205.割れる空~精霊賢者の行進~
その時、騎士たちは奇跡をみた。
崩れかけた瓦礫は宙に浮き、まるで時間が止まったかのように静止している。
ルミアーナが両手をかざし、まるで時間を止めたかのように見えた。
そして、まばゆい光が立ち上りその光に埋もれるように浮かび上がるルミアーナの体。
光の河が天に上り逆流しているかのように流れ、身を任せるように空高く舞い上がる。
ルミアーナは、その手を空にかざし天に向かって叫んだ。
それは身の内からの声だった。
美羽の記憶をもつ自分…。
ルミアーナの記憶を持つ自分…。
そして、この身の内にある更なる人格達に身をゆだねた。
今のルミアーナは美羽でもルミアーナでもなかった。
そしてそれは助け手を呼ぶ言葉を紡いだ。
「始まりの時代より築きし精霊賢者の御名を呼ぼう!アウンヘルム・デジアデオ・ラターナリアム・クデオルム・デ・ルメーナゥム・○△※○・ミュウム・リーア!遥かなる時の彼方より分かちし友の絆と盟約の証を示し、ここに降りたち助け手となれ!」
精霊賢者のその名は長く、聞き取ることも発音することも出来ぬような部分すらあった。
そして光は、「どぉぉん!」という大きな音をたて、この世界の国々すべてが見る事が出来るほどの光の柱となって上り立った。
その時、地下ではダルタスや部下、そして精霊タスが、その現象に驚き固まっていた。
今、真に轟音と共に天井が崩れてきて、埋まる!と思った瞬間、ルミアーナの叫びが聞こえ全てが止まったのだ。
迫りくる瓦礫や土や砂利。
「い…一体?何が起こっているんだ?」ダルタスが呟く。
「魔法?なのか?」と部下の一人が呟く。
「「「魔法?」」」
「ルミアーナ姫様の?」誰かがまた呟いた。
「「「姫の?」」」皆が息を飲むように反復する。
目の前の石や、瓦礫が落ちる寸前で空中に止まっているのをそっと手で頭上に物が落ちないように避けていく。
そして開けた天空の様子に一同は息をのんだ。
光の柱の中心で何かを詠唱するルミアーナがいて、その姿があまりにも神々しかったのである。
その言葉は精霊賢者の御名を唱えているようだったが、聞き取れない発音も入っていてまるで呪文のようだった。
「タス…これは…一体…」
「主が…いや、まさか…でも、人には発音できないであろうはずの、○△※○の御名まで正確に唱えて…精霊の長…精霊賢者リーア様を召喚しようとしておられる…」
「何?何といった?これは、精霊の長を召喚させようとしているのか?ルミアーナが?」
「そのようだ」とタスが眉をよせ、何やら思案顔で答えた。
「なんだ?何故、ルミアーナがそんな事が出来る?”月の石の主”とは生まれつき、そんな事までできるものなのか?」
「私にも分からぬ!今の主は…まるで何かに憑かれてでもいるような…」
「いや、しかし、助け手を呼ぶというのだからその精霊賢者とやらになら、あの黒い竜の魔物やこの巨大な黒魔石をも何とか出来るというのか?」とダルタスが尋ねる。
「むろんだ。だが…ルミアーナ様の魔力が…もつのか…」
「何だと?魔力?」
「そうだ、”月の石の主”となれるのは潜在的にでも莫大な魔力をその身に宿しているからこその主だ!我ら精霊を具現化させられるのも主の魔力が源になっているからだ。今日だけでも我を含めて三人もの精霊を実体と成しているのに…この上、異界にいる精霊賢者様まで呼び寄せるとなると…」
「何だって言うんだ!ルミアーナは、どうなってしまうんだ!」とダルタスの声が荒くなる。
タスは、苦悩の表情で膝をつく。
そのタスのただならぬ様子にダルタスの不安は募った。
***
その光の柱は避難所にいるリュートやルーク王子達の目にも映っていた。
「あの光は!まさかっっ!精霊軍!?今の主にそんな…そこまでもの魔力があるはずが…!」とリュートが叫ぶ!
「ど!どうしたのですか?リュート様!あの光は、一体!?それに、魔物たちが皆、大人しくなって…!あれは、ルミアーナの浄化の光では?」とルークが問う。
「馬鹿な!あれは、召喚の光の柱だ!精霊界から精霊を呼び寄せる最高召喚術だ!」
「えええっ!」
ルークは驚いた。
ルミアーナが、そんな方法を知っているとは、思えない。
一体全体何が起こっているのかと動揺した。
「そ、そんな、すごい召喚術…ルミアーナは大丈夫なのですか?」と、伺うルークにリュートは激しく首を左右に降る。
「あれは、かの昔、其方らの祖先七人の魔法使いが魔力を注ぎ我らが精霊賢者リーア様を呼び寄せし術だ!あんなもの主一人で行えば主の魔力は力付き干からびてしまうわ!主と共にいた精霊たちは何をしているのだ!主を止めねば!」とリュートがその場から姿を消しルミアーナの所へ飛んだ。
だが、その時には既にルミアーナの召喚詠唱は紡ぎ終えていた。
「主よ!そんな!死んでしまうぞ!」
空が割れ、そこからは光が漏れた。
遠く天から響くような銅鑼の音が聞こえる。
「「「「う~」」」」
「「「「「「はぁーっ!」」」」」」というような軍勢の雄叫びが響く。
光の割れ目からペガサスと銀色の鎧を身に着けた美しも逞しい精霊の戦士たちの軍勢が一糸乱れず列を成し続々とこの人間界に降りてくる。
そしてニ万は越そうかという軍勢がこのラフィリアの空を埋めつくしたのだった。
一糸乱れぬその行進の中には白銀色の甲冑を身にまといし精霊賢者アウンヘルム・デジアデオ・ラターナリアム・クデオルム・デ・ルメーナゥム・○△※○・ミュウム・リーアの姿があった。
ペガサスが駆けると光の粉が降り注ぎ、ラフィールの丘に溢れていた魔物たちはたちまち浄化され可愛らしい無垢な動物たちの姿に戻り森に散って行った。
その光は黒き竜にも降り注がれた。
そして一瞬にして美しい白金色の小さき竜へと変貌し気を失ったまま横たわった。
あっけなさすぎるほどの一瞬で邪気は消え去り、世界が一瞬光に包まれその光が弾けた。
気づくとダルタスの足元に埋まっていた巨大な黒魔石さえ一瞬で透明な水晶へと変わり果てた。
この光景を目の当たりにした全ての者が驚き言葉を失った。
(一体、これまでの苦労は何だったのかというほどの呆気なさに皆が呆然としている)
そんな中、ダルタスやタス、そして魔法で瞬間転移して駆けつけたリュートは、ルミアーナがどうなってしまうのかとそればかりを思っていた。
そして精霊賢者リーアは、愉快そうにルミアーナに言葉をかけた。
「我を召喚せし”月の石の主”よ…なんと懐かしい事か…」
そう言いながら精霊賢者リーアは甲冑を取る。
真っ白な長い髪、長いあご髭、深い皺とするどい眼光を持つ、いかにも賢者という風貌の老人だが、精霊で、この風貌であることから、齢五百歳は越えているであろうことが窺えた。
そしてルミアーナの姿をしたルミアーナではない人物(人格)が精霊賢者リーアに答える。
『久しいなぁ!リーア!相変わらず偉そうだな』
「ふぉっふぉっふぉっ!そんな口のきき方も実に懐かしいのぉ三百年以上ぶりか…ようやく転生の時がきたようじゃの?」透き通るような白髪の精霊賢者は長いひげを触りながらわらった。
『『そう、ようやくね』』ルミアーナの内なる者達が答える。
『僕らが宿れるほどの健康で強くて穢れのない…血族の姫が現れてくれたからね』
「デュローイ、メデルエオーサ、会いたかったぞ」
『ふふふ、そうね、私達の記憶は生まれ直して真っさらになるけど、記憶のあるうちに、また会えてうれしかったわ!リーア!』と、もう一人の人格がルミアーナの顔で微笑む。
そんな中、とうとうリュートがこらえきれずに、口を挟んだ。
「恐れながら!賢者リーア様!我らが主ルミアーナ様はどうなったのですか!まさか、主の体は今、話されている他の誰ぞ達にのっとられているのですか!」と、叫んだ。
ダルタスも固唾を飲みその答えに耳をすます。
「おお、ひよっこの精霊か?ふむ、主への忠誠心はなかなかじゃが、この事態が飲みこめておらぬとは、まだまだじゃのう?」と笑った。
「っ…」とリュートが跪きながらも納得の出来る答えが返らぬことに悔しそうな表情をする。
「これこれ、そんな顔をするでない…。大丈夫じゃ!この者達は、転生を待つ穢れなき魂たちじゃ。三百年前この国を誕生させた七人の魔法使いの内の二人の魂が生まれ変わるためにの…」
「まさか!主の体を乗っ取って転生しようというのですか?」とリュートが真っ青な顔で精霊賢者にくってかかった。
「ふぉっふぉっふぉっ!だったら、どうだというのじゃ?」と精霊賢者リーアが悪戯っぽく笑った。
するとダルタスとリュート、そしてリジーやオリー、タスまでもが、神にも等しき精霊賢者を睨みつけた。
ダルタスは勿論、月の石の精霊たちにとっての主はルミアーナこそが唯一無二の存在なのだから!




