181.ざけんなよ!ルミアーナの逆襲-4
愚かなロレッタ・ルーティは、それが餌だとも全く気づかず食らいつく。
「隊長!あのお姫さん、どうやら本当にこの騎士たちの乗馬大会に飛び入り参加するようですぜ!さっき登録票確認してきましたが、しっかり名前がのってましたぜ」ととても騎士とも兵士とも思えないごろつきのような男がロレッタに報告する。
「呆れたお姫様ね。笑わせるわ。でも、おもしろいわね…これは上流階級のお嬢様の乗馬大会じゃないんですもの…当然ぶつかりあったり落馬なんてしょっちゅうだしコースは森の中にもあるわ。ふふふっコースから外れたり森の中で迷ったり…ねぇ、そんな事、普通にあると思わない?」といやらしい笑い方で部下に目をやる。
「だ…大丈夫ですかい?相手は公爵夫人でしょう?後でばれたらヤバいんじゃあ…」
「バレないようにすればいいのよ。ふふん、気にする事はないわ…自分の腕もわきまえないあの女が悪いんだから…」
そう、騎士たちの乗馬大会。それは美しさを競うような上品なものではない。
ぶつかり合い蹴散らし!我先にと飛ばし合いゴールを目指すものなのである。
叩き落とすのも、わざと相手の馬を脅かすのもアリのある意味、格闘サバイバルゲームだ。
コースは森の中を通り浅いとはいえ川もありコースを外れればぬかるみや沼もある。
不測の事態などいくらでもあり得るのだ。
沼に落ち込んだり獣に襲われたりは自己責任だ。
ロレッタは、様子を伺っていたがルミアーナが乗馬服へ着替えるためにダルタスと離れた時に、そそっとダルタスの側にやってきた。
「ひ…久しぶりね?ダルタス…」
ダルタスは一瞬誰だ?という顔をしたが、すぐにそれが同級生のロレッタ・ルーティだと気づいた。
「え?ああ、ロレッタ?…か…騎士になったのだな?卒業生の女子の半分くらいは嫁に行ったと聞いていたが…」
「ええ、そうね。アンナやキャシーも、もうお嫁にいったみたいで旦那様方と来ていたわ」
ここでまたも、ロレッタは勘違いした。
(はっ!今、私が独身かどうか確認した?今のは、そうよね?)と。
やはり、ダルタスは自分のことを好きだったのだ。
私がもうお嫁にいってしまっていると思ったから公爵令嬢となんて家柄だけの結婚をしたのね?そうなのね?と!
ちなみに、ダルタスは、むろん、そんな事は微塵も考えてない。
(騎士の才能は無さそうだったのに嫁にも行けなかったのか…不細工な訳でもないのに気の毒に…)と、思っただけである。
そしてロレッタは、親切そうに言葉を選びながらダルタスに探りを入れる。
「ねぇ?ダルタス?もしも今、結婚生活で悩んでることがあれば私、お話きくわよ?そもそも貴方が公爵令嬢と結婚なんて驚いたわ。貴方が家柄を気にして自ら公爵令嬢と結婚なんて想像もできなかったもの。何か事情があったのではなくて?」
「ああ?別に悩み事など…」と言いかけてダルタスはふと思う。
ふむ!?嫁が可愛すぎて困る…というのも悩みに入るのだろうか?と天然ボケのような事を考えてしまう。
その一瞬の沈黙!
ロッティはダルタスが、一瞬黙ったのをますます、勘違いし『やっぱり!』と確信した。
やっぱり何か事情があっての嫌々の結婚なのだわ!と。
「まぁ、結婚した事情といえば、そもそもは王太子の悪戯心から始まった見合いだがな?ははっ」
照れながらそう言うダルタスは感慨にふける。
相変わらず肝心な所をはぶくダルタスである。
(まあ大して親しくもない女相手に流石にのろけ話もできまいが…)
「まぁぁ!王太子さまの悪戯で?じゃあやっぱりダルタスの本意ではなかったのね?」
「いや、最終的に結婚を決めたのは自分自身だ。後悔はしていない。家族も喜んでいるしな」
むしろ幸せすぎて怖い位だ…なんて女みたいなセリフは言えんがな!と思い”ふっ”と笑うダルタスだ。
そんなダルタスの言葉尻だけを捕えて、またもや都合の良い解釈をするロレッタである。
家族?家族も喜んでいる?やっぱり家の為なのねっっ!
それでも最後の確認を!と、ダルタスに聞いてみた。
「奥様は可愛らしい方ね?とてもお美しくて…乗馬大会にも参加されるようだけど…でもダルタス…えっと…心配じゃないの?他にも女子はいるものの荒くれた騎士ばかりよ?」
「いや?別に心配なんかはしてないな…本人が出たいというのだから好きにさせるさ」とだけ答える。
そもそも、同期のやつでルミアーナに勝てる奴などいないだろうしな?と思うが、さすがに相手のプライドを傷つけてもいけないなと思いそれは言わなかった。
その言葉で、ロレッタは確信した!
やっぱり!やっぱりだわ!ダルタスはあの女を愛してなどいない!結婚したばかりなのに危険と分かっている騎士の乗馬大会で心配すらしないなんて!
ふふふっ!
ロレッタは勝ち誇ったよう笑った。
ついつい笑みがこぼれてしまったのだった。
そうとなれば、話は簡単だ。
奪いとれば良いだけだ。
女の方から身を引かせるのもありだろう。
そして、ロレッタは、自分の部下たちに、とんでもない指示を与えたのである。
「あんた達、あのお姫様、襲っちゃいなさい」
ロレッタは、そうとは、知らず”地獄の一丁目”の門を自ら開けたのだった。
***
そして、午後から騎士達の乗馬大会は開催された。
乗馬服に身を包んだルミアーナに皆がまたまた驚いた。
まさか!出場するのか?
この騎士による大会に???
『『『ダルタスは何を考えてるんだ!?』』』と、皆が思った。
あんな、可憐で華奢で儚げな美しい人をこんな荒っぽい大会に出場させるなんて!と…。
しかも、ダルタスは大会に出ないと言う。
まあ、天下に名を知られるダルタス将軍が出てしまえばダルタスの一人勝ちに決まっている。
ダルタスも、その自覚があるし今回は、ルミアーナが出ると言う事なので応援席から応援すると言うのだ。
同期の騎士達は思った。
「「「「「はぁーーーっ???」」」」」と!
自分の妻が、こんなに危険な…いや、騎士達にとっては良い腕試しと言える大会だが…。
いくら、本人が出たいと言ったからといっても夫なら!妻を愛しているなら止めるべきだ!
有り得ない!
新婚ボケのダルタスは、とりあえず放って置いてでも何とか対処しなければとトーマは、焦りながらも乗馬の名手だったツェンの姿を探した。
「おい、ツェン、良かった!そこにいたのか?確かお前、前回の乗馬大会では優勝していたよな?」
「あ、ああ、それがどうしたんだ?トーマ。俺、今回はあんまり目立ちたくないから出ないぞ」
「え?なんで?」
「なんで…って、おまえ…妹から聞いてないのか?ダルタス夫妻が出てた夜会で一緒に行ったクンテがあんな事件(ルミアーナの顔に痣ができた事件)を起こしちゃってさ、一緒にいて止められなかった俺だぞ?ダルタスにも奥方にも合わせる顔が無いっていうか…ほんとは今日も来たくなかったんだけど幹事のお前がしつこく誘うから…」
「あ、ああ~!そ、そっか…す、すまん。そうだったな…あ、でも、そういうことなら、お前自身の名誉挽回の為にも協力してくれないか?」
「俺の?」
「そう!今度はルミアーナ様を守ってほしいんだ!」
「え?何?守るって?」
トーマは、ルミアーナが、この乗馬大会に出るという事やダルタスや護衛騎士のリゼラがルミアーナの安全への無頓着さを説明してツェンに大会に参加するフリをしてルミアーナ様が落馬したり他の競技者にぶつかられたり森の中で危険な場所にそれたりしないよう陰ながら付き添ってほしいと頼んだ。
無論、ツェンは快く引き受けた。
「そういう事なら喜んで参加するよ。確かに名誉挽回のチャンスだ。ありがとう!ルミアーナ様が落馬でもしようものならこの身を挺してでも受けとめてみせるし、ルミアーナ様にぶつかっていこうだなどという不届きものがいたら男でも女でも容赦せず叩き落としてやるよ!」
「さすが、前回優勝者!心強い!この大会は馬上格闘技みたいなものだからな…」とトーマは、ひとまず胸をなでおろした。
ツェンなら腕も人間性も信用できる!良かった!…と。
しかし、彼らは知らなかった。
”格闘技”ならルミアーナが、そんじょそこらの騎士ごときに、ひけをとる訳がないという事を…。




