46.ルミアーナ家出する。
その日のお茶会は召使たちが気をきかせ急遽、ラフィリアード公爵家ご自慢の庭園にテーブルとお茶がしつらえられていた。
さわさわと爽やかな新緑の風が心地よい。
そこに家令ブラントの姿はなかった。
静かに激高していたドリーゼによって隣町までお使いに行かされているのだった。
そして何も知らないルミアーナはリゼラとフォーリーを伴い、ドリーゼとのお茶会に訪れた。
***
「私は、ルミアーナ様の味方ですわっっ!」
開口一番!ドリーゼが、いきなり前触れもなくルミアーナの両手をにぎり、思いつめた表情でぐいぐいとつめよる。
お茶に呼ばれて来ただけの筈だが、何だかドリーゼの様子がおかしい。
はて?とルミアーナは思った。
「ドリーゼ様、どうなさいましたか?何か、随分とお顔の色が…どこかお加減でも?」
「いいえ、いいえ、私は元気ですわ。こうしてルミアーナ様が私に会いに来てくださっただけでも嬉しいのですよ。本当に!ええ、もう本当に!」と、言いながらもドリーゼは今にも泣きそうである。
「ちょっ…いや…あの、本当にどうなさいましたの?」
ルミアーナも付き添ってきたリゼラやフォーリーも、そのドリーゼの只ならぬ様子に流石に心配になった。
(((何か、悪い方向に盛り上がっちゃってる感が半端ないんですけどぉ!)))と身構える。
月の石のおかげかどうかはわからないが危惧していたドリーゼの毒気はなくなった様な気はするがその分、何やらおかしな方向にいっちゃってる気がする三人だった。
「じ…じつは…私、知ってしまいましたの。孫のダルタスの不実を…でも…でももちろんダルタスの妻はルミアーナさまだけですわ!愛人など私は認めません!ルミアーナ様だけが…」と言いかけたドリーゼにリゼラとフォーリーが叫んだ!
「「ぬぁんですっっってぇぇぇぇ~!」」
ちなみに、ルミアーナは頭が真っ白になって固まってしまっていた。
「そ、側使えごときの私が申し訳ございませんが、僭越ながら失礼いたしますわ!大奥様!今、愛人とか不実とか聞こえましたけど、そのお言葉にお間違えはございませんかっ?」とフォーリーが意を決してドリーゼを問い詰めた。
「そっそうですよ!まさかあの質実剛健で一本気なダルタス将軍が!?どう考えてもルミアーナ様しか目に入っていないようなあの将軍が!?えと、そ、そうっ!じ、冗談とかでしたら、笑えないのですがっ?」とリゼラもあたふたとルミアーナを横目でちらちら見ながら言う。
ルミアーナは未だ固まったまんまである。
「冗談など、どうして言えようものですかっ!」
何かを堪えるような口調で答えたドリーゼだったが、とうとう目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「わ、私だって知りたくはなかったですわ。あの子が死んだ私の夫と同じような事をするなんて…。私だって冗談だと思いたい!でもうちの家令と話しているのを偶然とはいえ聞いてしまったのです!」
「どちらも、本当に愛おしいとか、選べない…とか言っているのを…」と言うと、わっと手で顔をおおい盛大に泣きはじめてしまったドリーゼにリゼラもフォーリーは困り果てて、おろおろとしながらも必死で宥めようと背中をさすったり優しい言葉をかけたりしたが涙は止まらなかった。
「嘘…じゃないのですね?」と固まっていたルミアーナがようやく言葉を発した。
…静に静かに怒っている感じである。
すると、何やらパラパラと小さな小さな米粒のような石がころころとルミアーナの側に集まってきた。
自然界(この国の大地の至る所)にあるとされる「魔法石」のようである。
ルミアーナの高ぶった感情に呼応して、大地の中に埋もれていた小さな粒たちが何故かルミアーナの側に集まってきたのだ。
わらわらわらわら…と。
やがて、両手に収まりきらないほどの粒たちが集まって凝縮し、一センチほどの小さな塊になり光りながらルミアーナの懐に飛び込んできた。
「きゃっ!」と小さな悲鳴をあげながらもルミアーナは上手に受け止めた。そして掌に収まったその石を見ると、ドリーゼにあげたものより幾分か小さいがドリーゼにあげたもののように綺麗な光を放つ極上に美しい結晶だった。
魔法石の結晶…そう!それは『月の石』だった。
ここにいたドリーゼとリゼラとフォーリーの三人も、そして当の本人であるルミアーナもびっくりした。
月の石が生まれる様を生まれて初めて見たのである。
真に驚きと感動の一瞬だった。
そしてその直後、ルミアーナの頭の中に何者かが直接語りかけてきた。
『ゲンキダシテ!ゲンキダシテ!』と語りかけている。
ふと手元の石をみた。
石に宿る精霊?そうなの?と、頭の中で呟く。
そしてルミアーナは心の中で月の石に問いかけてみた。
『ドリーゼ様が嘘をついているという事はないの?』と…。
いっそ、そうなら良いのにと思いながら…。
月の石は正直に答える。
ドリーゼは嘘はついていないと。
だが石はこう答えた。
『ツイテナイ。ウソ、ナイ。ホントニシンパイシテルダケ』と。
「そう…わかった」とルミアーナはぽつりと呟いた。
そしてドリーゼに振り返り決意を述べた。
「ドリーゼ様、心から心配して下さってありがとうございます。私は、どの様に高位な貴族の妻になるのであっても愛人のいる方とは添い遂げられませんわ。そんな結婚、私も愛人の方も不幸ですもの。私、ちょっと家出しますわ!」
月の石がそれに答えるようにぽうっと黄色く光った。
そして石は、『インジャナイ?イインジャナイ?』と囁いてきた。
「えええっ!ルミアーナさま!なんてことを!」と騎士のリゼラは言ったが、それを侍女のフォーリーが遮った!
「いいえ!リゼラ様っ!泣き寝入りなんて駄目ですわ!いくら鬼将軍とよばれたダルタス様でもうちのお嬢様だけを一筋に想うことが出来ないようならお相手としては失格ですわ!これなら王太子様やルーク王子様の方が百万倍よろしゅうございます!」
「よくぞ、言い切りましたわ!さすがルミアーナ様の腹心の侍女です!フォーリー。いえ、フォーリーさん!私、感動いたしましたわ!貴女は侍女の鏡ね!」とドリーゼがフォーリーを褒めたたえる。
そう、若かりし頃、ドリーゼに一人でもこうやって自分の味方をしてくれる者がいたなら、彼女も『意地悪なお婆様』などと言われる事にはなっていなかったのかもしれないのである。
「ドリーゼ様、私、しばらく王城にも実家にも帰りません。ドリーゼ様は何も知らないふりをお願いできますか?」
「まぁ、それはもちろんですが…。公爵令嬢の貴方様が家出なんて危ないのでは…?」と心配する。
「それなら大丈夫ですわ!私はこれでも王室御用達の護衛騎士!ルミアーナ様を危ない目になんて遭わせませんわ!もちろん、ルミアーナ様が行くところならどこにだってお供してお守りします!」とリゼラが答えた。
「私だって姫様のためならこの命さえ惜しくはありませんもの!どこへなりともお供いたしますわ!」とフォーリーが言う。
もはや、ルミアーナの家出は『決定事項』の流れである。
しかし、家出とは侍女や護衛までつけてするものなのだろうか?
いや、貴族ならそうなのか?
いや、そもそも貴族令嬢が家出なんてないだろう…という突っ込みはナシである。
「まぁ!それでは、私も!」とドリーゼが言うとリゼラとフォーリー!ルミアーナもぎょっとした!
「「いやいやいやいやいいや!」」と、リゼラとフォーリーが同時に声をあげた。
「ええ~」と涙の引っ込んだドリーゼは不満そうに口を尖らせた。(ちょっと可愛い)
月の石に邪気を祓われたドリーゼはまるで牙を折られた幼い子猫のようであり、意外におちゃめなところがあるようである。
「ドリーゼ様まで家出されては困りますわ。事が大きくなり過ぎます。私の家出は単に逃げるためではありませんわ!ダルタス様の真意を測るためですもの!ドリーゼ様がここに居て確かめてくださらないと!そして私が頃合いを見計らって戻った時に、その様子を教えて頂きたいのです」とルミアーナがドリーゼに甘えるように言った。
ドリーゼはぱあっと顔をほころばせる。
「なんと、ルミアーナ様は私を信頼してくださるのですね。私、その信頼に応える為ならばここに残りますわ。そして、ダルタスがどう動くのかじっと様子を伺っておりますわ!」と感極まったかのように言った。
リゼラとフォーリーは、ほっとしてうんうんと頷いた。
((ルミアーナさま!ナイスです!))
そして、その日のうちに、ルミアーナとリゼラ、フォーリーの三人は王城からも実家のアークフィル公爵家からも姿を消したのである。
そう、そして、それが後に単なる家出どころではなくなる大惨事?に発展するとは、この時誰も想像すらしていなかったのだった。




