314.王太子アクルスの回想
その頃の、わたしは既に自分が責任ある立場であるべき王太子であることを自覚していた。
ルミアーナ嬢にこっぴどくフラれて、幽閉されたあの数か月、愚かな自分を振り返り自分の奢った考えに辟易し本当に反省したからだ。
それ以前のわたしは元々、自分の妃候補だったルミアーナ嬢とは顔を合わせたこともないのに不細工で根暗な引き籠りの姫君だと思いこんでいた。
そして、従兄のダルタスと見合いをさせて面白がってついて行ったのだ。
今思うと我ながら、悪趣味な悪戯を思いついたものだ。
そう、ほんの『悪戯心』のようなものだった。
そんな不細工で根暗な貰い手のなさそうな姫なら、女子供に恐れられ、嫁の来てのなさそうなダルタスにぴったりではないか等と…。
うわぁ…本当に酷い奴だったな…自分!…と思い返すごとに思う。
我が国の英雄たる従兄に対して、なんと無礼な考えようだった事か!
どんなにがんばっても容姿と身分以外は敵わない従兄にちょっと意地悪がしてみたかったのだろうなと、幼稚な自分に気づき今さらながら後悔しきりである。
あの時、ダルタスの見合いについて行った私はルミアーナ嬢の姿形を見て死ぬほど後悔したのだった。
あんなにも美しい女性を見たのは生まれて初めてだった。
しかも予想をことごとく覆し、彼女は明るく物おじする様子もない、それでいて恥じらう様は愛らしく真に理想の姫に見えた。
元は自分の妃候補だったのにと、自分がもくろんだ見合いだったのにも関わらず、ルミアーナに一目ぼれされたダルタスを恨めしくさえ思ってしまっていた。
多分、綺麗な宝物を従兄にもっていかれたような気持ちになったのだろうなと今ならば分かる。
自分がしでかしさえしなければ、彼女は自分を好きになってくれたかも…等と、ありもしないことを思ってしまったのだ。
本当は自分こそが運命の相手だったのでは?…などと。
正直、しばらくは引きずったが、自業自得だと自分を戒めた。
ルミアーナ嬢を本気で諦める事ができたのは、彼女が大神殿でダルタスと式を挙げた時だった。
ルミアーナ嬢は本当に心の底から幸せそうだった。
その笑顔をみて、納得した。
ダルタスこそが、彼女の運命の相手であり、ダルタスの相手もまたルミアーナ嬢のほかは、いなかったのだと。
そう、私の運命の人は、きっと他にいるのだろう…と。
それからの私は心を入れ替えた。
割りきった付き合い等と不倫をしたり、いかがわしい場所へ行ったりなどと、そんな愚かな火遊びは一切やめた。
そう、それも自分が本当の運命の人と出会えた時の為である。
ルミアーナ嬢を見初めた時のような腐った考えと濁った目で、相手を見逃してはならないと、幸せそうな二人を祝福しながら思ったのだ…。
***
一年前の黒魔石に寄る大災害の時、俺は従兄のダルタスの事も心配だったが、それを助けようと騎士団を率いて飛び出したルミアーナ嬢が心配で、咄嗟に顔をフードで覆い馬に乗り騎士団の後を追った。
咄嗟に思ったのだ。
いくら強くても女性が軍を率いても大丈夫なのかと。
王太子である自分になら、この国の騎士はつき従う。
いざという時、役に立てるのではと逸ってしまったのである。
自慢ではないが戦士としてもダルタスに次ぐと自負していたから…。
しかし、それは所詮、人相手であればの事だったという事だろう。
わたしは、またしても自分の浅はかさを思い知る結果になった。
最後尾、魔物に追われた時、急に巨大化した赤黒い魔物が自分を取り込もうと襲ってきた。
魔物が、最も取り込もうとするのは”血族の気高き者”。
王族直系の私は紛うことなく血族だ。
単純に考えてルミアーナ嬢の次に狙われやすいのは自分だった。
瞬間、祓うことも出来ず、死を覚悟した時だった。
一瞬、目の前が、真っ赤になった。
それは美しい女騎士のたなびく紅い髪だった。
魔物とわたしの対峙する間に入り込んだ後ろ姿。
「はぁーっ!」と聖剣を振り下ろし魔物をぶった切った彼女は、すかさず翻り何事も無かったように先陣を追った。
顔などは見えなかったが、その時、私は彼女に何かを感じた!
まるで魂を揺さぶられるような衝撃。
それが何かもわからぬままに後を追った。
彼女はわたしの命の恩人である。
彼女の事が知りたいと思った。
***
後から知ったが、あの時、ルミアーナ嬢に付き従った騎士たちは皆、ルミアーナ嬢に騎士の誓いを捧げた者達であり、皆、ルミアーナ嬢の為ならば命すらも投げ出す者達ばかりだったという。
またしても、わたしは、とんだ道化者だったという事だった。
わたしなど、いなくとも皆、ルミアーナ嬢に命がけで従い守ろうとする者達ばかりだったのだ。
むしろ、わたしなどいないほうがマシだったかと思えるほどだ。
けれど、わたしは、あの時、走り出した事を後悔はしていない。
彼女に会えたから…。
紅い髪のリゼラ…。
この国一番の女騎士だという彼女はルミアーナ嬢の側近で、その美しさと強さは諸外国にまで噂されるほどだった。
その後、彼女の事を調べると止めどなく興味をそそられた。
騎士団の練習場に顔を出してちらっと盗み見た彼女の顔は噂どおり美しかった。
意思の強そうなエメラルドの瞳と真っ赤な髪は、まるで戦いの女神のようであり、ルミアーナ嬢を守ろうとする優しい慈愛の眼差しは聖母のようでもあった。
そしてある日、気づいた。
そんな彼女が事あるごとに自分に視線を注いでいることに…。
この国の王太子であり恵まれた容姿と頭脳をあわせもつ自分は、あまたの女性達から視線をおくられることは多かったが、何か違う感じの視線に戸惑った。
そして、どんな視線であろうと彼女からならば悪い気はしない…そう気づいた。
どうやら自分は出会ってしまったのかもしれない。
運命の女性に…そう予感したのだった。




