190.ルミィ、気を失う
「「「「きゃああああっ!」」」」
令嬢達は椅子から転げ落ち、成す術もなく、その場に倒れこむ。
地震である。
それは、美羽の意識が、こちらで覚醒してから、はじめての事だった。
それは数秒の事だっただろう。
地面が大きく揺れ、屋敷の一角に大きなヒビが入った。
ほどなく揺れは収まり屋敷の中から、召し使い達がダルタスの祖母ドリーゼを支えながら慌てて出て来た。
「ルミアーナ様!お嬢様方!皆様、大丈夫ですかっっ!」
家令のブラントが、声をかける。
「ええ、大丈夫。最近はあまり地震なんてなかったから少しびっくりしましたけど」と、ポーリンが答える。
もともと、このラフィールは温泉の涌き出る都市で地脈に溶岩の流れる地域である。
ラフィールの丘から眺める事の出来る美しい山々は休火山だ。
たまたま、ここ何年も大きな地震こそなかったものの特に意識しなければ感じない程度の地震は、それなりにあったのである。
リゼラや、フォーリーもルミアーナや令嬢達に声をかけるが、ふとルミアーナの様子がおかしい事に気づいた。
「姫様?」
「ルミアーナ様?」
「ルミアーナ様?」
ルミアーナは硬直したまま苦しそうに胸を抑え
「パパ…ママ…」と、呟いたかと思えば、そのまま、意識を失い倒れてしまった。
「「「「きゃああっ」」」」
慌てて、リゼラがルミアーナを抱きかかえ揺れが完全に治まったのを確認し、建物から離れた広い場所に敷物を敷かせルミアーナを横たわらせる。
リュートも、姿を表して主を案じた。
「ルミィは、大丈夫なの?」とリゼラにリリィが、問いかける。
リゼラは脈をとり、胸に耳をあて鼓動を確かめる。
「気を失っておられるだけだとは、思いますが…一体…」
すると、リュートが、ルミアーナの額に片方の手をかざし、もう片方の手の人差し指と中指を自分の額にあて、淡い光を放った。
「…これは…」と、リュートが、呟く。
「どうされましたか?リュート様、姫様は大丈夫なのでせすよね?」とフォーリーが、心配そうに声をかける。
「命に別状は、ない…」
その言葉に安堵するや否や令嬢達が、リュートへの驚きを口にする。
「な!貴方様は、い、い、い、一体全体、どなた様なのですか?いっ…今、いきなり、何もないところから!あわわ」と、シーナが口火を切った。
令嬢達は、まるで、お化けでもみたような怖がりようである。
先程の地震と同じくらい…いや、地震以上に驚いている。
「皆様方、お控えくださいませ!こちらのお方は"月の石の精霊"のリュート様でいらっしゃいます。失礼があっては、なりませんっっ!」とリゼラが叫んだ。
「「「「えええっ?」」」」
「つ!月の石って、あの月の石?国の至宝?」
「精霊様って、伝説の?」
「き、教科書で習ったあの?歴史の中にも出てきた精霊様?」と令嬢達がリゼラに確認するように言いたてる。
まさかそんな!と信じられない様子であるが、それが本当ならいきなり空中から現れたのも納得できなくもない。
「そう!その精霊様でございます!」と、リゼラが答えると、令嬢たちは、慌てて頭を垂れてひれ伏した。
「よい、今はそれどころでは、なかろう…」と、リュートが、珍しく焦っているような様子である。
「えっ?姫様、目覚めるのですよね?」と再びフォーリーがリュートに詰め寄る。
国王ですら頭を垂れる精霊さまだろうと何だろうと、こと、ルミアーナ姫の事に関してはフォーリーは畏まってなどいられないのである。
令嬢達もリゼラも一斉にリュートを見る。
「それは、大丈夫だ。ほどなく覚めるだろう。フォーリー、其方は、主の為に温かい飲み物と毛布を…」と指示した。
そして令嬢たちは、この”リュート様”と呼ばれる”精霊様”がルミアーナの事を”主”と呼ぶことを聞き逃さなかった。
令嬢達は、一斉にリゼラの方を振り返る。
リゼラは令嬢達に視線を返して、ただ頷いた。
そう、ルミアーナ様が、月の石の主であるという事を肯定したのである。
令嬢たちは、ルミアーナが、伝説の"月の石の主"であることをこの時、初めて知ったのだった。




