182.ざけんなよ!ルミアーナの逆襲-5
そうして乗馬大会は始まった!
幹事のトーマが恒例の挨拶を終え、出場者がスタート位置に並ぶ。
体にぴったりとした乗馬服に身を包んだルミアーナはリゼラの愛馬ブラッドにまたがり背筋をしゃんと伸ばし配置につく。
その左斜め後ろにはツェンがスタンバイしている。
『ほう…ルミアーナ様、本当に乗馬は得意なのかもしれない…』と、ツェンがその姿勢の良さに感心する。
そう言えば、結婚式のあとのパレードの時、子供に向かっていく馬を鎮めていたな…と思い出す。
あれは、中々見事だった。
たまたまだと思っていたのだが…。
よく考えればあの状況でたまたまなんてある筈も無い。
今も、気性が激しいとされる黒馬も上手に抑えている?
馬は周りの熱気にも動じず、ピクリともしない…。
ふと、しかしまさか、このままスタートの合図がかかっても止まったままということは無いだろうな?と思う。
まぁ、それならそれでそのまま棄権してくれれば安心なのだが…と思うツェンだった。
そして右斜め後ろにはロレッタがいる。
意地の悪い笑みを浮かべながら、まるで猫がネズミをみつけたかのような眼差しで…。
そして合図の号令がかかった!
「各選手!出発!」
すると、一斉に騎士たちが声をあらげ馬を走らせた!
そして、その中一番に抜き出たのはルミアーナである!
「「「「「えええええええーっ!?」」」」」と観客も周りの騎士もロレッタもツェンも驚く!
ツェンに至っては、ルミアーナに合わせてわざと遅く馬を走らせるつもりだったのだから…。
「あれ?しまった?」とルミアーナは舌をぺろっと出す。
『ルミアーナ様っ!何、本気で走っちゃってんですか?適当に手を抜いて走らないと誰も追いつけませんよ?あの馬鹿女が仕掛けてこられないですよ?』とリゼラが、応援席から月の石の通信機能を使ってルミアーナの頭の中に話しかける。
毎度おなじみ”月の石の便利な通信機能”は、遠くにいても声も出さずに喋れて、とてつもなく便利である。
『あははっ、ごめんごめん!適当に手を抜くって難しいのね~?しかしこれだけいて、誰もついてこられないのは問題ありじゃない?ダルタス様だったらとっくに私を追い越しているわよ?』とルミアーナが答える。
『ダルタス将軍は特別です!だからこその王都の守りの将軍。この国の要であり英雄なのですから!』
『そっか!さすがダルタス様よね!うふふ。まぁ、じゃあ森に入ったらスピードを落とすわね?』
『そうして下さいませ。連絡はこまめにお願いいたしますわね?』
『はぁい、それならリュートが、まかせろって言っていたから大丈夫!大丈夫!」と呑気に答えるルミアーナに呆れ気味のため息を一つつくリゼラである。
あとはもう、ここからだと様子は見えない。
でもまぁ、リュート様が付いているから大丈夫だろうとリゼラは考える。
するとルミアーナについている筈のリュートがダルタスと一緒に歓談している。
「のぁっ!リュッ!リュート様っ!?何、呑気にこっち来てんですか!ル、ル、ル、ルミアーナ様ほっといて何、しゃべくっちゃってるんですかぁ~?」と慌てるリゼラにリュートは涼しい顔で答える。
「何を慌てている?主なら大丈夫だ。それよりダルタス、ここからでは森の中に入った主らは見えまい?」
「そうだな~。でもまぁ、どうせルミアーナの一人勝ちだろう?」とダルタスが事もなげに言う。
「ふつうに行けば…ね?ここからでも主の様子を見れるいい方法があるんだけど、どうだ?見たいか?」とリュートが楽しそうにダルタスに問いかける。
「何?本当か?そりゃあ、ぜひ見たいな。それはここの観客席の皆が見れるのか?」と問うダルタスにリュートは得意げに答える。
「当たり前だ。私を誰だと思っている」
そう言ってリュートはさっと手を空中にかざし、以前ネルデア邸でみせた画像よりも何倍もの映像画面を応援席から見える空に映し出した。
「「「「「おおおおおっ!」」」」」と観客席からどよめきが漏れる。
「なんだなんだ?すごいな?今年の趣向か?」
「魔術師かなんかを雇ったのかな?今年の幹事はたしかトーマだったよな?やるなぁー!」
「おお~、先頭は?えっ!まさかの、あのお姫様か?」
「「「「「すっっげぇ~!」」」」」」
「あ!去年の優勝者ツェンが追いつきそうか?」
「「「頑張れーっ」」」
等々、観客たちは空に映像が広がったことをイベントの一環かと思って大喜びである。
一方、ツェンやロレッタ。その他の騎士たちは自分たちが映像に映っているとは夢にも思わない。
ちなみに、ルミアーナにはリュートはちゃんと伝えていた。
「主よ、主の活躍とロレッタの正体を皆に見せてやろう。大上映会を開く故、主はとびきり恰好良く決めるがいい」ととびきり面白いことを思いついたように言い放ちダルタスのもとへ飛んできたのである。
あらっ!大変!私カメラ映り大丈夫かしら?などと、一瞬思うルミアーナだったがノリノリである。
(カメラで撮る訳じゃないけど、まぁ似たようなものだろう)
そしてルミアーナが、わざとスピードをゆるめると、すぐにツェンが、追いついてきた。
その後に数人の騎士たちも遅ればせながら追いついてきた。
ルミアーナは自分のすぐ後ろをみて見覚えのある顔に気づいた。
あら?彼はたしかクンテと一緒に来ていたツェン様?
あらあら、ダルタス様ほどじゃないけど彼もなかなかのモノだわね?とルミアーナは思った。
そして数人の騎士に追い越されるのをやり過ごした頃、ゆるゆると馬を進めているとようやくロレッタも追いついてきた。
『う~ん、遅いわっ!』と内心思うが仕方ない。
そしてツェンは、明らかに急にスピードを落としたルミアーナを不信に思いながらもルミアーナの後をつかず離れずゆっくりと追いかけた。
一方、ロレッタは、ルミアーナが意外にも乗馬が上手なことに驚きひどく焦った。
そしてようやく前方にルミアーナの姿を捕え独り言のようにつぶやく。
「くっ、ただのお姫様だと思っていたのにっ」と悔しがるが、次の瞬間ニヤリといやらしい笑いを浮かべた。
ルミアーナの進行方向に顔を覆面で隠した自分の部下の一人が見えたからである。
その男は、木の陰に身を潜めてルミアーナが来るのを待ち伏せていたのだ。
そいつは、部下の中でも一番、タチの悪い奴だった。
元をただせば、末席とはいえ貴族の出であるにも関わらず酒と女で失敗し、流れ流れて小さい頃可愛がっていた親戚のロレッタにすがって辺境のどうでも良いような吹き溜まり部署の小娘の部下にまでなり下がった見下げ果てた輩なのである。
親戚でさえなければ、とうにロレッタにも手を出していたかもしれないという筋金入りだ!
普段は、鬱陶しいだけのタチの悪い親戚だが、自分が子供の頃は普通によい叔父だったし、なついてもいた。
とにかく一応は自分の言う事には従う。
奴にかかれば、ご令嬢など、とたんに”傷物”にされるであろうとロレッタは確信している。
事、こういう事に関しては”良い仕事”をしてくれるに違いないとロレッタは悪魔のような黒い笑みを浮かべる。
そして覆面の男は懐から両端に石を結わえた60センチほどの綱をルミアーナの乗る馬の脚にむけて投げつけてきた。
たちまちリゼラの愛馬ブラッドの足は綱に絡め取られた。
「うひひ、綺麗なお姫さんだなぁ」と下品な笑いをもらす。
そして、覆面の男はルミアーナに近寄ろうとしたが、咄嗟に後ろにツェンがいる事に気づき「ちっ」と舌打ちして木の陰に隠して繋いでおいた馬に飛び乗り素早くにげる。
ルミアーナは「ブラッド!」と叫びながらも身をひるがえし、大きく反転しながら馬から飛び降りる。
そしてその様子は、もちろんライブ中継のごとくリュートの力によって観客席の皆が見ている。
「「「「「おお~っ!」」」」」
と、皆がざわめき、ダルタスもこの不審者の出現に顔色を変えた。
「賊かっ?」
わざわざ手強いであろう騎士たちの乗馬大会に?と…いぶかしむ。
ダルタスは、直ぐ様、ルミアーナの所へ向かおうと立ち上がったが、リュートが、それを止めた!
「主なら大丈夫だから、ここから観てるがいい。面白いものが見れる筈だから」
リュートの楽しそうな態度に何か考えがあると察したダルタスは、リュートを振り返りその目を真っ直ぐに見据える。
「ふむ、確かにルミアーナなら大丈夫だろうが…リュート、お前、何か考えがあるのだな?」
「ほんとうに主が危険になったら我がダルタスを一瞬で主の元へ転移させてやる。安心してここから主の活躍を観て楽しむがよい。」と、良い笑顔で答え、ダルタスを座らせた。
「全く、おまえらは相変わらずびっくり箱にも程があるな?まあ退屈はせんがな」と苦笑いし、空中に広がる大画面に目をやるのだった。
一方、ツェンは慌ててルミアーナを救おうとしたが、ルミアーナ自身が空中で素晴らしく美しい曲線を描きつつ馬から飛び降り綺麗に降り立ったのを確認して唖然としている。
ルミアーナは地面を勢いよく蹴り、直ぐ様リゼラの愛馬ブラッドの傍へ走り寄り必死になって石のついた綱をはずす。
「よしよし、可哀想に!何てことを!」
リゼラの愛馬ブラッドは、直ぐにも立ち上がろうとするが足を痛めたのか前足をカクカクとさせて立てないでいる。
「ブラッド、無理しちゃダメよ!貴方の敵は私が討ってあげるからリゼラ達が迎えに来てくれるまでここに居なさい!」と馬に声をかけて立ち上がる。
そして、まだ目の前の事が信じられず呆けているツェンを振り返りルミアーナは叫んだ!
「ツェン様、あの者達を追って下さいませ!」と叫びツェンの馬の後ろに飛び乗る。
はっと我に返ったツェンはルミアーナに言われるがまま反射的に馬を走らせた。




