193.前震
さて、震源地…といってもこのラフィリルでは日本のように正確な観測機器がある訳ではない。
したがって出来ることは、被害の大きそうな所へ向かってからの人命救助と避難誘導のみである。
ダルタス率いる正規軍は、瓦礫を排除しながら避難路を作り、そして避難を呼びかける。
地震により酷い被害を受けたそこは、王都から馬を走らせ3時間程の場所、
ラフィールの大神殿に次いで大きく立派な神殿のあるシムという街である。
建物は所々、大きくひびが入っていて危険な状態だった。
しかし皆、それでも建物の中から出てこようとはせず、ダルタス達正規軍は住民の避難所への誘導に手こずっていた。
一方のルミアーナは早速国王に王城の備蓄庫から食料を持ち出す許可をもらい、この後もしかしたら本震が来るかもしれないことを伝えた。そして、なだらかな丘の上にある木々のない広い敷地への避難を促した。
ちなみに、本震についてはリュートからも告げてもらった。
何しろ精霊信仰の強いこの国での”月の石の精霊”様の御威光は凄まじい!
こういう時は大いに使うに限るのである。
国王陛下は勿論の事、王妃様や王子様方、皆さまリュートに頭を垂れつつも喜んで精霊様の言葉に従った。
そして直ぐ様、王族警護に当たっていた騎士団が、ルミアーナの指示の元、避難所設置に取り掛かった。
備蓄庫から食料が運ばれ野営に使う天幕もあるだけ全部持ち出された。そして、あっという間に立派な避難所ができあがった。
国王一家自ら率先して避難した事で伝令の渡った貴族たちも、それに倣わない訳にはいかず重い腰をあげた。
…とは言え、貴族たちは建物の中の方が安全ではないのかと半信半疑である。
そんな中、取りあえず、王侯貴族様の避難地と庶民の皆さまのエリアを分けて、天幕をどんどん設置していく。
貴族と平民を分けたのは別に身分差別とかそう言うものではない。
むしろ庶民の方々が、王侯貴族なんかと同じところでは窮屈してくつろげないだろうというルミアーナの配慮からである。
「しかし、思ったよりも集まりが悪いわね?」
「姫様、それは仕方ありませんわ!さっきの地震がまた来るなんて、それも、もっと大きなのが来るなんて、誰も想像がつきませんし…王族方は直接リュート様のお声を頂けたことに大感激で喜んで従って下さっておりますけれど…」と、フォーリーが言う。
ルミアーナの手前、大っぴらには言わないまでもフォーリーも半信半疑なようで、口を濁した。
「伝令も遠くの貴族たちまでは未だ届いておりませんでしょうし…建物の中にいるほうが安全だと考える者も少なくはないでしょうから」とリゼラも思案顔で言う。
「う…そうなると、きっとダルタス様の方も難航されていらっしゃるわね…」ルミアーナは眉をしかめる。
「それは…そうでしょうね」リゼラも困り顔で返事する。
そう話し合っていると、また、グラリと大地が揺れだした。
周りで貴族令嬢達の悲鳴が上がる。
それも、また数秒で収まったが、ルミアーナは確信した。
フォーリーも「ほんとにまた来た」と驚きながらもルミアーナの言う心配が現実のものになるのだと悟った。
そしてルミアーナは思った。
当たってほしくはない予感だが、今のも前震だ。
本震が…大きいのが来る!
そう、なぜか確信した。
空を見上げ森に目を向け耳を澄ませる。
そして、さらに思いを深めた。
「やっぱり…」
普段なら聞こえてくるであろう小鳥たちのさえずりが聞こえない。
それに、動物たちのざわめきも、一切ないのである。
それどころか、さわさわと流れる心地よい風すら今はなく、全くの無風である。
ここに人が沢山いるから動物たちは逃げてしまったの?
いや…違う!そんなんじゃない!
「リュート」
「うむ、間違いない。獣どころか虫たちの気配すらも無いからな…どこぞに引きこもってしまっているようだ」
「…」しばらくルミアーナは、考えこんだ。
「リュート!私の思い浮かべる映像や私の姿を被災地の皆に、観てもらえるかしら?」
「主を?…そうか…なるほど」と、リュートが、頷く。
こういう一刻を争うときに、心を読みとってもらえるのは、すごく助かる。
何しろ、時間をかけて説明している暇などないのだから。
「主よ、それでは皆に見せたい映像を思い浮かべてみよ。我がそれを空一杯に映してやろうほどに…!」
そして、リュートが空に右手を振りかざし上空に光を放った。
前代未聞!
ルミアーナの空から”緊急避難速報”のはじまりである!




