56.王都からの訃報!ミウ、キレる!
三十畳ほどの広さの闘技場にミウ達は入り、まずは、アルフ将軍が体技で立ち合ってくれる事となった。
その場ですでに訓練をしていた若者たちが、ネルデアの指示で立ち合いの準備を整えている。
王太子と立ち合いをした時のような円状の板が板の間の上に、さらに敷かれるようだ。
ミウは、心の中で(あ、良かった♪前回と一緒で円の外に投げ飛ばせば終わりのルールだな?)と思った。
なんだか、ちょっと相撲の土俵みたいである。
これなら、そんなに無理しなくてもとにかく外に放り投げれば自分の勝ちだ。
そんな事をミウは考えていたのだが、二将軍とネルデアは、さすがに子供と大人程の体格差のある相手と体技で競うのは不安に思っているのだろうなと考えていた。
だがしかし、むしろカーク将軍との剣技の立ち合いの方がミウにとっては恐怖である。
剣道初段だった美羽の頃の記憶があり、剣技もなかなかのものとはいえ、剣を振り下ろす力の差は歴然!しかし、剣道の時のように防具をつける訳ではないのだから。
木刀とはいえ、日本の竹刀のようなしなりのあるものではないから、将軍からのたった一振りがあたるだけでも骨が砕けてしまうかもしれない。
最悪、すぐ降参しないと死ぬな…と冷静な分析をするミウだった。
幸い、カーク将軍の方は「降参っ」と叫んでしまえばすぐ、攻撃を止めてくれそうな印象である。
さすがにミウも命は惜しい。
悔しいが女の自分とでは力の差は歴然としている。
そうこうして、いよいよ場が整ったとき、闘技場の扉が、“ばんっ”と乱暴に開け放たれ、昨日助けた下男のティブンがはぁはぁと息を切らせながら入ってきた。
「ネルデア様!大変です!」ティブンのただならぬ様子に皆が振り返る。
「まぁ、一体どうしたの?すごい汗ね」とネルデアが声をかけた。
「ダルタス様が!ダルタス将軍の婚約者様がっっ!」と言いかける。
へ?…あたし???と一瞬、きょとんとしたミウを一斉に見るリゼラとフォーリー。
「ダルタス様のご婚約者、公爵令嬢ルミアーナ様が、お亡くなりになられましたっ!」
「えええええええっ!」と同時に叫んだミウ達三人!
そして、「何ですって!」「何だと!」
「なんでまた!」叫んだのはネルデア、アルフ、カークである。
「何でも、王城で何者かに仕掛けられた火災で亡くなられたという事で…今朝、王城から公布されて…今日はルミアーナ様のお葬式がお屋敷にて行われるらしいです」
ワタシハダレ?と思うミウである。
あまりのことに口をパクパクさせるばかりで言葉も出ない。
リゼラとフォーリーも同じように口をパクパクさせている。
「なんてこと…!」とネルデアが卒倒しそうになった。
息子が愛した姫君が亡くなったというのである。
父親も早くに亡くし母である自分も子供のころに出て行って…、
色々心配な噂はあったものの、やっと息子にも愛すべき人ができたのだと思っていたのに…。
慌ててアルフとカークはネルデアを両側から支え、壁際に備えられていた木製の長椅子に腰かけさせた。
「あああっ…可哀想なダルタス!あの子はどこまで家族との縁がうすい子なのかしら…やっと妻になる方が決まりこれから家庭というものを築いていける筈だと思っていたのに…」と、ネルデアは泣き崩れている。
「ネルデア、とにかく詳しい事を部下に調べさせるから落ち着け!」とアルフが声をかけカークもハンカチを差し出しながら彼女を慰める。
闘技場の真ん中に取り残されたミウ達三人は固まったまんまである。
「ど…どゆこと?」とやっと口を開くミウに、はっとリゼラが気づいたようにミウに言う。
「ル!ルーク王子に!ルーク王子殿下に聞きましょう!」
「はっ!そうっ!そうですわ!ルーク王子様なら何か知ってる筈ですわ!」とフォーリーも頷き、ポケットの石を取り出し握りしめる。
三人は、さささっと、ネルデア達のいる場所からさらに、反対方向の隅の方に移動した。
フォーリーとリゼラの陰に隠れながら、ミウはルークに念を送るため首にかけてブラウスの下に隠していた月の石を取り出した。
すると、石がぽうっと薄青色に光りルークの月の石と繋がった事がわかった。
「ちょっと!どう言うことよっ!何で私が死んだことになっちゃってるの?」と、焦るあまりミウは念じずに普通に石に話かけてしまう。(一応小声ではある)
『アアア、良カッタ!ヤット、繋ッタ!三人トモ、何シテタノ?ヒョットシテ、寝テタ?何回モ、朝イチ番カラ、念ヲ、送ッテタノニ!』と、逆ギレされた。
「あ、そ…そうなの?ごめん…熟睡してたかも?」とミウは小声で謝る。
しかし、この月の石、携帯みたいに音がなるなら飛び起きて通信に出られたかもだけど、頭の中に呼びかけられても、意識がそっちに向いていないと気付きにくいみたいである。
ミウは、もうちょっと改善できないかな…と思った。
『トニカク昨日、ルミアーナノ使ッテタ、ベッドノ下ニ火薬ガ仕掛ケラレテテ、皆ト話シタ後ソレガ爆発シテ、火災ガ起キタ』
「ええっ!?王妃様は?続きの部屋にいらした王妃様はご無事なの?」
『アア、大丈夫!スグニ、警備ノ者達ガ駆ケツケテ火災ハ、オサマッタシ…』
ルークの言葉にそれぞれの石を握りしめ、三人は胸をなでおろし、
三人同時にしゃべれるのってホントに便利…。
グループトークってやつ?とミウはちょっと感心した。
「それで?何で私、死んだことに?」
『ダルタスノ作戦ダヨ!ルミアーナガ、死ンダコトニスレバ、少ナクトモ、コレ以上、ルミアーナハ、命ヲ狙ワレズニスムカラネ』
『アト、犯人ノ出方ヲ見ル為ラシイ!ソンナ訳ダカラ、シバラク戻ッテ来タラダメダカラネ!コレハ!ダルタスカラノ命令ダカラネ!絶対ダカラネ!』
と、ルーク王子が念をおした。
『ジャア、ソロソロ、僕モ、君ノオ葬式ニ参列シナイトダカラ行クヨ…』と、ルーク王子が通信を切ろうとする。
「え!とょっと待って!ルーク!あ、あの!ダルタス様、怒ってた?」とミウが聞くと、ルークは時間がないかの焦ったように答えた。
『当然ダロ?ナンカ、結局、誤解ダッタミタイダシ!マァ、ソンナコッタロウトハ思ッテタケドネ!デモ家出シテタオ陰デ、命拾いデキテ良カッタッテサ!トリアエズ、リゼラトフォーリーガ一緒ナラ心配ナイダロッテ!』
「そ…そんな」
『オ葬式ニ、オクレルカラ、本当ニマタネ!』
慌ただしいルークとミウのやり取りが終わり、しばし呆然とするミウ達三人である。
ミウは、突然「うわ~ん!ダルタス様のばかーっ!」と泣き出した。
帰ってくるなって!私にあいたくないのぉ~?と自分でも理不尽だとは思うが、怒りと悲しみで涙が溢れてきて止まらない。
「なっ!ちょっ!ミウ!それは、いくら何でもダルタス将軍が可哀想…」とリゼラがしょっぱい顔をした。
「そうですわ、ミウ様。ダルタス様は、今不眠不休で犯人究明に乗り出していらっしゃる筈ですのに!」と窘める。
おいおい、昨日は何でも私の言うとうりにしてくれるって言ってなかったか?とフォーリーに突っ込みを入れたくなるミウだったが、それとこれとは別らしい。
でもまぁ、主人が混乱しているこういう時に正しい判断が出来るの側近がいるのは良いことなのだろう。
帰ってくるなというダルタスからの命令にミウはショックを受けていた。
ダルタスのもとに帰って詫びる事もままならなくなったからである。
時間がなくて焦ったルークがいつもより言葉を端折ってしまい、気遣いのない言い方になってしまっていたことも否めない。
ダルタスは、またもや誤解されてしまっていた。
この事件が起こる寸前まで自らルミアーナを探しだし捕獲して直ぐにでも教会に走って結婚してしまおうと考えていたくらい本気で『ルミアーナ命!』なのにである。
本当に…何とも可哀想なダルタスなのであった。
そしてミウは思った。
ダルタスに「帰ってくるな」と言われてしまった!
馬鹿な自分の事など呆れてもうどうでも良くなったんではなかろうか?
ぶんぶんと頭を振って、ミウはずかずかと二将軍とネルデアの所へ近づいた。
「ネルデア様!元気出してください。ダルタス将軍はお強い方ですもの、全然、大丈夫です!公爵令嬢の事も王太子に言われてお見合いしただけで婚約までしちゃったものの、あんまり好きじゃなかったのかもですし!」と、ヤケクソで自虐的な慰めの言葉ををネルデアにかける。
「ミウっ!」と窘めるようにリゼラが声を荒げる。
それは、ほんとにもう、あんまりである。
さすがにダルタス将軍が気の毒でならない。
めちゃくちゃルミアーナの事を好きなのは誰の目にも明らかなのに当の本人にはこの言われようである。
「だってだって、泣いてたってしょうがないもん!ダルタス様はルミアーナより犯人探すほうが大事なんだもん!」と、逆切れしている。
所詮、たかだか十六歳!まだまだ子供のミウであった。
初恋は、どうもミウから時々、冷静さと常識を欠如させる副作用があったようである。
リゼラが、残念な子を見る様な目でミウを見やると、
「もうっ!姉さまとフォーリーは、ネルデア様の事、慰めてあげてよ!将軍様がたは、僕を指南してくれるんですよねっ?」と食って掛かった。
完璧な八つ当たりである。
冷静な判断もどこか遥か彼方に飛んで行ってしまったようである。
おかげで、イマイチやる気のでなかった将軍達との立ち合いも、いつでもかかってこいやぁ!状態である。
(いわゆる八つ当たりと呼ばれる行為である)
将軍達とネルデアはあまりのミウの勢いに、びっくりして呆気にとられていた。
「ま、まぁ…ミウちゃん…」
「そうだな、ここで悲しんだり慌てたりしても仕方ない。さっき手の者に詳しい事を調べるよう言ったから、午後にはもう少し詳しい事もわかるだろうし…案外、噂も当てにならなくてダルタスの方は公爵令嬢の事は何とも想ってなかったかもだしな?」と余計な一言を付け足してしまったアルフ将軍に、リゼラとフォーリーが、あちゃあ!という顔で目を手で覆う。
「そうですねっ!公爵令嬢の事なんて全っ然、好きじゃなかったかもですよねっ!さあ、アルフ将軍、僕と立ち合ってください!ネルデア様!僕、アルフ将軍を投げ飛ばしちゃいますから、見ててください!それ見て元気出しちゃってくださいっ!」と、半ば無理やりアルフ将軍の腕をぐいぐい引っ張って、円板の上に向かう。
「あ、おいおい…小僧、はなせ!」
「ミウです!」とびしっとアルフの目を見てそういうと、ミウはかまえる。
「おまえ、なんか目がすわってるぞ?」とアルフが言いながらも、ちらりとネルデアを見るとびっくりしたのかすっかり泣き止んでいる。
(なるほど、子供っぽいやり方だがネルデアを慰める為にか???)と、勝手に納得してミウの誘いに乗った。
意外と人のいいアルフ将軍はミウの奇行?を好意的に受け取ったのである。
小僧なりにネルデアそ励まそうとしているのだな…と。
ミウがルミアーナで、ダルタスの婚約者だと知らないアルフ将軍には、それが単なる八つ当たりだったなどと思い浮かぶ筈もない。
ネルデアの傍らに寄り添ったフォーリーはおろおろしつつ、そしてリゼラは頭を抱えつつ、二人の立ち合いを眺め、
「すみません、弟はあれで悪気はないのです」と、ネルデアとカーク将軍に頭を下げた。
「いや、ネルデアの涙も引っ込んだようだし良かったのではないか?人間、自分より狼狽えている人間をみると逆に冷静になれるものだ」
カーク将軍の冷静な意見に、はぁ、全くもってその通りです。…と思うリゼラである。
「しかし、あ、あれは…一体どうしたのだ?」と信じられないものを目の当たりにしたような目を向けられる。
ミウが、なんと自分の倍は体重もあろうかというアルフ将軍を繰り返し、ちぎっては投げちぎっては投げしているではないか!
「す!すごいわ!ミウちゃん…」ネルデアも口元を手で押さえて驚きに我を忘れた。
あまりの事に涙なんかすっかりどこかに吹っ飛んでしまった。
「ぎゃぁあああ!ん、なんだ?おまっ!ちょっ!やめろ!参った!参ったから!うぎゃぁあああーっ!」と叫ぶアルフ将軍にミウは、はっと我に返った。
「あ、ごめんなさい。ちょっと、やりすぎました」
てへぺろーっ!とばかりに頭をかきながら舌をだしウィンクしてごまかすミウだが、そんな事で誤魔化される者などいない。
「はぁあ?ちょっと~?」とアルフが首や肩を抑えながら呻くように言うと、ぷっとネルデアが、噴き出した。
「アルフったら天下の大将軍がかたなしね?」とこらえきれずに笑った。
アルフは散々だったがらネルデアが笑ったので
「違ぇねぇや」と情けなさそうに笑った。
随分なことをされたのに、怒りださないあたり、カーク将軍が言った通りアルフ将軍は成るほど口は悪いが意外と人がいいようだった。




