198.溢れだす魔物
人々が、ようやく何とか落ち着こうかというときである。
再び、鳴り響いた轟音に
人々が王都の方を振り返る。
王都のラフィリア大神殿が崩れ落ちたのだ。
この国の神殿の造りは地下室や地下回廊を大きくとっている。
つまり、地下に大きな空洞がる状態だ。
その為、地盤沈下をおこしたのである。
そしてまた、別の方向からも轟音が鳴り響いた。
それは今、まさに危機一髪で逃れてきた方向である。
人々が振り返ると、遠く小さく見えていたシム神殿が崩れ出したのだ。
シム神殿は、ラフィリア大神殿に次ぐ大きな神殿で庶民たちでも気軽に通える信者も多い神殿だった。
あそこに隠れたまたでいたら確実に死んでいただろう。
助かった事は嬉しかったが小さい頃から慣れ親しんだ神殿の崩壊は、やはり悲しかった。
人々の驚きと悲しみ、そして、助かったことへの安堵。色々な感情が渦巻く中、神官服を着た数人の神官が、崩れた神殿の方へ走りだした。
慌てて兵士たちが、それを阻む。
「どこにいく!街の中は危険だ!」
「離してくれ!」
「神殿が!神殿が!」と、叫んでいる。
その者達はシム神殿の神官達だった。
「何を騒いでいる!今は、危険だ!まだ、建物の崩落や火災も収まっていないんだぞ!」
「あそこには封印されし魔物が!地下の封印が破られたら大変な事に!」と神官の一人が叫んだ。
「「「何だって!」」」
兵士達も叫んだ。
その騒ぎに、ディムトリア老師や、ルーク王子、ダルタスやルミアーナが走りよる。
「それは、真か!しかし、シム神殿にも、最近は、たくさんの"月の石"が奉納されたはずだろう?浄化しきれてなかったのか!」と、ディムトリア老師が、深刻な様子でシム神殿の神官達にたずねた。
「はい、月の石のお陰で地下の魔物達は大人しくなっておりましたが、とにかくシム神殿で預かりし黒魔石の数が多く、未だ全ては浄化しきれておらず…」神官の一人が答える。
そう、貴族達が訪れるラフィリア大神殿よりも、王都から離れたシム神殿の方が黒魔石の持ち込み奉納は突き抜けて多かったのである。
うっかり黒魔石を拾ったり遭遇してまった民たちは、浄化すべき危険物として黒魔石を奉納するのに気軽に訪れやすいシム神殿を選ぶ事が多かったのである。
「はっ!そう言えばシム神殿の神殿長は?」
「はい、月の石のお陰で回復の兆しがありますが魔物に支配されかけていたのです。」
「「「やはり!」」」と、ディムトリア老師や皆は頷いた。
「たしか、高潔で純粋な者ほど”魔”に支配されやすいと聞きました。それで神殿長は、無事なのですか?」
ルミアーナが話に割って入っていった。
「は、はい、大量の月の石の配布により、神殿長様や、魔に犯されかけた神官達は、救われたのですが…一番重症だったシム神殿長は、避難も私達神官が交代でおぶって避難してきたのです。ですから、神殿長は天幕で、持ち出した月の石と共にお休み頂いております」
「そ、そうか、あとで、見舞おう…しかし、地下の魔物とは?シム神殿長よりも純粋で高潔な者がいたのか?」
「地下に住んでいた獣達と地下に保護していた火竜です」
「「「火竜っ!」」」
「な、なるほど…竜か…あれほど高潔で純粋な生き物はおらぬな大量の黒魔石にあてられたのか」
「はい、大量の月の石の浄化力を神殿長や神官達で使ってしまい、地下の竜や獣達にまではまだ浄化の力が行き届いておらず…」
「地下の封印されし扉が崩れたりしたら魔物と化した竜や獣達が溢れ出てしまう!」と、神官達は苦い表情でいった。
「いや、もう遅い…封印の扉は崩れている…」
リュートが静かに言う。
「「「なっ!」」」
「リュート、知ってたの?」
ルミアーナが、リュートに問う。
「いや、精霊が全てを知る訳ではない。だが、この地震を憂いし民の負の感情が増幅したことで一気に黒魔石が力を得て、閉じ込められし魔物達にさらに悪しき力を与えたようだ。…禍々しい"気"が、地下から、這い出て来ようとしているのを感じる…」
「「「えええっ!?」」」
「そ、そんな!既に封印の扉が破られていたなんて…」シムの神官長トロインが愕然とした。
「何だってまた、火竜なんてものが神殿の地下に!?竜は縄張り意識が強いぶん、他の種族がいる場所になど住まわないはずでは!?
ましてや人間のいる場所などには寄り付きもしない筈だろうに」ダルタスが訝しげにたずねる。
「神殿長が、その昔、竜の住まう山にしかないという薬草を取りに山に入った時に手負いの竜に遭遇したのです。その竜は、どうやら竜同士の戦いに破れたようで、神殿長に隠しもっていた自らの卵を託したのです」
「なんと、では、その竜とやらは、神殿で卵から孵ったと言うのか」
「そうです。」
「人界で孵った竜を山に戻したとして無事に仲間に迎え入れられるのか、しかも親らしき竜は、竜同士の戦いに破れた竜、その子供の竜ということで、虐げられたり、最悪、殺されたりしないのか心配で山に帰す事もできず、神殿の地下で人知れず世話をしていたのですが…」
「黒魔石の格好の餌食になってしまったのだな…」とリュートが言った。
「はい、本当に心優しい竜だったのです。フロンは…」
「まあ…その竜は、フロンと言うのですね」
「はい…神殿長が名付けて、それはそれは可愛がっていて、フロンも神殿長に良くなついていたのに…ああ、こんな事になるなんて!」
神官の一人が、涙ながらにそう言うと他の神官達も哀しそうにうつむいた。
そして、まさにその時である。
「「「「きゃああああっ!」」」」
「「「うわあっ!」」」
まわりから、叫び声があがる。
シム神殿から、黒い影が無数にでてくるのが、遠目にも見てとれたのだ。
そして、遠目に見ても大きい黒い塊が空に飛び出た。
竜の魔物である。
黒く禍々しい気を放ちながら崩れた神殿の上空をゆっくりと旋回する。
まるで何か獲物を探しているかのような様子に、人々はさらに恐怖する。
その怯えが、さらに魔物を引き寄せるのだと分かっていても人々は怯えずにはいられなかった。




