65.二つの世界にひとつの魂
ネルデア邸では、女達が集まり賑やかに、そして実に呑気で平和な時を過ごしていた。
しかしながら月の石によるルーク王子との連絡が取れなくなっていた。
「ねぇねぇ、リゼラ、フォーリー?ルークに報告って入れてる?」
「あ、それが姫様。全然、王子様に声が届いてないようなんですよ。うんともすんとも返事もなくて」
「そうですよね。日に三度は連絡してきてよねってルーク王子の方が言ってた癖に、もしかして全然、こっちからの声掛けに気づいてないのでしょうか?」
「ん~、何か、あったのかしら?」
「そうですねぇ?そういう事が知りたいからこその、この月の石でしたのに。はっ!まさか、この間のルミアーナ様の月の石が剣で弾かれた時に他の石まで王子の魔法が全部なくなっちゃったんですかねぇ?」
「うわっ!ありうるかもだわ!私にかけてくれてた魔法も消えてしまったものね?髪も目も肌の色も皆、もとに戻っちゃったものね!?」
「あらっ、姫様!そうなると事件の捜査の進行具合もわかりませんし不便ですねぇ?」
「そうよね?人って便利なものに慣れるのは早いけど便利な状態から不便な状況になるとなかなか慣れないっていうかストレス感じちゃうわよね?」
「す?すとれ…何ですかそれ?」
「あ、ああ、不快感…っていうか、面倒に思うって言うか」
「ああ、そうですね。面倒ですよねぇ?のこのこ出て行く訳にもいかないし…どうにか治らないんですかねぇ?」と、リゼラが悩み顔になった。(美人の変顔ってちょっと面白い)と思うルミアーナである。
「そうだ!姫様!姫様の祈りを込めれば治ったりしないんですかね?」
「あ、そうですよ!ルミアーナ様!カーク将軍の剣先も月の石の祝福をお与えになって、治されたではないですか?」
「ああ~、あれねぇ?そうねぇ。ちょっと私の月の石に聞いてみましょうか?」
ルミアーナはフォーリーに勧められ、また石に話しかけてみる事にした。
フォーリーとリゼラは、わくわくしながらそれを見守った。
「ねぇ、ねぇ、ルークと連絡とれなくなっちゃったんだけど治るかしら?」
『問題ない。ただしルーク王子の気が乱れているせいで受け取れないこともあるようだ』
石はすぐに答えて色々と教えてくれた。
やはりルークの方が何事かあり、立て込んでいて意識が遮断されているようで直ぐには連絡が取れなかったようだと。
(う~ん、やっぱり便利、グー○ルやyah○o検索でもこんなに明快な答えはでてこないわ~!と)美羽の記憶を持った上で、思うルミアーナである。
「それで、なんで使えなくなったの?」と、ルミアーナは、ついでに色々きいてみる。
『月の石の祝福を受けた剣で弾かれたせいでルーク王子の込めた魔法がはじきだされたからな』
「あ、やっぱり?でも、フォーリーやリゼラのまで?」
『それは、仕方がない。そもそも血族でもない者には使う能力はない。一旦、ルミアーナの石からの力を受けて初めてつかえるのだから』
(なるほど、ネットでいうとWi-Fiみたいなもんか?)と声をださずにルミアーナは思ったが、石がそれに答える。
『そうだ!その通り!月の石がポケットWi-Fiみたいになっているのだ』
「えっっ!何?月の石!Wi-Fiのこと判るの?えっ?まさか?」とルミアーナは目を見開いて驚く!
「まさかだけど、神崎美羽って言ったら何のことかわかる?」と恐る恐る聞いてみた。
『前の世界の記憶だろう?』
月の石は、さらりと、当たり前のように答える。
「えええええええええええっ!」
なんと!月の石は自分の元の世界にまで精通しているようである!口から心臓がでそうな位ルミアーナは驚いた。
『美羽とルミアーナの魂はもともと一つのものが分かれたものだ。それが同時におきた事故のタイミングで入れ替えられたのだ』
「えええええええええええっ!」
「今、入れ替えられたって言った?入れ替えられたって!?」
『何度も言わなくても我は一度でわかる』
「誰によっ?」
『我ではないがルミアーナの命を救うために神殿の月の石たちが発動したからだ』
「え?命って?」
『もとのルミアーナの体の毒は浄化したものの、心が衰弱しきり、魂に体が引き摺られて眠ったまま回復のみこみがなかった』
『そして美羽の体は事故による衝撃で同じく意識不明…この事故も二つの世界に分けられし、ひとつの魂が共鳴した為、起こるべくして起こったのだ』
「ひとつの魂?」
『そうだ、元の世界での美羽とルミアーナは重なり合いながら現存する異界でたまたま、別れて二つの世界に分かれて生まれたのだ』
『つまり、どちらかが死ねばもう片方も死に、片方の意識がなくなれば片方の意識がなくなる…二つの世界は全く異なるようでいて美羽とルミアーナの鼓動は共鳴して今も尚、生きている』
(何それ!それってつまり元の世界の美羽は生きていて、その美羽の身体にはここで生まれ育ったルミアーナの魂が入っちゃってるってこと?)と心の中で言った。
『そういう事だ!』
(どひゃぁ~!…じゃない!っ!何だって入れ替えたりしたの?いや、私はこれでよかったんだけどね?)と石に念じて伝える。
美羽にしてみれば、憧れのきらきらふわふわなお姫様になれて、しかも理想そのままの強くて逞しいダルタスに出会えたのだ。
多少のドタバタがあっても、恋もできそうない美羽時代より全然よかったと思っている。
でも、きらっきらふわっふわのお姫様から我ながら残念だったあの美羽になったら、そりゃあもう、何だかとっても気の毒な気がするのである。
『大丈夫だ!そもそも、元のルミアーナは心が、か弱かったのだ。魂がもう限界で死にかけていた。だからこそ神殿の月の石達は頑丈なもう一つの魂と入れ替えたのだ。するとルミアーナの心も美羽と同化し、しかも中々あちらの世界を気に入っている。暗殺の心配もなく家族にも大切にされて心も大分、元気になってきたようだ』
(えっ?そうなの?よかった!あっちも良かったんなら良かったよ!私、死んで生まれ変わった訳じゃなかったんだ?)
『もともと、ひとつの魂だから、こちらのルミアーナが元気ならあちらの美羽も元気になる。記憶もとけあい、副作用も少ない…まぁ記憶だけはかぶってしまうので多少の混乱はあるだろうが、いずれ馴染んでいく筈だ』
(ん?え~と?馴染んでいく筈って…前例でもある訳?…こんなこと、私達(美羽とルミアーナ)以外でも早々あるって事?)
『三百年位前に一度…あったくらいだ。早々はない』
(前にもあったんかい!)と思うルミアーナである。
以前もこの世界を救う英雄の生死に関わったとき、もう一つの魂と入替えてその英雄の命と世界を窮地から救ったというのである。
この後、延々と石と話し込んで…と、言っても途中からルミアーナは声を出さずに念じる事で話していたので、見ていたフォーリーとリゼラは訳が分からなくて随分と心配をかけたようだった。
(フォーリーとリゼラには石を使って通信はできても石からの言葉は聞こえないらしい。ここはやはり”血族”とやらの縛りがあるようだ。)
ルミアーナは二人に「月の石と世間話に盛り上がっちゃって~」と誤魔化した。
二人は「世間話なんかもできちゃうんだ」と、月の石の多岐にわたる能力に感心し驚きをかくせなかった。
そして、この後さらに、ルミアーナにとっての真に晴天の霹靂!とでも言おうか、衝撃の事実を月の石に告げられた。
つまり、この二つの世界の魂(美羽とルミアーナ)は、世界を超えてまで入れ替え、延命させるほどの特別な存在なのであると…。
そして月の石はこうも言った。
ルミアーナはこの国…この世界の始まりの場所ラフィリアを救う聖母になるのだと…。




