73.二人は駆け落ち中です!
突然、ネルデア邸を訪れてルミアーナを攫い、一瞬で疾風のごとく走り去ったダルタスに、ネルデア邸の面々は固まっていた。
「何だありゃ?」とアルフ将軍が言い一同が、はっと我に返った。
「ル!ル!ル!ルミアーナ様がさらわれたぁ~?」とリゼラが叫ぶ。
「そんな?なぜ?一体どうして?婚約までしていて今さら駆け落ち???」とフォーリーも王妃やルミネもどよめく。
「はっ!そうだわ!こんな時にこそ!この石で!」とルミアーナが直してくれた通信用の月の石をとりだす!
「ルーク王子~!これは一体全体どういうことですかぁああああ~?!」
『あっ!リゼラ?リゼラか?よかった!ルミアーナ、繋がらなくって!』
と、すぐに応答がかえってきた 。
ルーク王子の方も、こちらと連絡を取ろうとしていたようである。
「あ~、そりゃあそうでしょうとも、いきなりダルタス将軍が現れて、お前を攫う!駆け落ちだぁ~ってルミアーナ様を連れ去っちゃったんですもの!ルミアーナ様の頭の中はパニックで通信など受付不可能でしたでしょうよ?一体全体何があっての事ですか?」
『あ~!やっぱそうなったか~!いや、でもいいと思う。ダルタスの好きにさせてやって~』とルークが言う。
「はぁああ???」とリゼラが叫んだ。
そして事の成り行きをルーク王子から聞き、それは直ぐ様その場にいた皆に告げられた。
そして国の為とはいえ、ルミアーナとダルタスの結婚を差し止めた国王に大ブーイングが巻き起こった。
「「「ぬわんですって~っ」」」「「何だそりゃ!」」
王妃はわなわなと肩を震わせる。
「な、なんてことですの!私達の可愛いルミアーナを国の為に犠牲にしようだなんて!尊敬していたのに!国王陛下は…馬鹿だったの?そうなの?」
「いや、しかし陛下はこの国の安寧を考えられて…」と、歯切れ悪くカーク将軍が国王を庇うとが、いかんせん言葉に力が入らない。
「いや、だからってそれをルミアーナ嬢ちゃん一人で背負わなけりゃならないのはおかしいだろう?ここにあるだけでも嬢ちゃんが生み出してくれた”月の石”は結構大量なんだから各地域の神殿に配布するとか、いくらでも我ら自身で努力すべき点があるんじゃねぇか?それに、少なくとも嬢ちゃんの月の石で王都と神殿は救われたんだから、これ以上嬢ちゃんを頼るのは逆に嬢ちゃんを護る月の石の怒りを買うってもんだぜ!」とアルフ将軍が、あっけらかんと至極まともな意見を言った。
「「「「おお~っ」」」」と女性陣からパチパチと拍手が沸き起こった。
アルフ将軍、意外とまさかの好人物である。
「そ、そうだな…神殿と王都を救い、ましてや沢山の月の石を生み出してくれたのだから…うん。アルフの言う通りだ」とカークも感心しながら頷く。
時々ではあるが、至極、真っ当で良い事を言うアルフ将軍なのである。
「王妃様、私も今度の息子の行動は、国王陛下には申し訳ございませんが、母としては褒めてやりたいです」と、ネルデアが息子を称えた。
「ええ!本当に!全くだわね!ネルデア!私もそう思うわ」
そして王妃はネルデアからルミネに向き直り、ルミネの手を握り言った。
「ルミネ!私たちはあの二人を応援していてよ!」
「まぁ、ありがとうございます。何よりの応援ですわ!けれど、国王陛下のお言いつけに背いて駆け落ちなど…二人はまさか”お尋ね者”になってしまうのですか?」とルミネが心配そうに言った。
「まぁ!ルミネ!そんな事は王妃であるこの私がさせなくってよ!もしも陛下がそのような事をされるのでしたら私は陛下を一生許しませんわ!」と握りこぶしを天に向かって持ち上げた。
(その拳…まさか国王に振り下ろす気ではあるまいな?と二将軍が冷や汗をかき身震いしたのは、ここだけの秘密である)
「そうですね!王妃様!それにルミィを悲しませるようなことをしようものなら、それこそ月の石の怒りをかい、この国が滅んでしまいますわよ!おほほほほほっ」とネルデアが勢いに任せて笑い飛ばした。
二将軍とリゼラはさぁ~っと青くなった。
事の重大さに気づいたのである。
全くもってその通りなのである。
笑い事ではない!
今ある月の石はすべてルミアーナを主として生まれているのである。
即ちルミアーナの敵に回るという事は、この世のすべての”月の石”を敵に回すという事なのである…。
「嬢ちゃんを怒らせた方がよっぽどこの国の安寧をそこねるわ!」とアルフが頭をかかえて呻いた。
「陛下…この国を思っての事とはいえ…虎の尾をふんでしまいましたね…」とリゼラも呟いた。
「とにかく…放っても置けぬ!この国の新たなる危機にもなりかねん。王の元へ向かおう」とカーク将軍が言った。
「どうするんだ?」とアルフが聞くと、
「国王陛下に進言…いや…お説教だな」とカーク将軍が答え、皆が一斉に大きく頷いた。
そして一行は、直ちに王城に向けて出発したのであった。
***
一方、ルミアーナはキュンキュンのドキドキのバクバクである。
何がどうなってそうなったのか、わからないがダルタスがぐいぐいと自分に迫ってくる。
馬を走らせながらもダルタスが愛の言葉?を吐き続けるのである。
「ルミアーナ、愛している!このままどこかの教会に行って結婚式をあげよう!」
「ええっ!ダルタス様!一体どうされたのですか?」
「嫌なのか?」
「えっ?そんな!嫌な訳ないじゃないですか」
「そうか、よかった」
「でも、お父様にもお母様にも出席していただけないなんて…それにリゼラやフォーリー、ルークにも…」
「う…そうか…」と呻いたダルタスだったが、
「しかし、もう待てない!」と叫んだ。
「えええっ!」ルミアーナはもう頭から湯気がでそうなほどにくらくらである。
嬉しいやらときめくやら、もう鼻血が噴き出るのではないかしらと不安になる程の勢いである。
「じつは国王陛下からの追手がいつ我らを捕えにくるか分からないのだ!」とダルタスは、これまでの経緯を語った。
「まぁああ」とあんぐり口をあけてしまったルミアーナ。
開いた口が塞がらないとはこういう事をいうのかと改めて思ってしまったくらいだ。
「わかりましたわ!とにかく追手のかからなそうな所まで行ってから考えましょう」と、あんまりの展開に開いた口そのままにルミアーナが言う。
「取りあえず、一番近い村で目立たない服を探そう」
「そうですね」
そう、ルミアーナは、ネルデアのお下がりとはいえ割と上等なドレスを身にまとっているのだ。
そして顔も髪も素のまま…つまり…困った事に隠しても隠しきれない美しさなのである。
せめて衣服ぐらいは地味にして帽子でも深くかぶるなり何なりしなければ…。
そしてしばらくして辿り着いた村はそこそこ賑わっていて大きめのブティックもあった。
ブティックの看板には”ドレス専門のお店ポララ”と書かれている。
二人は店の裏手に馬を止めると、人目につかぬようにさささっと店に入った。
「いらっしゃいませぇ~」と元気よく丸眼鏡の中年の女店員ポーラは声をかけたが、ダルタスの姿が先に目に入ったポーラは思わず小さい悲鳴をあげてしまった。
「ひぃっ!」ごごご、強盗?
顔にはこめかみから口元にかけての傷跡、何かに追われているかのように周りを警戒するような鋭い目つき!異様に迫力と存在感のあるその姿に恐れおののいた。
するとその男性の後ろから、妖精の様に美しいお姫様…ルミアーナがひょこっと顔をだし、笑顔で話しかけた。
「ごめんなさいね?急に…男の人も一緒に入るのはまずかったかしら?ドレスのお店ですものね?」
「えっ!」ポーラはルミアーナに気付き、目を止めてさらに驚いた。
ちょっと怖いめの男の人なら何度か見かけたことはある。
怖いだけである。
しかしこんなにも綺麗で可愛らしい妖精のようお姫様にはお目にかかったことはなかったのである。
この地域のご領主様のご令嬢はそこそこ綺麗でそれを鼻にかけているが、目の前のこのお姫様と比べたら夜空に輝くお月様と道端の小石ほどの差があるだろう。
そんなお姫様が今着ているドレスと言えば相当なものだ。この店に彼女に相応しいものがあるとは、到底思えない。
このお店は王侯貴族様御用達のお店ではないのだ。
庶民でもちょっと頑張れば買える、いいとこ中級貴族までが客層のお店なのである。
ポーラは、対応に困ってしまったが無視する訳にも当然いかない。
どう見てもどこかの国の王女様とか大貴族のご令嬢なのである。
ちなみに、ルミアーナは、この国の公爵令嬢な訳だからポーラの読みは大正解である。
「あ、あの、それは、ご一緒でも大丈夫なのですが…この店にはお客様に相応しいような、高級なものは…おいてございませんが…」とおずおずと話しかけた。
「あら?そんなことないわ!どれもデザインが可愛くて素敵!特にこのエプロンドレスなんて女の子の憧れじゃない?」とルミアーナが言う。
「えっ!本当ですか?そのエプロンドレスは私が作ったんです!」とポーラがぱっと顔を輝かせてルミアーナに答えた。
「まぁ!そうなの?可愛いのに動きやすそうでとっても素敵!あらっ!これスカートの部分が!何これ素敵!これほし~いっ!」とルミアーナがきゃぴきゃぴとはしゃぐ。
そう、そのドレスはエプロン部分はフリルも凝っていて可愛いのに下のワンピースの下の部分が、まるでキュロットのようになっていて一見ドレスでありながら走る事もできそうだし馬にもまたがって乗れそうなつくりなのである。
「これ、着てみてもよいかしら?」とルミアーナが尋ねると店員のポーラは恐縮しながらも喜んで答える。
「もちろんでございます。けれど、こちらにある商品はみんな今着ていらっしゃるドレスよりもかなり粗末なものばかりでございますよ?」と申し訳なさそうにいう。
「いいのいいの!できるだけ庶民ぽくて目立たないのがいいのよ。そういう意味では可愛すぎるかもなんだけど、私、どうしてもこれが気に入っちゃったのだもの!」と心からの笑みをポーラにむけた。
リゼラ曰く”必殺!歩く危険物認定”の可愛すぎる笑顔の炸裂である。
はうっ!ま、まぶしいっ!何っ?何ですか?
天使様ですか?妖精様ですかっ?
いえいえ、女神様ですか?
そうですね?
そうなんですね?
私、お嫁にも行かず一生懸命ドレスを作って真面目に生きてきました!
だからですか?
だから、ご褒美に女神様、私のドレスを褒めに来てくださったのですか?
しかも私の作ったドレス(しかもエプロンドレスだよ)を着て下さるって?
と、頭の中に一瞬ですごい妄想を駆け巡らせつつ、過呼吸寸前でドレスをハンガーから外しルミアーナに手渡す。
そして、「で、ではこちらで…」と、息も絶え絶えに試着室に案内した。
ダルタスはだまってはしゃぐルミアーナを微笑ましそうにみていた。
そん様子のダルタスに気づいたポーラはまた「はぅっ」となる。
何なの?何なの?あの優しい慈しみのまなざしはぁあああ~っ!
一見、美少女と野獣の組み合わせなのだが野獣の目が優しすぎるぅぅぅ~!と身悶えした。
最初に見せたあの周りを警戒するような射るような視線はもうない。
な、何なの何なの?この二人の関係は?騎士と姫君?
まさか?恋人?いやでも駆け落ちとか?いや、でも!…と色んな妄想をしているとルミアーナの着替えがおわり試着室から出てきた。
「うふふ~、お直しもなしで大丈夫そうよ!まるで私にあつらえたみたいにぴったり!」と、くるっと回って見せる。
白のエプロン部分は清楚でワンピース部分は、すっきりとシンプルな薄緑色だ。
キュロット部分は薄手の布地をふんわりと多めにとっていて動きやすいのに普通のドレスの裾に見える。
「おお、似合ってるぞ…」とダルタスが言う。
実際、とても似合っていた。
こんな地味なドレスは相応しくないと思ったが、ルミアーナが着ることによって服まで上等に見えていた。
「あと顔が隠れるような大きめのフード付きの上掛けを見せてくださいな」という。
「ええっ?そんなに美しいお顔を隠されてしまうのですか?」とポーラが驚きの声をあげる。
「まぁ、ありがとう。でもできれば、あまり目立ちたくないのよね」と、ルミアーナは言い、
「ダルタス様これなら大丈夫ですよね?」とダルタスにくるっと向き直り尋ねる。
「ああ、でもルミアーナの綺麗さはなかなか隠すのが難しい…」と尋ねられたダルタスは困ったようにため息をついた。
「え?えええっ!」とポーラがまたも驚く。
「い、今、ダルタス様って…ダルタス様ってこの国の将軍様の事ですよね?ル!ルミアーナ様と言えば、公爵令嬢の!噂の眠り姫!」と叫んだ。
「ふがっ!」続けて叫びそうなポーラの口をルミアーナが手で押さえる!
「し~っ!ごめんなさい!お願い!外に聞こえたら困るから静かにしてね?」
「実は今、私達、駆け落ち中なのですよ」とルミアーナは隠しもせずに、さらっと言ってのけた。
ダルタスは額に手をあてて『しまった!』という顔をしてため息をついている。
う、うわぁ~!ほっ…本物のお姫様と将軍だぁ~とポーラは赤くなったり青くなったりと忙しい。
今までお目にかかった事があるのなんて、一番身分の高い人でもせいぜい子爵家ご令嬢くらいまでである。
公爵令嬢なんて死ぬまでお目にかかることもないであろう別世界のひとだったのだ…。
将軍にしたって凱旋から戻られた時のパレードで遠くの方から米粒みたいなお姿を拝見するだけだったのに…。
「大きな声はなし…ね?」とルミアーナはそうっとポーラの口から手をはなす。
ポーラはぶんぶんと黙って何度も頷いた。
そして、なるべく小声で話すよう気を付けながらルミアーナに尋ねた。
「あ、あの…でもダルタス将軍閣下とルミアーナ姫様はご婚約者同士でございましたよね?たしか噂では一度解消されたけどまたご婚約されたって…」
「それなんだけど、また今度は国王陛下から結婚しちゃダメだって言われちゃったみたいで…」
「ええっ?一体なんでまた?」
「う~ん、詳しくはともかくとして、私達それで今駆け落ち中なので目立たないようにしたいのよ」と言った。
そうして、詳しい事は話さないまでも、地味でなるべく目立たないようにとポーラにブラウン系のフード付きの上掛けを選んでもらい、追手が訪ねてきた時の口止めもして、その店を後にした。
そしてその晩はポーラの紹介してくれた宿屋に泊まることにした。
そして先ほどのポーラの反応からも本名を呼び合うのは何かとまずいだろうと相談し、ダルタスとルミアーナはお互い名前をダルタスは、”ラフィル”…ルミアーナは”ミア”…と仮の名で呼び合う事にしたのだった。




