61.大神殿への疑惑
ルミアーナの葬儀も終わりに近付き、参列した王侯貴族を全て食い入るようにダルタスは見ていた。
もちろん要所要所に隠密部隊をおき参列者を装わせ探らせている。
ダルタス自身これまで王侯貴族は散々調べ上げた後なので、新たな容疑者はやはり見当たらなかった。
しかし、王族や公爵家と深いつながりがあるにも関わらず一か所だけ調べていないところがあることに、ここに至って気づいた…。
「神殿の…?」
今回、葬儀を執り行ったのは、最近、体を壊した神殿長の代理できた『神官長のモブル』という男である。
一見して人当たりもよく、ルーク王子とも親しげだ。
しかし、何かが引っかかった。
やたら死体を確かめたがっていた事もだが、それ以上にルミアーナの部屋のベッドに据えられた『月の石』を目にした時の目が、異常なまでの執着を孕んでいるように見えたのだ。
***
あの時、神官長は、アークフィル公爵にいきなり核心に触れてきた。
ダルタスは壁際で腕をくみ、静かに二人のそのやりとりを傍聴していた。
「公爵様、ルミアーナ様は、本当にお亡くなりになられたのですか?」
「は?何故そんな事を?」
「いえ…何か、一年以上もの眠りから、我ら神殿の祈りにより生きながらえてようやくお目覚めになった姫が…こんなにも早く逝ってしまわれるなどと…おいたわしく思ったまでのこと…。他意はございません」
「そうでしたか…。神官様方にはご尽力頂きましたのに、こんな結果になり申し訳ない限りです。私とてこれが夢だったらどんなにか良かった事か…。妻などは悲しみのあまり寝込んでしまい葬儀にも出られぬ有様でございます」と、アークフィル公爵はハンカチで目を押さえる。
「ご心中、お察しいたします。ところで月の石ですが…」
「はい?」
「いえ、ご令嬢がお亡くなりになったばかりの今、申し上げるのは私も大変心苦しいのですが、ご令嬢の延命の為に貸し出されていた神殿の月の石をご返却頂きたいのです」
「なんと…神殿長からは、ルミアーナの為に授ける…と、伺っておりましたが?」とアークフィル公爵が答えると
「何か手違いがあったようですな?あれは、神殿の持ち物で、あくまでも、一時的に貸し出していただけに過ぎません。ましてやルミアーナ様亡き今、神殿に戻すのは至極、当たり前の事です」と強い口調で言い切る。
その強い口調にアークフィル公爵は少し驚いたが、すぐに気を取り直して神官長に応える。
「左様でございましたか。かしこまりました。では月の石はお持ちください」と答えた。
その答えにぱっと表情を明るくさせた神官長モブルは、急に愛想をふりまくように、アークフィル公爵に言葉を続ける。
「いやあ、すみませんね。何しろあれは神殿にとっても大事な宝ですからな…そもそも、いくら延命の為とはいえ、貸し出す事すら恐れ多いものでして…いえ、公爵令嬢様の恩為でなければ神殿から持ち出す事すら叶わなかったでしょうな」と付け加える。
そのねっとりとした恩着せがましい言い様に、アークフィル公爵はむっとしたが表面上はそんなそぶりなど見せずに対応した。
「…恐れ多い事でございます。では早々にお持ちくださりませ」と言いルミアーナの部屋へと案内しようとした。
「またれよ。アークフィル公爵殿!ルミアーナの部屋に行くのなら私も行ってよいか?」とダルタスが声をかけると神官長モブルは、一瞬、ぎょっとした顔になりダルタスはそれを見逃さなかった。
この神官…神官長という事だが何か怪しい?
アークフィル公爵は、ダルタスが何か不信を抱いたことに気づき機転をきかせる。
「勿論でございます。ダルタス将軍!貴方様は娘の婚約者だったのですから、どうぞ形見の品なりお選びになりお持ち帰りくださいませ!ささっ!どうぞご一緒に」とダルタスを手招く。
ルミアーナの部屋に着くなり神官長は目の色を変えるように月の石を探す。
そしてベッドの四隅に備え付けられたそれを見つけると慌てて駆け寄りむしり取ろうとした。
「ああ、神官長モブル殿、その様に無理やり外しては手にも傷がつきましょう。横の留め金で外せるようになっておりますので、召使いにお任せ下さい」と、アークフィル公爵が言い、呼び鈴で召使いをよびよせた。
そして召使いにより取り外された月の石は、持ち込まれた時の木箱に収められ、神官長モブルに手渡された。
「おおお!これはなんと立派な…素晴らしい!まごう事なき”月の石”です。すぐに神殿の宝物庫にしまわなければ…」と、血走った眼で月の石を見ていた。
その異様な表情に、ダルタスとアークフィルは、一瞬、眉をひそめそうになったが、気づかぬふりをして、見送った。
***
参列者もすべて引き払ったあと、一同は、アークフィルの屋敷から王城の円卓の間に場所を移し、男達だけで緊急会議を行った。
ダルタスとアークフィル公爵の見解は一致していた。
神官長モブルが、ひいては神殿が怪しいと。
しかし、この意見にはルーク王子が反論した。
「神殿が何のために?ありえないよ」
「月の石が目的だったとしたら?」とダルタスが問う。
「それこそ、何のために?あれは石が主を選ぶんだから、石がルミアーナを選んだ以上、誰もあれを使いこなすなんて事できないよ?」
「主が死んだらどうなんだ?」
「え?」とルーク王子が固まる。
「なるほど…な」と王が頷く。
「主のいなくなった月の石は次の主を受け入れる…という事か…」
「え?でも…神殿では”月の石”を管理するだけで、人の手によって主は定めずというのが原則です。それは代々、血脈を守り続けてきた王家ですら破ってはならない禁忌の掟です。神殿がそれを破るなんてありえない…」とルークは青い顔で答える。
「その尊き教えは誰から?」
「今の神殿長、クムン・デュラムン老師です。僕が教えを受けた時はまだ神官長でいらした…」
「その神殿長は今は?」
「今は、体調を崩されて療養されていると現神官長のモブルが…えっ?まさか?」
ふと、今さらながらにモブルの様子が何やらそわそわと落ち着きのなかった事を思い出す。
しかし、心を読んだりはしなかった。
ルークにとって神殿の人間は疑う対象には、なかったのである。
「小さき頃から王城より神殿で過ごす事の多かった其方には、にわかには信じがたいだろうが状況からみても今、一番怪しいのは神殿だ…詳しい事はまだ分からぬし…デュラムン老師が直接関わっているのかどうかも分からぬが、大神殿が月の石を欲しているのは間違いなかろう…」
「その石を操るものはこの国の未来を左右する…」王がその言葉を唱えた。
「最悪の筋書きは、神殿の政権奪取だな…」と、ダルタスが王の言葉を繋ぐようにつぶやいた。
大神殿と王家…。
この均衡は危うい。
どちらも国の繁栄の導き手であり政権は時代によって取って変わっている。
そして魔法力のある者の心は闇にも理想にも捕らわれやすい。
魔法力あるものが悪しき魔法使いになることを恐れ、その才が見いだされた者は小さき頃より神殿で清き教えの元で神官となるべく教育される。
ルークのように王位継承権のある者は神官にはならないが、やはり神殿での教えをきつく学ぶのである。
しかし、もしも神殿の長がその悪しき心に捕らわれたら?
いや、でも悪しき心、邪気を月の石は拒むはずである。
だが、それが信念を持った理想を掲げたものであれば、どうだろうか?
もしも権力を手に入れたいと望んだら?
自分こそが民を収め平和を導くに相応しいと…あくまでも正義の名のもとに清き心で理想を掲げた時に月の石はどう判断するのか?
魔法力ある者はまた血族である者の可能性も高いのである。
魔法力ある者は、貴族でも王位継承権四位以下の者は神殿に入れられる。
つまりかなり高位の貴族でも神殿で暮らすのである。
ルミアーナが亡き今、月の石の主に名乗りをあげようとする者が、神殿の中で、いるのかもしれないという事である。
ちなみにクムン・デュラムン老師は、現王の叔父で王位継承権は神殿に入った時、第四位の王族だった…。




