62.女達はこぞって家出する!
ルミアーナの葬儀が厳かに行われていたその時、二頭立ての馬車が数名の護衛騎士を伴って郊外に向けて走り去った。
王妃グラシアと公爵夫人ルミネはルミアーナの葬式には出ず、お忍びでネルデア邸を目指していた。
二人はお忍びという事で簡素な馬車に簡素な服装で乗り込んだ。
道中、馬車の中でグラシアとルミネが憤慨しながら語り合う!
「全く!私たちの可愛いルミアーナの葬式だなどと!いくら何でも無神経にもほどがあるわ!いくら死んだことにするといってもあんなに派手なお葬式までして!」
「全くですわ!王妃様!殿方たちの無神経さにはいい加減、我慢の限界ですわ!」
「この際、私達も家出よ!家出っ!ルミアーナはルークの話によるとネルデアの所にいるとの事よ!私もネルデアにずっと会いたかったし!あ!もちろん、ルミアーナにもね!」
「私も娘に会いたいですもの!お誘い頂けて本当に嬉しゅうございますわ!王妃様!」
「あらっ!今はお忍びよ!ルミネ!王妃様は、まずいわ!せめて名前で呼んでちょうだい」
「まぁ、これは失礼いたしました。ではグラシア様と?」
「そうね、本当は呼び捨てにしてくれても良い位なのですけどね?何といっても”お忍び”ですし」
「まぁ、ご勘弁下さりませ。グラシア様」
ほほほ、ふふふと笑い合い馬車は一路、郊外のネルデア邸へ向かうのだった。
***
気のあった淑女二人のおしゃべりは旦那の愚痴から娘の話。王子たちの話。着くまでの時間、尽きる事なく半日近くかかった筈の道のりもあっという間のように感じられた。
(暗殺未遂事件があったというのに、その緊張感を微塵も感じさせない実に大物?な二人の淑女である)
ガタンと、軽い衝撃とともに馬車が止まり、御者が声をかけ扉が開かれる。
ネルデア邸である。
小高い丘の上。
庭園には見習い騎士たちの訓練の弓場や馬場があり、何人かの若い見習いたちが訓練にいそしんでいる様子がうかがえるが、その中にどうやらルミアーナの姿は見当たらない。
「奥様方。着きましてございます」と、お忍びであることを心得ている従者が二人を”奥様”と呼び、声をかけた。
二人は馬車からでる。
すると馬車に気づいた、ネルデア邸の家令が走り寄る。
簡素な馬車で簡素な服装とは言え二人の気品や美しさは隠せるものでもなく、また服の布地も色こそ控えめだが、よくよく見るととても庶民に買える筈もない高級品である。
目ざとくそれらを認識した家令は只ならぬ賓客が訪れたと身をひきしめる。
「いらっしゃいませ。只今、主人を呼んでまいりますので、どうぞ中にお入りくださいませ。お名前をお伺いしてもよろしゅうございましょうか?」と丁寧に出迎えた。
「義理姉妹のグラシアが来たとお伝えなさい」
家令は一瞬、眉をひそめたがはっとした。
直ぐに、この貴婦人が生前のネルデアの夫の妹君。
義理の姉妹にあたるグラシア王妃であることに気づいたのである。
家令は恐縮しながらも二人を客間に案内し、慌てて主人であるネルデアを呼びに下がった。
***
「まぁ!まぁまぁ!王妃様っ!」驚きの声をあげながらネルデアが部屋に入ってきた。
「ああ!ネルデア!会いたかったわ!元気にしていて?」と涙を浮かべながらネルデアにぎゅうっと、しがみつく。
王妃のきつい抱擁にちょっと「ぐぇっ」っとなりそうなネルデアだったが、懐かしさとグラシアとの義姉妹の情に胸が熱くなった。
「けほっ、わ、私も、それは会いたかったですけれど…一体、どうされたのです?国王陛下は知っておいでなのですか?」とネルデアが訪ねる。
「家出してきたのよ!ここにルミアーナがいるでしょう?」あけすけに王妃が言う。
秘密も何もあったものではない。
「えっ!あら!それは、えっと!」と口ごもり、ちらっと一緒にいる女性を見やる。
上品で美しく面差しがルミアーナにとても良く似た大人の女性である。
「あ、もしかして、こちらのご婦人は?」と王妃に尋ねると王妃がにこやかに答える。
「ああ、そうね!紹介が遅くなってしまったわ!ネルデア!こちらはルミネ・アークフィル公爵夫人、ルミアーナの母君よ!ルミネ!こちらは、ダルタスの母、ネルデア!ネルデア・ラフィリアード公爵夫人よ!」と二人を交互に紹介する。
「ああ、やはり!ルミィにとても良く似てらっしゃる…」と呟く。
「ルミィ?…ああ、やはり娘は此方にお邪魔しているのですね?ネルデア様。娘に会わせて頂けまして?」とルミネが涙ぐみながら懇願する。
ルミアーナの命がまたも狙われたと知って以来、心配のし通しだったのである。
その切ない思いのこもった懇願にネルデアも切なくなる。
「もちろんですわ、ルミネ様。今すぐにでも!」と召使にすぐにルミアーナを呼んでくるよう申し付けた。
ほどなく、淑女とは言いがたい走るような足音が三人分バタバタとしたかと思うと、客間の扉が、これまた上品とは言い難い勢いでバンッと開かれた!
「お母様っ!」
「ルミアーナ!無事ねっ!」
ルミアーナは母に駆け寄り抱き着く!そしてルミネが、ルミアーナをしっかりと抱きとめる。
「もうもう!この娘は!本当に心配したんだからね!」とほっぺをつねる。
「お、おひゃあさま!ごめんなひゃい~!」とほっぺをつねられながらも嬉しそうに母に答える。
二人のその姿に、グラシアとネルデアはほっこりとして笑顔になった。
リゼラとフォーリーは、冷や汗をかきながら、ルミネに頭を垂れる。
「お、奥様!申し訳ございません。家出をお止めもせず…」
「わ、私も同罪でございます。お叱りも覚悟しております」
と、フォーリーとリゼラが、汗をかきかきルミネにひたすら謝る。
「まぁあ、何を言ってるの?ルミアーナは家出してなかったら、王城で死んでいたかもしれないのよ!それに貴女達が一緒だと思っていたから安心していたのよ!あの事件がなければ、今頃まだ呑気に王妃様とお茶会でも開いていたわよ?」ルミネは何をいってるんだと言わんばかりに目を見開いて二人に言った。
そして、労りと感謝に満ちた言葉をかけた。
「ルミアーナをいつも護ってくれてありがとう。いくら感謝してもしたりないくらいよ」
「奥様…」
「奥様ぁぁ~」
と、二人は感極まり、ぐっと涙をのみ込む。
さすがは母娘!こういう時の受け答えはルミアーナもルミネもそっくりなのである。
下の者にも優しく気遣いを忘れない素敵な母娘なのであった。
そして、ネルデア邸は、一気に賑やかになった!
この急な貴婦人たちの来訪にたまたま滞在していた二将軍もびっくりする。
ルミアーナの母親であるアークフィル公爵夫人ルミネはともかく、よもや王妃グラシアまで乱入してくるなど、誰も思わないだろう。
ひたすら一生分の”びっくり”をここでの数日で味わう二将軍なのであった!




