303.ツェン・モーラ・ダート侯爵の恋 01~侯爵と老執事
ラフィリルの北西部、山を背に国境を護られた広大な土地にはダート侯爵領とモーラ伯爵領が隣接している。
三年と少し前にダート家の嫡男が廃嫡、その嫡男の幼馴染でモーラ伯爵家の嫡男だったツェンが弟にモーラ伯爵家を継がせダート侯爵となった。
前の領主が特にひどかった訳ではないが領民たちは現領主に変わったことを喜んでいた。
ツェンはそれまでの過剰な税を全て撤廃、しかも十年にさかのぼってまで取りすぎが認められる税を、領民へ返還し、返しきれない分は土地を無料で貸し与える事で対応したのである。
おかげで、領民にやる気と元気がみなぎった。
隣国からの難民も受け入れ土地を安く貸し与え住居を与えた。
ツェンは思いやりのある、しかも賢い領主だ。
そのおかげで僅か三年ほどの間に領地は潤い、領民たちにも笑顔がみられるようになった。
領地運営は順風満帆の彼だが、その彼が悩ましいため息をついていた。
「ああ~。会いたい…あの人に…」
ツェンがせつない独り言をつぶやく。
「会いに行けば宜しいのでは?」というのは、先代の侯爵からこの屋敷に仕える老執事ジェロームである。
「何を理由に?」とツェンがあきらめ口調で問いかける。
「そんなもの、どうとでも…真面目ですねぇ旦那様は…王城に寄ったついでにとか、旧友に会いに来たでも何でもよろしいじゃありませんか?」
呆れつつも、穏やかに老執事はツェンにそう言うとツェンは少し考え、その堪えきれなくなった思いをめぐらす。
「そ、そうか…そうだな…」
「それで、その方は、旦那様の事はどう思ってらっしゃるのです?」
「ど、どうって…何も…」
「は?」
「は?…て何?何だよ」
「出会ったのは三年前でございますよね?」
「そうだけど?俺が、ダート侯爵になったのもダルタスの骨折りからだったから、挨拶にと屋敷を尋ねた時に彼女に会ったんだ…彼女は…そう!何というか…まさに理想の女性だった。」
「月の石の主、ルミアーナ様の腹心の侍女のフォーリーさまですよね?」
「あ、ああ…」
「ご身分も子爵家とは言え貴族ご出身ですし何よりあのルミアーナ様の最も信頼する侍女様であれば、我が侯爵家の奥方に何の不足もございませんが?」
「おっ奥方って!おまっ!何を…」
ツェンはあけすけなく物言う老執事の言葉に真っ赤になる。
「なんと!旦那様はあの月の石の主、ルミアーナ様の侍女様と結婚する気もなく懸想されたと?まさか、弄ぶつもりではございますまいな?なんと恐れ多い事を!」
「なっ!ぶ!無礼な事を言うな!彼女は、そんなに気軽に扱っていいような女性では決してないぞ!」
そう言うと「ふっ」と老執事ジェロームが柔らかい笑みをもらした。
(だったら、さっさとモノにしてくればよいものを…!賢いくせに、こういう事はとんとダメなのだな。
まあ、人が好いというのか何というのか…)と呆れるジェロームである。
「それは、ようございました。では、とっとと行ってらっしゃいませ!何なら、旧友であらせられるダルタス将軍にでも奥方のルミアーナ様にでもご相談されて求婚でも何でもしてきてくださいませ!」
「なっ!そ!そんな…でも、いきなり求婚だなんて…嫌がられたり…しないかな?」
「何をおっしゃいます!旦那様は侯爵で、しかも傾きかけていた領地をたった三年で潤わせた立役者ではございませんか!そんな素晴らしいご領主様なんですから自信を持ってくださいませ!」
「そ、そうかな?」
「そうでございますとも!」
そう励まされたツェンは、とにもかくにも、まずダルタスに相談することにした。
そして老執事をはじめ、メイド、召使たちが、優しく賢く、でもちょっぴり奥手な主人を送りだした。
王都のダルタス・ラフィリアード公爵家へ!
「「「行ってらっしゃいませ~!」」」
ダート家の召使たちは皆、現当主ツェンの恋を心から応援していた。




