203.内なる声
一方、ダルタスが埋まったことにはショックを受けたものの、月の石で無事を確認できたルミアーナの気持ちは、俄然前向きになっていた。
結界によりこちらに避難所があると魔物達から認識はされてはいないものの、魔物たちは無差別に街になだれ込み丘にも上がってきた。
そしてついには、黒い竜が無差別に放った黒い炎が結界の一部にかすってしまった。
轟音と熱風に人々は不安を煽られ悲鳴を上げた。
人々の恐怖は魔物にとって、虫を呼び寄せる甘い芳香のようなものである。
結界のわずかな隙間から漏れ出た人々の恐怖は魔物たちを引き寄せた。
とたん魔物たちは一斉に丘を目指し押し寄せる。
小さな魔物たちの攻撃は結界によって阻むことが出来たが、黒き竜の黒い炎にいたっては先ほど少しかすっただけで結界が裂けたほどの威力だった。
黒き竜がここに狙いを定めるのはすぐだろう。
即断即決を迫られる中、ルミアーナは冷静だった。
ルミアーナが、覚悟を決めて、騎士団ウルバ隊に召集をかける!
「とにかく竜をここから引き離すことが先決です!ウルバ隊!私に命を預けてついてきてくれますか?」
「「「「「もちろんです!」」」」」
「「「「もとより我ら姫に騎士の誓いを捧げし者ども!」」」」
「「「「うぉぉぉぉー!」」」」
リゼラを含むウルバ隊の騎士たちは皆が勇敢にこたえ、拳をかかげ雄叫びを上げた。
「正規軍の皆はこのまま、魔物に備えよ!」
ルミアーナが、正規軍にも指示をだし、結界から出ようとする。
「お待ちください!ルミアーナ様!将軍からはくれぐれも姫様をお守りするようにと!」と副将軍が言うが、ルミアーナはそれを一蹴する。
「今、安全な場所などどこにもないのです!ダルタス様も地の底です!私の命に従いなさい!”月の石の主”として命じます!正規軍はこの丘を死守しなさい!」
「「「「「「はっ!」」」」」
その気迫に押され思わず正規軍の兵たちが敬礼を取りながら返事をする。
「し!して、ル!ルミアーナ様は?」と、それでも副将軍はさらにルミアーナに食い下がる。
このまま、姫を死地に向かわせてもよいものかと、戸惑っているのだ。
「私は、ウルバ隊を率いて竜をここから引き離し、地中に埋まったダルタス様の救出に向かいます!」
「そっそんな!あぶな…」と副将軍がまだ引き留めようとすると
「やかましいっっ!一刻を争うときに、四の五の言わず従いなさいっっ!」
「は!ははっ!」
ルミアーナは勇猛果敢な筈の副将軍をもその気迫で黙らせた。
ルミアーナは結界を張り続けるリュートを振り返る。
「リュート!ルーク王子や神官たちと結界を頼むわよ!」
「主よ!無茶は…」とリュートがいいかけるが、ルミアーナはもはや聞いてはいなかった。
リュートも丘全体の結界となると、さすがにその場を離れることも出来ず、珍しく苦悩の表情を浮かべた。
「ウルバ隊!出発!」
「「「「「「おうっっ!」」」」」
ルミアーナが馬に乗り結界から飛び出すと、ウルバ隊三十名も後に続いた。
そして、一心不乱にシム神殿に向かう。
魔物たちの半分以上はルミアーナ達についてきている。
残りの魔物は結界が開いた時の人々の恐怖に引き寄せられていいるのだろう。
ただ、幸いなことに?黒い竜は、丘の上の避難所には目もくれず、馬で飛び出たルミアーナに狙いを定めたようだ。
苦しくもルミアーナの作戦は成功した。
あの竜以外の魔物程度ならリュートの結界と正規軍の防衛で何とかなるだろう。
走りながらルミアーナは次の手を考える。
一刻を争う今、、とにかく竜だけは結界から離さなければならない。
ダルタスが生きていて黒魔石を全て砕いたのなら竜も何とかなるのではないか?そう考えながら馬を走らせているその時だった。
自分の身の内から声がしたのだ。
『ルミアーナは魔物を殺したくないんだよね?』
『ルミアーナは、殺さなくても魔物を浄化できるよ?僕たちが力を貸すよ!』
(え?な!なに?この声…リュート?…じゃない…タスでも、オリーでもリジーでもない…)ルミアーナはその声に驚き耳を傾ける。
(殺さなくても浄化できるって?)
『ルミアーナの”気”を魔物の体の中心にぶつけてやればいいよ。』
(…って、そんなんで大丈夫なの?リュートやダルタス様は殺さないと止まらないって…)
『ああ、精霊でも知らない事はあるからね~ルミアーナの放つ”気”に僕達の”気”もこめるから大丈夫』
(…!精霊でも知らない事って…精霊じゃないの?)
『うふふ…』
『あはは…』
まるで、自分の中から聞こえる声…、美羽?いや、違う!また別の誰かの意識が自分に話しかけてくる。
不思議と暖かく優しく感じるその声。
ルミアーナはその声を信じてみることにした。
隊の後ろに回りこむと、今にも自分達に追いつきそうな魔物がいた。
「うりゃぁああああ!」柔道で一本背負いを決めるときのような雄たけびをあげ、その魔物に気を放つ。
ルミアーナが放った気が魔物の一匹に見事に命中した瞬間、黒い塊がぶしゅっっと音を立てて吹き出し、中から金色の子供の狼が現れた。
体も半分以下の大きさに戻り、きょとんとしている。
後方から押し寄せる魔物に再び飲み込まれぬように、馬に乗ったまま金色狼を救い上げ再び前に出る!
「「「おおお!さすがルミアーナ様!」」」騎士たちは走り続けながらも感嘆し声をあげる。
「さすがは、月の石の主よ!」
「「魔物を浄化するとは!」」
死を覚悟してついて来た騎士達の心に希望がわいた。
竜も様子を伺っているのかすぐには炎を仕掛けることなくルミアーナたちの誘いに敢えて乗るかのようにシム神殿の方についてくる。
休むことなく走り続けたルミアーナ達はダルタス達の埋もれるシム神殿跡にたどり着いた。
ルミアーナは馬から降り立ち、すぐさま皆に指示を出す。
「オリー!リジー!防御の結界を!皆は結界の中で瓦礫をどかせる作業をしてっっ!」
「「はっ!」」
オリーとリジーが防御の為の結界を張る。
これは、魔物から姿を隠すものではなく防御する為の結界で魔物からも中は丸見えである。
ルミアーナはその結界の外に立ち、群がる魔物に片っ端から”浄化の気”を放ち魔物を浄化しては結界内に放り込んでいった。
その生き物たちのほとんどが、可愛らしい小動物か聖獣だった。
最初に浄化した金色狼の他に、ウサギや野ネズミ、更にはユニコーンやペガサスまでいた。
「「姫っ!加勢いたしますっっ!」」とウルバやテスが、結界の外に出てこようとするが、ルミアーナがそれを止めた。
「駄目よっ!あなた達では魔物を殺してしまう!魔物は浄化さえしてしまえば罪のない無垢な魂をもつ生き物たちに戻るのよ!」と叫んだ。
たとえ甘いと言われても、ルミアーナに浄化の力があるのなら使わない手などとれようはずもない。
騎士たちはルミアーナに言われ、苦い表情で結界内にとどまる。
そして、ダルタス達を救うべく瓦礫をどけながらもルミアーナの壮絶な戦いに目を見張った。
素早い動きで魔物をかわしつつも、次々にその両の手から放たれる目に見えぬ力で魔物を次々に浄化していく様子は壮絶だった。
ルミアーナは魔物の瘴気が黒く弾けとぶ中、それすらよけて次の魔物に対峙する。
その姿は、まるで美しい舞の様だ。
そんな中、徐々にルミアーナも疲れてきていた。
はぁはぁと肩で息をする。
(おかしい…このくらいで息が上がってしまうなんて…やはり、”気”を放つというのは相当消耗するものなのだろうかとぼんやり考えていると、また内なる意識が語り掛けてくるのを感じた。
『キリがないね~?』
『うん、数が多過ぎるよね~?』とまた、先ほどの内なる声が聞こえてくる。
『瓦礫も、あれ以上動かしたら、そろそろ危ないんじゃない?』
『うんうん、このままだと崩れ落ちちゃってダルタスもろともぺしゃんこだね~?』
(なんですって?)とルミアーナが焦った。
『それは、まずいよね~?うん』
『ルミアーナも、これ以上暴れるの、あんまり良くないよね~?』
『うんうん、疲れちゃうし、怪我でもしたら大変だしね~?』
と、何やら、自分抜きで自分の中で話し合っている。
(なっ!私は大丈夫よ!ダルタス様を助けてっっ!)とルミアーナは、内なる声に願った。
『う~ん、じゃあ、もう呼んじゃおうか?』
『そうしよう、そうしよう』
(誰を?)とルミアーナは心の底から問うた。
『全てを浄化し瓦礫も取り払うことの出来る”助け手”を!』
『召喚しよう!召喚方法はねぇ~』
ルミアーナは深く頷き、一旦結界の中に避難した。
迷いなくルミアーナは内なる声に従うことにしたのだ。
ルミアーナは皆に声をかけた。
「皆、作業の手を止めて!それ以上動かすと、下にいるダルタス様達に瓦礫の塊が落ちてしまうわ!」と指示を出した。
「「「はっ…!」」」
騎士たちは、青ざめて手を止めた。
「し…しかし…それでは、一体どうしたら…」
「「「くそうっ」」」
騎士たちに絶望感が広がったその時だった。
黒い竜が再び、黒い炎を結界に向かって放った!
そして、まともに黒き竜の黒い炎を浴びた結界は一瞬にして破られたのだった。




