69.そして王都を浄化するのです。
そして二人はディムトリア老師と神官達のいるであろう”魔封じの間”にたどり着いた。
来る道々でルミアーナがくれた月の石を置いてくる。
通路内の禍々しい空気が清浄になっていくのを肌で感じる。
この石達はすべてルミアーナを主として生まれてきた石なので黒魔石に喰らわれる事なく力を発揮している。
(ルミアーナすごすぎ…)と思うルークである。
ほんとに…一体全体、ルミアーナって何なんだろう?と思う。
本人も全くわかってないんだろうけど…。
扉にはいくつもの魔封じの呪文がかかっているが、おさえきれないほどの邪気が漏れ出している。
ルークが扉にある仕掛けの楔を物語で聞いていた順番通りに外していくが、記憶に自信がないのか、思案顔である。
額にはぷつぷつと汗の球がうきだして、顔色は赤くなったり青くなっている。
ダルタスはその様子につい聞いてしまった。
「一つでも間違えたら、どうなるんだ?」
「間違える順番によるけど…確か、天井が落ちてくるか、床が落ちるかだよ」
この神殿は天井も床も重厚な石造りである…。
「…そうか。間違えるなよ」
「…ちょっと気が散るから話しかけないでくれる?」
「あ、すまん」
淡々とした口調での会話だったが、二人とも大真面目である。
(おいおい~…と思いつつ、息をするのも忘れそうなほど、ハイビジョン映像に食い入るネルデア邸の面々である)
悩みながらも何とか間違えずに全ての楔を抜き取る。
(見ているルミアーナ達もほぅ~っと息をつく。勿論ダルタスとルークは見られているとは全く気付くはずもない)
ばんっ!と中からの邪気にルークがあてられる。
ぐらりと倒れそうになるのをダルタスに支えられる。
高い魔力を持っている者ほど黒魔石の邪気にあてられやすい。
ダルタスは全く感じないがルークにとっては息をするのもつらい。
頭の中で何かが暴れるようにのたうち、吐き気と眩暈と頭痛が一気に押し寄せ気を失いそうになる。
部屋に入るとそこには、何と鎖につながれた魔物の姿があった。
老師の成れの果てだろうか?…よほど黒魔石に操られる事を拒んだせいであろうか…もう死にかけている。
緑色から黒く変色したような皮膚はただれている。
魔物はかろうじて息をしているだけである。
そして魔法力が高く清廉なルークもまた黒魔石に侵されそうになる。
立っている事すらできずに、呻きながらその場に崩れる。
ダルタスは、素早い動きで息一つ乱さず、そこに置かれたこれまでに見たこともないような大きな黒魔石を破壊した。
そして、ダルタスはルークから預かったルミアーナの月の石を全部その場にぶちまけた。
ダルタスの持っていた六個の月の石はまばゆく光り部屋の中がまばゆさで何も見えなくなった。
「ルー…ク…お…王子…?」としゃがれた…けれど、懐かしい声がルークの耳に届く。
仰向けに倒れた魔物の額にひびが入り、そこからパラパラと皮がはがれ落ちていく。
「老師様?デュムラン老師様なのですね?しっかり!僕です!ルークです!」
ルークが、老師を助けおこす。
「わ…たしは、助かった…のか?」と老師が、苦しそうに呟く。
「そ、そうです!老師様!リリィや子供達も無事です!」
「ああ、王子…ルーク王子!なんと立派になられて…」
醜い固い皮がぼろぼろと剥げ落ちると中から紛れもない老師が現れた。
「ああ、やはり…老師でしたか、鎖に繋がれるなんて、なんてお痛わしい」
「これは、自分ではめた鎖じゃ…薄れいく意識の中、邪気に操られまいと」
「そうだったのですか…」二人は固く手を握りあい感涙した。
「再会の感動覚めやらぬ中を申し訳ないが、二人とも、そろそろ時間だ。聖堂から人が溢れてくるぞ。まだ操られている誰かがこの中へ来る可能性はゼロではない。早々に撤収しよう!」と、ダルタスが、声をかける。
「おぉ、そうじゃな…しかし、神官たちは?神官たちは、どうなっただろうか?別の部屋に閉じ込められている筈なのじゃが…」
「えっ?そうか、そうですね?この部屋には老師しか…」
「多分、罠の部屋に…。自我を無くした彼等は狂暴だ。間違えて扉を開いた侵入者を襲うように、仕掛けとして、押し込められていると思うのじゃが…」
「なんと…じゃあ、あの時、聞こえた唸りごえは…」
最初の三つの扉の二つの部屋に神官たちは、居たのだ。
「とにかく、ここから出て最初の扉の所まで戻りましょう」
ルークとダルタスが、老師を抱える様にしてそこから出た。
「おおぉ、これは…」老師は驚きの声をあげる。
「禍々しい空気が消えている!なんと!」
そして足元に落ちている月の石に気づく。
「それは、ルミアーナ嬢が創り出した月の石ですよ」と、ルーク王子が誇らしげに言う。
「老師が自分が魔物化するのも覚悟の上で最後の月の石達を彼女に託したからこそ、彼女の命は救われ、その力を発動させたのです」
「おおぉ、やはり月の石の神託は正しかった。私が受けた啓示は夢でも幻でもなかった!祈りの時、月の石の精霊の言葉が聞こえたのじゃ…かの姫を助けよと…かの姫はこの世界の救い手となると…」
老師の目からはとめどなく涙が流れた。
自分だけではない…最後の月の石を送り出すことで神官達も邪気に捕らわれる事は予測された事実だった。
神託に従う事が正しいのかどうか悩まぬ筈もない…ただ高潔な神官達は自分に賛同し、神託の公爵令嬢を助けようと誰一人異論を唱える事なく協力してくれたのだ。
七人の神官達は最後の力をふりしぼりルミアーナの為に石に癒しの祈りをこめて送り出したのだった。
報われた想いに感涙にむせびながらも、老師と二人は最初の扉のところまでたどり着き、開くことのなかった残り二つの扉の前に立つ。
「ところで、ルーク?月の石…さっきの老師のいた部屋に全部まいちまったんだけど…おまえ、まだ持ってるのか?」と呑気に聞いてきた。
「えっ!何言ってんの?ダルタスも見てたでしょ?道々、浄化の為に石を置いてきたでしょうが!」
「って、じゃあ扉開けた後の浄化って?」
「はぁ~、僕の石だけでは全員の浄化ができるかどうか…」とルークが、また懐からルミアーナからもらった最初の通信用の月の石を取り出すと、またルミアーナからの通信がまるで見ていたかのようなタイミングでルークに届いた。
『ルーク!石がいるならすぐ送るわよっ!何なら扉開けたとたんにばさっと送るから!』と言うルミアーナからのメッセージを聞いてルークは大声をあげた。
「え!ええっ?ほんとに?わ、わかった!」と大声をあげて老師とダルタスを驚かせた。
「ダルタス!いいよ!扉を開けて!」
「え?いいのか?呪文は?」
「罠の所の扉は呪文がなくても開くからいいんだよ!罠なんだから!早く!」という。
ダルタスは罠だからいいという理屈に「???」と、困惑しながらも言われるがままに扉を蹴破った。
中から獣のような唸り声がして魔物が飛びかかってこようとしたその瞬間、ルークの石が、ぱぁっと光ったと思えばその光が弾け散るかのように小さな月の石が一斉に魔物たちに降りかかった!
魔物たちが一瞬「ぎゃぁああ!」と叫び声をあげたかと思うとリリィの時のように皆がぱったりと倒れた。
すぐにダルタスはその部屋にあった黒魔石を砕く。
そしてダルタスが魔物達(実は神官達な訳だが)が気づく間もおかず次の扉も蹴破ると、またルミアーナから降り注ぐような霰上の月の石が送られて一面光の洪水のようである。
もう黒魔石がどこに置いてあるかもわからないほどの明るさである。
やっと光も和らぎ、目が慣れてきて気づくともう黒魔石まで浄化されて無色透明な水晶のようになっていた。
「おお~、すごい…」と、ダルタスも感心してしまう。
「全く…ルミアーナって…びっくり箱どころじゃないよね…」とルークが呟く。
「なんと!なんと!これが!ルミアーナ姫の力だと?」と、老師はまたも感動に震えた。
『いや!私じゃなくて月の石の力だから!』とルミアーナがネルデア邸から叫んだが、声はルークにしか届かなかった。
そして、神官達はほどなくその身も人に戻り意識を取り戻し一行は外に出たのだった!
そしてその頃、ちょうど王城からの兵たちが神殿の聖堂に乗り込み神官長やそれに付き従った者達をとらえていた。
皆が外に出るとぱんっという弾ける音とともに、光の粒が淡い光を放ちながら雪のように降ってくる。
真っ青の晴れ渡る空に白い光の粒が降り注ぎ邪気が払われる。
人々は外に出て空を見上げその美しさに声もなくし感動しその光をあびた。
その日、その瞬間、王都ラフィールは光に包まれ、その後には美しい虹がかかったという…伝説の日となった。




