208.ダルタスの回想
翌日…ダルタスは、避難地であるラフィールの丘の天幕住居地区を見回りながら昨日のまるで夢のような出来事や衝撃の事実について回想していた。
正直いって、ダルタスは一瞬とまどった。
(全くもって、ほんの一瞬だけだけどね!)
愛する妻が自分の子を身籠ったという精霊賢者リーアの言葉に喜んだらよいのやら恐れおののけばよいのやら…という事にである。
精霊賢者の言葉によると、どうも始祖の魔法使い達のうち最も力を持った二人の魂は、生まれ変わる為の母体を長い間待っていたのだという…。
強大な魔力を持つ魔法使いとはいえ人間の筈、そんな事ができるというのは驚きだったが、ルミアーナがその母に選ばれたのは当然だろうとは納得できた。
血族の姫、そして魂に穢れのない心身共に健康で強い…そう、まさに、そんな姫はルミアーナ以外にはいないだろう。
しかも、美しく優しく可愛いのだから、生まれる前から親が選べるものであれば、そりゃあもうルミアーナが選ばれてしまうのは至極あたりまえだ!と、うんうんと一人頷き納得してしまう。
(のろけか!?とツッコミたくなるような考えなのだが、ダルタスは全くもって?真剣である)
そして、さらにダルタスがルミアーナに感心してしまうのが、現状の様子である。
避難場所だというのに、ここには笑顔が溢れていて、皆復興に意欲的で前より綺麗で立派な街にしようとはりきっている。
何よりルミアーナ指導のもと配給される”炊き出し”の食事がべらぼうに美味しいのだ!
幸い、早い時点で避難していた者たちの中には家畜を連れてきた者もいて牛乳などもある。
無事だった野菜などはすみやかに一か所に集められルミアーナの言う手順で料理されていく。
調理をする城の調理人たちや手伝いの女達はこんなに美味しく珍しい料理が覚えられて大喜びだという。
大量に作られた”クリームシチュー”なるものや、肉とは思えないような、でも、肉の旨みがぎっしりと詰まったハンバーグ。はたまた隣国から仕入れていたという”米”とやらで作った”おにぎり”なるもの…。
そうそう、野草や雑穀がたっぷり入った”雑炊”なるものも非常に美味しかった。
食べるものが美味い!
これが、皆のやる気を何倍にも増やした秘訣だと思われる。
ルミアーナが作った数々の料理は、今までの食事しか知らなかったこの世界の者達からすると、かなりの効果がある”ご褒美”だったのだ。
なにせ、庶民はもちろん貴族ですら食べたことのない様な料理の数々である。
しかも、ルミアーナは言ったのだ。
「働かざる者食うべからず!」…と。
皆、がんばった。
小さな子供達ですら、率先してお手伝いをしてはルミアーナに頑張った報告をしにくる。
そして、ルミアーナは用意していたお菓子や飴を子供達の口に一つだけ入れてやるのだ。
子供達はお菓子はもちろん綺麗で優しいお姫様のルミアーナに優しい言葉をかけてもらえてしかも、お菓子を食べさせてもらえるのが嬉しくてたまらない!
それはもう一所懸命にお手伝いをするのだった。
まだ、ほんの小さな子までルミアーナのところへ、とことことやって来る。
「お姫ちゃま、今日ね、私ね、頑張ったんでしゅ。あ~ん」などと言って飴玉をもらうのである。
そして、ルミアーナは何を頑張ったのか優しく聞いて、大げさなくらいに褒めて頭をなでてやるのだ。
見ていて、実に微笑ましい。
(ちなみに飴はルミアーナ特製、砂糖を煮詰めて冷やしただけのべっ甲飴である。
お菓子は、もともと兵士達に差し入れをしようとクッキーを沢山焼いて保存してあったので、それを子供達に分けてあげている。)
ダルタスもだが周りの者、皆が、この光景に癒されている。
大人達も大変な作業の間の昼飯!作業を終えたあとの晩飯!がんばって夜を通して作業する者には夜食!
これが、すごくやる気の出るご褒美となっているようだ。
ちなみに夜食には、お米を炊いてにぎって塩をふった”おにぎり”やパンにハンバーグなるものを挟んだ”ハンバーガー”を支給するというのだ!
これも、ものすごく美味いとダルタスは思う。
中には、あからさまに、この美味しい夜食や食事目当てで頑張るものも居るようだ。
血族の姫であり、月の石の主であるルミアーナが、身分に関係なく能力のある技師や大工をかき集め街の再建チームを結成し、気軽に話しかけては提案しているので、貴族たちも身分に甘えてふんぞり返っている訳にも行かない。
何よりも驚くべきは、ルミアーナの仕事の速さである。
昨日の今日でこれなのだ!
予測不能な”災害時の機転!”
これは、一軍の将でもなかなか上手くはいかないものだ。
もしかしたらルミアーナは、自分よりも将軍の才があるかもしれないと本気で思うダルタスである。
腰の重かった貴族たちですら、尻を叩かれ背中を押され…と言った感じで、ルミアーナや将軍である自分、王家の指示を仰ぎながらも復興の為の努力をしている。
貴族の領民への態度もルミアーナより偉そうにするのは憚られるのだろう。
(あたりまえだ!)
今まで、偉そうで憎たらしかった領主達の態度も随分と控えめになった。
これだけのことでもルミアーナの人気は高まり、留まることをしらない。
既に信仰と言っても良いのではなかろうか?
(ルミアーナ信仰?)
精霊信仰の厚いこの国でその精霊を従えるルミアーナはもはや生きて現存する女神のような存在である。
なのに、当の本人はまるで、王侯貴族、庶民、関係なく、ご近所さんに話しかけるように親し気に話しかけるのである。
そんな彼女に誰もが夢中である。
そこまで回想するとダルタスは、「うむ、やはり、ルミアーナは、最高だな。俺の気持ちは未来永劫ルミアーナだけのものだ!」と熱く幸せなため息をはく。
そんな妻に子供が!しかも双子!むちゃくちゃ楽しみである。
自分がお父様でルミアーナがお母様なのである!
(しつこいようだが、あたりまえだ!)
もともと、考え方がざっくりしたダルタスには、”始祖の生まれ変わり”がどうとか、どうでもいい。
些末なことだ!
まっさらな記憶で生まれてくるのなら自分達の愛し子に違いない訳だし、細かい事は、どうでもいいのである。
(いや、普通の人からしたら全然、細かい事でもないけどね?けっこう大事だけどね)
もともとおおらか(大雑把)なダルタスは、もう、ルミアーナと結婚してから幸せが止まらない!この大地震ですら、大したことで無かったようにすら感じてしまっているのだ。
神殿のあった王都とシムの街々は崩れ落ち、大地は割れ、更には魔物と化した動物たちの襲撃によりすっかり廃墟と化した。
それは、未曽有の大災害かと思われたが、それでも皆の心は希望と期待に満ちている。
なんと、これほどの大災害でありながら負傷者は若干名のみ。なんと死者にいたっては一人も出なかったのである。
人々は大人から子供まで、老人達までもが生き生きとし、自分の役割を求めて張り切っている。
貴族も庶民も皆が頑張っているのだ。
なんといっても国王とあのアクルス王太子が丸太を抱えて走っていたのは驚愕した。
王妃様は刺繍が得意らしく、貴族令嬢達を集めて天幕の穴をせっせと繕っていた。
随分、上品な柄つきの天幕になりそうである。
花柄の刺繍の入った天幕はどうなのかとは思うが、雨漏りしなければまあ良いかと思うダルタスである。
ルークや神官達は砕いた黒魔石の残骸を集めて処理している。
精霊に浄化された石は良質の魔法石として、今後の街の復興や護りに役立つらしい。
邪気から解放された銀色の竜も、シム神殿の神官長によって保護された。
邪気に覆われていた時は身の丈5メートルはあろうかというような大きさで禍々しい黒い気を放っていたが、今は両の手の平に収まるほどの大きさで色も美しい白銀色かつ清廉な姿である。
しかも、人によくなついていて可愛らしい。
取りあえず、精霊たちの僥倖も他国へのけん制となったのだろう。
この機に乗じて侵略してこようなどという大それた国は見当たらない。
復興支援と言い隣国のジャニカ皇国は今朝一番に大量の米や穀物をルミアーナ宛に送ってきた。
月の石の主のいるラフィリア国に敬意を表し、献上するとの書面がついており、それには現皇王と前皇王の印が押されていた。
必要な物資、人材ともに援助は惜しまないとの申し入れだ。
ルミアーナは、ダルタスや国王と相談し、それを国としての援助として受け入れ、ジャニカとの友好関係をより良いものとした。
一時はどうなるかと思ったが、ルミアーナが関わると物事は良くなるらしい。
今回、自分が男気をだして、ルミアーナを残してシム神殿に向かった事も後悔している。
結局、無事だったからよかったものの、自分よりルミアーナを危険な目に合わせてしまったのだから。
今後、ルミアーナの言う事は一般的に考えて多少無茶なことでも全力で聞くことにしよう。
そして、ルミアーナの可愛いお尻になら喜んで敷かれてしまおうとダルタスは固く決意した。
今後の野営や遠征にもルミアーナが望むなら一緒に行ってもいいかな?
いっそ、ルミアーナが将軍で自分が副将軍でもいいんだけどな?とか馬鹿な事を考えて一人ほくそ笑むダルタスなのだった。




