79.~駆け落ちからその後~
ラフィリル王国の鬼将軍と呼ばれし国の英雄ダルタスは、ルーク王子と共に神殿を暴き大神殿長や七人の神官達も救った。
そして、ルミアーナの命を狙う者達が、実際は邪気を放出する黒魔石に操られた小物達の仕業であることも突きとめ、その石を砕きルミアーナの命を護った。
そして、ルミアーナの沢山の”月の石達”もラフィリル王国と神殿を邪気から守った。
月の石は、なぜこの世界のルミアーナと異世界の美羽の魂を入れ替えたのか…
もとは一つの魂だったという…
あのとき、魂が入れ替わったからこそルミアーナと美羽は助かったらしい…
この世界のルミアーナは心が死にかけていて体がそれにひきづられていたが、異世界にあった魂の片割れは逞しく元気いっぱいだった。
魂の片割れが死ねばもう片方も共に亡くなる…ルミアーナが死ねば美羽も死ぬ運命だったのだという。
月の石の精霊はその魂を入れ替える事で両方を救ったと言うのである。
なぜ、月の石はルミアーナを助けたのか?それはルミアーナが血族で”月の石”の主となるべき乙女だったからだ。
そしてルミアーナと美羽は助かり、強靭な魂を得たルミアーナの体はみるみる健康になりルミアーナの感情の起伏によって月の石が大量生産され、その石達によって神殿に巣食う邪気は払われた。
しかし、そのルミアーナの御力、月の石を生み出す力)を失われる事を恐れたラフィリル国王が愛し合うダルタスとルミアーナの結婚を認められないと言いだしたのである。
ダルタスはその場を直ぐ様、下がりネルデア邸にいるルミアーナをさらい隣国のジャニカ皇国へと逃れた。
『御力なんぞ知った事ではない!』のである。
これは、駆け落ちした将軍と異世界の記憶を持つ、ちょっと変わった公爵令嬢のその後のお話である…。
***
さて、国を黒魔石の邪気から救った功労者であるはずの二人…。
月の石達を生み出した公爵令嬢ルミアーナとラフィリル王国の要の一人でもあるダルタス将軍は不条理にも結婚を反対された為、駆け落ちし国境から最寄りの小さな教会でとっとと結婚式を挙げてしまった。
ルミアーナはミア、ダルタスはラフィルと名乗り、二人きりの新婚生活を身分も名前も伏せて隣国ジャニカ皇国ではじめていた。
***
二人は森の中、新居である小さな小さな家を二人でで綺麗にしつらえ
小さな窓にはカーテンを
小さなテーブルにはテーブルクロスを
花瓶には老婆が野の花で作ってくれたブーケをその形のままに可愛く生けた。
ラフィルはミアが、あまりにもキビキビと動くのに大層驚いた。
まず床から掃除しようとしたらラフィルはミアに怒られた。
「ラフィル様!掃除は上からしなくては!せっかく床を綺麗にしても上の方のほこりやごみが落ちてきてもう一度掃除しなくてはならなくなりますわ!」
「お、おお!なるほどな…」
「ああ、食器はそちらに!食料はこの風通しのよい棚に!」
ミアは、手際よくさっさと戸棚やテーブルを綺麗にふき、ふんふんと鼻歌まじりにいそいそと掃除している。
「あ、ああ…」
ラフィルの困惑した様子にミアがふと片付けの手を止めた。
「あら?どうなさいましたの?」
「いや…そなたは一体…何者なんだ?」
「は?」
「掃除のできる公爵令嬢など聞いた事もない…こんな…下々のする事をウキウキと…」
そう、ラフィルの疑問も当然である。
貴族令嬢が騎士を目指す…というのは代々、武門の家系ならありえなくもない。
実際、ミアの側近だったリゼラは貴族の出で女ながらに近衛騎士である。
しかし、ミアは、公爵家の…王族に継ぐ大貴族の一人娘で王太子妃にまで望まれていた令嬢である。
それが…そうじ?
しかも、ウキウキと…?
ルーク王子の魔法でわざわざ変装してまで騎士見習いミウとして体を鍛えていたミア…。
これは、常に命を狙われていた彼女の自己防衛意識の成せる努力のたまものだと思っていたが…。
しかも、ミアは血族の”月の石”の主となる姫だったという…。
月の石…血族というだけでは月の石の精霊は主を選ばない…
血族の中から一番、その魂が美しいものを選ぶのだという。
月の石は”選ばれし主”が望んだり、悲しんだりすると主を慰める為に新たに生まれもするらしい。
そのミアが生み出した大量の”月の石”によってラフィリル王国の神殿に巣食う邪気たちを浄化し神殿長や神官達を救う事ができた。
彼女のその”御力”なくしては何百年もかけて溜まりに溜まった邪気を浄化など出来ようはずもなかったのだ。
全く…何という姫君なんだと思った。
魔石や魔法石、黒魔石は現存しているものと認識していた。
目にしたこともあったからだ。
しかし”月の石”や、その精霊など、実際には生まれてこの方、見たこともなく半ばおとぎ話や神話の中の話かもと思っていたのだ。
それが実際に存在し、しかもその”月の石”の主の姫が自分を好きだという。
自分のように醜い男を…である。
女子供にも恐れられる頬の傷…自分の目をまっすぐみ見つめ返す貴族令嬢など本当にミアが初めてである。
魂が美しいと相手の美醜も気にならないのだろうか?とラフィルは思った。
ラフィルが、何やら考えを思いめぐらしているのをみてミアは、声をかける。
「ラフィル様?聞いたことがなくても、ここに居るのですから仕方ありませんわ?お掃除のできる妻はお嫌ですの?」
「あ!勿論、そんな事は全然ないが…」
「良かった!」とミアは笑った。
「じゃあ、中はもうあと少しだから私が全部やって朝食の支度をしますから、ラフィル様は馬の世話をお願いいたしますわ」と何やら誤魔化すように?ラフィルの事を小屋から押し出した。
「あ、ああ」と、愛しいミアにはぐらかされてラフィルは、しぶしぶ木桶をもって外の厩へ行った。
ミアにしてみれば、そこは、さらっとスルーしてほしいところだったのである。
一人になってふぅっと息をつく。
「あ~、危ない危ない!そうだよね~?普通、公爵令嬢は掃除なんかしないよね~?」とつぶやく。
いくら、この世界が魔法あり精霊あり魔物ありのファンタジーな世界でも異世界云々の話をしても通じる訳がないと思うし、どう説明してもよいかも分からない…というのがミアの本音である。
ミアも思うところは、色々とあった。
せっせと外に出ている物をしまい、昨日買ってきたパンなどを出しつつ食事の用意をする。
野菜を細かく刻んだものをたっぷり煮込みスープにしようと釜戸でぐつぐつと煮込む。
そして、スープをかき混ぜながら駆け落ちしてからの嵐のような一週間と、目覚めてからのあれこれを思い起こす。
転生っていうのかな?私の場合も???
そういや、”月の石の精霊”の説明によるとだけれど、今の自分…こちらの世界のルミアーナと、あちらの世界、現代日本の美羽はもともと一つの魂を分け合って生まれたっていう事らしいけど…その魂を月の石が入れ替えっこしたんだよね…?
そうしないとお互いの命が危なかったらしいし…。
要するにあっちの世界でとびきり逞しく育った私の魂がルミアーナの中に入ったことでルミアーナが助かってルミアーナが助かったことによって美羽も助かったっていう…。
これもWin-Winな関係っていうのかしら?等と思ったりする。
そもそも私、名前も何回もかわってるのよね…
美羽→ルミアーナ→騎士見習いのミウ→そして今は、ミアと名乗っている。
何かすごくない?ややこしいぃわぁ~!
「はぁ~、いつか誰かに話す事があったとしても理解してもらえる自信ないわ」と思わず一人愚痴る。
そして、よくよくミアは、自分の中で整理して反復してみる。
自分はもともと神崎美羽という高校一年生の女子高生だった。
美羽からある日、歩道橋のてっぺんから下までものの見事に落っこちて、目覚めたらこの世界ラフィリルで公爵令嬢ルミアーナにだったのだ。
自分はてっきりあの時死んじゃったものだと思っていた。
ルミアーナの方はルミアーナの方で、目が覚めたら美羽になっててさぞかし、びっくりした事だろう…。
もしかしたらあちらの美羽も、自分が死んでしまって生まれ変わったのが美羽なのだと思っているかもである。
自分が月の石の精霊に聞くまでそう思い込んでいたように…。
そういえば、偶然でもあちらの美羽が月の石に触れる事があれば通信できるって精霊は言ってたなぁ~とミアはぼんやり考えた。
もしも、通信できたら教えてあげたいなぁ~、入れ替わった理由やこっちでの両親の様子とか…
あっちの家族のことも知りたいしな~?と考えた。
そういえば、あれ?”月の石”って…あれっ?
「あああああああああああ~っ!」とミアは絶叫をあげた!
馬の世話も早々にラフィルが慌てて外から飛び込んでくる!
「何だっ!何事だっ!」
「ラフィル様~!どうしよう私…月の石のこと…すっかり忘れちゃってた~」
「はぁあ?」
「わ、忘れるって?どっかに置いてきちゃったとかか?」
「う、う~ん、あんんまりよく覚えてないんだけど、月の石だけは肌身離さず持っておくようにってルークにきつく言われてたから首に下げてたんだけど、その鎖をカーク将軍に切られちゃって、そのあとは…。え~とポケットにいつも入れて…って!あっっ!ドレスのポケット!きっとあの中!ここに来る前に立ち寄ったドレスも専門店ポララ!あそこにドレスごと置いて来ちゃったんだわ!きっとそう!」
「あはっ!」と笑いがらてへっという顔をするミアにラフィルはまたまた驚く。
「置いて来ちゃったんだわ…って…。ま、まじか…?」とラフィルが呻く。
「へ?何がですの?」
「いや…ドレスや宝石もいらないと言ってくれた時には感動したが…国宝とも言えるあの月の石を…いや、世界の宝ともいえる聖なる石にさえ無頓着とは…」呆れるを通り越して感心するラフィルである。
「お前ときたら、どこまで大物なのだ?俺は自分が”蟻んこ”のように思えてくる…」とラフィルが言った。
え?まさかの嫌味ですか?と耳を疑ったが、どうやらその様子から嫌味ではなく本当に驚いて感心しているようなので、怒るわけにもいかず、ミアはバツが悪かった。
「でも、まぁ、あの石を持っていたとしてもミアは、もう私と結婚してしまったからな…もう使えないのではないのか?」
「え?あ?そうなのですか?」そんな事は初耳である…と思うミアだ。
「えっ?言ってなかったか?”御力”が無くなるかもしれないからと結婚に反対されたのだぞ?」
「ええええ~?そんなの言いましたっけ?結婚に反対されたからさらいに来たっていうのは聞きましたけど!」
「そ、そうだったか?俺もあの時は焦っていたからな?言葉をはしょってしまっていたかもしれない。ミア、後悔しているのか?」とラフィルが眉をひそめた。
「あ、それは無いです」と瞬殺で言葉を返す。
「ただ、まだ”月の石”と話をしたり出来たら聞きたい事とか、頼みたい事とかがあったので…あれで、ルーク王子やリゼラ達とも通信できたから便利だったんですよね?城の様子も出来たら聞いてみたかったし」
一瞬の迷いもなく後悔はないと言い切ったミアにラフィルはほっとしたが、やはり”御力”を無くしたのは自分のせいだと思うと胸が痛み顔をしかめた。
「まぁ、ラフィル様!そんな顔しないでくださいませ!ラフィル様と一緒になれない事と比べたら別に大したことじゃありませんわ!」
「ミア…お前は、一体どれほど俺を喜ばせれば気がすむんだ?」
「へ?」
「可哀想だが一生手放してはやれそうもない」とミアを抱き寄せ抱きしめる。
ラフィルの逞しい胸に掻き抱かれて、ミアは、くふんと頭を摺り寄せて幸せそうに微笑む。
「ふふふっ、こちらこそ、一生、離れて差し上げませんわよ」とミアもラフィルに抱き着いた。
もうラブラブが止まらない二人である!
二人はミアの用意した朝食をとりながら、さらに月の石の事で話をしていた。
今朝は昨日買い置きしておいた胡桃入りのパンとミア特性の野菜のスープと紅茶である。
「ん…でも、ラフィル様?」
「ん?なんだ?」
「たしか、”御力”って失われると決まったものではなかったのじゃありません?王様は”御力”が無くなるかもしれないから反対なさったって言ってましたよね?」
「はっ、確かにそうだ!それについては、老師やルークでさえわからないと言っていた。」
「じゃあ、まだ私、ひょっとしたら”月の石”と喋れたり月の石を生み出したり出来るかもしれないって事ですよね?」と言った。
「確かに!そうかもしれない!」
「あの店、ポララに、取りに行けますかしら?どっちでもいいけど、やっぱり使えたら便利ですものね?」
「う~ん、距離は問題ないが関所があるからなぁ?」
「…ですよね~?そうだ!今日また、この後、教会に行って昨日のおばあさんに、相談してみますわ?」
「わかった。俺は、当面は、ここいらの魔物狩りの仕事でも請け負うのに必要な手続きを役場でしてこなければいけないから、その間にでも行って来るといい。でも、あまり期待はしない方がいいかもしれないぞ?かもしれないっていうだけなんだから」とラフィルが念を押した。
「はぁい、大丈夫」とミアは明るく答えた。
そうして、二人は街まで一所にいきラフィルは役場に…ミアは教会へ老婆に会いにと出かけた。




