67.助け手の剣と月の石達
ルミアーナは事の重大さに、とんでもなく慌てた。
自分はともかく愛しいダルタスや親友のルーク王子が危ない!
もちろん二人の事は信じているけれど、相手は普通の剣では倒せないようなお化け…いや、魔物なのである。
ルミアーナ自身、命を狙われているというのに顔すら隠さず、月の石の祝福を受けし剣の持ち主カーク将軍の元へ走る。
「カーク将軍!」ルミアーナが顔も隠さず駆け寄ってきたことにカーク将軍もアルフ将軍も驚いた。
むろん、周りにいた騎士見習い達も突然現れたまるで妖精の王女のごとき美少女に驚いた。
持ってきた剣を落としたり見とれたり、ちょっとしたパニックである。
「ルミアーナ殿!どうされたのだ?そんな血相をかえて!」
「急用ですわ!将軍!今直ぐその剣!私にお貸し下さいませ!」
「なっ!一体どうしたのだ?この剣は其方が使うには大きすぎるし重すぎるだろう?」
「それでなくてはなりませんの!その月の石から祝福を受けし剣でなければ!」とルミアーナが叫ぶとカーク将軍とアルフ将軍は事が深刻な事態であると知る。
カーク将軍はアルフ将軍に、
「見習い達を頼む」と言い「お、おお!」とアルフも頷く。
「アルフ!そっちは、もう今日は適当に帰らせて、とりあえずネルデア達もすぐこっちに集めてくれ!事は一刻を争いそうだ!」と言いながらルミアーナの腕をつかむ。
「わかった!」とアルフは直ぐに、頷き見習い達に集合をかけ今日の訓練は終わりだと指示を与え片付けさせ始めた。
カーク将軍は、足早にルミアーナを建物の陰に引っ張っていき周りに人がいない事を確かめ話をきく。
「何を切るつもりだ?」
「黒魔石ですわ!」
「なっ!黒魔石だと!」
「なんと!ならば私が供をしよう」
「…わかりました。将軍、どうか私を…ダルタス様とルーク王子の力になってくださいませ!神殿に忍び込みます。」
「なんと…神殿に?とにかく詳しく話して貰えるだろうか?まずは、皆の所に行こう。其方だけの事ではなさそうだ。」
ルミアーナはこくりと頷き、カーク将軍に促されながら、皆の元に集まる。
そして、月の石との会話とこれまでのいきさつを詳しく話した。
そして、ルミアーナは
「では、私と共にカーク将軍は神殿に今宵…」とルミアーナが言いかけると王妃がすかさず口を挟んだ!
「それは、なりません!これは、王妃としての命令です!」と言い放った。
「なっ!でも王妃様、ダルタス様だけではなくルーク王子だって危ないのですよ?」とルミアーナが言う。
「わかっています!でも其方は命を狙われているのですよ!最後の月の石は其方を殺さなければ手に入らない。魔物たちは其方の命を狙っているのでしょう?」と王妃が苦悩で表情をこわばらせながらも気丈に言い放つ。
「そうよ!ルミィ、それこそ魔物たちの思うつぼではなくて?」とネルデアが言う。
「でも、私はダルタス様と王子の所へ行きたい!力になりたいのです!」と声を荒げる。
落ち着いてなどいられない。
ぐずぐずしていたら、詳しく事情をしらない二人は魔物と化した神官達や神殿長に殺されてしまうかもしれないのだと狼狽え叫び涙を流した。
ルミアーナの涙に大地がざわざわと騒ぎ出し所々に小さな小さなつむじ風が巻き起こる。
瞬時にそれがルミアーナのせいだと気づいた母がルミアーナの頬をぱんっとはたいた。
「落ち付きなさい!ルミアーナ!いくら貴女が強くても魔物が貴女を狙っている以上、許可などできる筈もないわ!むしろそんな貴方がその場に行けば足手まといにしかならないのではなくて?」と母はきつい口調でルミアーナを窘めた。
生まれてこの方、どちらの親からも頬をはたかれた事などなかったルミアーナは一瞬、呆気にとられて言葉を失った。
そして途端に頭が冷えてきた。
冷静になってくると頭の中に語り掛けてくる声も聞こえてきた。
『ルミネ殿の言う通りだ。我が望むのも主が神殿に赴くことではない。主が死んでしまってはこの世界は救えない…』
ルミアーナはその声にはっとして懐から月の石を取り出す。
その石はいつもより強い輝きを放ち、皆の前に人型をとって前に現れ出でた。
その姿は男とも女ともつかぬ姿で美しかった。
体は立体映像のように透けていて光に揺れている。
光沢のある銀の髪で瞳は薄い紫色で明らかに人ではない美しい精霊である。
ほんの数日前に生まれたばかりのせいなのか、まだ少年か少女のような若々しい見た目だが、人ならざる威厳と神々しさがうかがえる。
「月の石の精霊様…?」と王妃が呟き、はっとして跪く!そして皆がそれに倣い膝をおり頭をたれる。
「つ…月の石に宿りし精霊?人型にもなれたの?」とルミアーナが言うと、
「私の言葉を主以外の皆にも伝えるには姿をあらわせねば無理なものでな…」と抑揚のない声で精霊が言った。
どうやら姿を現わしている状態なら血族以外にも言葉が聞けるようになるらしい。
「主よ、何度も言うが其方が死んでは元も子もないのだ。我は確かに”月の石の祝福を受けし剣”なら黒魔石を砕けると言ったが、何も其方がそこに行く必要はない。其方の母君の言われた通りだ。」と石は淡々と語る。
「では、私が赴いてこの剣で砕けばよいのですな?」とカーク将軍が精霊に話しかけると精霊は首を横にふった。
「いや!その剣をダルタスに一時、授けよ…神殿の中には魔法の仕掛けが数多あり、その対処方法を知るルーク王子と共にいなければ、根源に近づくことすら叶わず死するだけだ」
「な、なんと!でも、それでは、どうやって聖剣をダルタスに渡すのですか?」
「ルークもルミアーナの月の石を持っている。私ならば声さえ届けばそのくらいなら送り届けられる」と精霊が言う。
「ルミアーナ…ダルタスと王子を救いたくば、そこに落ちている月の石達を剣と共に私に…」
「へ?」とルミアーナが疑問のこえをだす。
「そこに生まれたての月の石がごろごろ転がっているだろう?」と精霊がいうと皆は一斉にルミアーナの足元に目を向けた。
先ほど小さなつむじ風の起きたところに月の石が生まれ落ちたようで、十二~十三個ほどの小さな月の石が確かにごろごろ転がっている。
「どうやら先ほどの主の激高を慰めようとまた石が生まれたようだ…」と精霊がいうとリゼラとフォーリー以外の皆がまたも驚く。
(こんな時に不謹慎だが、カーク将軍は思った。何なのだ。これは!一生分の驚きの連発はこれでもかと続きっぱなしじゃないかと!)
「それだけの数を送れば神殿の中くらいは浄化できよう…もしかしたら魔物になった者達も人に戻せるかもしれぬ」と精霊は言った。
「ええっ!ホントに!」とルミアーナがぱっと顔を輝かせると生まれたばかりの石達もあわく黄色く光りだす。
月の石達も嬉しそうである。
周りの皆も「おおお」と拍手してその石をみる。
ルミアーナの母ルミネは娘が激高した事で月の石が生まれたことを知り(あら、じゃあルミアーナを落ち着かせないほうがもっと月の石が、生まれてたのかしら?私、余計なことしちゃった?)とか、思って内心少しあわてていたが結構な数が生まれていたので大丈夫みたい?と胸をなでおろした。
そうして剣と月の石が精霊へ手渡された。
剣と沢山の月の石は精霊の両手の上、少し宙に浮くような状態で光に包まれポンと消えた。
もう、剣と石はダルタス達の手に渡ったのだろうか?
また皆から「おおっ」と声がもれる。
「…ダルタス将軍とルーク王子であれば、この剣と月の石達があれば神殿を救えるだろう…」と石は言うと直系一メートルほどの大きな光の玉をその右手の上に浮かび上がらせた。
すると、そこには神殿に忍び込もうとしているダルタスとルーク王子の姿が映し出された。
「おおおおおお!」と皆がどよめく。
ふぉぉぉ!なに?このハイビジョン画面は!とルミアーナも絶句する。
もう…こんな事まで、できるんなら私なんかいなくてもちゃちゃっとやっつけちゃってくれればいいのに!とつい思ってしまった。
恨みがましい想いを持ちながらちらりとその顔を見ると精霊の表情が少しだけぴくっとした後、ルミアーナの頭の中に精霊の反論が飛び込んできた。
『だ~か~ら~、主が月の石を生み出さなければ黒魔石に対抗もできないし月の石がなければ浄化もできないと言うておろうが!我とて其方がいなければ生まれておらんというのに!』
と、珍しくちょっぴり?いらっとしたような精霊の言い様である。
おっと!心の中ですら、うっかり独り言も言えないではないか!と、思ったが、「そうか…なるほど…」と納得するルミアーナだった。
そして、皆はそこで二人の動向を見守る事となったのである…。




