57.謎の騎士見習い?ミウ
とりあえず何とな~くその場は和み、笑いまでもれて結果オーライな感も無きにしもあらずな雰囲気にはなったが、カーク将軍だけは何か腑に落ちず考え込んでいた。
先ほどの、凄まじい光景が頭から離れないのである。
柔道など当然知らないカーク将軍にしてみれば、ミウの小さな華奢な体でアルフの巨体をあっさり投げたり転がしたり、まるでミウが魔法でも使ったのかのように見えた。
”てこの原理”なんてものは知らないし、何か悪いものでも憑いているんじゃないかと疑う。
それまで普通にしていたミウが急に人が変わったようにアルフをちぎっては投げしたのも何かに憑りつかれているのなら納得出来る。
実際は、ダルタスに帰ってくるなと命令されたのがショックでとち狂っていただけなのであるが…その鬼気迫る勢いは真に夜叉の如き勢いだったのだからカーク将軍が”魔物憑き”を疑うのも仕方ないのかもしれない。
それくらいの勢いだったのだ。
それなのに、何なのだ?アルフもだが、この女性たち三人は普通にミウの事を「強いのね~♪」という一言で済ませて受け入れている?
それも併せての驚愕である!
しかし本当に憑りつかれているのなら、そんな物騒な人間を子供とはいえ大切な友人ネルデアの所には置いておけない。
それに本人も無自覚なだけなのかもしれない。
いずれは、体すら乗っ取られ死んでしまうかもしれない。
でも一体、何が、こんな子供に憑りついているというのだろうか?
じっとミウを観察しているとミウの胸元からうっすらと青白い光が透けて見えた。
カーク将軍は微かだがそこから魔法の気配を感じとった。
「それか!」とカーク将軍は剣に手をかけミウの胸元にあった月の石を弾き飛ばした。
肌一枚切ることなくブラウスのほんの一部と月の石だけが剣にはじかれる。
真に剣の達人の紙一重の技である。
「「「「きゃああああ~っ」」」」と切り付けられた本人と女性陣みんなが叫ぶ!
ルークの魔法を込めた月の石が弾かれ強い衝撃を受けたせいで、ぽうっとミウの体が青白く光るとルークがミウにかけていた魔法が弾けて消えたのである。
「あああああ~!ルークの魔法が!とけちゃったぁ~」とミウが胸を隠すように押さえてしゃがみ込む。
「「「あああ~」」」と、三人(ミウ、リゼラ、フォーリー)は情けない声をだした。
驚いたのはアルフ、カーク、ネルデラである。
全くもってルミアーナは歩くびっくり箱のような娘なのだ。
(ダルタスが気をもむのも致し方ない)
カークは魔法の溶けたミウをみてびっくりである。
いや、カークだけではなく他の皆も、びっくりなのだが…。
ルークの魔法の込められた月の石がカーク将軍の聖剣に弾き飛ばされ、その強い衝撃に一瞬強い光が漏れこぼれるように放たれミウに施されていた魔法が溶けた。
清らかな光を纏って魔法が弾け散り、そこから現れたのはミウの本来の姿。
柔らかに淡く輝く金の髪
透けるような白い肌
ほんのり蒸気した桜色の頬と唇
どんな美しい宝石さえかすみそうな程に碧く輝く瞳
公爵令嬢ルミアーナの真の姿である。
カークは別の意味で驚いた。
もっと禍々しいものが飛び出すと思っていたのである。
「え?妖精か?え」とカークが言葉をもらすと、リゼラとフォーリーが、同時に「「人間ですっっ!」」と叫んだ!
「えっ?ルークの魔法って、あのルーク王子の事なの?」とネルデアが言う。
「そうです。私が外出するときはいつも、本来の自分のまんまだと目立ってしょうがないからって、ルークが魔法をかけてくれてたんです。見た目だけでも地味にって…」
「え?わざわざ醜くしてたのか?」とアルフが言うと、
「失礼なっ!姫様はミウの時だって、可愛らしいですわ!醜い訳ございませんっ!」と、怒りを露にしたフォーリーがびしっとアルフ将軍に言い切った。
う~ん!フォーリー。すっかり逞しくなっちゃって…私のせいだよね…ごめん…と、ちょっと思うルミアーナである。
「お、おおお、確かに、小僧の格好でもあたら綺麗だったな…すまん」とアルフ将軍はものすごく素直に謝った。
「や、でも今の姿は綺麗すぎるだろう?本当に人間なのか?」とぶつぶつ小声でつぶやく。
なんかもう、ほんとに実は良いおじさんだったんだなと思うリゼラとフォーリーである。
「ちょっと、まて!では、その魔法石はルーク王子の魔力を込めたもので、ミウ君がかけられていた魔法は、ただ見た目を変える為だけのものだったのか?」とカーク将軍が気付き、さらに驚愕の顔をする。
「何ですか?強くなる魔法でもかけていたと?そんな便利な魔法あるんですか?でも、そんなの、ずるいじゃないですか?立ち合いに私はそんな卑怯な事いたしません!」と、自分の強さを疑われたと察して、ミウはぷんすか怒った。
いや、でも先に見た目や性別を偽ってたんだから、やっぱり悪かったの自分達の方ではなかろうかとリゼラは思ったが、もう成り行きにまかせるしかない。
収拾がつかなくなったら、自分が土下座でもして主人の非礼を詫びようと覚悟を決めるリゼラだった。
「カーク将軍のお疑いもわかりますわ。何しろミウの強さは常識では考えられませんものね?でも、ミウの技は特別なのです。ジュードーとかいう体技らしいのですが…体の使い方次第で、大した力もいらずに、うまく相手を転がしたりできるのです。ミウのやり方をまねれば、子供でも大人を転がしたり投げ飛ばしたりできるのです」とリゼラが説明した。
「と、とにかく姫様のお着替えを…」とフォーリーがミウ…ルミアーナの手をとり部屋へ戻ろうとすると、
「ま!まあまあ!本当ね!可哀想に」と、ネルデアはカークに振り返りキッと睨み付け、
「こんなに綺麗で華奢な女の子に何てことするの?見損なったわ!カーク!」と捨て台詞を吐いて、フォーリーと共にミウを部屋に連れていってしまった。
カークはカキンと固まってしまった。
カーク・ディミトリアは、決して非道な男でも無作法な人間でもない。
むしろ紳士である。
当然、ミウの事は女の子だと知らなかった訳だし、何かに憑りつかれているのであれば、むしろ救わなければという想いから剣を使ったというのにこの言われよう。
何だか踏んだり蹴ったりのカークである。リゼラは思わずその場に残り詫びる。
「あ~、その…何か…すみません。色々と…」
「あ、いや、こちらこそ…」と、ぎこちなく答えることしか出来ないカーク将軍だった。
そして、転がっている月の石をアルフ将軍が手にした。
「あれ?これって、ただの魔法石じゃないよな?」とアルフが言った。
「あ、そうだ!石!石は無事ですか?」とリゼラが尋ねる。
「ああ、鎖はちぎれたが、石はキズ一つついていない。石を囲むようについていた金具は真っ二つだがな…」
「そんなバカな?石が砕けていないだと?」と、またまたカークが驚愕する。
「私の剣は神殿にて魔法力を込めて頂いた特別製だぞ?魔法石ごとき砕いてしまう筈だ!」
「っつ~か、じゃあ、みてみろよ!」とアルフが石を差し出す。
「ほ、本当だ!キズ一つない…」
「はっ!…ま、まさかっ」とカークは自分の剣の剣先をみる。
「なっ!まさか!嘘だろ?剣先が!刃が欠けている!」
「おおお!」と、アルフとリゼラがうなる。
リゼラも騎士だから魔法力の込められた聖剣の凄さは聞いたことがある。
誰でも持てるという代物ではないし、噂では岩をも刃こぼれひとつぜずに切り裂けるとかいう伝説の剣である。
「これは、”月の石”ですわ」とリゼラが言った。
「何だって?」
「嘘だろ?本物かよ!」
とカークとアルフは叫んだ。
「あ…あ~うん。本物です」とリゼラが言う。
ほいほいルミアーナが大地から生み出しちゃったけど、本来そうそうお目にかかることのない伝説の石なのだから、二人が驚くのも無理はない。
両将軍は後に、この日を振り返ると、人生の中であんなに何度も驚かされたのは初めてだったと語ることになったという。
「一体、お前の弟は、いや、妹?いや、それも違うか?アレは、一体…何者なんだ?」とアルフが、リゼラに静かに問うたのだった。




