55.ネルデア、ミウにきゅんきゅんです。
「大変っ!もうこんなに明るいわ!ミウ様リゼラ様!起きてくださいませっ!」先に目覚めたフォーリーが慌てて二人を起こしにかかる。
「ん~、ここ、どこぉ?」と目をしぱしぱさせるミウは、仕草までもがやっぱり可愛い。
ちなみに、どこかと言えば、昨日から泊まっているネルデアの屋敷の一室なのであるが…。
「うぉお!まずいですわ!今日は確か二将軍とミウが立ち合う事になってますものね?ミウ!覚悟はできていて?」と姉らしく心配げな言葉をかける。
ミウの恰好の時は、あくまでもリゼラは姉!ミウはリゼラの弟のミウ・クーリアナという設定で行動する。
これはルミアーナがミウになると取り決めた時からの『鉄則』である。
「ん~、それは大丈夫!むしろ気が紛れて良かったかも」と事もなげにいうミウは大したものである。
「と、とにかくお二方とも、食堂の方に参りましょう!きっと、ネルデア様がおまちですわ!」
フォーリーがせかしつつ三人は慌てて身支度を整えて食堂にむかう。
食堂に着くとネルデアが、それはそれは良い笑顔で迎えてくれた。
何だかよく分からないが、ものっすご~く上機嫌のようである。
まさか自分たちの寝顔を堪能した挙句ミウが実は女の子だと知った上での上機嫌だなどとは、想像もしていない三人であった。
二将軍カークとアルフも食卓に座っている。
しまった!明らかに出遅れたと三人はちょっと焦る。
「お、遅くなってしまい申し訳ございません。ネルデア様!随分お待たせしてしまいましたか?」と、リゼラが代表して謝る。
「あら!気にしなくても大丈夫よ。カークやアルフも今さっき起きたばかりのようで朝ご飯もまだだし、ちょうど良かったわよ」ネルデア様は女神様のようである。
「ふふん、怖気づいて顔が出せないのかと思ったぞ?」とアルフ将軍が意地悪を言う。
なんだと!おっさん!
食えない親父だな?おい!とミウが心の中で毒づく。
「アルフ、あんまり虐めるな、若い芽は摘まずに育てねば…」とカーク将軍がいう。
カーク将軍の方は、なかなか良い事を言うと思うフォーリーだったがリゼラの方は、例えこの国の将軍方とは言え私達のミウがそう簡単にやられる筈も無いと逆に二将軍に挑むような気持ちになった。
「うちのミウは怖気づいたり致しません。二将軍に胸をお貸し頂けるなんてこれほど光栄なことはございませんわ」とこめかみに怒りを露わにしながらも、にっこりほほ笑む。
実は、ミウは正直、あまり気乗りはしていない。
強そうだけどダルタスよりも年寄りだし、なんだか殴ったり投げ飛ばしたりしづらいかもと思っていたりする。
まぁ、アルフ将軍のほうは、ちょっとぐらい本気でぶっとばしてもいいかなぁ~?なんて思うけど…。
「それなんだけど、まだミウは小さいし、そんなに無理しなくてもいいのよ?同い年位の騎士見習いの子も何人か通いで来ているから、やっぱりその子達と訓練する?」
心の中でまだ小さいし女の子だものね…と二将軍を怖がっているのだと勘違いしているネルデアはミウを気遣うように言った。
「ああ、いえ、お気遣いなく…せっかくなので…」とミウがしょっぱい顔をして答える。
そんな事をしたら『弱い者虐め』みたいになってしまうではないか…とミウは思ったからだ。
ネルデアは(あら?あらら?泣きべそかいてお姉さん達に添い寝してもらって眠っていたのは二将軍が怖かった訳じゃなかったのかしら?でも、どうしたものかしら…まぁ、アルフも口は悪いけど子供にそんな無茶はしないとは思うけど…)とか思った。
リゼラに至っては吹き出しそうになるのを必死でこらえ平静を装う。
フォーリーは、たらりと冷や汗をかいている。
近衛隊の中でもミウに敵うものは、ほとんどいないというのに…。
現役ばりばりの隊長ウルバでさえ軽々投げ飛ばしてしまうのである。
そんじょそこらの見習いなど赤子同然だ。
良くも悪くも、まだ『騎士見習い』ミウの異常な強さの噂は、この郊外にまでは全く届いていなかったらしい。
朝食を終えて一休みすると一行は、ネルデア邸ご自慢の騎士の訓練場に足を運ぶ。
館とは別の棟に屋内の闘技スペースもあり、個人保有の施設としては屋外の弓場や馬場もあり、なかなかのものである。
「これは、素晴らしいですね」と現役騎士のリゼラも感嘆する。
「おいこら、小僧、ヤル気なさそうな顔してないでとりあえず弓でも引いてみろ」とアルフ将軍が言う。
「ヤル気なさげに見えますか?すみません、緊張してるのかもしれません」と、しれっとミウが言う。
無論、緊張など微塵もしていない。
何となくかったるいだけである。
ミウをよく知るリゼラとフォーリーは二人して
『『うわぁ~~絶対、うそ~~!』』と、思った。
カーク将軍のほうは、ミウの言葉をそのままに聞き取り気遣う。
「アルフは、口は悪いが根はさっぱりしているから気にしないで気楽にやるといい。緊張してると的に当たらないぞ」と紳士的な笑顔で言う。
「そうですね。カーク将軍、ありがとうございます」
そう答えながら、このおじ様は紳士だな~とミウは思った。
ミウはアルフ将軍に差し出された弓を受けとる。
少し強めに張った弓だが、ミウにはちょうどよかった。
そしてリゼラが矢を差し出す。
「おいこら、女騎士さんよ!リゼラだっけ?」
「何でしょう?」
「おまえ、この弓でほんとに、やらせる気か?」
「は?」とリゼラが言うと「はあ~」とアルフがため息をつく。
「あのなあ!俺たちは小僧だけじゃなく噂にきく騎士リゼラ!お前の方も、その力量を見てるんだぞ?その弓がホントに子供に引けるかどうか見りゃわかるだろうが!なかなかの騎士かと思ったのは、とんだお門違いか?」と心底呆れたように言った。
どうやら、わざと強い弓(ミウには引ける訳がなさそうな強さの弓)をわたして、それをリゼラが見定めれるかどうかを見たようだ。
「なんだ、そんな事ですか」と、リゼラはふっと鼻で笑ったが、いや、そこは悔しがるとこだろうとアルフは思った。
「ふっ…さすがは三将軍のお一人…と思っていたのに、お門違いでしたかしら?」片方の口角を少しだけ上げ、ふふんと、勝ち誇ったような笑みすら浮かべる。
この態度は、まるで(おまえの目は節穴か!)と暗に言っているようでもある。
(まぁ、言ってるんだけどね)
「「!」」二将軍はリゼラのその反抗的な態度に驚いた。
泣く子も黙る将軍達に対し随分と肝の据わった態度である。
「な…んだと?」と、アルフが合点のいかぬ顔をするとミウがそれ以上は、言わせまいと口を挟んだ。
「姉様を侮辱しないでくださいな。姉様はこの弓が丁度、私によいと思ったから渡して下さったんですよ」と、ミウは弓場に礼をしてから入り、的の直線上に立つ。
「ほう」と、カーク将軍も興味深くミウを見る。
ネルデアは、(まぁ、まぁ、まぁ~あ♪)と成り行きをワクワクしながら見守る。
ミウは静かに一呼吸おくと、弓を引いた。
ぐぐぐっと限界まで弦を引き矢を放った。
そして放たれた矢は的のど真ん中にズバンと当たる。
「え?」アルフが呆気にとられ「あら♪」と、ネルデアが口元に手をあてつつも嬉しそうな驚きの声をあげ、「おぉっ!」とカークが感心したような声をあげた。
「うん、ちょうど良い強さ。さすが、姉様!」とミウが言った。
もともと、弓道も剣道も美羽時代には初段の腕前だった。
そのセンスを生かして日々、ウルバ隊の中で近衛隊一番の名手であるテスの指導を受けながら訓練してきたのである!
そう!今のミウは、体技だけではない!なかなかの弓の名手でもあった。
「なかなか、やるじゃねぇか…」と、アルフ将軍もミウの事を少し(大分?)見直したようである。
ネルデアも、カーク将軍も、これには相当驚いていた。
(はうぅぅぅっ!すごいわっ!すごいわっ!ミウちゃん、私の若い頃より凄くってよっ!)とネルデアは内心狂喜乱舞している。
きゅんきゅんである。
一方で、何故かミウ本人より、リゼラやフォーリーの方がどや顔である。
これにもネルデアは、フフっと思わず笑ってしまう。
(なんて微笑ましいのかしら、二人とも本当にミウちゃんの事が大好きなのね?)と、三人の事が大好きになったネルデアは思うのだった。
その後、何本か射て、その実力をほどほどに見せつけた後、弓場を後にして屋内の闘技スペースに入る。
懐かしいような木の匂い。
木造りの建物で床にも板が張ってある。
日本家屋のような瓦は無いものの、造りがまるで武道場のようである。
板部分には、ささくれだった所などなくニスのようなものが塗られているようで光沢があり、しなやかで強そうである。
うん、これなら柔道技とかも使えそう。
さすがに床が石造りとかだったら危なすぎて無理だもんね…とミウは思った。
うっかりしたら殺しちゃうもんね。あはっ…である。(怖い怖い怖い!)
ミウはおじさん達に怪我をさせない程度に上手に投げ飛ばせるかしら?などと微妙な心配をしていた。
おじさん達は、受け身とか知らないだろうけど、まぁ、板の間だし、鍛えてもいるだろうから、まぁ、死にゃあしないか…?うん…等と、天下の二将軍相手に何気に上から目線なことを思うミウだった。
しかし、アクルスとの立ち合いの時に勝ちはしたもののぶちのめされたことを思い出し、今回は手出しされる前にさっさと一本背負いを決めてしまおうと思うのであった。
『先手必勝!これっきゃない!』である!




