309.ツェン・モーラ・ダート侯爵の恋 07.逃しませんので諦めて下さい。
勢いづいたルミアーナに、放り出されるように扉の前に連れ出されたフォーリーと、リュートやオリーに無理矢理扉の前に立たされたツェン、二人の目があった。
「え…と、す、すまない。立ち聞きなんてするつもりは無かったんだ…」と、生真面目なツェンが問われてもいないのに謝まる。
「ツ、ツェン様!い、今の…聞いて?」真っ赤になったフォーリーが、ツェンに涙目で問いかけた。
「…や…聞いたと言うか…聞こえたと言うか…す、すまない。し、しかし、その、本当だろうか?貴女が、わたしの事を…その…慕って下さっていると言うのは…」
「え、えと、それは…あの」と、どもりまくるフォーリーの背中をルミアーナがどんっと押した。
この場合、心情的にも物理的にも押したと言えよう。
「きゃっ」前のめりに転びそうになるフォーリーをツェンが抱き止めて支える。
「も、申し訳ございません!」そう言って慌てて離れようとするフォーリーの腕をツェンは引き寄せた。
フォーリーを腕の中に包み込みはなさない。
「すみません、今のを聞いてしまっては引き下がれません」とツェンはフォーリーを離さない様に包み込む腕や手に力を込めた。
「そうね、後は、二人でお話し合いなさいな」そう、ルミアーナがいうと気を利かせた周りの一同は二人をその場に残し、談話室に戻っていった。
ツェンは思う。
(ルミアーナ様ありがとう!皆、ありがとう!特に無理やりこの扉の前にこさせた怖いほうの精霊様ありがとう!と!)
***
そして、フォーリーとツェンは二人きりになった。
ツェンはフォーリーを抱きとめたまま離さずささっと抱きあげて、ルミアーナの自室(…といっても寝室とは別の個人的な書斎兼お茶会室のような部屋である)に一旦戻った。
「ツ…ツェン様、お離しくださいませ」と消え入るような声で言うフォーリーにツェンはきっぱり否定した。
「いや、フォーリー殿、先ほどの話を聞いてしまったからには離せません。離しません!」
「そ…そんな…話って一体どのへんから聞いて…大体どうして扉の前になど…」と心臓が口からでそうなフォーリーが、息も絶え絶えに聞くとツェンは、少しだけ困ったようなバツの悪い顔をして苦笑しながら答えた。
「え…と、精霊様に手を触れられたかと思った瞬間この扉の向こうに移動していて…幻聴が聞こえるとか何とか…からかな?」
「ほとんど、最初からではないですか!」と、フォーリーは真っ赤になり涙目でツェンを見上げる。
はうっぅ!フォーリー殿!その涙目の上目遣いは反則ですっっ!
…と、声をあげたくなったが、ツェンは辛うじて堪える。
フォーリーが嫌ならもともと無理強いをするつもりはなかった。
でも、どうやら自分の事を嫌いなわけではないらしい。
それどころか、自分の耳で「ずっと前からお慕いしています」等と聞いてしまったのである。
どうしてひきさがれるものだろうか?ここは押して押して押しまくるところである。
よくは、分からないが、いきなり固まったのも泣き出したのも、あまりにも彼女が初心すぎたのだと理解したツェンは喜びと共により一層、フォーリーへの想いが膨らみ爆発してしまっているのである。
「なんて可愛らしい人なんだ…貴女は…」
「そ、そんなこと…あっ」
ツェンはもう堪えきれず、フォーリーをおろしたかと思うと頭をひきよせ唇を重ねた。
フォーリーの奇天烈な反応はともかく、彼女も自分を慕ってくれているのだと思ったら、体が勝手に動いていた。
「ん、んんっ」
軽く口づけたかと思うとツェンはその愛しさに我を忘れ、続けざまに貪るような深い深い口づけをフォーリーに与えた。
フォーリーの全身から力がぬけてくたりとなる。
もう何も考えられない。
フォーリーは深い口づけどころか、口づけ自体が初めてだったのである。
ほっぺにするのとは訳が違う!
ひそかに想っていた、叶う筈もないだろうと最初から諦めていた相手からの激しいキス。
もう、フォーリーは許容範囲をこえて今にも気を失いそうである。
ツェンは、フォーリーの唇をひとしきり貪ると少しだけ顔をはなし再び耳元で囁いた。
「愛しています。どうか、私の花嫁となり、我が屋敷の女主人として…」
そこまで言うと、フォーリーは、急に我に返ったようにドンッとツェンを突き飛ばした。
「む!無理です!そんなの!私が女主人なんて!」と叫んだ。
「なぜ?貴女は私を慕っているとルミアーナ様に打ち明けていたではないか!」
「それとこれとは話が違います!」
「何が違うのです?私が貴女を好きで貴女も私を好きなら何の問題もないではありませんか?」
「ま、まず、身分がちがいます!私は侍女ですわ!」
「貴方は侍女と言え元々、子爵家の出で貴族ではありませんか!その上、王家や精霊様ですら従えるルミアーナ様の最も信頼されるお方!侯爵夫人になるのに何の支障があるというのです!?少なくとも我が屋敷の者達は大賛成で私を送り出してくれました」
「そ、そんな!でも私は姫様が死の縁より目覚めた時から固く決めておりました。生涯、姫様にお仕えするのだと!今さら結婚して、ましてや侯爵夫人になどなれません!」
「ルミアーナ様だって貴女が幸せになるならと賛成してくださいました。それとも貴女は私の事など本当は大して好きでもなかったのですか?」
「そんな!大好きですっっ!」と咄嗟に本音を出してしまったフォーリーにツェンは、ふっと笑う。
そして再びぎゅっとフォーリーを引き寄せ抱きしめた。
「でしたら、私は貴女を何としても離しません。観念して下さい。どうしても貴女がルミアーナ様にお仕えしたいと言うのなら、それでも構わない。王都に別邸を立てて、私がそこに通いましょう」
「ええっ!そ、そんな!でも、ツェン様には領地を治めるというお仕事が…」
「無論、領地も放っておくことは出来ません。ですから、こちらに通えるのは週に一度位になりますが、それでも私は貴女を他の誰にも渡したくないし、貴女以外の妻を娶りたくはないのです」
そこまで言われてフォーリーは、言葉を失った。
自分が密かに想っていた人にここまで言われたのだ。
心の動かぬ女性がはたしているものだろうか?
「わ…私は、どうしたら…」
「細かい事は主であるルミアーナ様も含めて相談して決めましょう。貴女はただ、頷いて下されば良いのです。あなたの気持ちを蔑ろにするような押し付けは絶対にしないとお誓い致しましょう」
「え…でも…あっ」
「すみません。逃しませんので諦めて下さい」
そして再び、ツェンに口づけられたフォーリーは、再び、何も考えられなくなりツェンの熱い想いに流され頷くしかできなかった。




