91.月の石とやっと交信しましたよ。
皇家の思惑などしらぬミアたちは今日も朝から楽しく過ごしていた。
なんだかんだあっても、この仮住まいの丸太小屋での生活は楽しかった。
意外と寝坊助だったティムンはまだベッドの中である。
ラフィルとミアはティムンを起こさぬようにそっと起き、二人仲良く朝ご飯の用意をしている。
今朝のメニューはフレンチトーストと、グリーンサラダに昨晩煮込んだシチューを温め治したものだ。
ラフィルは既にミアにすっかり胃袋をも掴まれている。
『ミアの作る物は何もかも初めてでしかも美味い!本だけで学んでこれだけの物が出来るなんて、さすがにミアだ!世界一の嫁さんだ』と朝から心ウキウキで、ご機嫌なラフィルである。
「ところで、ミア、そなたの御力も大丈夫だったみたいだし例の月の石での通信とやらで、ルークにでもリゼラにでも、王宮の様子を聞けないか?」とラフィルが言った。
「あ!そうか!そうですね」と、ほんとに今気づいたようにミアが答える。
「まさか、忘れてたのか?」
「あはっ!忘れてました。そういや、どうなってるんでしょうね?」と、てへぺろな表情で悪びれもしないミアにラフィルはもう、いっそ清々しいぞ!と称賛を贈りたい気持ちになった。
ミアにしてみれば、これは仕方がない事ではないかと思う。
「だって、駆け落ちやら結婚やら"祟られ熊"やらとの騒ぎが満載で!」と口を尖らせる。
しかし思いだしてみれば、あっちの様子も気にはなってくるミアだ。
「あーうん、ミアのそういうとこ、凄いと思う」
ラフィルがそう言うとミアはぴくっと眉を若干吊り上げた。
「あ、ひどい、今のちょっと馬鹿にしてません?」
「してない、してない」と笑うラフィル。
「ティムンのこれからの事もあるしな、そろそろ王の頭も冷えたことだろうし…帰れそうなら帰ってティムンを学校にも行かせないとと思ってな…もう十歳ならそろそろ準備してやらないと…入学やら何やら」
「入学?」
ああ、そうか、この世界にも学校があったんだ!とミアは納得した。
「ジャニカ皇国は、早期教育制だから七歳から義務教育が始まるが、ラフィリル王国は、その点、良くも悪くも学園の入学は十歳からだし、今からならば数ヶ月入学が遅くなるだけだし頑張ればさほど遅れをとらずに編入できるだろう?友達もすぐできるだろうし」
「さすがですわ!尊敬です!ああ!素敵!ラフィル様」とミアが大絶賛する。
「え?そ、そうか?普通だぞ?」と何か照れるラフィルだ。
「だって、私には思いつかなかったし!学校に通わせるって感覚もなかったもの!」
「ああ、ミアは学校には行かず、ずっと屋敷の中、家庭教師で義務教育をすませたんだろう?命を狙われたり色々あったものな?」
「あ~?あ、その辺はあんまり覚えてないんですが、とにかく本をたくさん読んでましたわね。ほほほ」
ミアは咄嗟にごまかし、心の中で思った。
(う~ん、ホントにあんまり覚えてない。ここでの暮らしに困る事意外、特に思い起こそうとしてないせいもあるんだろうけど…)
やはり、まだまだルミアーナでの記憶は家族とか限定ぐらいにしか思いだせてない部分がほとんどである。
日本での義務教育ならばっちり卒業した記憶があるんだけど…と思うミアである。
成績も悪くはなかった。
常に学年十位以内には入っていたのである。
うっかりミスさえなければ三位以内にははいってるとよく担任に嘆かれてはいたけれど…。
「…っと、ともかく!早速、月の石で話しかけてみますわ!」
「もしもし、リゼラ~、ルーク~、フォーリ~?もしも~し!誰か~?」
「ん~、まだ朝、早いから起きてないかも?も少し後に話しかけてみましょうか?あ、そうだ月の石に聞いちゃおう」
「ねぇ?私達が出て行ったあとの様子ってどう?今、どんな感じかわかる?」とミアがもの凄く、久しぶりに月の石に話しかけた。
『今の王宮の様子なら、二人の結婚式を国を挙げてするのだと、王妃やそなたらの母君達が先導して張り切って準備しているぞ?』
「えええええっ!?何それ!どういう事?」
『二人が出て行ったすぐに母君方や二将軍が国王を叱りつけに城に行き、その日のうちに、二人の結婚は許されているな』
「なんだ!じゃあ、今すぐにでも、帰れるんじゃない!」
「何?どういう事だ?」と石の声が聞こえないラフィルが尋ねる。
「あ、ああ、そうよね?ラフィル様には聞こえないんですものね?もう面倒くさいから、また前みたいに姿をあらわしてよ!」と、ミアが月の石に言うと月の石はまたぽうっと光り、人型をとった。
相変わらず、透け感はんぱない立体映像ような姿が現れる。
「う、うわっ!なんだ?え?」とラフィルが驚く。
「驚くことは無い。主の夫よ。我は月の石に宿りし精霊だ」
「な、なんか、透けてるぞ?」
「話をするのに問題ない。血族でない者や魔法力のないものと話すには、我が姿を現わさぬと無理なのだ。主の命であるからな…それで主は我に何をさせたいのか?」
「ん~、あのさ!録画映像みたいに私達が駆け落ちしたあとの映像って見れるのかしら?」とミアがラフィルの理解できないことを言いだす。
「まぁ、出来ぬことは無いが…音楽とかはつかぬぞ?」
「そこまで編集しなくていいから!ドキュメンタリーでお願いします!」
「あいわかった」と、月の石の精霊は以前、ネルデア邸で見せた大きな光の玉を両の手からだした。
そしてそこに映し出されたハイクオリティな映像にラフィルは驚いた。
そしてそこに映し出されたのは、あの光景である!
そこにはラフィルにとっての実の母や親代わりとも言えるカーク将軍やアルフ将軍達の姿が映し出された。
それは思いがけず胸が熱くなる光景だった。
皆が、自分たちの結婚を認めないと言った国王を責めている。
そして国王が心から反省している様子まで、実に生々しく映し出されている。
そう!その時の王宮(国王、怒られる)での内容がリアルに映像化されて放映されている状況にラフィルは言葉も出ないくらいに驚き、見入った!
ラフィルは胸が熱くなった。
自分たちの事をこんなにも…。
カーク将軍やアルフ将軍まで自分たちの為にわざわざ、国王を叱りに王宮に足を運んでくれたのである。
感激しない筈がないではないか!
そして国王陛下も何だかんだ言ってもすぐに反省して、自分たちに帰ってきてほしいと望んでいる。
「ミア!いや、ルミアーナ!」感激したラフィルは、いやダルタス将軍はミアの事をルミアーナと呼んだ。
「はいっ!ダルタス様っ!」と合わせるようにミアが返事する。
「ティムンを連れて国に帰るか?」
「そうですわね!もともと、ダルタス様は帰る予定で出てらしてましたしね?」
「えっ?な?何を?」
「だって、本当に国を捨てるおつもりなら、もっと遠くに行きましたでしょ?こんないつでも帰れそうな国境の街に住もうとするなんて、ラフィリルに何かあれば直ぐにも駆けつけられるようにじゃありません?」
「っ!うむ、そうだ、ラフィリルにはルミアーナの家族もいる。あの国の民を護るのが将軍としての…いや、俺の仕事だからな」
その時、ダルタスには、月の石の精霊が少しだけ笑顔になったように見えた。
「帰るのなら、早めに帰ったほうがよかろう…ジャニカの皇族どもが、二人を取り込もうと押し寄せてきそうだぞ?」と月の石の精霊は鼻で笑うかのように言った。
「へ?なんで?」
「何だ?そりゃ?」と、二人がを首を傾げる。
「む?では、こちらも、見るがよかろう…百聞は一見にしかず…」と日本のことわざを言いつつ、精霊はまた、別の映像を見せてくれた。
なにやら皇家の家族会議の様子らしい…。
そして、皇家での緊急家族会議(90.皇家は大騒ぎ)での内容がありありと映し出された。
「げ…」
「うぉ…」と二人は露骨に嫌そうな声をあげる。
そりゃあそうであろう。
望みもしない歓迎やら詫びやらを無理やり押し付けてこようとしているのである。
それに加えて、あの神父の爺さん、前皇王だったんかい!と、今さら驚くラフィルである。
しかし、厄介である。
そんなのに取り囲まれて、この国に足止めされるのも、非常にひっじょーに鬱陶しい!
映像をみて頭を抱えミアは、激しく首を振る!オーマイガッ!
冗談じゃあないっっっ!
何なのこの人、水戸の黄○様かっつ~の!気のいいおじいちゃん神父かと思っていたのに、なに家族を丸めこんで、私達をこの国に取り込もうとしてるの~?
ダーナさんも何か、無理やりそういう方向に持っていっている!強引過ぎっ!
確かに自分の事を気に入ったと言っていたがまさか国を挙げて?皇家ぐるみで、自分たちを囲おうとするなんて!
『お、恐ろしい~!』
ラフィルはと言えば固まっている顔を映像画面から、ぎぎぎっとミアの方へ向ける。
二人は顔を見合わせる。
月の精霊はふっと息をつき、少し疲れた様に二人に語りかけた。
「さて…聞きたい事には、答えられたであろう?我は石に戻るぞ?まぁ、何か歓迎の宴やら何やらを準備してから迎えに来るようだから、まだ夕方までくらいなら猶予があるだろう…」と月の石の精霊が言い、石の中へ戻っていった。
二人は一瞬、頭が真っ白になったが、即座に正気を取り戻し、そして……もの凄く焦った。
「え!えええええっ!?夕方って、今日の夕方?」
「何だそりゃ?いきなりすぎだろ?おい、ミア、ティムンを起こせ!すぐに荷造りだ!」
「は、は、は、ははは!はいぃぃぃぃ!」
二人は大慌てでティムンを叩き起こし荷物をまとめるのだった!




