200.ルミアーナ、立つ
「姫様っっ!」
「ルミアーナ様っ!」
フォーリーとリゼラは叫び、周りにいたもの達と駆け寄る。
「ああ、ルミアーナ、可哀想に…」と王妃や母のルミネが涙ぐむ。
ルミアーナに、別人の記憶があることなど知らない親たちは愛しい人に置いて行かれ、案じるルミアーナの気持ちを心配していた。
「息子はきっと生きて戻りますわ!愛しい妻を悲しませたままには決して致しません!」とネルデアが気丈に言い放つ。
「そ、そうね、そうですとも!私たちの将軍を信じましょう」
王妃もルミネも強く頷く。
リュートが、避難所になっているラフィールの丘全体に結界を張った。
ルーク王子も神官達を取りまとめ祈りを込めて魔法力を結界の補強に注ぐ。
淡い光の膜で覆い、魔物からはこちらが認識できないようにしたのだ。
これだけでも人々の不安はかなり軽減された。
まだ安心はできないまでも避難してきた貴族たちも庶民たちも一様に胸をなでおろした。
天幕の中、意識をとりもどしたルミアーナの側には母やリゼラやフォーリー達がつきそっている。
「ルミアーナ…大丈夫?」母ルミネが優しく声をかける。
すると目覚めたルミアーナは先ほどとは打って変わって、しっかりとした眼差しをまわりに向けた。
「お母様、皆、取り乱してごめんなさい。もう…大丈夫です。フォーリー、動きやすい服を…着替えます…。ズボンとブラウスを持ってきてちょうだい。それと、貴族の令嬢たちにも出来るだけ動きやすい、いざとなったらいつでも走って逃げられるような服装になるように伝えてちょうだい」
気丈に振る舞うルミアーナにフォーリーやリゼラはほっとした。
母だけは、ルミアーナが無理をしていると思い痛ましそうにルミアーナを見ている。
が、しかし…
ルミアーナは、無理などしていない!怒っていたのだ。
自分を置いて行ったダルタスにも、自分に従わなかったリュートにも…、
そして何よりふがいない自分自身にである。
そもそも、美羽だった自分がルミアーナの記憶と魂を混ぜ合いながらも入れ替わり”月の石の主”としてここに在るのは何故なのか?
この世界を浄化し救うのが自らの使命だったのではないのか?
少なくとも、隠れ守られる為ではないはずだ!
ルミアーナは着替えながらも次々に指示を出す。
「それと、フォーリー、リゼラ、あなた達に渡している月の石を出してちょうだい」
「「は?」」
「「あ、は!はい」」と二人はポケットからルミアーナから通信用にと渡された月の石をルミアーナに差し出した。
ルミアーナが、二人の月の石に語りかける。
「月の石に宿りし精霊よ、姿を現わしなさい!貴方たちに名前を授けます!」
二つの石を掲げた。
「リゼラに預けた月の石に宿りし精霊!あなたはリジー!」
「フォーリーに預けた月の石に宿りし精霊!あなたはオリーよ!」
とっさに名付けた名前が持たせた者の名前に似せたのはルミアーナ自身が忘れないようにである。
そして月の石が光りだす。
「「「おおお」」」と母やリゼラ、フォーリーが驚く。
「「主よ、何なりとお申し付けくださいませ」」リジーとオリー、二人の精霊が実体となり現れた。
リジーは、赤みがかった光沢のあるプラチナブロンドに、赤茶の瞳をしていている。
オリーは、柔らかいクリーム色のブロンドに金茶の瞳をしていた。
二人ともさすがに精霊というべき美しさである。
性別はないと言うことだが、リュートと比べると一見すると女性に近い感じがする見た目だった。
「早速だけれど、相談にのってもらうわ!今、あなた方と同じ精霊のリュートがこの避難所、丘の上全体に結界を張ってくれているのだけれど、今、起こっている大体の状況はわかってくれているかしら?」
「「大丈夫です。主よ、私達は、この者達と主の通信で言葉も理解しておりますし、今回の事態も感じておりました」」
「我らも、もっと主の役に立ちたいと思っておりました。呼び出して頂けた上に名まで与えて下さり光栄です」と、ひざをついた。
「そうです!リュートばかりでなく私たちにも頼ってくださいませ」と、現れたばかりの精霊は嬉しそうにルミアーナに、話しかける。
「たのもしいわ!早速だけれど、以前の事までわかるかしら?以前、ダルタス様とルーク王子がラフィリア大神殿で黒魔石を砕き魔物になった神官や神殿長を救った時の事なのだけれど」
「「はい、大体は…」」
「あの時は大量の月の石で魔物や邪気が浄化されたわよね?今回も私が大量の月の石を生み出せばいいのかしら?」
「「それは…」」二人の精霊は難しそうな顔をした。
「どうしたの?難しいのかしら?以前は私が怒ったり泣いたりしただけで、ぼろぼろ生まれていたのよ?」
「ルミアーナ様、月の石は魔法石の結晶からできます。」
「ええ、それは、聞いてしっているわ」
「つまり自然界の魔法石の数が少なければ月の石は生まれません」と、リジーが言うと、オリーも続けて進言した。
「既に、ルミアーナ様はこの国のほとんどの魔法石を月の石に生まれ変わらせています」
「何?つまり、もう大量には作れないという事?」
「「はい」」
「…何か、今回の魔物を鎮める術はあるかしら?」
「「…」」
「既に産み出した月の石をシム神殿に集めるとか…」
「その方法では今度は月の石が無くなった所の黒魔石が暴れだすやもしれません。」
「そうです。そもそも、この世界の始まりの地、ラフィリルの大神殿が黒魔石の支配を受けたということは、長き間の"月の石の主"不在による世界の汚れが、限界に来ていた事の兆しだったのでしょう」
「何か方法はないの?」
「精霊界の戦士や、長老…精霊賢者様にお出まし頂ければ…簡単に…いえ、やはり無理です」
「ええ、危険です…」
二人の精霊は言いにくそうに口ごもる。
「なに?」
「精霊界からの精霊の召喚など、ルミアーナ様の身の内の魔力を激しく消耗致します…。多分、お命に関わります…」
魔力?その様なものが自分の身のうちにあったのかと内心ルミアーナは驚いたが、そこはさらっと流して話を続けた。
「その精霊界の長老方を呼び出すのはそんなに大変なことなの?」
「「はい」」
「長老方はそもそも、ルミアーナ様の祖先、始祖の魔法使いが契約を交わした精霊方です」
「長老方の主はあくまでも始祖の魔法使い…今のルミアーナ様ではないからです」
「それに長老方は月の石を依代に出てきたりはいたしません」
「始祖の偉大なる魔法使いと同等の莫大な魔法力を必要とするのです。」
「そんなに始祖の魔法使いの力は大きかったの?」
「「はい、そう伝え聞いております」」
「何しろ、魔法使い達の後々の血族にまで精霊界の精霊を加護につける契約を果たせるほどの力を持っていたのですから相当なものだったかと…」
「…そう…」ルミアーナは、悔しげに俯くが、直ぐに思い直したように、すべき事を考える。
「ダルタス様達の様子を映し出せる?」
「「それなら、お安い御用です」」
精霊たちは天幕の中にあった水瓶にその様子を映した。
「「「おおっ」」」とリゼラ達が感心する。
リュート以外の精霊もなかなか使えるようである。
シム神殿に向かうダルタス達は苦戦していた。
何しろ魔物の数がすごいのである。
シム神殿の地下に沈んだ黒魔石の量はラフィリル大神殿の比ではなかったのだろう…。
むしろこれまで、表面化していなかったのが不思議なくらいである…。
ダルタスを始め討伐隊の持つ剣はリュートにより精霊の祝福を与えられ、黒魔石をも砕き魔物も切れる剣になっている。
しかし、魔物を切りつけてその返り血を肌に直にあびれば肌は焼け付き魔に蝕まれる!
そんな中、ダルタスは返り血も浴びず、次々と魔物を仕留めている。
確実に急所を仕留めているのだ。
その顔はつらそうである。
ダルタスもまた罪のない生き物を手にかける事は不本意なのである。
ただ、ひたすらに自分の情を押さえ、後方にいる部下たちへの被害を最小限にとどめつつ前に進もうとしているのだ。
そして確実にシム神殿の瓦礫後へと向かっている。
ルミアーナは苦しい表情でそれを見る。
(ダルタス様も本当は魔物たちを殺したくはないのに心を鬼にして戦っているのだわ…すべては、私達を守るために…)
ルミアーナは覚悟を決めた様に、立ち上がった。
「リジー、オリー!私達に出来る事を!私達も闘うのです!」
ルミアーナは、驚き血相を変えて自分をとめようとする母をふりほどき天幕の外に出た。
外には結界を支えるリュートとルーク王子、結界付近を守るように立つ兵士達がいた。




