68.勇者(ダルタス)と魔法使い(ルーク)神殿潜入
ダルタス将軍とルーク王子は、神殿が午後の祈りに入ったのを見計らうと、テスが発見したという秘密の扉に向かった。
午後の祈りに入れば二時間以上神官や巫女たちは聖堂に集まり出てこないはずだというルーク王子の意見である。
二人は神殿の裏手の茂みの中、隠されるようにあるその扉から地下に入り込む。
入り口は狭く細い階段になって下にたどり着くと広い回廊になっていた。
両端には等間隔に明り取りの火が灯っている。
定期的に誰かが入れるようにしているのだろう。
少し歩くと小さな小部屋ほどの空間にでて三つの扉がある。
「なんだ?」と、取りあえず片っ端から開けてみようとしたダルタスをルークが慌てて止めに入る。
「まって!まって!ダルタス昨晩話してたこともう忘れたの?どんな罠が仕掛けられているか分からないんだよ?」とルークが呆れた様に言う。
「あ、ああ?だから開けて中を確かめようとしたんだが?」と答えるダルタスにため息をもらすルークである。
「ふぅっ、あのねぇ、ダルタス?三つ扉があったら多分二つは偽物で何らかの仕掛けがある!ここは、そういう所だと思って!僕が老師に繰り返し聞かされた物語では魔物のすむ地下迷宮の最初の三つの扉の二つは仕掛けがされていて開けたとたんに迷い込んだ旅人は仕掛けで殺されてる」と、意外とうっかりが多いダルタスを叱る。
神殿やデュラムン老師の事となると穏やかだったルークの人が変わる。
母である王妃が見たらびっくりするだろう。
(…というか、びっくりしていた)
「お、おお!すまん…」
「全く、さっさと事件を片付けてルミアーナを追いかけたいんだろうけど、そんな呆けた事だと生きて帰れないからね!」と、ルークが、ダルタスに向かってびしっと言い放つ。
天下の鬼将軍も形無しである。
この様子、このセリフ。
王妃は息子ルークのぞんざいな態度に…
ネルデアは息子ダルタスのぼけっぷりに…
ルミアーナはダルタスが自分を追いかけたがっているというルークのセリフに恥ずかしくなり、そわそわとしながら、光の玉に映るハイビジョン映像を見ている。
精霊はルーク王子のセリフを全くだ…と言うように黙ってうんうんと頷いている。
二将軍はと言えば、知らないうちに見世物になっている二人にいたく同情するのだった。
ああ、これ後で見られてたらと知ったら嫌だろうな~と…。
とは言え、この国のひいてはこの世界の未来にも関わる一大事に目をそらすことも出来ず生暖かい目で見守るのだった。
心の中だけの話ではあるが…まるで、「イケメン二人が行く冒険特攻隊?ゲーム」みたいな番組をお茶の間で見てるみたい?とルミアーナはちょっとだけ思ってしまったが、
いやいや、失敗したら実際に死んじゃうんだよね?とぶんぶんと顔を振り、気をひきしめなおし画面を見つめ直したのであった。
***
「ふっ、ルーク、お前頼もしいな…お前とこれて良かったよ」とダルタスが言うとルークはぐっとおしだまりぷいっと顔をそらす。
「いいよ、もう。とにかく老師から聞いた物語になぞって呪文や道を選んでいくからダルタスは僕の後ろから着いて来て守ってよ!?」
「わかった!任せろ!」
そして三つの扉の前でルークは手をかざし何やら呪文を唱える。
まるでそれは長い歌のようで、独特の音階にそって唱えられる。
なるほどこれは、覚えるのも唱えるのも一朝一夕では無理だ…とダルタスは思った。
そう、音階が二オクターブはあろうかという高低音である。
ルークは、魔法使いだけでなく歌い手としての才能も凄いのかもしれない…。
三つの扉のうちの一つだけが開き、そこにはまた更に地下へと続く階段になっていた。
進むと両隣の扉から息を潜めていたのだろうか?
急にギリギリグルグルと何か獣のようなうめき声が聞こえてきた。
まるで獲物が入ってこなかったことを悔しがっているかのようだった。
突き進んで行くと、がくんっと目の前のルークが穴に落ちそうになる。
慌ててダルタスはルークの腕をつかみ引き上げる。
「ああ、そうだった。落とし穴もあったっけ…」とつぶやく…。
ネルデア邸では、緊張と共に女達の悲鳴があがる…。
「おいおい、しっかりしてくれよ?」
「ありがとう、その調子で助けてくれ…もう二~三個罠をやり過ごせば魔物が居るとされている部屋にたどり着くはずだ から…」
「おいおい二個なのか?三個なのか?それって結構重要なポイントだぞ!」とダルタスが言う。
「ん…今の落とし穴を含めて三個だと思う…あと二個…かな?」と不安そうな笑顔になる。
おいおい…とつっこみを入れたくなる
「しっ!ちょっと待って」
ルークが、右手をかざし、その掌状でぽうぅと明かりを灯し、穴をのぞき込む。
中で黒い影のようなものがどろどろと蠢いている。
「うわ…なんだこりゃ…」
「分からないけど…月の石でなら浄化できるかも?」と言い、ルミアーナからもらった月の石を取り出す。
石はその瞬間パッと昼間の明るさかと思うような光をはなったかと思うとそこから、先ほど精霊に預けた剣と月の石達が空中に現れた。
「えっ!?何これ!」とルーク王子が狼狽える。
剣はダルタスの手に収まり、ルークの手のひらにはざらざらと月の石が零れ落ちてきた。
『もうっ!やっと月の石を手にしてくれたわね!ルーク!』と、ルミアーナが月の石を通してルークに話しかける!
『その剣は、カーク将軍からお借りした黒魔石も砕くことのできる剣です!そしてその月の石達は今日生まれたばかりの月の石!これだけあれば、神殿の中も浄化できるし、魔物も人間にもどれるかもって月の石の精霊が言ってるのよ!』と早口でまくしたてた。
「えええっ!」とルークが驚く!
月の石からの声が聞く事のできないダルタスが突然現れた剣や光る石達に驚くが、この剣は見知っていた。
「これは?カーク将軍の剣?」
「そうだよ、それ!カーク将軍の剣だよ!その剣なら魔物の根源である黒魔石も砕ける!魔物になった人間もこの複数の月の石があれば人に戻せるかもってルミアーナが言ってる!」
「ルミアーナが?なんで?」
「よく分からないけど、月の石の精霊に教えてもらったようだ!ダルタス!とにかく僕ら、これなら余裕で生きて帰れそうだよ?」とルークが明るく言い放った。
「なんだ?ルーク、わたしは最初から余裕で生きて帰る以外の先など考えてなかったぞ?」と不思議そうに答えながらも自分の剣を一旦その場におき、カーク将軍の剣を帯剣する。
「ははっ!そうだね、ともかく月の石を一個…」と、その黒く蠢くものの中に落としてみた。
「"ルミアーナが月の石"よ聖なる光で邪気を祓いたまえ!」ルークが念じながら叫ぶ。
カッと辺りは一瞬フラッシュをたいたように明るくなりどろどろと蠢いていたものも掻き消えていた。
そこには、神殿で飼われていた愛玩動物のラレオネ(尻尾の短いリスのような動物)がぱったりと倒れていた。
眩しい光に気を失ったようである。
そばには、魔石の欠片が落ちている。
ルークは、あたりを見渡してその穴にその一匹のラレオネしかいないことを確認すると降り立って欠片を拾ってみた。
これは…どうやら黒魔石の欠片だったもののようである。
今、月の石によって浄化されて、ただの無色透明な魔石に戻っている。
多分、実験代わりにこの可愛らしい動物でその効き目をためしたのであろう。
見るからに可愛らしいこの動物があんな不気味な妖怪のようなものに変貌しているなんて…と改めて黒魔石の禍々しい力にぞっとする。
ダルタスに穴から引きあげてもらい、先に進むと禍々しい魔法陣の描かれた扉があった。
「これは…?」
「その昔、邪気に取り込まれた気狂いの神官が閉じ込められたという部屋だと思う…」
「今も中に誰か閉じ込められて?」
「分からないけど禍々しい邪気はすごい感じる…」
「なるほど」
「とにかく、呪文で開けてみるから…ダルタスも邪気を浴びても平気なようにこの月の石をもってて!」と月の石をじゃらっと半分わたされる。
「あ、ああ」と懐にしまうが、血族でないダルタスが手にしても石は光らない。
御守りには、なるが、やはりダルタスが邪気払いなどに使う事はできなさそうである。
「その剣は特別だから構えててね?」と念を押す。
「任せろ!」
そしてまた、ルーク王子は今度は先ほどと違うフレーズの呪文を唱える。
先ほどと違い凄く低音のまるでお経のような呪文である。
いくら、小さい時に繰り返し唱えたと言っても一言一句、音程まで間違えないように覚えているルークって天才ではなかろうか?と思うダルタスである。
扉が開く、異様な匂いと重い空気がざらりとまとわりつき、鳥肌が立つ。
中にはテーブルがあり、七個の黒魔石と、ルミアーナの部屋から持ち帰った4個の石が持ち込まれていた。
「誰だ!」としゃがれた声で緑色の肌の魔物が、こちらをふりかえりる。
「何だ?これは?これが魔物か?」とダルタスがその不気味な生き物を凝視して剣を持つ手に力を込める。
「違う!私は魔物なんかじゃ!魔物なんかじゃ…!うぉぉぉぉぉ!」とその緑の生き物は涙を流している。
どうやら襲い掛かってくる様子はなかった。
魔物だが人の意識がまだ残っている?
いや、おかしい…魔物になってしまったら人の意識なんかなくなる筈だ…とルーク王子は思ったが、ルミアーナの部屋から持ち出された月の石が、ルミアーナが死んでいなかった事で、黒魔石に喰らわれる事もなく黒魔石の邪気をはらっているのでは?と気づいた。
「ひょっとして!人に戻ろうとしているのか?」
奥にはまだ二匹小さい魔物がいるようだが奥で蹲って震えている。
「ダルタス!ここにある黒魔石だけを、全部くだいてっ!」とルークが叫んだ。
「承知!」ダルタスは机の上に置かれた七個の黒魔石を全て砕いた!
するとルミアーナの石が光り輝き部屋をつつみ、魔物たちを包み込んだ。
すると、緑色の皮膚をした魔物は、ばったりと倒れ、その本来の姿に戻った。
「おい、しっかりしろ!」と、ルークとダルタスが、魔物だった者達に声をかけ、ゆさぶる。
「う、ううん」と、魔物だった者達は、意識をとりもどした。
緑色で人の言葉を発した魔物は、人間の女性だった。
後ろに蹲っていた魔物は子供達のようだ。
「あ!あああっ!ロイ!トミィ!」と女性は二人の子供を抱き寄せ女性は泣いていた。
「お母さん!こわかったよぅ」と子供達も、しがみついて泣いている。
そして、顔をあげて女性はルークを見た。
「ああ、王子様!ルーク王子様ですねっ!リリィでございます。ディムトリア老師様の小間使いのリリィでございます!」と女性は叫んだ。
「えっ!リリィ?一体どうして、リリィがそんな!」と言うとリリィが泣きながら言う。
小間使いのリリィには、神殿で老師に教えを頂いていた時期によく世話になっていた。
いつも優しい笑顔で出迎えて美味しいお菓子やお茶もだしてくれ老師が用事で外出していたときなどは、よく話し相手にもなってくれたものだった。
そして、リリィはこんな事になってしまった、これまでの事を語ってくれた。
「驚かれるのも無理はありません。私はずっと神殿で老師様の小間使いをしておりましたが、一年ほど前から老師さまがお倒れになり、次々に神官様たちも倒れていったのでございます。そう、それこそ高位の神官様がたからばたばたとお倒れになりました…」
魔法力が高く高位の神官から…そして、あまり信心深い訳でも魔法力をもつ訳でもない、コネだけで神官職についたようなものだけが、やたら元気に無事でくらしていたという。
ルミアーナの事件があったとき、老師は既に、自ら歩く事すら出来ない有り様だったが、周りには悟られぬように神殿内の秘め事としていた。
そして最後に残った月の石を王家に許しを得て、ルミアーナ姫に渡すように一緒にこの神殿で下男として働いていたリリィの夫に託したという。
老師は途絶え気味の、かすかに残る意識の中「ルミアーナ姫だけがこの世界を救えるのだ」と言ったのだとリリィは説明した。
魔法力が高く心気高く清らかな精神を持つものほど邪気に狙われやすい。
黒い魔に抗うが故に、その清らかな心と真逆な姿に変えられ思考さえ奪われるのだ。
むしろ力なく、直ぐにその邪気に同調してしまえる者は魔物には変貌しない。
魔物の操り人形になるのだと老師から聞いたとリリィは、説明した。
「なるほど…それで、あんな小物が神官長になったという事か…」とダルタスが呟いた。
「それで!それで、老師様は?」とルークがリリィに尋ねた。
「あ…あああ」とリリィは顔をこわばらせた。
「老師様は老師様は、夫に月の石を託した後、…自ら、地下の魔封じの間に籠られて…七人の神官様がたも、付き従われて…あああ、それはもう皆様、おいたわしいお姿になられて…」と涙をながし嗚咽を漏らした。
「まだ生きてる?」
「はっ…それは…わかりません。私と子供達も神官のモブルにここに閉じ込められてから老師様のお姿をみれなくなって…どれほどの時がたったのかさえ…いつのまにか人としての意識もうすらぎ記憶もなくなっていたようなのです」眉をゆがませ苦悩の表情のリリィ一生懸命思い出すようにして言葉を絞り出す。
「ああ、自分も老師様や神官様方のようになるのだと思い、そのまま意識はいつの間にかなくなっていました。それが昨日?位からでしょうか?人としての意識がうきあがってきて子供の姿や自分の手足を見て、自分が魔物になってしまっていたことを知ったのです」
「ルミアーナの月の石が持ち込まれたせいで七個の黒魔石の力が弱ったんだ!」とルークがいう。
「まぁ、そうだったのですね?この月の石はあの時持ち出された最後の月の石だったのですね?」とリリィが言った。
自分の手と子供たちの姿を見てすっかり人間に戻っている事に安堵したが、同時に、いまだ老師の安否が分からないことに気づき王子に懇願する。
「ああ、ルーク王子様、どうか、七人の神官様方と老師様もお助け下さいませ!」とリリィが言う。
「ルーク王子様にならあの魔封じの間にたどり着くことが出来ます!老師様からあの部屋の解除の呪文も教わっていらした筈ですもの!」と泣きながら言う。
「わかった!場所だけ教えて!必ず老師様方はお救いするから!」とリリィの肩に手をおき慰める。
「魔封じの間は、この先に二つの扉があり右側の方を呪文を使って開けると上に上がる階段があり、その行きあたりまでいったら扉があります。廊下にも扉にも魔封じの印と魔法陣が刻まれています。ここでも最後の呪文で扉を開ける必要がありますがルーク王子様にはお分かりになる筈です」
「わかった!ありがとう」ルーク王子は深く頷いた。
「いいかい?君らを閉じ込めた神官長のモブルは聖堂で祈りの儀式を行っている。まだ一時間ほどは出てこないだろう。ここを子供達と共にでたらまず一旦、城へ行くんだ。そしてこのことを近衛騎士のテス・テアードに伝えてくれ!そうしたら国王にも伝わり兵が遣わされるだろう。モブルとそれに従ったものは捕らわれるだろうから君たちは城で安全に待っていてくれ。きっと老師様をおつれするから!」とルーク王子が指示した。
リリィは少し考えこんだようだが、口をきゅっと結び、覚悟を決めた様に子供たちの手をとると
「はい!わかりましたわ!王子様、きっと老師様を連れ帰ってくださいましね?」と、言って出口に向かった。
「さぁ、ダルタスこれで最後だ!行こう!」
二人はディムトリア老師が籠ったという”魔封じの間”へ向かった。




