316.アクルスの求婚
王太子アクルスは、リゼラの方から自分に近寄ってきてくれた事をとても嬉しく思っていた。
その理由はルミアーナ夫人に良からぬ行いをしないようにという、いささか不名誉なものではあるものの、現在の自分を見てもらえるのであれば、いい機会だとアクルスは思った。
そして、ちょっと脳筋で可愛いリゼラはとても真面目に一生懸命いつも自分を見ている。
自然と公務にも気合が入ろうというものである。
ある時は、河川が氾濫後の視察であったりはたまた救済であったり。
またある時は諸外国との国益を探る交渉であったり。
またまた、ある時は慈善活動への国営事業の参入であったり、アクルスのその優秀さは目を見張るものがあった。
そんな中、リゼラが、何より驚き感心したのは、鍛錬だった。
あのダルタス将軍と互角に対戦しているではないか!
この国の英雄に勝てないまでも渡り合えているというのは、凄い事である。
リゼラの中で王太子の印象は、どんどん変化していった。
少なからず認める部分が増えていったのだ。
それなのにアクルスは、時々わざとリゼラを悩ませるような事を言う。
「ちゃんと見張ってないと、うっかりまた、ラフィリアード公爵夫人にちょっかいだしちゃうかも?」等と言うのである。
そう、リゼラに見張り続けてもらうために。
さすがにリゼラもひと月も様子を見ていれば、現在のアクルスが愚か者ではない事がわかる。
ルミアーナに無体を働くとも思えない。
「いい加減にして下さい!王太子殿下!わざと軽薄ぶるのは!」
リゼラはある日、アクルスにキレた。
自分はからかわれているのだと、悲しくなったのである。
涙目になったリゼラにアクルスは慌てた。
そして、胸の奥をぐっと握りしめられたようにきゅんとなった。
「リ!リゼラ!落ち着いてっ!からかってなどいないから!」
「嘘です!からかっているでは、ありませんかっ!もう、騙されません!王太子殿下は、軽薄男でもなければ、愚か者でもない!なぜ、私にだけ意地悪をするのですっ!もう、私は貴方様を見張ったりはいたしませんっ!」
普段、気丈なリゼラの目からはぽろぽろと涙が零れ落ちる。
アクルスは焦った。
そして、煽られた。
な!何?何?コレ!
涙目で悪態つきながら、俺の事褒めてる?何のご褒美?
いや、何の罰ゲーム?
何コレ!可愛すぎだろう?心臓がバクバクして持たないんだけど!
普段ツンツンのリゼラの泣き顔!あ、俺、もうダメ!と、アクルスは、冷静に考える事を放棄した。
泣きじゃくるリゼラの腕をを掴み引き寄せて、アクルスは文句を言う口を自らの口でふさいだ。
「!」
リゼラは驚きすぎて涙も引っ込んだ。
リゼラ十九歳にして、紛れもないファーストキスである。
リゼラは驚き、耳まで真っ赤になる。
そっと体をはなし、すまなそうな顔をしてリゼラを見つめながらアクルスは言葉をかけた。
「ごめん、そんなに傷ついていたなんて…。そうだよ。ルミアーナ嬢の事が今も気になるなんて嘘だ。気になるのは君だよリゼラ…君だけだ」
「え!?そ、そんな、まさか」
「どうして?君は美しくて可愛くて、しかも情に熱くて、強くて僕の命の恩人でもあって…惚れずにいられる訳ないじゃないか?」
「そ、そんな…そんなの嘘です」
リゼラはアクルスの言葉を全否定する。
「嘘じゃないよ」
「み、身分が違いますっ!!」」
「君は女伯爵だ。王太子妃にだってなれる!」
「おっ!お!王太子妃?」
「そう、リゼラ、愛しています。どうか私と結婚して下さい」
王太子アクルスは、勢いにまかせ、跪きリゼラに結婚を申し込んだ。
プロポーズはいきなりだが、温めてきたこの想いは本物だとアクルスには、自信があった。
「ひえっ!」とリゼラは体をのけぞらせて驚いた。
「我が妻となり王太子妃に!」
「む、む、無理です!」
「何故?」とアクルスは悲しい顔をした。
リゼラは、その悲し気な顔にちくっと胸が痛んだが、突然そんな事を言われても!と思った。




