86.魔法使いと老神父の穏やかなティータイム
さわさわと心地よい風に草木がそよぎ秋に差し掛かろうかと言うこの季節、木々は色づき気持ちの良い朝を迎えていた。
今日も”皇室お抱えの魔法使い”のダーナは老婆の姿で教会に来ていた。
隣国ラフィルとの和平協定が結ばれて以来、意外と暇な役職らしい。
道を挟んですぐ近くに大きくて立派な教会があるので、こちらの小さな教会にはダーナ一人しか礼拝に来ていない。
”礼拝”といってもそれは表向きの事で、単に昔からの茶飲み友達のところにおしゃべりに来ているだけ…といった感じである。
ジャニカ王国名産の塩饅頭を食べながら老神父とダーナは、”まったり”していた。
「今日も来るかしらねぇ?」
「さぁのう?昨日の今日じゃからのう?」老神父(実は、前の皇王、エストラーダ・ジャ・カイナール)がのほほんと答える。
「ひょっとしたらダルタス将…っ…と、何だっけ?ラフィルだっけ?ラフィル殿がミアを出さないかもしれないわねぇ?あのバカのせいで!」
「そうじゃのう、昨日のあやつは、本当に馬鹿っぽかったのう」
「あれは、あれよね!完璧に落ちちゃってるわね!」
どうやらアルフォンゾ皇子はミアに完璧なる片思いに突入したようだとダーナはみている。
「不毛じゃのう~」
「人妻ですもんねぇ」
「じゃのぅ~…」
「残念だけど逆立ちしたってアルフォンゾ皇子に勝ち目はないわね!」ダーナが面白そうにちゃかす。
「そうじゃのう…普通の時のあやつならまだしも…いや、やはり人としての器がちがうかのぅ…儂ですらティムンの事は諦めておったに、あの男は諦めなんだ。姫の力に頼っていた訳でもなかったろうに…」
「そうねぇ…どうも、結婚したからミアの”御力”は、無くなったと思いこんでいたようだしねぇ…ミアから聞いたんだけど、そのせい(”御力”が亡くなるかもしれないという事)で結婚も反対されたみたいだしねぇ…もともと婚約者同士だったのに駆け落ちなんて、おかしいと思ったのよね~」
「あの男、自分も頬の傷やあの見た目のせいで生きにくかっただろうに、あの状態のティムンを助けることに躊躇なかったのは、もしかしたらあの姫のお陰かもしれんのぅ?」
「そうよねぇ?あの、どちらかと言えば”見た目”重視というか、華奢で金髪碧眼が最も理想的とされてるラフィリル王国でダルタス将軍は、相当生きづらかった筈よねぇ?聞こえてくる噂も”鬼将軍”とか”鬼畜将軍”とか”泣く子も黙る”とか結構ろくでもないものが多かったけど多分ほとんど見た目だけのせいよね?」
「そんな奴が生きていて良かったと思えるほどに幸せなんじゃろうの?今が」
「うん、それも公爵の地位も将軍の地位も捨てても…って事よねぇ?」
「そうじゃのう~。多分そうなんじゃろう、昨日、ダーナも見たじゃろう?あの姫が魔物の返り血を浴びていたあの男に、全く躊躇する事もなく”痛そう!可哀想”と両の手でその頬に触れていたのを…」
「まったくよねぇ…あれは私も感動しちゃったわ!あれが、仮に邪気を帯びた黒い血じゃなかったとしても普通に見た目がエグいものねぇ?私ならさわりたくないわぁ、愛ってすごいわねぇ?」
「あの二人の結婚式を執り行えたのは人生の中でも素晴らしい思い出になったのう。ラフィリルとの和平協定を取り結んだ時以来の喜びじゃのう~。光栄な事じゃ。あの姫は真に奇跡の姫じゃからのう」
「まったくよねぇ。それでミアが自分の事を全然そんな風に思ってないのも何かいいのよねぇ?公爵令嬢ってだけでも、結構なご身分なのにさ」
「いや、ほんに全くじゃ」
「あ~ミア!達遊びにこないかしらねぇ~?」
「そうじゃのう~」
と、ジャニカ皇国名産のお米から作った”米茶”を「ずずずっ」と、すすりながら二人は昨日の興奮さめやらず、奇跡の姫とその旦那の話題で静かに盛り上がっていた。




