63.怪しい神官長
葬儀の翌日、ダルタスは婚約者の弔いと称して神殿に来ていた。
昨晩の円卓の間で話し合われた今回の事件に神殿が関与しているのでは?と言うダルタスの意見にルーク王子だけは最後まで同意しなかった。
神殿はルミアーナの命を救ったのだと!奪ったりなどするはずがない!と…。
魔法力を他の者より強く宿して生まれたルーク王子は清き教えを学ぶため、幼少期、多くの時間を神殿で過ごした。
ここで言う『清き教え』とは持てる能力の正しい使い方や制御の仕方、そして邪気に取り込まれないための精神の鍛錬の事を指す。
幼い頃から、関わってきた神殿はルークにとって、もう一つの家のようなものだったのかもしれない。
特に、現神殿長のクムン・デュラムン老師とは老師がまだ神官であられた頃からの親代わりのような存在だった。
まだルーク王子が生まれたばかりの頃は、他国との争いが終わったばかりの頃だったので、親である国王夫妻も今より公務が忙しく、神殿に預けられたままの時間が長かったせいもあっただろう。
(神殿と関わりが深いルークが協力してくれたら、もっと簡単に奥の奥まで調べられるのに…くそっ)
そう思うと同時に、ルーク王子の立場を思えば理解することもできた。
「無理もないか…」
ダルタスもまた家族との縁が薄く、祖母との時間より軍に入隊してからの生活の方が、合っていた。父の親友だったという当時の上司達が親代わりのようなものだった。
現在、三将軍の一人(王都を守護する将軍)という地位を得た今でも、その上司達には頭が上がらない。
今は、南東を守護するアルフ・ソーン将軍と西北を守護するカーク・ディムトリア将軍の二人である。
その彼らが反逆の疑いアリなどと言われようものなら自分だって怒り狂うだろう…。
それを思えばルークはまだ冷静なほうかもしれない…。
ただ、これはルミアーナの命に関わることである。
例え相手が誰であろうとほんの少しでも疑う余地があれば突き詰めて調べていかなければならない。
「本当に何もないならないでよい。全ての可能性を調べるのだ!」と国王が命を下した。
そして、ダルタスは、とにもかくにも大神殿に来たのである。
「これは、これはダルタス将軍。昨日はどうも」と、神官長のモブルが出迎えた。
「手数をかける。亡き婚約者の冥福を祈り寄付をしたいと思ってな…。どのようにしたらよいかも分からぬので相談したいのだが…」と、ダルタスが言うと、モブルはパッと顔を輝かせた。
「なんと!ご寄付を!?」
「うむ…ルミアーナには何処にいこうとも安らかにあってほしいと思っている。自分の手の届かぬ所へいってしまった今では神に祈るしかなかろう?」と、目を伏せながら言った。
するとモブルは、いたく同情したような顔つきでダルタスを慰めるような言葉をかけた。
「なんと、ルミアーナ様の事をそれほどまでに…きっと神は、ダルタス様の想いを受け止めて下さりますとも!」
「さあ、では従者の方々は、ここでお待ちください。ダルタス将軍は、こちらへ…」と、一人だけ聖堂へと案内される。
ダルタスは、部下達に、目配せして周りを探るように指示する。
今回、従者として付き添ってきた部下二人。ウルバとテスは、そこで待つふりをして中を調べ始める。
聖堂に入ると”祈りの場”が設けられ、そこに膝をつき祈りを捧げるよう勧められる。
そしてダルタスは用意していた寄付金の包みを神官長モブルに渡す。
すると神官長モブルは随分と気を良くしたようでダルタスに話しかけた。
「ありがとうございます。勇猛果敢でお噂の高いダルタス将軍がこのように信心深く、お祈りやご寄付に迄いらして下さるとは…有り難い事でございます」
「いや、神殿や神官たちには敬意を払っている。ルミアーナも一度は神官たちの祈りと月の石で助けられたと聞いている」と、ルミアーナと月の石の事をふってみると一瞬、神官長モブルは表情をこわばらせたが、すぐに取り繕った笑みを浮かべてうんうんと相槌をうった。
「ところで、神殿長は、お加減が悪く療養中と伺ったが、今はどうされていらっしゃるのだ?」と聞くと、今度はあから様に動揺を見せた。
「あ、ああ…そうですね、神殿長様は、その…郊外の別の静かな場所でご療養中で…」
「そうなのか?」
「ええ、ここには、いらっしゃいませんのでお会いにはなれません。残念ですが…」
「そうか…では、お会いすることも無理だな?そんなお悪いのか?面会も出来ぬほどなら大変だ!よい医者を知っているから紹介しよう」
「えっっ!いえっっ…そんなにお悪い訳ではっ…!だ、大丈夫です。ちょっと空気のよい所でご静養されているだけなので!」
「おお!良かった!では、その場所まで出向けばお見舞いも可能なのだな?」
「えっ!いやっ!それはっ!」と見るからに焦り、額からは汗が噴き出ている。
「いや、じつは其方も知っているだろう?ルーク王子にとってクムン・デュラムン老師は小さい頃からの”恩師”だ。見舞いに行きたかろうと思っていたのだ」
(そんなことは、たった今思いついた嘘八百だがダルタスは神官長モブルの反応をみる)
「いっいえ、でも、やはり療養中なので…ああ…」と言葉をにごす。
「ん?其方、そんなに悪い訳ではないと言ったではないか?」
「いえ、それは、言葉のあやと言うか何というか…と…とにかく、お見舞いはお断りされていらっしゃいますので…」とつっかえながら答えた。
顔色は赤くなったり青くなったりしている。
「そうか…残念だ…だが」と、言葉をつなごうとしたところ神官長モブルが言葉を重ねてきた。
「ダルタス様、お祈りの時間が無くなってしまっては申し訳ございません。午後からは、別の信者の祈りの予定が入っておりますので!ああ、それに私、急ぎの用を思い出しました。申し訳ありませんが今すぐ失礼を!」と言うや、そそくさと逃げるようにしてその場を出て行った。
ダルタスはその広い聖堂に一人残された。
「やっぱり…めちゃくちゃ、怪しいな…ふん」とダルタスは腕をくんだ。
そしてダルタスはきょろきょろと周りを見渡す。
ここに自分が警戒もせず通されたという事はここには、手掛かりはなかろう…。
老師はどこに…本当にどこか別の場所にいて神官長モブルに指示を出しあやつっているのか?
それとも他の誰かにすでに亡き者にされている?
様々なパターンを考えてみるが、神官長モブルがじつは黒幕…という説だけは一瞬、考えたものの、あまりにも”小物”感を感じてすぐに思考から却下された。
「いや、ないな…。それは」
祈りの時間がすむと巫女の一人が呼びに来た。
ダルタスはドアをたたく音がすると慌てて、祈りの場で膝をつき、さも祈り続けていたかのように神妙な顔を作った。
扉が開き、巫女が声をかける。
「お時間です。ダルタス将軍閣下、お疲れ様です」と声をかけられた。
「おお、もう?祈りに夢中でそんなに時間がたったとは気づかなかった」とさらりとうそぶく。
「まぁ、熱心にお祈りされていらしたのですね?姫君もお喜びになられている事でしょう。きっと姫君は天国で閣下を見守ってくださりましょう」と言巫女は、ダルタス将軍のルミアーナ姫への真摯な想いに心を打たれ慰めの言葉をかけた。
「ところで、神官長殿はどちらへ?最後にお礼を言ってから帰りたいのだが…」
「まぁ、閣下。もったいなきお申し出なのですが神官長は急な用事とかで慌てて馬車で出かけてしまいました。真に申し訳ございません」と巫女が答える。
「そんなに慌てて?ですか」
「はい。申し訳ございません」
「いや、結構。それでは、私もこのまま帰ることにしよう。世話になった」
巫女に軽く礼を言い、ダルタスはひるがえり、巫女を背にすると確信したようににやりとした。
外にでるとウルバだけが待機していた。
「よし」とダルタスが頷き、ウルバがにっと笑みを浮かべる。
「無事にテスが後を追っております」とウルバが言うと
「必ず尻尾をつかめよ…」とダルタスが呟いた。




