、エドリックお楽しみ会を定期的に開催しているおかげか、意外なことに結婚して十年以上経ってもエドリックは浮気していないようだった。領地の視察先でベッドに添えられたかわいい女の子くらいは味見している可能性はあるが、その程度はノーカンである。ぽっと庶子が出てこない限りは私としては好きにしてもらってもいい。むしろ私が浮気しづらいから適度にしてくれていいんだけど?リリアンヌに惚れさせすぎたか?すまんな。
さて、貴族社会においては不倫をする会みたいな存在があり、つまり仮面舞踏会である。風紀を乱すものと貞淑な方々には思われているかもしれないが、適当なワンナイトラブを安全に楽しめる場があるだけで発散できる人もいるわけだから。適当ワンナイトラブ勢としてはそう思います。
リリアンヌのピンクブロンドは目立つので、私は毎回カツラを着用している。その日は、グレーっぽい茶髪のカツラだった。
で、男が引っ掛かる。
で、そいつの正体がクラリスちゃんの旦那だった。
クラリスちゃんの旦那である公爵閣下は、仮面を外した私を見て頭を抱えていた。そりゃあね、嫁の婚約者を寝取った相手と不倫って、性癖ねじれ野郎かよって感じだもんね。私はあ~この上流階級軽妙ウィット中身ナシ会話をこなせるってことはそりゃ高位貴族だよなあと納得していた。王弟なんて超一流に決まってるよ、なにせ恋愛小説のスパダリヒーローなんだから。
「まさか……本当に君だったとは……」
しかし、公爵閣下の口から出たのは意外な台詞だった。思わず尋ねてしまう。
「あら?最初からわたくしを狙っていらしたの?」
公爵閣下は視線をさまよわせる。私は微笑んで言葉を促した。
「……君のことは以前から知っていた。理由はわかると思うが」
「愛しの奥様を傷つけた泥棒猫ですものね?」
「自分で言うか。まあ、そうだ。警戒していたのだが……」
ブロンドの髪をかき上げ、公爵閣下がため息をつく。この人クラリスちゃんと七歳くらい離れていたから私ともちょっと離れているんだけど、すげ~いい年の取り方してるな。恋愛小説の完全無欠スパダリヒーロー味見したすぎる。
じゃなくて。
「いつからか……君から目が離せないときがあった」
「ふふ。ずいぶんと熱烈な告白ですのね?」
「違う。君が……いや……」
歯切れが悪いオッサンだ。ワインを飲みながらゆったり待つ。絶対食いたいから、つまらん話でも聞いてやる覚悟だ。
「私はクラリスを愛してる。娘もかわいい。世界で一番だ。だが……クラリスは母としての顔しか見せてくれなくなってしまったんだ」
出た!不倫男の言い訳第一位!すげー!スパダリヒーローもこれ言うんだ!
「あらあら。ベッドのお誘いもしていませんの?」
「しているが、なんというか、やんわり断られる。私は彼女の嫌がることはしたくないんだ。無理に求婚してしまったし、不自由を感じてほしくない……」
あ~、クラリスちゃんって真・清純派ヒロインっぽいしね。恥ずかしがっての拒絶を真に受けたらこうなるわ。ヘタレヒーローかよ。
「でもクラリス様だってあなたを愛しているから嫁いだのでしょう。だったらあなたの愛を受け止める義務があるのですし、多少嫌がっていても押し通せばよろしいのでは?」
「それで嫌われたら生きていけない……!私にとってはクラリスがすべてなんだ……!」
やっぱつまんねー話だな。クラリスちゃんのためとかいいつつ結局自分が嫌われたくないけどセックスはしたいって話だろ。男っていつまでよちよちされたいわけ?私は無責任によちよちするの好きだからいいけど。
スパダリヒーローも結局こんなもんか。いや、待てよ?私が勝手にクラリスちゃんをヒロインだと思っていただけで、現実ってこんなもんってことでは?
クラリスちゃんはヒロインじゃないからスパダリヒーローに溺愛されるのに同じくらいの熱量を返せなければ浮気される。婚約破棄をつきつけてきた馬鹿もなんだかんだ因果応報もなく没落しない。
考えれば考えるほど、クラリスちゃんはヒロインじゃないな。彼女中心に世界は回っていないということだ。
「ならばあなたが我慢すればいいだけではありませんか。クラリス様がすべてなんて言いながら、わたくしに目移りするなんて。愚かな方ね」
だったら恐るに足らず!私はノリノリで扇子を持ち、公爵閣下の顎を持ち上げて視線を合わせた。
「ふふ……。お互い、誰にも知られたくないでしょう?安心なさって。仮面舞踏会での出来事は他言無用ですわ」
「リリアンヌ夫人……」
「ねえ、かわいいあなた。今夜だけは愚かな男でいてちょうだい」
公爵閣下が目を離せなかったという、女の色香を振りまいてやる。あーあ、楽しい!絶対今夜だけで終わらせない。実質王国最高峰の男を捕まえられるなんてツイてる。
大丈夫だよクラリスちゃん、今回はちゃんとお家に返してあげるから。まあ、クラリスちゃんが女として見られることはもうないんだけど。だって、寝取っちゃったもんは仕方ないでしょ?
本筋に関係ない補足:
同人誌500部刷って521部余ったのくだりは、印刷所さんが余部という印刷や製本不具合をカバーするための余分に刷った分を同梱してくれる場合があり、それが22部くらいあった、という話です。




