64.ルーク王子と神殿の魔物
その夜、王城の一室円卓の間では、またもやルミアーナ暗殺(未遂)事件についての捜査会議が行われていた。
今回は神殿捜査に加わったウルバとテスも参加している。
そもそもウルバとテスはダルタスの直轄の部下ではないが、今回はルミアーナに剣を捧げた最も信頼できる者達である。
実力も考慮し、この二人が選ばれた訳である…。
(…と、言うのはたてまえで、葬儀の後、二人とも今にもルミアーナの後を追いそうな勢いで川岸を見つめていたのを慌ててダルタスが拾ってきたのである)
事情を説明しルミアーナが生きていることを知った二人は喜びのあまりに再び号泣したという。
しかし、またいつルミアーナの命が狙われるか分からないという事実は消えていない。
ルミアーナを護る為、二人は決意を新たにさせ、この捜査に喜んで加わった。
余談になるが…。
家出した女性達についても若干、話し合われた。
(と、言うか、これは主に国王とダルタスとアークフィル公爵の話し合いを周りが傍聴しているだけな雰囲気ではあったのだが…)
「王妃と公爵夫人までって、どうすんの?これ?」と、呆れてどこかに放り投げだしたくなるような事態だが、王様もダルタスもアークフィル公爵も、もう、そっちまで気にしてられるか~っ!…という感じである。
いま、二将軍もたまたま?家出先のネルデアの所にいるみたいだし、そっちにいるほうが安全なんじゃないの~?という事になった。
随分と軽い感じもするが、二将軍と元騎士のネルデア、現役バリバリの騎士リゼラという強者たちがいる中、ルミアーナも実は強いのをもう皆が知っているのだ。
「もう、大丈夫だから、あっちは放っておけ!」…という事になった。
ダルタスだけは、またルミアーナの妄想的暴走で振られそうになったらどうしようと言う気持ちもなくはなかったが、事件自体がルミアーナの事である以上、ルミアーナの命に関わる事件捜査が一刻を争う最優先事項である。
どうせ、何言ったって聞きゃあしないのである!というのが、ぶっちゃけ国王とダルタス将軍、アークフィル公爵の一致した見解だった。
皆、ルミアーナの事に必死なのだが、当の本人にはあんまり優しくなっていないことに、あまり気づいていない。
とっても冷静沈着な判断は出来るが、ちょっぴり惜しい男達であった。
なので、この件が片付いても、王とダルタス将軍そしてアークフィル公爵は女達から感謝より先にデリカシー?についてお小言をくらうんじゃないの?と思い、しょっぱい顔をするアクルス王太子とルーク王子だった。
***
さて、本題に入るが、今日、ダルタスが神殿に行き、神官長モブルにカマをかけてみたら、うまい具合に引っかかった。
これまで貴族たち相手にいくら捜査しても得られなかった手ごたえがあった事を報告する。
ルークは無言で唇をかむ。
「大神殿は、”黒”だと確信する。だが、まだ首謀者はわからない。まずは、あの現神官長のモブルは、怪しいには怪しいが小物すぎて、とても政権奪取などをもくろむ程の器には見えない。あれもまた何者かに操られての事だろう」ダルタスが淡々と報告する。
「まさか!ダルタスは、老師を疑ってるの?」と、ルークが椅子から立ち上がり非難めいた言葉を放った。
「ルーク!落ち着け!王の御前だぞ!」とアクルスが弟ルークを窘める。
「ルークよ!とにかく最後まで話を聞け!」と王が静かに言うとルークは苦々しい表情をしながらも椅子に座りなおした。
「ルーク王子。わたしは、何もデュラムン老師を疑っているわではない。首謀者が、あのモブルという小物ではないだろうと思っただけだ。可能性がない訳ではないが、わたしはデュラムン老師の事は疑っていない」とダルタスがきっぱりと言い放った。
ルークはほっと胸をなでおろし続く話に耳を傾ける。
「それについては今日、私がモブルを揺さぶった後、テスが後をつけてくれた結果、もう一つの心配ごとが考えられる事がわかった」
「それは?」
「テス」と、ダルタスはテスに追跡の報告を促す。
「はい、実はモブルをつけていたら、デュラムン老師の郊外での療養先に向かったのかと思ったのですが、裏手の茂みに隠された地下に続くような入り口があり、すぐそこに入っていったんです。わざわざ馬車で出て行ったのは遠くに行くと思わせたかったのでしょう。後をつけて中に入るのは危険だったので外で様子をみていましたが、半時ほどで出て、また馬車に乗り込みわざわざ回り道をして神殿に再び帰っていきました」とテスが報告する。
なるほど、とにかく何か秘密はあるようである。
「ルーク王子、子供の頃から深く出入りしているルーク王子なら、神殿の事は詳しいのではないか?何か秘密の通路みたいなものがあるのだろうか?」とダルタスはルークに尋ねる。
「…たしか昔、老師から聞いたお話の中に神殿には、地下がいくつかの迷路になっていて…その昔、邪気払いに失敗した気狂いの魔法使いを閉じ込めていた部屋があると聞いた事が…でも、それが一体?」不安げな様子でルークは答えを急ぎ欲しがる。
ダルタスは手でまぁ、待てという仕草をして、ルークの言葉を遮る。
そして、もう一つの報告を部下に促す。
「ウルバ!?」
「はい、将軍をお待ちしていた間に、そこいらにいた巫女や巫女見習い。下男などにかたっぱしから声をかけて聞き取りしましたところ、デュラムン老師が神殿を出て行った姿を見た者は誰もいないという事です。中でも不思議に思っているものもいたようで巫女の一人が神官長に尋ねたところ酷く怒られたと言う事でした」
「そ、それって…」とルークの顔が青ざめる。
「そう、ルミアーナの件とどう結びつくのかは謎だが、わたしは、デュラムン老師が、その秘密のカギを握っているのだと思っている。…そしてわたしが今、一番、危惧しているのは老師がまだ生きていて下さっているのかどうか?という事だ!」
「まさか!そんな…」とルークが苦悩に満ちた表情で頭を抱える。
「ルーク王子!まだ、これは推測なんだ。だから教えてほしい。何らかの理由で老師が神殿の中で捕えられているとしたら何処だろうか?」
「…っ」ルークは苦渋に顔を歪ませながら老師との思い出を回想し一生懸命考える。
「わからない…でも、隠し扉…と言えば小さい頃、繰り返し聞いた”開けてなならない扉”の話と、もしもうっかり入ってはならない場所…”魔物の部屋に迷い込んでしまったら”という童話のような話を老師から繰り返し聞いたことがある…」と答える。
「魔物?」
「うん、子供の頃はとにかく、出てくるその魔物が怖くて、寝る前に必ず必死に逃げる時の迷路の順番とか呪文とかを繰り返し唱えてた…」
「なるほど…老師が…。わかった。その話、詳しく教えてくれないか?呪文も」
「いや、それよりダルタス将軍…神殿の隠し扉に…僕も一緒に連れていってくれ…」
「……」ダルタスが、突然、無言になる。
正直いうとルークもまたこの事件の謎を解くカギとなると考えている。
ダルタスにとってそれは、望むべき言葉だった。
だが、しかし…ルークはこの国の王位継承権第二位の王子なのである。
危険が目に見えている場所にのこのこと連れ歩いてよい存在でない事くらい、本人や周りの人間誰もがわかっている事だった。
「いや…ルーク王子がそんな危険な場所に行く必要はない。その繰り返し聞いた物語と呪文を教えてくれ…」
「そんな!無理だよ!迷路の順番も呪文も僕は小さな頃から何度も何度も唱えて覚えてしまっているけど、それこそ凄い量なんだよ。一日二日で覚えられるような量じゃないから!それにその物語通りなら呪文間違ったら死んじゃうんだからね?」とルークが言った。
「…それほど危険なら、尚更、王子のお前…いや、貴方を行かせる訳にはいかないな…三日かかっても四日かかっても覚えるから…」とダルタスがいう。
「無理だね…」ルークは、きっぱりと言い放った。
「なんだと?ルーク王子はわたしが呪文も覚えられないほどの馬鹿だといいたいのか?」とダルタスが眉間に皺を寄せつつ言うと、
「ちがう!無理なんだよ!一か月かかってもこなせるかどうかなんて保証できない!この呪文は言葉だけじゃない!音の長さ、高さまで決まりがあるんだ…」と言い切った。
つまり音階があるという事である。
小さい頃から何度も何度も繰り返し遊びの中で培ってきた者にしか再現出来はしないという…そういう事なのである。
「「「何だって」」」
「まさか」
「「そんな」」
一斉に皆が驚き、落胆する。
「国王陛下!私がついて行くことが、一番、安全に神殿を探れるとわたしは感じております。国王陛下のお考えは如何ですか?」とルークが王に問うた。
そしてルークは、ダルタスに向き直り声を荒げた。
「仮に何か月もかかって呪文や迷路の順番を完璧に覚えられたとして、それでは間に合わないかもしれないじゃないか?ダルタスは、ルミアーナが殺されてしまってもまだ呪文を呑気に覚えるんだなんて言っていられるの?老師だって!もしかしたら神殿の魔物に捕らわれているかもしれない!でもまだ助かるかもしれないのに、ぐずぐずしている間に死んでしまうかもしれないじゃないか?そうなったらどうしてくれるの?ダルタスが生き返らせてくれるとでも言うの?」
ルークは、息継ぎもせずまくしたてて叫んだ。
周りの皆は驚いた。
大人しく目立たない第二王子…。
それが、これまでルークが演じてきた姿だった。
その実、賢く魔法力まで持って生まれた才ある王子である事は王も王妃も王太子も知っていた。
そんな王子が初めて声を荒げ、周りに主張し声を張り上げたのだ。
デュラムン老師に対するルーク王子の想いがそれほどに深いことを思い知る。
周りは誰も口を挟むことすら許されない空気にのみ込まれしんとする。
誰もが何か良い方法はないものかと考えをめぐらす。
答えは出ず、沈黙のままの時が過ぎた。
そんな中、王が重い口を開いた。
諦めにも似た重い口調ではあるが、きっぱりと言い放つ。
その言葉にもう、迷いは感じられなかった。
「わかった。ルークよ。其方には私から王命を下す」
「ダルタス将軍の指示に従い、将軍と共に神殿に潜入し事実を突き止めこの事件を解決せよ」
「はっ!承知致しました!」ルークは王に礼をとりダルタスと目を合わせる。
僕の覚悟は変わらない!だから将軍も覚悟を決めてくれと…言葉になどしなくとも、それは、ここにいる全ての男達の胸に響いた。
そしてダルタスは頷き、礼をとり王と王子に宣言した。
「我、ダルタス・ラフィリアード!この命に代えてもこの国の王子ルークを守りこの事件の解決を誓う」と…。




