59.特別な存在
魔法が溶けて、本来の姿に戻ったルミアーナ。
ルミアーナは、死んだ事になっている自分が素顔丸出しの状態で外にでる訳にもいかず、今度はネルデアの屋敷におこもりする羽目になったのだった。
ネルデアに手をひかれ皆の集まる客間に行くと、神妙な面持ちのカーク将軍が頭を下げて謝ってくれた。
「その、先ほど、リゼラ殿から事情は聞きました。事情を知らなかったとは言え大変申し訳なかった…」
「いえ、こちらこそ性別や見た目を偽って申し訳ありませんでした」とルミアーナも頭を下げる。
ネルデラの若い頃のドレスを纏ったルミアーナは見た目は非の打ち所のない美しくうら若き淑女である。
「ルミアーナ様、カーク将軍はルミアーナ様が何かに憑りつかれていらっしゃるのではないかと誤解されたようなのです。そして石から魔法の気配を感じ、もしやそれに操られているのでは?と助けるおつもりで石を剣ではじいたという事なのですわ」
「まぁ、じゃあ、私を助けるおつもりで?」とルミアーナはカーク将軍をみる。
「う…そうなのだ。うっすらと見えた石の光に、まさか伝説の月の石だなどとは夢にも思わず、てっきり呪いのこめられた黒魔石のような魔法石だとばかり……」
そもそも魔法石は魔力を持つ者、いわゆる魔法使いなら誰でも取り扱える石である。
しかし、石によってその力や力の大きさ、特性は様々である。
正しく使えば、いかんなく力を発揮するものの、中には、すでに何者かによって念のこめられたもあり、その場合、持つ者によってはその念に取り込まれたり操られたりする恐れもあるのだという。便利な反面、危険な石でもあるという。
しかし、月の石はそうではない。絶大な魔法力を宿しながらもその存在は別格なのである。
月の石は主を選ぶ。
血族であること、心に穢れをもたぬこと、その石を操るものはこの国の未来を左右すると言われている。
大地への恵みや祝福がこもった石…この世界を作りし七人の魔法使いの祝福を受けて世界を豊かにと願ったお守りのような石の欠片が魔石であり、その結晶が月の石である。
つまり月の石は、この国を創り出した始祖七人の創り出した最強の『祝福の石』なのである。
そして魔法石とはその魔石と月の石の間で突然変異した…イレギュラーなのである。
月の石ほどではないが、魔石と比べ力をもった魔法石は魔法使いにとっては、最強の魔法増幅のアイテムであり、闇で高く取引され悪用されることも少なくはない。
そして残念なことに、祖始の魔法使い達が亡くなってから何百年もたった現在では、純粋な月の石はほとんど現存していない。
時折、魔石が自然と時間の中で地層に埋もれ凝縮したものが魔法石となり発掘されることがあるという程度だ。
純粋な月の石は、この国で最も古く由緒ある、神殿のみにいくつか残されているだけだという代物である。
そんな希少な石がほいほい首にぶら下がっているなど、誰も思う筈もないのだからカーク将軍がそれを魔法石だと勘違いするのは、むしろ当然のことだった。
(※ちなみにこの石をルミアーナが生み出せる事はさすがにまだ秘密である)
「それで、私が今ルミアーナと呼ばれても驚かれなかったという事は、その辺の事情もリゼラの方からお聞きになりまして?」
「あっ!ルミアーナ様…申し訳ありません。私、もう隠しきれないと思い勝手に…全部…」
「ああ、良いのよ。こっちも全部お伝えしたから、この国の三将軍のお二人をごまかしきれる訳もないでしょうし、中途半端な情報でまた誤解されたら、それこそ大変だもの。説明してくれて助かったわ。ありがとう」
ミウだった時にはない主人らしい言葉。
その言葉には気遣いとねぎらいが込められており、ルミアーナがただの甘やかされた公爵令嬢などではなく、とても良い主人であると見て取れた。
その事にカークもアルフも驚きとともに感心する。
「まさか、小僧の恰好して俺をちぎっては投げする娘が、実は魔法で姿を変えた公爵令嬢でダルタスの婚約者…なんて誰も想像つかないよなぁ~」とアルフが言うと、
「あ!申し訳ありません。投げちゃって…何か…ルーク王子から伝言で、帰ってくるなってダルタス様が言ってると聞いて、何かもう…悲しくて…八つ当たりしちゃったみたいです。ごめんなさい」とルミアーナは素直に謝った。
「おおお、あれは、八つ当たりだったのか…なるほど、そういや目が据わってたな」とアルフは納得した。
「あっ、そう言えば、ルミアーナ様!月の石!」と言って、リゼラはアルフが拾ってくれた石をルミアーナに渡した。
「あっ!私の月の石!無事だったのね?」
「あ、それがそのう…ルミアーナ様の月の石は無傷なのですが、カーク将軍の剣先は欠けちゃったみたいで…」
「まぁぁ!剣が!それは大変!」
「い、いや、私が切りかかったのだから自業自得だ。姫君の気にされる事では…」とカークが、うなだれながら言う。
実は結構ショックだったようである。
そりゃあ、そうだろう。
「いいえ!剣と言えば武人の魂!しかも、私を助けようとしてですもの!はっ!そうだわ!」
ルミアーナは、何か思い付いたようである。
「剣を見せてくださいませ」とカーク将軍に剣を抜いてみせてもらう。
そして、ルミアーナは、月の石を両手でおおい、話しかける。
「ねぇ、何とかならないの?弾かれてびっくりしたんでしょうけど私を護ろうとして下さったのよ?」と石に話しかける。
月の石はまたぽうっと水色に光って、ルミアーナの頭の中に応える。
『できる。その剣先に我を近づけてみるがいい』
「あ、あら!何だかすごく流暢に聞こえる!おしゃべりが上手になったのね?」とルミアーナが言うと
『違う!主の方が、魔法に慣れてきただけだ。我が発するのは言葉ではなく意思!思念だから受け取る側の問題だ』と、答える。
「あ、そうなんだ。それはそれは失礼しました」と言うと
『問題ない。主には聞かれた事だけ答えると怒る事があると我は学んだから、ひとつ補足しておくけれど、あの者の剣は月の石から祝福をうけし剣だから、我…月の石を傷つける事などできない…』
と答えた。
お、おおお、すごい!なんか月の石が、めっちゃ成長しているっ!
あ、私もか?私も月の石との会話に慣れてきたってことだよね?
と、思いつつ月の石の指示どおり剣先に石を近づける。
石は銀色に光り剣先を覆った。
『主よ。祝福を…』
「え?祝福ってどうやるの?」
『願いをこめればよい。欠けたところにそれを我が練り込む』
月の石の急なリクエストに戸惑うが慌てつつも頑張るルミアーナである。
「え!え~と!うん。とにかく、やってみる」
何か、とにかく祝福っぽい事をすればよいのよね?と理解して月の石をあてがいながら言葉を紡ぐ。
「いかなる時も主を護る剣となれ!我、ルミアーナ・アークフィルが、ここに祈りを込めて祝福を!」と欠けた剣先にそっと触れた。
すると、ぱんっと光が弾けて剣先は見事に元に戻った。
ルミアーナが(うっわ、べ、便利ぃ~魔法みたい…)と心の中で呟いた。
すると『魔法だ!』と、そっけなく月の石が答えた。
「あ、そっか、えへへ」と月の石相手にボケるルミアーナだった。
周りは呆気に取られていたが、カークが口を開いた。
「おおお!凄い!ルミアーナ殿の祝福で剣が元にもどった!かたじけないっっ!」と喜びうっすら涙まで浮かべて感謝する。
「すごいわ!ルミィ!」
「さすがです!姫様!」
「ルミアーナ様いつの間に祝福なんて出来るように!」
「おおお!なんか、ほんとに凄えな!」
その場面を目の当たりにした面々、ネルデア、フォーリー、リゼラ、アルフが、一斉に驚きを口にした。
皆、それはもう、めちゃくちゃ驚いていた。
「いえいえ、月の石の言う通りしてみただけですから…」と、石が凄いだけだとルミアーナが、にっこり答える。
周りからしてみれば月の石を持ってるだけでも凄いのに、その月の石と何やら会話していたことにもさらに驚きである。
石の言葉は周りには聞こえないのでルミアーナのセリフだけが聞こえていた訳だが、石が語っている時は時折色のついた光が浮き上がっていた。
その光景は幻想的で否が応でもルミアーナが特別な存在であると感じさせられた。
本人は全く自覚はなかったが…。
そしてその後、大人たち(ネルデア、アルフ、カーク)は、ひょっとして、その特別な存在である事が、ルミアーナが命を狙われた原因では?と推測するのだった。




