92.えっ?家出ですか?ティムンの独り言
朝、いきなりミア姉さまが僕をたたき起こしました!
びっくりしたけど、何やら姉さまはもの凄く慌ててて優しく起こすなんて無理だったんだろうと思います。
お布団をはがされて顔を両手でバンバンはたかれました。
「ティムン!大変!急がないと私達この国に捕らわれちゃうっ!」
「え?え?え?な!何?」
僕は、一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。
「急いで荷造りしてっ!ラフィリルに帰るから!急いで荷造りよっ!」
姉さまの”帰る”と言う言葉に僕は驚き、落ち込みました。
「え!ミア姉さまとラフィルさん、帰っちゃうの?」と僕は、ついしょんぼりしてしまいました。
「え!ティムン、まさか嫌なの?」と、姉さまは悪気なく聞いてきます。
ミア姉さまが幸せになれるのは、嬉しいに決まってます。
嫌だなんてそんな…。
でも、僕は、また一人になるのか…と、つい寂しくなっただけの事なのです。
これは、僕の我が儘なのです。
僕はわかってます。
そう、仕方ない事なのです。
僕は本当ならあの魔物に食べられて死んでいた筈です。
それを、助けてもらえただけでも、とてもとても有難い事でこれ以上恩人である姉さまの足枷になどなってはいけないのです。
僕は必死で泣かないように笑顔を作って答えました。
「ううん、姉さまたち、お国の人に結婚を許されたんだね?おめでとう…僕、離れても姉さまたちの事…忘れないから…」
ちょっとだけ失敗したかもしれません。
言葉の最後の方が涙が溢れそうになって、とぎれとぎれになってしまいました。
ああ、僕はまだまだ修行が足りません。
でも、僕まだ子供だし…十歳だし…ここは、許してほしいところです。
ちょっとだけ…泣いてもいいですか?と頭の中で考えて、ううう…と少し涙目になってしまいました。
「はぁ?何言ってんの?私達はもう家族よ!ティムンもラフィリルへ行くのよ!」姉さまは、ビックリしたように言いました。
「え?僕も?」
僕は驚きました。
ええ、驚きましたとも!
家族になろうと、確かに姉さまは言ってくれてはいましたが、僕はそれを暫く一緒にくらそう…くらいの意味で、とらえていたからです。
家族みたいに…と。
そう、僕は怖かったのかもしれません。
家族をまた失ってしまうことが…。
だから、無意識にコレは違う。
自惚れるな!誰が僕みたいな特に何の取り柄もない人間を家族になんて…と期待しないようにしてきたのかもしれません。
「そうよ!え?何?まさか!嫌だった?あああ~」
はっとしたように姉さまは頭を抱えた!
「そ!そうよね!?ティムンはこの国で生まれたんだもんね?あ~私ったら無神経~!ごめん!ティムン、でも…」と、姉さまは、慌てていました。
姉さまは、僕がこの国を離れたくなくて、残ると言ってると誤解したようです!
大変です!すぐに訂正しなければ!
「ま、まって!姉さま!大丈夫!僕、ついて行ってもいいなら姉さまとラフィリル王国に行きたい!騎士見習いの格好をした姉さまと、出会えた国だもん!僕、大好きな国だよ!…でも、ほんとにいいの?僕、おいて行かれちゃうと思っちゃって…」
「まぁ、何言ってるの?言ったでしょう?私達はもう家族よ?ティムンは私の大事な弟なんだから!」と姉さまは僕を引き寄せた。
姉さまのハグは、あたかかくて優しくて僕は涙がでそうなくらい嬉しくて…そして姉さまは、がっと僕の両肩をつかみました!
その、真剣すぎる綺麗な顔は、ちょっとだけ…恐かったです。
ミア姉さま…。
「じゃあ!いいの?いいのね?いいのよねっ!言質とったわよ!行くわよ?一緒に行くのよぅぅ!」とその後も、何か鬼気迫る勢いで言いくるめられたような気がします。
でもまあ、姉さまと一緒にいられるならもう何でもいいや…と、そう思いました。
僕はもう、本当にミア姉さまの事が、この世界で一番大好きになっていましたから!
「さぁ、とにかく、朝ご飯たべましょう!」と今朝も最高に美味しそうな朝ご飯が出されました。
ミア姉さまは、本当にすごいです!
どう見ても、お姫様なのに何でもできるのです。
さすがは、女神様なのです。
慌ただしいけど今日も楽しい朝ご飯でした。
「食べ終わったらお前も荷造りだぞ?…っても、そんなにないか?」とラフィルさんが言いました。
僕はラフィルさんの事も大好きです。
見た目より、ずっとずっと優しいのは、もうわかってるのです。
新婚さんなのに、僕を最初に面倒みると言ったのはラフィルさんだと姉さまに聞いています。
しかも、それは僕が魔物に飲まれて魔物の真っ黒な血にまみれてどろどろで助かったとしても見た目は、化け物の様になっていただろうに、一瞬の迷いもなかったという事です。
姉さまは、そんなラフィルさんを尊敬していると言っていました。
僕もです。
先日までお仕えしていたアルフォンゾ様や神父さまは僕のことを助けるのを諦める様に言ったらしいのですが、だからと言って僕はそれが普通だと思うので恨んでは、いません。
ミア姉さまが、僕を引きとって下さらなければ、そのまま、アルフォンゾ様にお仕えしていたしていた筈です。
まあ、アルフォンゾさまが良ければなんですけど…。
アルフォンゾさまや神父さまは、多分、僕が生きていても、もう普通には生活出来ないと思ったんだと思います。
以前、魔物…に襲われた人がいましたが、その人は、顔や、腕に残った魔物の痕跡のせいで、周りに忌み嫌われて、最後には家族にさえ疎まれて自殺したと…。
単なる痣ではなく魔物に襲われたという証が残ると、いつ魔物に変わるか知れないと恐れられるのです。
普通の痣ならばなんて事はなくても、魔物による痕跡を持つ者はそれだけで畏怖の存在なのです。
でも、ラフィルさんは、言いました。
「俺が引き取れば、もれなくミアが一緒なんだぞ!全身痣だらけだったとしても不幸になんかなる訳ないだろう?ミアも、大賛成でお前を引き取るって言ったんだから」と、まるっきり当たり前の事の様に言ったんです。
僕、本当にそうだなって思いました。
ラフィルさんは、顔に大きな傷があります。
僕を助けた時に浴びた魔物の血のせいで顔半分が邪気で爛れていた時にもミア姉さまは痛そう!と言って両の手で触れてくれたのだと…。
自分は幸せだと、魔物の血を浴びても…なお思ったのだと…。
「だからまあ、何だ、お前も絶対幸せになる。俺とミアはお前が幸せになる為の何かしらを手助けしてやれる。安心しろ!」と、言ってくれたのです。
僕は、思ったんです。
さすがはミア姉様の旦那さまだなって!
ちなみに内緒の話だぞって教えてくれたんだけど、ミア姉さまとラフィルさんは何と最初はお見合いだったんだけど、お互いに一目ぼれだったんだって!
正直、これが本当ならミア姉さまにはきっと人の心の美しさや心の広さや、普通の人が見えない本当の姿が見えるんだなって思いました。
ん?あれ?これって、ちょっとラフィルさんに失礼なのかな???
だって…ラフィルさん…今は中身を知ってるから大好きだけど、やっぱり見た目は怖いんだもん…。
あ、これは絶対に秘密なのですが…。
少ない荷物を整理しながら、そんな事を考えていたら、ミア姉様が呼びに来ました。
「ティムン!行くわよー!」
「はーいっ!」僕は力いっぱい返事して外へと走り出ました。




