180.ざけんなよ!ルミアーナの逆襲-3 ロレッタの勝手な思い込み
私、ロレッタ・ルーティーは、正直、驚いている。
自分にである。
しばらくぶりに見たダルタスが、とても素敵に見えたからだ。
学生の頃より随分と背も伸び、何より”気持ち悪い”と囁かれていた傷さえ何だか男らしく恰好よく見えるのだ。
そして妻を見る優し気な目が、あり得ないほど素敵に見えるのだ。
人のものになったと思うとその想いは余計に大きくなったように思えた。
彼がまさか公爵家の跡取りだなんてあの頃は誰も思わなかっただろう。
彼はそんな、そぶりは露程も見せなかったのだから…。
そう、分かっていたら迷うことなく彼の胸に飛び込んだわ…。
だって私は知ってるもの…。
じつは、彼が大した奴だという事を…。
彼は誰よりも武術だって勉強だって抜きんでていてたわ。
そして、ダルタスはいつだって私を見ていた…。
たまに目があえば気まずそうに目をそらしていたけど、あれは、照れていたのよ。
そう、私にはわかっていた。
だから、身分が高そうに見えた当時の友人…アンナにダルタスを誘惑するように言われた時も嫌な気はしなかった。
そう、むしろ彼の本心を知る良いきっかけにさえなったと思っていたわ。
野営地から馬で二時間ほどのところで、アンナとキャシーはダルタスを見つけて面白い事を思いついたように私に言った。
「ロレッタ、上手くいったら貴女の馬を連れて帰ってあげるから馬に逃げられたとか何とか言ってダルタスに馬に二人乗りさせてもらって帰ってきなさいよ」とアンナが言った。
「おもしろぉい!嫌だったら、馬を奪って置いてけぼりにしてきなさいな。落馬して足をくじいたとか何とか言えばいいんじゃぁない?」とキャシーがさらに言ってきた。
私はその時、二人が私の事も面白がっているのは分かっていたけど、それに乗っかることにした。
ダルタスが私の事を好きなら喜んで助けてくれ馬だって差し出してくれるだろうとふんだのだ。
その時は野営地から離れての授業で薬草を五種類見つけて時間までに野営地に帰らなければならなかった。
彼はもう既に五種類を見つけたようだった。
さっさと帰ればかなりの好成績だっただろう。
それでも彼は、きっと私を見捨てたりはしないという自信が私にはあったから…私は、彼を試した。
彼の所に嘘泣きしながら足を引きずり落馬した上に馬には逃げられたと話したのだ。(もちろん嘘である)
そして案の定、彼は私を助け馬に私をのせ自分と一緒に乗って帰ればきっと私がまた冷やかされるだろうからと自分の見つけた薬草も持たせてくれたのだ。
あの時、私は確信したわ。
ダルタスは、この私を…ロレッタ・ルーティを愛しているのだと!
ただ、あの頃は私も帰ったあと周りにとやかく言われるのも嫌だったし彼の事もただの貧乏貴族のはしくれだと思っていたから自制していたのよね。
それにやはり顔の傷のこともあって、一緒にいて変な風に言われるのも嫌だったし…。
それが今や、国の英雄!この国の護りの三将軍の一人。
しかも一番重要な王都を護る将軍だなんて!
鬼将軍などと恐れられていても武人の誉れともいえる二つ名だわ!
それに大人になった今はさほど彼の傷も気にならない。
辺境の騎士や武人など傷を持つ者は少なくはない。
とうに見慣れた物である。
かつて感じた障害は今やないに等しい。
あるとすればそれは、あの女ルミアーナだ。
何なの?どうせ政略結婚のくせに、これみよがしに仲の良いフリなどして!
(フリじゃないけどね)
深窓のご令嬢が粗野で武骨な武人の妻など、無理に決まっているじゃない!
あれよね!きっと。
外ではきっと貴族らしく仲良さそうにふるまっているだけなのよきっと!そうに違いない!
貴族にありがちな”仮面夫婦”という奴よ!皆、なぜ、ああも簡単に騙されるのかしら?馬鹿ばっかりね!
何よ、馬鹿みたいに群がって。
(バカはお前だ)
本当に鼻持ちならない女ね!
(お前がな)
確かにちょっとは…ま…まぁ、かなり?綺麗かもしれないけど…わ、私だって…。
そうよ、私だってあの女くらい高価なドレスを着れば負けてない…かもしれない?わよ!きっと…ええ、そう!
それにあんなお上品な女はダルタスには似合わないわ!
ダルタスはきっと耐えてるんだわ。
あんなお上品な女、騎士学校でいっしょに野営した私達の方がよほど似合いの夫婦になれる筈よ!
あの女さえいなければ、今の私達には障害はないのだから!
(障害どころか関わりもないけどね?)
***
『…と、いうような事を本気で思っているみたいだぞ、笑えるな…』とリュートがルミアーナとリゼラの頭の中に話しかけてきた。
(毎度お馴染みいつもの月の石の通信である)
ルミアーナはひどく嫌な気持ちになった。
どうかロッティの勝手な思い込みでありますように…と思った。
昔の事とはいえ、こんな、しょうもない女に本気でダルタスが恋していたなら、ちょっとどころか、大分、嫌である。
せめて、リゼラのような質実剛健で美しくも優しい女騎士や、癒し系の伯爵令嬢リリアのような気持ちまで可愛らしい女性ならともかく…である。
『ありえないわね…』ルミアーナが心の中でつぶやく。
『全くです。私が思うに、あれはあの女の妄想です。あのダルタス将軍が若気の至りとしてもあんな女に心を奪われるなんてありえません』リゼラがルミアーナに頭の中に話しかける。
『主よ、そこは安心してよい。ダルタスは女子を遠目に眺める分には良いが、実際関わるのは嫌だと主と出会うまでは本気で思っていたようだしな』
『なによ、リュート、ダルタス様の心まで読んだの?』
『そんな事をしなくとも我とダルタスはすでに仲良しだ。けっこう話もしておる。ダルタスの話はほとんどが主ののろけ話だが裏表がなくて聞いていて面白いのだ』
『え?そ…そうなの?そういや最近、やけに人の姿でうろちょろしてるなとは思っていたけれどダルタス様のとこに行っていたのね?ダメよ?あんまりお仕事の邪魔したら』
『主よ!それは我に失礼だ。我はダルタスの役にたつこともしているぞ』
『ええ~?本当に?なら、いいけど…』
『リュート様、ルミアーナ様。話がずれてます!今はあのロレッタとかいう馬鹿女の件ですわ!とにかく、自分の身の程知らずを知ってもらわねば!』
『そうだ、午後からの乗馬大会は飛び入り参加自由だったわね?』
『そうだ、それはいい!あの女にルミアーナさまには何一つ勝てる所などない事を思い知らせてやりましょう』
『面白い事を言う。主、我もそれはいいと思うぞ、主が乗馬大会に出れば必ず何か仕掛けてこよう。返り討ちにしてやるがいい』
『…そうね…それも、おもしろいかもね?なにか…ごめん、欠片も負ける気がしないわ…油断とかしちゃいけないんだろうけど…』
『案ずるな…あの者が部下ごとかかってきても主一人に敵いはせぬ』
『私もそう思いますわ!ルミアーナ様は我らが騎士団長ウルバも負かしてしまう強者ですもの!あんな女、だけど一緒にたむろしてたのは部下ですかね?ほんとに?同窓会の宴に部下を?』とリゼラが驚く。
『ふふふ、ダルタスが妻を伴ってくると聞いて何か仕掛けようと思って連れていきたようだぞ。何をやらかしてくれるんだか楽しみだな?主よ…』
『まぁ…』ルミアーナの可愛いこめかみに怒りのマークが浮かびそうである。
漫画だったら確実に出ていただろう。
『本当に、楽しみだこと…』とルミアーナはふたりに答え、徹底的に懲りていただかなくてはね…と、そう思うのだった。
早速、ルミアーナは男達と話の盛り上がるダルタスの袖をちょいちょいと引っ張る。
ダルタスが愛妻に振り返る。
「ダルタス様、午後からの乗馬大会って私も出たいのですが良いですか?」
「ん?出たいなら出てもいいが乗馬服は…って、そうか、なんか用意していたな?」
「うふふ、備えあれば憂いなし!…と、言いますのよ?」
「ふうん、うまい事言うな…おい、トーマ、幹事だろう?ルミアーナを午後からの乗馬大会に登録してやってくれ」
「ええっ?いいの?参加するのは女子も騎士ばっかりだよ?リゼラさんなら分かるけど」とトーマは驚いた。
「ルミアーナ様、騎士たちの乗馬大会は荒っぽいのですよ。私、見たことがありますが危ないですわ」とリリアも心配そうに言った。
「…ん~、まぁ、ルミアーナなら大丈夫だろう」とダルタスがルミアーナににっこりとほほ笑む。
「はい」と可愛らしくかえすルミアーナ。
バロルレア兄妹は心配でしょうがない。
しかし本人とダルタスが大丈夫だと言うので仕方なくルミアーナの参加登録をした。
「本当に、危ないとか怖いとか思ったら脇の方にすぐに避けて下さいね?馬は出来るだけ大人しいのを選びますから…」とトーマが気遣う。
「それなら心配ご無用!ルミアーナ様、私の愛馬ブラッドで宜しければどうぞお乗りください」と、リゼラがいう。
「なっ!リゼラ殿、貴女の馬はひょっとして噂の希少種のガルディア産の黒馬ではありませんか?気性が荒いので有名だ!こんな華奢な公爵夫人になんて恐ろしいものをお勧めになるんですか?」と青い顔をして抗議するがリゼラはすまし顔である。
「ルミアーナ様でしたら大丈夫です!」
「うふふ、トーマ様。それにリリィも心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫!ブラッドちゃんは私にとっても慣れておりますもの。私、動物好きなんですのよ」とまた満面の笑みをうかべるルミアーナに、トーマとリリアは余計に心配になってダルタスを振り返る。
て…天真爛漫すぎる…。
何とかやめさせないと大けがをする!
この方は騎士たちがどれほど乱暴か、わかってないのだ!
高位貴族の女性方の優雅な乗馬とは訳が違うのに!
「そうだな、ブラッドなら、多少、無茶な乗り方しても壊れんだろう?」と頓珍漢なことをいうダルタスにトーマはダメだこりゃ!と思った。
どうやら、ダルタスは奥方可愛さに新婚ボケしてしまっているに違いない。
しかし、護衛のリゼラ殿まで!
質実剛健と噂の"紅い髪の女騎士リゼラ"も、噂ほど優秀ではないのかもしれない…と、少しがっかりした。
うっかり落馬しないように注意深く自分が見守らないと…と思う。
あと乗馬が得意なものに見守るよう声をかけておこうと密かに思うトーマだった。
そう、そして、乗馬大会参加にルミアーナが名乗りをあげた事を知ると、ロレッタはしっかりと食いついた。
仕掛けるのに絶好のチャンスだと!
仕掛けられたのは自分の方だとも知らずに…。




