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目覚めれば異世界!ところ変われば~【Kindle本で1巻発売中】  作者: 秋吉 美寿(あきよし みこと)
番外編
215/228

304.ツェン・モーラ・ダート侯爵の恋 02~フォーリーとの出会い

 名騎手として名を馳せていたツェンは、馬車で丸二日はかかろうかという王都までの道のりを愛馬に乗り、一日で早駈けする。


 普通の馬なら潰れてしまうところだが、ツェンの馬はリゼラの愛馬と同じ希少種のガルディア産の黒馬である。

 気性が荒い分、タフで疲れ知らずなこの馬は三日三晩眠らずに走り続ける事も出来ると言われている。

 もちろん、そんな馬を乗りこなせる者は限られてはくるが。


 心がとにかく愛しいフォーリーに飛んでいるのだ。


 ツェンは思った。


(ああ、早く彼女に会いたい!一秒でも早く…!)


 フォーリー・ポリネット、現在二十七歳。(出会った時は二十四歳だった)

 侍女といっても子爵家令嬢の出で教養もある。

 栗色の髪に薔薇色の健康そうな頬。

 琥珀色の瞳は温かく優しく美しく、何よりその柔らかな雰囲気がたまらなく愛らしい。


 ***


 ~三年前のあの日~


 ダルタスの屋敷に訪れたツェンをアークフィル夫妻は心からの笑顔で迎えた。

 そしてルミアーナの後ろには慎ましやかに控えるフォーリーがいた。

 ツェンはフォーリーを見た瞬間、雷に打たれたかのようなショックを受けたのだ。


(か!か!可憐だ!)と、ツェンは思った。


 そう、ツェンの今まで知る女性といえば、騎士学科で知り合ったロレッタのような女騎士や、女騎士として名を馳せたリゼラのような女性ばかりある。

 さらに言うならば、フォーリーに出会う前、一番印象に残った女性というのが女神のように美しいが()強いルミアーナだった。


 そう、()()()()()()()()()()|女性ばかりだったのである。

(取りようによっては…もの凄く失礼な思いこみだが、実際その通りなので口にしても誰も怒らないだろう。うん)


「ダート侯爵家を引き受けてくれて助かった。ツェンは騎士としてもだが、領内の運営も任せて間違いないと俺は思っていた…」ダルタスは自分の采配に満足げに言った。


「そんな風に言ってもらえるなんて…わたしはクンテを止められなかったのに…」と、ツェンは申し訳なさそうに言った。


「あら?そんな事、気にされてましたの?あれはツェン様のせいではありませんでしょう?」とルミアーナが言うと紅茶をだしながらフォーリーも言葉を発した。


「そうですわ。ツェン様はむしろ巻き込まれたようなもの。お気の毒でしたわ」その声も優し気でツェンは内心、ドギマギした。


「あ、ありがとう」とツェンがフォーリーに声をかけた。

 フォーリーは、まさか侍女である自分に言葉が返ってくるとは思っていなかったのだろう。

「え?い、いえ、そんな」と、パッと頬を赤らめてうつむいた。


(くはっ!か!かわ…可愛い…)


 つられてツェンも、顔を赤らめた。

 なんて可愛らしい女性だろう…。

 それが、ツェンのフォーリーへ抱いた最初の印象だった。

 いわゆる”一目ぼれ”というものだったのだろう。


 ***


 それから、何度か仕事で王城に訪れた時には必ずツェンはダルタスの所に訪ねていった。


 出来るだけわざとらしくないように振るまっていたつもりだ。

 さりげなく、贈り物をしてみたり…。


 ちなみに、どう、さりげなくかと言うと…こんな感じである。


「いつも美味しいお茶やお菓子のお礼に」と、最近、街で流行っているというお菓子を持っていったり…、


「来る途中、慈善バザーの子供達に引き留められてしまってね、花を買わされてしまったのだけれど、男のわたしがもっていても仕方ないし、花もフォーリー殿のように可愛らしい方に愛でられる方が嬉しいに決まっている。もらってもらえるかな?」と言いながら、バザーごときで売っている筈も無い高級な真っ赤な薔薇の花束を贈ってみたり、


 …等々、決してやましい感じじゃないようにと本人は心掛けているつもりだ。

(本人の努力も空しく、かなり言い訳がましい台詞つきである)



 贈り物を受け取るときの少し遠慮がちな様子も、はにかむ笑顔も、ぽっと赤らむ頬も何もかもが、ツェンの心を鷲掴みにした。

 何もかもが可愛すぎるのである。


 自分も貴族令嬢でありながら、公爵令嬢であったルミアーナ様の侍女として慎ましやかに過ごしてきた彼女に警戒されないように、節度と距離を大事にしてきた。

(大事にしすぎて、早や三年…とうとう人生経験豊富な?老執事にダメ出しされてしまった訳だが…)


 今回のように王城に用事がある訳でもなく王都へ行くのは初めてである。

 出会って三年…仕事で訪れたのは半年に一度の割合だ…。

 半年に一度の短い逢瀬に心を躍らせてきたが、老執事ジェロームの言葉に目が覚めた。


 ジェロームは、こうも言っていたのである。


「旦那様、侍女とは申せ、かの月の石の主ルミアーナ様の信頼も厚く、貴族ご出身のフォーリー様でしたら旦那様以外からの求婚も数多あるはずです。のんびりしていると他のどこぞの貴族に浚われてしまいますよ?」と…。


 確かにそうだ!

 かのルミアーナ様の信頼も厚くしかも貴族令嬢、そして何より可愛らしく美しい!

 これまで、あんなにも素敵な彼女が独身でいてくれた事自体が奇跡に等しいのである!


 今まで、何を呑気に嫌われないことばかりに気を取られていたのか!

 自分の愚かさに自分を張り倒したくなる。


 こうしている間にも他の誰か高位貴族に彼女が見初められでもしたら…。

 そして主人のルミアーナ様がそれを認めたら!


 あの女性(ひと)を誰にも渡したくない!


 そう思うと、矢も楯もたまらなくなり鬼神のごとくダルタスの屋敷まで休むことなく馬を駆けさせるツェンなのだった。


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