90.皇家は大騒ぎ
翌日、かねてからのアルフォンゾの一件(ミアを怒らせた事)を重く見た、前皇王エストラーダ・ジャ・カイナールは、現皇王のナーガラーダと皇妃チェリシュアに、皇家お抱えの魔法使いダーナ・ハースノアを伴い皇宮へ赴き事の次第を告げた。
馬車で二日はかかる距離だがあの小さな教会の小部屋のドアと皇宮の秘密の扉は実は魔空間でつながっている。
教会と皇宮だけの直通だがこの空間を通れば半時もかからずに行き来できるのである。
世界の始まりの国はラフィリルでも今現在、最も魔法の進んでいる国はジャニカ皇国である。
さればこそジャニカ皇国では、魔法力や神秘の力への敬意は高い。
”月の石の主”の邪気を鎮める力…それは魔法石を駆使し鍛錬による努力で進化した魔法力ですら決してたどりつかない聖域だったのである。
そんな神にも近い存在と言える始祖の魔法使いの血族の姫、”月の石の主”へと第三皇子が行った無礼の数々…。
あとを、つけ回したことや最愛の夫への侮辱の言葉に不快感をあらわにしていたこと。
自分の小間使いであるティムンの事を気にもかけていない様子に呆れ果てていたこと。
邪気を瞬く間に消し去った奇跡やティムンへの慈愛に満ちた対応。
ティムンを召し使いではなく家族として迎える為の手続きを頼まれた事。
その美しさも含め、つつみ隠さず伝えた。
第一皇子コーダム、第二王子ラクアも、まみえての皇家会議である。
「まあ、かの姫はなんとお優しい方なのでしょう。ティムンの事は実は私も気にはなっていました。家が没落した上に事故で家族が亡くなり天涯孤独になったあの子供をアルフォンゾが小間使いにしたまでは良いのですが、元は貴族の出であるというのに、自分の遊び歩きにつきあわせるばかりで学校にも通わせず…。このままで良いものかと…何度注意しても聞かぬ風で…。アルフォンゾはそういった事には無頓着なようですから…ティムンの将来を考えると不憫に思っておりました」と、皇妃は言った。
そして「そんなお優しい姫君を怒らせるなんて…」と、鎮痛な面持ちで、頭を抱えた。
「馬鹿者が!よりによって世界が再来を望んだ”月の石の主”を怒らせるなんて!」と、皇王も唸る。
「二百年前の史実によりますと、”月の石の主”を怒らせた国々が一日にして滅んだという文献も残っております。」と第二皇子のラクアが言う。
「父上様、父上様を疑う訳ではございませんが、その姫はまごう事なく真の”月の石の主”なのですか?そんな伝説のお方が現世に現れたなんて、にわかには信じがたくて…」と皇妃が念を押して尋ねる。
「間違いない!この目でその奇跡を目の当たりにしたのじゃからの」とエストラーダ前皇王(老神父)が言う。
「魔物に飲み込まれたティムンは、魔物の腹から助け出された後も邪気に纏わりつかれ、息も絶え絶えだった。意識もなくその黒き血潮はざわざわと蠢いてなおもティムンを蝕んでおったのに、姫が月の石をかざした一瞬で邪気は掻き消えたのじゃ!なんの跡形もなくな!あの美しい光に包まれて…ああ、そうじゃとも、あれこそが奇跡じゃった!あの光に比べたら聖水など子供だましじゃ!」
「父上が、そこまでおっしゃるのに疑う余地などありませぬ。ううむ。誠心誠意お詫びせねばなるまい!せっかく、我が国へご降臨頂いたのに全くアルフォンゾは、何と言う愚かなことを!」と、皇王が、さらに唸る。
「それで元凶のアルフォンゾは、どうしているのです?」と皇妃が訪ねた。
「それでしたら、私が魔法で結界をはった部屋に拘束した上で閉じ込めさせて頂いております。」
皇妃は少し眉をひそめたが、すぐに致し仕方ないとあきらめた様に小さなため息をつく。
「うむ、流石だな!ダーナ!相変わらず的確な処置だ!」第一皇子コーダムが感心したように言った。
「恐れ入ります。何分、遅い初恋だったのか頭が沸いてらして正常な判断も欠いてらっしゃるようでしたので…」
「今、なんと?アルフォンゾは、”月の石の主”に恋をしたというのか?」
「左様でございます。コーダム様」
「なんと、だいそれた…」
「かの姫は、駆け落ちしてこられたのですよね?では、アルフォンゾは、他国の者を怪しんでつけていたとか、そういった事では、なく…?」と母である皇妃が希望的な見方をして言葉をかけたが、そんなはずもなかった。
「あれは、恋する人に相手にされず、矢も盾も堪らず、つけ回してたのに違いありません。普段から考えの浅いところは見受けられましたが、婦女子をつけまわすような事はマトモな時のアルフォンゾ皇子なら決してしなかったとは思います」
「何てことでしょう」と深いため息をつく皇后の手を取りダーナが明るく言う。
「大丈夫ですわ!皇后さま、それに皆さま!かの姫は本当に、お優しくていらっしゃいますもの!アルフォンゾ様の事だって今後、同じような事さえしなければお忘れになってくださいますわ!」
「ティムンの養子縁組はもちろんですが、まずは姫君をこの国の賓客としてお迎えするのはいかがでしょう?もしかしたら、この地に根をおろしていただけるかもしれません!」
「そうじゃ!愚かにもラフィリルの王は間違えた!せっかくいた国の守護女神の心を無視して結婚を反対して守りの将軍と姫を逃したのじゃ!まさに、今この国を挙げてお二人をお迎えするのじゃ!さすれば、この国は邪気のない素晴らしい国となろう!」と、前皇王が息巻く!
「なんと!それは素晴らしい!」
「それが、よろしゅうございますわ!」
「御意」
「御心のままに!」と皆が息巻く。
伝説の姫の出現に皇家は興奮気味に、てんやわんやの大騒ぎである。
当の本人たちはひっそりと穏やかにすごせればそれで幸せなのだが、なかなかそうも行きそうにない雲行きなのだった。




