196.呼びかけ-3
人々はダルタス達、正規軍に守られながら、ラフィールの丘をめざし歩きだした。
歩きながらも空を仰ぎ見る。
空からは光と共に、まるで天上の音楽のようにシャランシャリンと綺麗な音が降ってくる。
そして、勢いに任せ、ルミアーナは、なんと夫であるダルタスがいかに強く頼りがいがあり、尚且つ優しいかを語りだした。
しかもルミアーナから見たダルタスの虚像付きである!
リュートは、忠実にルミアーナの思い描くものを空に写し出す。
ダルタスの顔は三割まし男前で五割まし優しそうに映し出されている。
ちなみに、この時、二回の地震の被害では軽傷者はいたものの死者は出ておらず、幸い火事などの二次災害もまだ出てはいなかった。
比較的、皆もまだ深刻さが際まってなかったせいだろうか…?さして娯楽もない庶民たちにとって空からの映像や音声は夢のようにワクワクするものだった。
もはや、避難という切羽つまった様相は全くなく、まるで引率されて修学旅行に出掛ける中高生のようなはしゃぎようである。
ルミアーナは、心無い噂でダルタスが鬼悪魔のように言われている事を何とか払拭し、民たちにダルタスの事を信じてもらおうと、かつてルーク王子とダルタスが、命がけで行った神殿での魔物との攻防や、魔物に飲み込まれたティムンを助けた時の様子などを皆に告げた。
(ちなみに、自分がみてない時の愛しいダルタスの活躍は、リュートに見せてもらって記録を魔法石に閉じ込めてメモリアル魔法石として、取り置いている抜かりのないルミアーナである。)
『神殿が魔に覆われた時も、魔法使いであるルーク王子と勇者であるダルタス様が協力し黒魔石を砕き、魔物に支配されていた神官達を救いだし、この国を救ったのです!』とその時の様子を思い起こしつつ、語り、リュートに再生させる。
しかもその再生された映像はルミアーナから見た映像!
恋するルミアーナ特有のフィルターのかかったダルタスが、そのまま映し出されている!
あくまでも整った男らしい顔立ちに、ワイルドで男らしい傷痕!
目元はきりりとひきしまり敵を倒す。
真に英雄、真に勇者!
そして人々からは感嘆の声が上がる!
「「「おおお!」」」
「「「「「「カ!カッコいい~!」」」」」」
「「「男の中の男だね!」」」と男達は拳をあげて称える!
「「「「な、なんか、カッコいいかも?」」」」と、女達もその迫力ある画像にときめく。
さらにルミアーナのテンションは上がる。
ちなみにルミアーナはのろけているつもりなど全くない。
避難を必要とする民たちにダルタスの真の人となりを分かってもらいたいと思っているだけなのである。
『私の夫は信頼に足る人物ですわ!魔物に襲われていた見ず知らずの子供を救った時も、自らの危険などかえりみず戦ったのです!そんな優しい方なのですわ!だから、皆さま夫を信じて付いてきてください!』と、訴えた。
そして、ティムンが魔物に飲み込まれた時、わが身に魔物の血が降りかかるのも構わずティムンを助け出した映像も映し出された。
人々は感動し、うっすら涙を浮かべるものすらいた。
「「「な、なんか、噂なんてあてにならないわね?」」」
「「「「全くだ!」」」」
「「「「ほんとに!」」」
「誰だ?鬼畜将軍なんて言ったの?」
「「「むちゃくちゃ良い人じゃんか!」」」
「「勇者様、かっこいいーっ!」」
「「「「「かっこいいー!」」」」」
と、子供達も興奮した様子て空を見上げてはしゃいだ。
そしてルミアーナの公開放送?ならぬ空からのメッセージは、ダルタスへのノロケ?…賞賛?で締めくくられて終了した。
ダルタスや兵士達は手の平を返すように前向きになった民衆に半ば呆れながらも、嘘のように自分達に素直に従い(しかも張り切って)ついてくるようになった事を素直に喜ぶことにした。
…とは、いえダルタスは何だか気まずいような落ち着かない様子である。
内心、(おいおいおい、もうその辺で堪忍してくれルミアーナ…)と、思っている。
変な汗が、どくどくと吹き出した。
いや、確かに避難民の皆が指示に従ってくれるようになったのはものすごく助かったので、有り難いのは有り難いのだが、何やらとても居心地が悪い。
「しかし…ルミアーナ姫様には将軍がこんな風に見えてたんですね~」と、ジョナが苦笑しながらダルタスに話しかけた。
「う…うるさい」とダルタスはなんと真っ赤になっていた。
「「「勇者様、お顔、真っ赤~」」
「「「真っ赤~!」」」と子供たちが指を指して笑った。
「こ、これ!お前たち、ダルタス様に何てこと!失礼よ」と母親が青くなって子供達を窘めるが、その様子を見て、兵達はどっと笑った。
「ほんとだ、真っ赤ですね!将軍のこんな恥ずかしそうな顔を見られるなんて思ってもみなかったなぁ~」と兵たちがちゃかす。
女達がそんな兵士やダルタス将軍の様子を見てくすくすと笑う。
「鬼悪魔なんて嘘っぱちね?何だか可愛くない?あんなに強いのに、こんなに照れて真っ赤じゃない」
「ほんと、なんだかきゅんとしちゃうわね?」と、女達がひそひそと囁き合う。
「そうよね、あんな失礼なこと言っても子供達を怒ったりしないし優しいわよね?」
「「「ほんとに!」」」
「それに、何だか空に映ったダルタス将軍は本当に物語に出てくる勇者そのもので素敵!」
「そうよね、何だか不思議とすっごく恰好良くみえちゃうわ!」と言い合っている。
それは、そうだろう、何といってもルミアーナの目を通した『恋する乙女フィルター』ごしの映像が流れているのだから!
そこには兵士からみた無口で無表情な鬼のように怖い上官の姿はない!
無論、同じ男として強く猛々しいダルタスは憧れの存在ではあるが、それとは微妙に違う!
部下たちの、反応は、微妙だった。
なんだか、ルミアーナの『恋する乙女フィルター』のせいか、何かいちいち、きらきらしていて、爽やかで、頬の傷さえ、カッコよく見えるのが何だか気持ち悪い。
兵士たちの中にはその映像を見て一体これは誰?という目で口をパクパクさせている。
(ルミアーナ姫様…ほんとにダルタス将軍のこと大っ好きなんですねぇ~)と生暖かい目になる。
「う…なんだ、お前らその目は!」とダルタスは、本当に恥ずかしそうに怒鳴る。
「「「「はいはい、ごちそうさまです~」」」」
と、兵士たちがだるそう答えつつ、人々を誘導した。
民たちはクスクスと笑い、一気にダルタス将軍へ親近感を持つのだった。
何はともあれ、ルミアーナによる空から緊急避難速報は、功を奏したのだった。
***
そして何時間もかけて、ダルタス達が作った道を通り過ぎ、振り返ると街が遠く小さく見えるところまで来た。
そこには、あらかじめ用意していた十台以上もの荷馬車が待機していた。
比較的被害の少ない平地に、部下に指示して待機させておいたのである。
ここからは、徒歩ではなく馬車での移動になる。
丘の上の避難所まで何とか、あともう少し、夜までにはつけようか…というその時だった。
どぉおおん!と背後から轟音がしたかと思うと大きく地面が揺れ、すっかり遠くなった街がひずんでいくのが見えた。
シムの神殿を中心に地面が割れ陥没していく。
馬達は、動揺し、ひひぃーんと嘶き暴れだす。
勇敢な兵士達は、大地が大きく揺れる中、必死で手綱をにぎり取り押さえている。
さっきまではしゃいでいた人々の顔から笑顔が消え、少し前までいた建物、教会や家が崩壊するのを見た民たちは今さらながらぶるぶると震えた。
揺れは三十秒ほど続き、ようやく静まった頃には皆、がたがたと震えていた。
今さらながら、あのまま建物のなかに隠れていたら…と思うとゾッとしたのである。
ダルタスの表情は一転し、兵士達も真剣な顔つきで周りに目を配る。
暴れだした馬達も何とか各々の兵士たちによってなだめられ荷馬車にしっかりと繋ぎなおされた。
「皆、怪我はないか?」とジョナが慌てて周りを見渡す。
そしてダルタスが、大きな声で呼びかける。
「大人たちは子供達に怪我がないか、全員そろっているか確認しろ!」と指示した。
全員の無事を確認すると、年寄りや子供達を優先して荷馬車に乗せ、乗り切らぬ者は兵士の馬に相乗りさせた。
そして、急いで、丘の上の避難所を目指し出した。
馬を早足で駆けさせる中、人々は押し黙り黙々と丘へと向かうのだった。




